食べ物レポート

北海道ラーメンの罠は危ない

生まれた土地の食べ物は、やはりそれなりの吸引力というか魅力を感じるものだ。20年以上昔の話だが、会社勤務をしていた頃、九州大分出身の後輩と宮崎出身の上司の組み合わせでラーメン議論をしたことがあり、九州チーム曰くラーメンとは豚骨で白いスープの食べ物だと断定された。東京に来て黒いスープのラーメンを見て仰天したとも言われた。
こちらは札幌ラーメンで骨の髄まで染まっており、とんこつラーメンの獣くささは食べ物と思えないなどと反論したが、二対一で罵倒されて議論に完敗した。その当時から比べれば、いまでは九州でも豚骨以外のラーメンが食べられるようになり、北海道では豚骨スープがラーメンのメインスープになるほど食環境は変化した。
それでも、昔懐かしの鶏ガラ野菜スープが主流だった北海道ラーメンの記憶は刷り込まれたままで、北海道、札幌、旭川ラーメンなどと北海道ご当地系のラーメン店があると、ついふらふらと吸い込まれてしまう。

西新宿で昼飯を何にしようと探しているときに発見した「北海道ラーメン」の看板は、ずいぶん魅力的に感じた。腹ペコだったせいだろう。実は、その時点では、さんま節で有名なラーメン店に行くつもりだった。その途中に見つけてしまった「北海道ラーメン」の文字にほとんど食欲が持っていかれた。
おまけに北海道三大ラーメンの地、札幌、旭川、函館を抑えている強力ラインナップに心が惹かれてしまった。(実はよく考えると、この三大ラーメン併記が怪しいのだ。力量があれば、旭川ラーメンとか函館ラーメン、それ一本で勝負するはずだろう)
結局、ふらふらと吸い込まれてしまい、ちょっと考えた末にサッポロ味噌を注文した。個人的には一番シンプルなラーメンのつもりだった。ところが、目の前に出てきたのは自分の脳内イメージとは全く異なるもので、まずスープの色が違うことにめんくらった。食べてみるとわかったが、いわゆる豚骨味噌だった。
今では札幌でも主流になりつつある豚骨スープのラーメンで、それが悪いとかまずいと言っているわけではない。ただ、メニューや看板に札幌ラーメンと書いてあると、地元でも老舗級のラーメン屋が提供する昭和世代のラーメン、つまり透明感のスープ(化学調味料たっぷりで味噌ラーメンでもスープはあまり白濁していない)に、中太ちぢれ麺、細いメンマ、薄くて固いチャーシュー、赤いナルト、ついでにお麩みたいなイメージが浮かんでしまう。それとの違いに動揺しただけだ。とりあえず旭川醤油も試してみたいと思うくらいにはラーメンとしてうまい。
ただ、これが東京では、もう何度も陥っている「北海道ラーメン」の罠だ。自分の中にある純正北海道ラーメン・イメージと、東京人(東京の飲食業)が描く北海道ラーメンのギャップというか違いが、いつまでも消えることがない。そして何度も同じ罠にハマる。
きっと九州人も同じような目にあっているのだろうと思う。同じ日本の中でもこうなのだから、世界中で不思議な日本料理が増殖中というのも納得できる。
まあ、そんな不思議な料理が日本に戻ってきて定着することもあるし。アボカド海苔巻きなど日本人では絶対生み出せなかったと思う。料理の世界は狭いようで広いのだなあ。
それでも豚骨ベースの札幌ラーメンは、心情的「反対派」であります。

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赤福の魅力 造形美の理解

レトロな包み紙

赤福は伊勢の名物だ。お伊勢参りに行くと、必ずお世話になる。関東圏では目にする機会も少ないが、名古屋から西に行けば、新幹線ホームの売店で山積みされて売られている「名物土産」だ。だから、初めて見た時は名古屋の名物だと思っていた。その後、京都や新大阪でも目にする機会がありずっと不思議に思っていた。伊勢名物と知ったのはしばらく経ってからのことだ。
流通経路を考えれば、名古屋・伊勢商圏と京都・大阪・奈良商圏はほぼほぼ一つの広域商圏と考えて良さそうだ。移動時間で考えると、東京を中心とした首都圏程度だろう。意外と関西商圏は狭いということか。

包装紙を取ると箱の蓋にもイラスト?がある

赤福は伊勢神宮の参拝客に振る舞うあんころ餅のような和菓子だが、きめの細かいあんこが独特の舌触りで、中に潜んでいる小振の餅とよく調和している。砂糖が高級品だった時代に、長旅で疲れた客には、この甘さが心に染みただろう。今では、伊勢神宮前まで車で乗りつけるので、体に染みいる感激はないにしても、赤福のすっきりとした甘さはお伊勢詣での上品な定番の楽しみだろう。
箸ではなく小ベラで食べるのもちょっと嬉しい。昔は、伊勢に行かなければ食べられなかっただろうから、さぞかし貴重品だったはずだが、今では関西、中京圏では気楽に手に入る。そういえば、名古屋のういろうも東京駅で帰るしなあ。地域名産を手に入れるには、全く地域にこだわらなくて済む時代になった。ありがたいような、ありがたみが消えてしまったような・・・。この赤福も新宿のデパートで手に入れた。

赤福は現代ではすっかり古風に見えるようになった和菓子の典型だが、造形美という点ではオーバーデコレーションな最近の洋菓子、特にケーキと比べると、遥かに好ましい。簡素な美しさの方が心に染みる気がするようになった。歳をとったということもあるが、手仕事の美しさは簡素に通ずるということがわかるようになった。簡素な美を理解するには、それなりの人生を送り、見聞や経験をつもことが必要なのだろうと思い至った。
確かに、赤福をうまそうだなと、造形美を堪能する間もなく、パクリパクリと食べていた時代は間違いなく「若僧」だった。「美」に価値などあるものかな、などと思っていた。我が身を振り返って思う。
食べる前によく観察する、そして「美しさ」を楽しむようになるには、ずいぶんと余裕のある時間が必要で、それなりに手間がかかる。そんなオヤジの道楽を理解できる程度の人生経験をなんとか積んだようだ。この歳になって、ようやく赤福の良さが分かったというのも、なんだか情けないが。このあんこの曲線は実に美しいなあ。

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ラーメン日誌 1月の満洲

天津飯のあたま というか蟹玉

ぎょうざの満州本店で、月替わりメニューを頼むのはささやかな楽しみだ。特にコロナ環境で外出制限がかかっていると、行動半径が狭くなる。地元の商店街で食べる頻度も増えたせいで、定番は食べ飽きてしまうことも多い。月替わりの限定品は、そういう状況で実に嬉しい。ところが年末12月はなんと「普通のラーメン」特集だったので、一回パスしてしまった。
年が明けて1月は昨年に続いて天津飯 甘酢あんかけがテーマだった。餃子の王将の店舗が広がったせいで、天津飯にも甘酢餡ではない関西バージョンが増えてきた。そのための、わざわざ「甘酢餡かけ」宣言だろう。
今回は、天津飯ではなく、その上に乗る蟹玉だけを単品注文した。酒の肴に向いているとメニューには書いてあったが、確かにそうだろうという味だった。白飯なしではちょっと味が濃いかもしれない。蟹の存在感は微妙だが、卵料理としておいしいものだ。

そのあとは冬になると食べたくなる味噌ラーメン(定番)を注文した。満洲の味噌ラーメンは肉けなしで、野菜炒めが乗ったタンメン風だ。味も比較的あっさりなので、味噌ラーメン的濃厚さには欠ける。しかし、するすると入ってくるから、軽めのラーメンが好みの方には向いている。いかにも町中華という感じの味だが、それがこの店の主張だといえばそうだ。普通にうまいではなく3割うまいが、満洲のキャッチフレーズだし・・・。
満洲の料理は基本的に餃子と合わせて食べる設計になっているようで、単品で食べるとちょっと物足りないが、餃子と合わせると餃子の肉と油をよく中和するようにできている。ある意味計算された料理という感じがする。このあたりが3割うまいということだろうか。よくできている。
というわけで、餃子を外した、カニ玉とラーメンという注文はあまり良い組み合わせではなかったようだ。まあ、人はこうして学習をするのですよ。

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北海道人の独善と欺瞞

某局の「秘密の県民」情報番組が好きなので欠かさず見る。ネットであちこちに書かれている、「あんなことは実は一般的ではないぞ」という暴露クレームも、エンタメだから許してやろうよ、と鷹揚な気持ちで見ている。そのはずだったが、どうも最近の生まれ育った場所の情報を見るにつけ、確かにネットの意見は正しいとも思う。特殊事情を一般化して(要するに話を盛大に盛っている)事案も多いようだ。
以前にも何度か書いた記憶があるが、北海道は元々、原住民族アイヌが全道に散らばって住んでいて、樺太(現サハリン)や千島(現クリル諸島)にもアイヌは存在していた。だからアイヌ民族は北海道だけではなくアジア北方域に広がる広域民族だった。ただ、言葉は多少違っていたようだ。
そこに、南部から日本人が侵入してきた。商売を含め共存していた時期もあったようだが、結局は明治政府の時期に、直轄地として日本人による開拓が進んだ。だから北海道の地名はアイヌ語きげんがほとんどだ。
その明治期の開拓前は、津軽海峡を挟んだ津軽海峡文化圏とてもいうものが北海道南部の沿岸地帯に広がっていた。だから、当初の北海道は津軽の北縁的なもので、津軽文化が色濃く残っている。そこに、明治期の流刑人および戊辰戦争敗残者が多数移住してきたため、全国各地の風習や言葉がミックスされていった。
このミックス言語を「北海道弁」として認識しているのだが、当然ミックスには濃淡があり、北海道人の中でも互いに理解できない単語が混じっている。札幌人は函館人の言葉がわからないが、津軽の人はよく理解できるという現象が、その典型だろう。
逆に北海道人が、北海道独自の風習だと思っていることのほとんどが、北部東北を中心とした地域にルーツがある。

長々と書いてきたが、北海道人がよくいっている「北海道だけ」のお菓子みたいなものに、中華饅頭がある。一般的な饅頭とは全く見栄えが異なり、どら焼きを二つ折りにしたような形というのが一番近い表現だろう。半月型のどら焼きという感じか。
北海道では冠婚葬祭によく使われる。大きさも手のひらサイズからスイカを半分にしたような巨大なものまで、色々とサイズ違いを見かける。ところが、これは北海道独自のものではなく津軽ルーツなのだろう。青森の市場にあるお菓子屋で中華饅頭の原型を発見した。
同じ店に売っていたリンゴ最中は北海道では見たことがない。青森のリンゴ栽培は明治期に始まったので、りんご最中はそれ以降の商品だろうから、北海道に流れ込まなかったようだ。しかし、中華饅頭は道南を起点に十勝平野から東へ、旭川から北へ広がったようにおもえる。鉄道網の広がりと合わせて広がった食文化ではないだろうか。
例の県民情報番組は、この辺りの時代考証はあまり行わないので、北海道独自スイーツ的な扱いになっていた。どうやら中華饅頭北海道起源説は北海道人の独善的解釈らしい。まあ、どうでも良いと言えばどうでも良いことだが。

ただネーミングは中華饅頭ではなく「大中華」と書かれていた。どこで名前が変化したか、それともこの店独自のネーミングなのかはわからない。青森、弘前で菓子屋巡りをしてみれば判明しそうだが。

最中については、どうやらリンゴに対する熱烈なこだわりというよりは、モナカバリエーション拡大作戦の結果のようで、貝モナカや菊モナカも存在している。津軽人が和菓子大好きで、特に最中が好きだからリンゴ最中が出現したと考えても良さそうだ。北海道人が特別の最中嫌いだったということもないだろう。

岩手や宮城の食文化も北海道には移入されていて定着しているものも多いが、どうも北海道人はモンロー主義的に「これは北海道特有で独自」と言いたがるようだ。ちょっと調べると、意外とルーツがわかるものなのだが。おそらく北海道に流されてきたもの、故郷を追われてきたものの子孫なので、その出身地域へのコンプレックスが「北海道独自」と言い張りたくなる原因だと推測している。親に嫌われた子供みたいなやるせなさだ。しかしルーツを隠した欺瞞情報で喜ぶなど、先の大戦の大本営みたいなものではないか。
ただ、ルーツに対する屈折した憧れは、アメリカ人やオーストラリア人のイギリスに対する複雑な心境に似ているかなとも思う。北海道人気質も、ちょっとグローバル問題ととらえて考えたり解釈をしてみると面白い。
蝦夷地が北海道になり150年。初代入植者から数えて五代目から七代目あたりが今の北海道人なので、そろそろルーツの呪縛とも離れて良さそうだ。全国各地のミックス文化から北海道ユニークな文化が、まさにこれから生み出されるような気がする。

念のためお断りしておくと、生まれも育ちも北海道で、二十代に東京近郊に流れてきたため、ルーツというべき場所を無くした半端者の考えです。

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駅弁風コンビニ弁当 新版

ミニストップの企画弁当に最近ハマっている。ネットニュースで見つけては新作を買いに行く。正しいリピートユーザーだ。今回はレモンステーキ弁当。原型は佐世保の有名店の名物、レモンステーキのようだ。
コンセプトが「冷めても美味しい駅弁みたいな弁当」ということなので、当然ながらレジでレンジ加熱は頼まない。家に持ち帰り、室温で多少放置してヒヤヒヤ状態を脱したところで食べる。

見た目は確かに肉系駅弁に似ている。白飯の上にびっしりと敷き詰められた薄めの牛肉にタレがかかっている。甘酸っぱい味がする。おかずは箸休め程度なので、コレは肉と米を楽しむ弁当だ。
本家本元の佐世保のレモンステーキは、一度挑戦しようとしたことがある。が、超がつく人気店で、予約なしで入店するのは至難の業だった。2時間待ちと言われてスゴスゴ撤退した。
ローカルの有名店は行列ができる名店になっても営業スタイルを変えたり、増席したりしないことが多い。少なくとも帰りの飛行機の時間が決まっているような時には、予約なしで行くことは無謀以外の何者でもないと思い知らされた。予約はお早めにだ。
だから本家と弁当で味の比べようもないのだが、おそらく原型を食べたことがある人はちょっと違うと感じるのかもしれないと思った。
肉系弁当としては、既存のカルビ弁当の方が「らしい」仕上がりのような気がする。だから、この弁当は「気分を楽しむ」という目的で食べるのが良さそうだ。
冷たくてもおいしい弁当という基本コンセプトがあるのだから、肉を厚くするわけにもいかず、開発は難航しただろうと予測できる。
弁当一つ開発するのも大変なんだよね、と思いながら完食した。

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津軽ならあめん

津軽の中心地といえば、やはりお城がある弘前になるのではと思う。県庁所在地の青森市は明治における陸海交通の要衝だったから、今では青森市の方が賑やかな気もするが。その津軽地方の名物(と個人的に思い込んでいる)が煮干しラーメンだ。青森(津軽地方)に行ったときには、一度は食べたいローカル定番フードだ。
弘前には何度も行っているのだが、ラーメンを食べたことがないので、今回はラーメンを食すのだと決めていた。ただ、鉄路の旅なので郊外の人気店探しは諦め、駅前で良さげな店を探すことにした。

駅近くで発見した「らうめん」屋でスルッと煮干しラーメンをと思った。だいたい、ひらがなで「らうめん」と書いてある店はこだわりのラーメンが食べられるというのが経験則だから、期待値は高い。店構えも「うまそう」じゃないか。

それでワクワクしながら店内に入ってメニューを見ると、あれっという感じがした。「煮干し」の文字が見当たらない。その代わり「津軽ラーメン」と書かれているものが定番らしい。迷わずに、それを注文した。
出てきたラーメンは見た目が実にシンプルな、昭和の風情がする。トッピングに使われている「お麩」が懐かしい。めんまというよりシナチクと言いたくなる。スープはあっさり系の醤油味で、ちぢれ細麺がよく合う。とりあえず弘前のラーメンが完了だ。どうやら青森県の定番としての煮干しラーメン店は郊外にあるようなので、それはまた雪のない時にしよう。

雪の弘前駅前で放置された自転車を見つけた。きっと雪が降り始めたので、帰宅は徒歩にしたのようだ。まさか春までは置いておかないだろうが、車で取りに来るのだろうか。
駅前の郵便ポストの上に乗ったりんごがちょっとかわいい。最近は、このリンゴがのっているような場所には、ご当地ゆるキャラが置かれていたりする。個人的には、弘前駅の丸っとしたリンゴの方がスッキリしているなと思った。
このあと、弘前名物の市場に行って「イガメンチ」を買って帰った。弘前の楽しみ方は、こんな普通の暮らしを体験することにあるような気がする。お城を見に行くのも良いけど、桜を見に行くのも良いけど、市場を覗く方がもっと楽しい。

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イカを食べに行った寿司居酒屋

イカゴロ焼き チープグルメだ

回転寿司で寿司がぐるぐる回らなくなった。タッチパネルで注文して、作りたて(握りたてではないのが特徴)を楽しむスタイルはすっかり定着している。と思っていたら、なんと新年のテレビCMで「蓋をして回るのが世界水準」などと言い始めているではないか。
いつの間にか、回転寿司に世界基準が存在するようになったのだろう。まあ、この手の話は言ったもの勝ちだし、とうとう「うまい寿司ネタ」では情報差別化ができなくなったということのようだ。回転寿司業界もいよいよ末期的競合症状を呈するようになったな、と一人で納得していた。
そんな回転寿司業態の中で、回らない回転寿司の筆頭が、何度も登場しているガッテンずしだ。(回っているのはお茶の粉のビンとわさびくらいか) 職人がカウンターの中で握っている、もはや古典的と言いたい運営手法だ。だから提供可能なのだろう、居酒屋化したメニューの数々がたのしい。
差別化というのは、こういうところで見せて欲しいものだ。ちなみに回転寿司超激戦区の北海道や北陸では、ピーク時でも寿司は回らずのバイオーダー握りが主流だから、そこと比べると関東圏の回転寿司はお手軽だが「ちょっと残念」な感じもする。
寿司居酒屋(?)がってん寿司で、イカを食べるとしたら、まずは握りの前にイカゴロ焼きを楽しむべきだ。ぶつ切りのゲソと耳がイカのキモ(ゴロ)と焼かれて、煮込まれる。イカイカしいとはこのことだ。冷たい日本酒によく合う。

ゲソ巻提供店は少ない イカ差別だと抗議しよう!!

そのあとは、イカゲソ握りとイカ三種盛りを楽しむ。ゲソはついお代わりしてしまった。口直しにたこも注文して、本日の握りは終了となる。頭足類オンリーで満足度は最大、マックスだ。
もちろん回転寿司屋としてこういう注文をされると、ちょっと迷惑かもという気遣いはあるので昼のピークが終わった後、客待ちの行列が切れてから入店する。夕方5時くらいに入ってこんな注文すれば、間違いなくちょい飲み需要なので上客と歓迎されそうだとも思うのだが。
回転寿司でマグロ祭りはよくあるが、イカ祭りとかたこ祭りは聞いたこともないので、イカ・タコの頭足類はやはり外道ネタなのだろうね・・・。

それでも我が道を行くことに一点の曇りなし。イカうまし。いとうまし。寿司居酒屋はもっと増えてほしいなあ。

食べ物レポート

今年のお初はラオウモード

お正月の7日も過ぎると、流石におめでたい気分はどこかに行ってしまい、普通の行動というか普通の食べ物を口にするようになる。会社通いをしていた頃は、年頭式みたいな今年の始まりイベントがあり、その後でランチに行くと、これが今年のお初だなどと思っていた。節目感があった。今の暮らしでは、その節目を自分で決めてやらないと、なんだかダラダラとした時間の中で、はっと気がつけば、もう節分?みたいなことになる。どうもそれはいただけない。そこで、今日は初蕎麦を食べるぞと決めて外出した。

初かき揚げそば

出かけたのは町の蕎麦屋ではなく、和風ファストフードチェーン店で、そもそもうどんと牛丼の店だった。だが、最近は蕎麦も置いている。そこのかき揚げそばが最近は朝限定で値下げをしているというので、ちょっと足を伸ばして見物に行った。蕎麦屋でかき揚げそばを頼むと、そばの上に乗ってくるものだが、ここは別添えで出てきた。かき揚げは熱々で、自分で好みのタイミングでそばに乗せることができる。これはちょっと嬉しい。
半分くらい蕎麦を食べた後にかき揚げを乗せると、かき揚げの油が蕎麦つゆに入り混じることで味変ができる。普通のそばが普通以上に楽しめるとは。ちょっとした工夫が気の利いたサービスに変わる。ありがたいことだ。

初焼き鳥ともつ焼き

日を変えて、初焼き鳥も挑戦した。挑戦というほどのことでもないが、おせちから続く「うまいもの攻撃」と「うまいものの残務処理」に飽きが来ていた頃には、普通の居酒屋メニューが嬉しい。
いつもの居酒屋の新年営業開始から3日目あたりが狙い目だろうと目星をつけた。年末年始やお盆の時期は市場が機能開始するまで、魚や肉の調達に問題があることが多い。焼き鳥屋でもモツ肉のような特殊肉を扱う場合は特に注意が必要だ。
いつものように、タン、砂肝、ナンコツなど適当に注文し、一気に食い散らかすというか貪り食う。熱々なので、口の中でハフハフしながら食べる。滲み出る油と肉汁が、チープでガツンとくる美味さとして伝わってくる。今年も、あと何回、この美味さを楽しめることか。ささやかな人生の楽しみとして、初焼き鳥を堪能した。
どうも高級グルメ路線とは、今年も縁のない暮らしになりそうだが、チープなうまさが好物なので、我が人生に一点の曇りなしとラオウのような気分になる。ただし、我が人生は曇りだらけだったので、「気分はラオウ」というだけです、はい。
これが一年の始まりかあ。まあ、よしとしようと・・・。

食べ物レポート, 旅をする

青森でライブ居酒屋

弘前駅のホームで見つけた

この手の絵を見ると青森に来たなと思う。ご当地の方はどう思うのだろうかと知りたくなるが、個人的には骨太の絵が津軽を直感的に感じさせてくれる。津軽海峡を挟んで青森県西部と北海道南部函館、松前あたりは津軽海峡文化圏だと思っている。食文化や言語が極めて近しい。だが、この絵画様式は北海道南部に移入されていないようだ。
瀬戸内海を挟んで讃岐と備前、備中あたりが似通った関係にみえる。特に、瀬戸内の島に拠点を持った海賊、海洋王国の強者どもは瀬戸内海沿岸部を両岸くらいにしか思っていなかっただろう。函館と青森もそのような共通文化基盤を持った地域だった。その共通文化の粋が「いか」だと思う。(全く個人的な見解です)

青森産と言いながら、津軽海峡で獲れたら
上がった場所が青森か函館かの違いしかない海峡イカだと思うのだがなあ。

最近は、某大陸国家・半島国家の乱獲のせいらしくイカの不漁が続き、もはや庶民の食べ物とは言えない高級品になりつつある。それでも、流石に津軽海峡文化圏ではなんとか新鮮なイカが食べられるようだ。ちょっと甘いねっとりとしたイカは、お江戸では食すのが難しい。確か東京湾でイカ釣りができたから、別に北国のイカでなくて良いので東京湾イカを宣伝してもよいと思うのだが。
魚屋で東京湾上がり、いわゆる江戸前のイカというのはお目にかかったことがない。横浜あたりに行けば売っているのだろうか。(コウイカという肉厚のイカはたまに見かける)

とても気になるココナッツアイス

津軽の名物がずらっと並んだホワイトボードを眺めると、右端から全部ちょうだいと言いたくなる。一番右端のフジツボは5年前に青森で食べるまで食用になるとは知らなかった。食べてみると、甲殻類の濃厚な味がした。亀の手も似たような味だった。ホヤとウニを人類最初に食べた誰かを密かに尊敬しているが、フジツボを食べ物と見破った人にも同じく尊敬を捧げたい。
あとは、このホワイトボードの中で馴染みがないものといえば、「嶽きみ」というとうもろこしくらいだ。あとは、全て北海道の食材と重なる。というか、津軽の食べ物が北海道のルーツになっているのだろう。

名物を食べすぎると、カルチャーショックが大きいので普通にうまい冷奴をバランスに頼んだ。硬めの木綿豆腐は日本酒によくあう。腹が膨れたあとは、ちょっとつまみにナマコも頼んだ。コレも初めて食べた人類の誰かは尊敬されるべき食べ物だ。
この店は食べ物もうまいが、実は津軽三味線ライブの店なので、ちょっと早めに来店してうまいもの三昧をしたあと、酒をちびちびやりながらライブを楽しむのが良い。コロナが終わり(?)、気軽に旅ができるようになれば、年に数回は訪れたい。青森良いとこ、何度もおいで・・・だ。

食べ物レポート

青森駅前 うまいものあります

トラック野郎が長距離貨物の配達先で、ローカルな食べ物を楽しむという漫画が好きだった。その作中で青森のうまいものを紹介する会があった。登場したのがこの店だ。青森の郷土料理、ローカル名物を気取らずに食べられる場所としての紹介だった。ただ、その漫画は店名も所在地もはっきりと書かれていないので、ネットであれこれ調べてお店を見つけ出すという、宝探し的な手続きが必要だった。ようやく見つけ出して無事食事にありついたのは3年前だった。
自分の中では帆立料理屋扱いなのだが、地元の人にとっては定食屋で丼屋でラーメン屋だろう。

今回は鉄路旅なので、お酒を楽しみながら料理を堪能できる。どうも季節限定メニューらしい「ホタテのヒモ」を酒の肴にした。自分でホタテを捌いて食べる時は、貝柱を刺身にして、ヒモと肝は醤油で甘辛く煮込む。ホタテは無駄にするところはないというものだ。
ただ、そのヒモを刺身にして食べた記憶はない。珍しいものだと注文してみたが、コリコリとした食感とちょっと臭みのある変わった味だった。この量を取り出すには、いったいホタテを何個捌くことになるのかと考え込みながら、無事完食。推定でホタテ5個分くらいの量ではないか。わさびも良いが、生姜もあいそうな気がする。

本命はホタテフライで、おそらく刺身にするレベルのホタテをフライにしているのだろう。ただただうまい。ウスターソースがついてくるが、ちょっと浮気をして醤油をかけるのも良い。タルタルソースなどという気取ったものはいらない。ソースなしでホタテだけでも十分うまい。
しかし、ホタテの名産地北海道では、このホタテフライを提供する店が「壊滅的に少ない」のが悲しむべき現状だ。観光客向けの店では貝殻で焼いたバター醤油焼きがのさばっている。あとは刺身で出してホタテ料理はおしまい的な感じだ。北海道では料理の進化を拒否しているとしか思えないと、いつも憤慨しているのだ。
青森では郷土料理として有名なホタテ料理がいくつかあるが、それにあぐらをかいて進化を止めているとはいえない。(ヒモの刺身もあるしね)

そして、ホタテ料理の拡大版として、ホタテラーメンがある。ローカルな汁物「けの汁」を応用したラーメンを押し除けホタテラーメンが一番上に乗っている。なんと、青森名物煮干しラーメンは一番下に掲載なのだから、ホタテファーストな気配は濃厚だ。一時期、青森の帆立養殖は貝毒の発生で壊滅的になったが、ようやく復興したようでめでたい限りだ。
青森駅前の大衆食堂、定食屋で、青森名物を堪能できる。名酒豊盃をちびりとやりながら食べる帆立料理で、青森駅前は大満足できるラブリースポットだ。青森うましだなあ。