食べ物レポート

桜とビール

北の街の南部にある桜の名所でおこなわれる花見会に招待された。地下鉄駅から歩いていく途中で、綺麗な桜の花小路を見つけた。個人のお宅のようだが、一般向けに解放されていてお好きに見ていってということだった。小粋な方がいるものだと感心した。

その桜の名所は小高い丘の上にある。その丘の下には、老舗味噌ラーメン店が店を構えている。おそらくこの店に来るのは20年ぶりくらいではないかと(大袈裟だな)思うが、普段であれば歩いてくるはずがない。車でなければ来店がするのに不便な場所がから、前回は車で来たはずだ。記憶がはずれてはいないと思う。

店内には窓際にずらっと行列ができていて、その行列が入り口からはみ出している人気ぶりだった。店内に入いってみると、昔の記憶とは異なって実にこぎれいて明るい。改装したのがいつ頃なのかはわからないが、それほど時間はたっていない感じだった。
券売機で注文の品を決める。周りを見渡すと半分以上が観光客という感じだった。聞こえてくる会話から判断しても、北海道外から来た客が多い感じだ。ぱっと見ではわからなかったが、どうやら台湾から来たカップルもいた。すごいことに彼らは二人でラーメン三種(味噌、塩、醤油)コンプリート注文していた。従業員の方が、「3 Bowls coming, together 」みたいなことを言っていたから間違いないだろう。
どうやら、三種コンプリート注文する外国人観光客は多いようだ。老舗のラーメン屋も着々とグローバル化していた。しかし、自動販売機は日本語でしか書かれていない。どうやって味違いラーメンを選んだのだろう。スマホで翻訳アプリを使って………みたいなことだろうか。

この日は花見ということもあり、地下鉄駅からの徒歩移動だから、いつもはできないラーメンとビールが堪能できる。缶ビールというのがちょっと残念なところだが、出された銘柄はクラシックなので文句なしだ。じつは、このクラシックというビールは、プレミアムビールである「恵比寿」より美味いと思う。お江戸で売ってくれないのが悲しいが、たまに(何故か)JR東日本の駅売店で行われる北海道フェアで大量に販売されることもあり、全く手に入らないという訳でもない。
近くのスーパーでもこまめにチェックしていると年に3-4回は販売していることがある。ただ、気温と湿度の関係はビールの味にとって重要で、北海道で飲むうまさをお江戸ではなかなか味わえない。
まあ、お江戸にはお江戸にあったビールもあるからそちらを楽しめば良いのだが。

そして本命の味噌ラーメンが出てきた。スープの表面をたっぷりの油が覆っている。だから、スープから湯気が立たない。スープの表面が光って見えるのは、全面的に油で覆われているからだ。ただ食べ始めても油は気にならない。スープの味が濃厚なので、逆に「脂」が旨さを引き立てる感もある。具材はシンプルにメンマともやしだが、このシンプルさがまさに売り物だろう。
味噌ラーメンの調味料といえば唐辛子、それも一味に限る。最初にぱらぱらとふりかけ、途中から追い唐辛子で辛味増量をする。スープの熱さと唐辛子の辛味で額にじわりと汗が出る。これぞ正統的味噌ラーメンの楽しみ方ではないか。(ドンドンと机を叩いて力説したくなる)
待ち時間40分、食べ終わるまで10分の至高の贅沢だった。ほろよい加減のクラシックが幸せな気分を盛り上げてくれる。このまま、花見などしないで飲みにいってしまおうかと、怪しい誘惑に駆られてしった。ビールと味噌ラーメンは、そんな魔力を秘めているのですよ。
ラーメン・ビールに餃子などという夾雑物をいれるのは、まさに邪道なラーメン道だなどと勝手なことを呟きながら、桜が咲く丘の上まで急な坂道を登っていった。あまりの寒さに、やはり桜はどうでも良くなりました………

食べ物レポート

大行列の回転寿司で

昼時には大行列ができる回転寿司も、2時を回ると待ち時間なしで入れることもある。コロナの間は地元客が中心だったが、今では外国人観光客も多い。隣の席は外国人観光客、反対側の席は日本人観光客だった。回転寿司屋に大きなキャリーバッグを持ち込むと、かなり窮屈になるのだが、客も店もあまり問題にはしていないようだ。北の街で回転寿司はレベルが高いと言うことになっているが、実はネタの種類が思っているより少ない。北海道は道外観光客が予想しているよりはるかに魚種が少ない。瀬戸内あたりの豊穣な魚地帯と比べると、半分以下ではないか。えびかにいくらうにという高級ネタを除けば、地魚などは数えるほどだろう。最近復調してきているニシンがちょっと珍しい程度だ。

寿司を注文する前にサイドアイテムをチェックすると、なんと「イカザンギ」なる名前があるではないか。たこザンギはすでに一般化しているが、イカザンギは初見だ。これは食べてみるしかないと喜びつつ、出てきたものを食べて若干の違和感がある。ゲソ唐揚げとどこが違うのか。確かに衣に味がついてはいるが……………
決してまずいというつもりはない。普通に美味しいイカゲソだ。ただ、これをザンギというのはなあ、という感じがする。社長のこだわりだろうか。

気を取り直し、三陸わかめの唐揚げ?も追加注文してみた。これは、予想外に美味い。海藻の天ぷらはあちこちで食べたが、わかめのカリッと感はスナック菓子のような軽さだった。しかし、鮨屋にきていきなり揚げ物2品というのは客としてどうだろうかと自問してしまう。

心を入れ替えて、最近すっかりお気に入りの鯖の巻き寿司を注文する。これは、酒の肴としてもうまい。巻物としては最高傑作だと思うのだが。ただ、最近の鯖不足?のせいか、微妙に値段が上がっている気がする。

念の為(どこが?)に定番の鉄火巻きも頼んでみた。これはこれでうまい。が、北海道まできて鉄火巻きとはどうよ、とこれまたセルフツッコミ状態になる。北海道産まぐろ使用とか言われれば、また風情も変わるというものだが。おまけに、この辺りで満腹感が込み上げてきて、胃袋の余裕がな苦なってきた。

最後の一品にマイカを選んだ。ちょっと前までは北海道の誇る安くてうまいネタだったはずのマイカだが、今ではすっかり高級魚扱いで庶民の手には届かない(程でもないが)高値になってしまった。代用品としてはヤリイカが使われるようだが、マイカのねっとりとした舌触りと甘みを含んだコク味とはものが違う。
今更ながら思うことだが、2時間待ちになることもある大人気の回転寿司屋で、巻物とイカを食べて帰るというのは相当に怪しい客だろう。うまいものを好きなだけ食べるというポリシーを貫くには、回転寿司は不向きな業態なのかもしれないなあ。

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東家本店にて極める

知る人ぞ知る、知らない人はたくさんいる北海道蕎麦屋あるあるの一つだが、北海道蕎麦の本家筋は釧路にある。釧路の春採湖近くにある蕎麦屋から分店しているのが東家系蕎麦屋だ。釧路本店名物である蕎麦寿司が食べられるのは、東家系列では当然のことだ。ただ、この蕎麦寿司の知名度があまり高くないようで、ちょいと残念な気がする。
札幌の蕎麦屋巡りでもしてみようかと、平日の昼下がり、サラリーマンのランチが終わる頃に暖簾をくぐった。札幌の東家本店はススキノの近くにある。その割に夜の早い時間で終わってしまうから、締めの蕎麦とするのは難しい。もう一軒の蕎麦屋が夜遅くまでやっているので、そちらではたまに深夜蕎麦をすることもあったが、この店は使い方がなかなか難しい。

昼下がりの蕎麦屋で注文するとしたら、それは「かしわ抜き」に限る。というか、かしわ抜きや天抜きがない店には、昼下がりどころか夜にも行ってはいけない。そういう店はクイックランチ専用に限定するべきだと思う。
かしわ抜きはそれだけでうまいものだが、ちょっとゴージャスにするには天ぷらを別に注文して、かしわ抜き+天抜き作成コースにするべきだ。
今回は、かしわ抜きにホタテの天ぷらを追加した。正統天抜きとするには海老天がベストだが、ここは北海道的アレンジで「ホタテ」にしてみた。
かしわ抜きは小さめのどんぶりに濃いめのつゆが入っている。具は長ネギと鶏肉だから、かしわ蕎麦のそば抜きであり正しいお作法だ。つゆがちょっと甘めなところが好みだ。つゆの味が染みこんだ長ネギをつまみながら一杯やる。昔お江戸にいたいなせな兄ちゃん(不良)が嗜んでいた、蕎麦屋で一杯の高級版だ。いなせなにいちゃんたちはたいて貧乏だったので、熱燗にもりそばでちびちびやっていたそうだ。もりそばと比べれば、かしわ抜きは三段階くらい高級な酒の肴だろう。いなせなにいちゃんたちからすると、どこぞの大店のボンボンがするけしからん贅沢な注文だ。

ホタテの天ぷらは、天つゆがついてこない。塩の入った小鉢がついてきたから、塩で食べてねということらしい。確かにホタテは塩で食べるとうまいだろう。まず一口は塩をふりかけて食べた。熱々でジュワッと旨味が溢れてくる。ホタテを注文したのは正解だ。

ただ、そのあとはかしわ抜きの残りにドボンとホタテ天ぷらを投入した。衣がつゆを吸い取ってふやけてくるのを待つ。そのブヨブヨしてきた衣を箸で剥ぎ取ってつまむ。これまたうまい。天ぷらの衣が蕎麦のつゆを吸うと旨さが何倍かに増幅されるが(個人的な見解です)、それをちびちびつまみながら飲む酒は実にうまい。大衆酒を熱燗で飲む時には最強のつまみだろう。間違っても純米大吟醸などと組み合わせてはいけない。下卑た食い物の旨さを楽しむには、大衆酒こそが似合っている。
立ち食い蕎麦屋のほとんど衣しかないかき揚げ蕎麦がうまいのは、人間の本能にきざまれている旨味成分、つまり脂とアミノ酸がたっぷり含まれているからだ。かしわ抜きや天抜きは、そのかき揚げそばから満腹感を醸成する炭水化物、つまり蕎麦を抜き去ったものだから、旨さだけを残した食べ物だ。酒の肴に向かないはずがない。

最後には、もりそばで締める。この蕎麦、炭水化物を最終段階で投入し完全なる満足感を得る。そして、蕎麦湯に溶け込んだルチンを蕎麦つゆのグルタミン酸、イノシン酸と共に味わう。アミノ酸の摂取も完璧だ。
実は、蕎麦屋の一杯こそ、人類の本能に刻み込まれた「旨み」を完全に達成するための究極技だと思っているのですがねえ。

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金富士の一杯

焼き鳥屋は煙がご馳走

すすきののとあるビル地下にある焼き鳥屋は、酒蔵直営の老舗だ。昭和レトロなどというまでもなく、時間が止まったような店内と時間が止まったようなメニューにホッとしているのは、オヤジ族だけではない。不思議なことに若い衆も多くいる。おまけに、なぜこんなところに来たと言いたくなる若いカップル(会社の先輩と後輩かもしれない)が、人生を語っていたりする。
世の中の辛さを語るにはシチュエーションを考えようと、助言したくなる。これは、最近のジェンダー問題を超えて、この煙くさい焼鳥屋に連れてきたであろう先輩男子が悪いぞと思う。後輩女子(?)の背筋がシャンと伸びていることから推察するにだが。ひょっとすると昔懐かしい焼き鳥屋に連れて行ってくださいと、後輩が頼んだのかもしれないとは思うが、その可能性はかなり低いだろう。
そんな社会的考察は、まあ、どうでも良いことだし、この店では一人で来てくいくい飲んでチャチャっと帰るのが似合っていると思うのだ。

これはお家でもできそうな料理で、たぶん豆腐をレンジアップすればいいだけだろう

おそらくこの店で一番期待を裏切る商品が、湯どうだと思う。ちなみに、冷奴を頼んでも見た目は同じだ。豆腐が冷たいままか、温まっているかの差しかない。それが潔いと言えば潔い。こちらの気分では、土鍋に入っていて昆布の一切れでも沈んでいる煮た豆腐が湯豆腐だと思っているだけに、初めて見た時は意外だった。いつも湯豆腐を頼むわけでもないので、だいたい注文するのは冷奴で、たまに湯豆腐を頼む。そのたびにギョッと驚いてしまう。経験を通じても物を学ばないのは、ダメオヤジ特性だと思っていたが、実はそれが自分にも適用されるとは。情けないものだ。湯豆腐を頼むたびに(テーブルに置かれるたびに)トホホという気分いなる。

北海道内にはローカル焼き鳥ルールが多いので、札幌式も北海道標準などとは言えない
言葉遣いには注意が必要だ

湯豆腐の次には串を頼むのだが、今回は鳥抜きでタン串にした。なぜか肉の間にたまげ技が挟まっているのは札幌独自なものだろうか。埼玉県東松山の焼き鳥?も玉ねぎが挟んであったような記憶もある。全国あちこちで玉ねぎサンド系焼き鳥は存在しているのだろうか。
札幌の焼き鳥屋は焼き鳥ともつ焼きが渾然一体となっている。というかもつ焼きと焼き鳥の区別がない。東京に行ってもつ焼き屋の親父に「うちはもつ焼きだから、焼き鳥はない」と言われ注文にご指導を受けた記憶が今でも抜けない。あれが東京ショックの第何弾だったかは思い出せないが、地方都市出身者が東京で受ける悪意か善意か区別のつかない洗礼だったのは間違いない。(多分、悪意が大半だと思うが)
その東京ショックに慣れる頃には、自分も誰かに悪意の洗礼を浴びせるようになっているのに気がつきゾッとしたものだ。東京は悪魔都市だと思い知った。だから、地方都市出身者は東京に暮らし続けると、最後まで自分なりの流儀を守り切ることができず、いつの間にか東京風に染まってしまう。染まりきれないものは、東京を捨てて故郷に帰るべきだ。
自分も含めて、魂のどこかを東京というメフィストフェレスに売り渡して、大都市の下っ端眷属に成り果てる。まあ、その下っ端眷属を三代続ければ立派な江戸っ子、東京市民、上級住民になれるのだろう。
たかが焼き鳥からジェンダー問題を超える都市住民の出身地差別問題(笑)にまで思いを馳せる。札幌の焼き鳥屋はあくまで哲学的な場所なのだ。

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魚料理で考えた

最近食べた魚料理で・いわゆる高級魚では無い大衆魚をうまく食わせる店に連続して当たった。ラッキーなことだが、よくよく考えれば魚の旨さに高級も大衆もあるわけではない。うまい魚が大量に取れると安くなる。少量しか取れないと高くなるだけのことだ。最近の高級魚の典型、ノドグロも食べてみたいという客が増える前は、多少お高いくらいの魚だった。
さて、大衆魚の典型といわれているアジ、サバ、イワシ、さんまのチーム青魚メンバーだが、不思議なことにどの魚種も豊漁ということはないらしい。数年前までイワシは壊滅的に取れなかったはずだが、秋刀魚が不良になるとイワシが復活しているようだ。おそらく大自然の摂理みたいなものがあるのでは無いかと思う。だから、この時期のお高いサンマは諦め、大量に出回るイワシを楽しめば良い。料理人も、そういう割り切りであれこれメニューを考えてくれれば良いのだが、客の方が余計な要求をしてしまう。秋にはサンマだよなとか、変なこだわりを言うからたかがサンマが(と言いたくなる)高級料理、いや高価格料理になってしまたりする。勘弁してほしい。
イタリアンの名店で食べたイワシは、安くて美味しい魚を美味しく料理してくれた。感謝しかないが、これと似た料理を真顔で食べたことがある。ポルトガル料理の店だったが、その時初めてイワシ料理がポルトガルではポピュラーなのだと知った。オリーブオイルとハーブの組み合わせで食べたイワシは、誠にうまいものだった。それと同じもの(?)を恵比寿で食すとは、世界は狭くなったものだ。ただ、うまい者には国境がない。

若者向けらしい賑やかな寿司屋というか海鮮居酒屋で、飲み放題付きの宴会コースを頼んだ時に出てきたのが、みたこともない魚の煮付けだった。従業員のお兄ちゃんが五種の説明をしてくれたのだが、うっかり聞き漏らした。食べた感じで行くと銀メロではないかと思うのだが、トロッとした白身の魚だった。これも魚体を想像すると、相当に大きな魚だろう。それを大ぶりの切り身にして一気に大量に仕上げた宴会料理だと思うが、これが思いの外うまい。一人前で調理するより、大鍋で十人前くらい仕立てるとうまくなる類の料理だ。
朧げな記憶であるが、この手のプルプル系食感の魚は深海魚が多かったはずだ。そうしたレア系深海魚をしっかりと食べ切るのは、食の循環として大切なことだなあ、などと旨さ以外のことに感心した。

魚付きが多い日本人として、世界中から魚を集めてくるのも良いが、大衆魚や深海魚といった身の回りの海にいる魚をもっと有効に活用できる社会になった方が良いのではと思った次第。うまい魚料理を食べながら、「外食産業のできることは何だろう」みたいなことを考えただけで他意はありません。

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ご当地パン

3月限定発売の「所沢醤油焼きそば」と隣町である「東村山黒焼きそば」を、ギリギリのタイミングでゲットした。所沢(埼玉県)の方はすでに見つけていたのだが、東村山(東京都)は隣町に行かなければ売っていないのかと諦めていた。
埼玉県のローカルスーパー、「ヤオコー」では東村山黒焼きそばは見つからなかったのだが、ふと思い出したのがもう一つの埼玉ローカルスーパー「ベルク」の存在だった。いそいそとベルクに行くと、なんと醤油焼きそば、黒焼きそばが並んでいた。やれやれ。
さて、東村山に黒焼きそばなる名物があることは全く知らなかった。所沢の醤油焼きそばも、世間的には似たようなものだろう。知名度はこれから伸ばしていくとして、このスナックサンドの味なのだが、どちらも焼きそば+マヨネーズ味なので、食べてみると正直味の違いがわからない。色は確かに違うのだが、パンの中にサンドされているマヨ焼きそばは、味の判別が不能だった。マヨもたっぷりすぎる感じがするから、余計にその差がわからない。
まあ、この手の商品は一度食べて、うんうんこんな感じと思うか、あれれなんだか違うなと思うか、人それぞれの感想で良いのだろう。美味い不味いは超越したところに存在感はある、ということだ。これからやってくる夏祭りであれば、それぞれの街でどちらの焼きそばもローカル縁日で活躍することだろうし、それでよしとしよう……………と町の関係者は思っているだろうなあ。
最近のインフレ市場では、値上げの目眩しであれこれ新製品を投入して値上げ感を払拭しなければいけないので、しばらくの間はこの手のご当地パンが楽しめるかもしれない。
その時には、またお試しするのも良いのだが、ランチパックも含めた新製品はジリジリ200円の壁に近づいている。200円を超える新商品は見たくないような気もするのだが……………

食べ物レポート

金曜夜の喧騒が復活していた

友人たちとの定例飲み会に今回は懐かしのゲストが一人ということで、新宿の夜、それも金曜に出張ってきた。街をすれ違う人の半分は外国人と言いたくなるくらいの訪日観光客がJR新宿駅から歌舞伎町に向かっていたが、その流れに逆らって新宿駅南口を目指す。
店名を見てずっと疑問に思っていたのだが、「のだり半」なのか「だり半」なのか、それをお店で尋ねようと思ってすっかり忘れてしまった。確か鮨屋の符牒で「だり」という言葉はあったはずだが。

店の前に黒板が置いてあるのはよく見かける。日替わり定食だったり、本日のおすすめだったりが描かれている。だが、なんとホワイトボード(それも会議室によくあるやつ)が置かれていると、サラリーマンの方達はそれなりに身が引き締まる思いがするのでは……………
本日の議題は、「天ぷら」と「酒蒸し」です、ということらしい。全員謹聴。

宴会コースなので飲み放題付きで7品(同行者が教えてくれた)とのことだった。まず最初に前菜としてあん肝が出てきたが、この登場の仕方はすごいな。従業員から言われてみるまで、何が出てきたのかわからなかった。あん肝ってメインアントレ風にもなるのだな。フォアグラのソテーならぬあん肝のソテーが存在する気がしてきた。ちょっと食べてみたいかもしれないな。

鮨屋でサラダももはや当たり前の時代だとはわかっているが、こうしてドカンと野菜が出てくるとやはりなんと言いますか、抵抗感というか違和感みたいなものも感じなくはないが。でも、食事のバランスとして野菜は食べた方が良い。それが鮨屋であっても野菜は大事と言い聞かせる。
お味は酸味が強めでさっぱりした味わいだし、わかめは美味しいので文句はない。

ぽんぽんと良いテンポで魚が出てきた。2時間のコースなので料理の出方が良いペースだった。魚料理でのフルコースもなかなか楽しい。ただし、食べ方に手こずるものもあり、さっさと片付けるためにはさっさと食べ終わらなければならないから、なかなか忙しい。出てくる料理はボリューム感もあるので、周りの客層を見ても比較的若めだった。というか、自分たちが最長老的な感じがした。
店内はかなり密着した座席配列で、コロナ前と同じ程度の詰め方だ。それが満席になっているのだから、周りの会話は丸聞こえで、アルコールが入っているせいか誰もが大声で話している。懐かしい光景だと言えばそれまでだが、他人様のあれこれを聞くに都合が良い(笑)ついつい隣のグループの話を聞き込んでしまった。また時代は変わっているのだね。
最後に出てきた鮨の盛り付けを見て、これまたちょっとびっくりだった。ネタが全部「赤」系統で色目の変化がなし。卵の黄色もなければ、イカやタコの白もない。ましてやタイやヒラメの白身魚もない。(厳密に言えば金目鯛は白身扱いだと思うが、皮目が真っ赤だしなあ)
これは、個人的には大革命に近い盛り付けで、目でも楽しむ握り鮨という伝統感は全く考慮されていないようだ。おそらく濃い「味」優先ということなのだろう。一番人気のサーモンが入っていないのは不思議だが、嗜好の変化に合わせて変わっていくのは大事なことだ。そもそも江戸前の握りとは生魚は乗せない食べ物だったのだから、変化がダメだと言うつもりもない。多少はショックを受けながら、それでも美味しく完食した。

2時間ほど食べて飲んで満足したのだが、きっちり時間で終了して次々と時間ですと言われて退出していく客を見ていると、なんとなく昭和バブル期の飲み屋を思い出した。バブルの頃は需給バランスが崩れていて、行きたい店の予約も取れない「店強し」の時代だった。
それがバブルの後は店に客が来なくなり、あの手この手の安売りを含めたサービスが横行した。「客強し」の時代だ。どうやらコロナの後は、「店強し」に戻りつつあるらしい。
戻りといっても、そのバブルを知る人も少ない時代になってしまったし、昔は良かった的なことを言うつもりでもない。ただ、バブルの後に負けた原因を分析して生き残った企業と退場した企業がある。今の時代に合わせすぎると、次の時代に生き残れない。コロナが終わり客が戻ってきたから、多少は損を取り返すと言うのは当然だろうが、儲け方の匙加減が難しい。驕れるもの久しからず、昔の人の警句が耳の中で繰り返しになっていた。

食べ物レポート

普通に美味しいレストラン

食べてしまって気がついたが、これが正面の向きではないのね トホホ

前菜からデザートまでしっかりと食べることはすっかり減ってしまった。社交的な会合に出る機会がなくなったということもあるが、自分のお腹の都合というのもある。食べたいものを食べたいだけなどとわがままを尽くすようになって、結果的にサラダとメインだけで注文おしまいみたいな感じが多くなった。店からするとありがたくない客だろう。その分、せっせと回数を稼いでくれれば良いのだが、それすらもサボり気味となれば、もう来なくていいですよと言われても仕方がない。
そんなダメオヤジが友人に誘われて、恵比寿の片隅にある家庭的なイタリアンレストランにノコノコ出かけてしまった。こじんまりした居心地の良いお店だった。メニューを眺める前からうまそうな予感はしたのだが、友人たちがマダムと相談してシェフにお任せで適当に、ということになったらしい。それに文句はないし、お任せであれば何が出てくるのか楽しみだ。スタートは生ハムといちじく。最近は、この肉とフルーツの組み合わせが気に入っている。昔は塩蔵肉をうまく食べるために甘いフルーツと組み合わせて作られたmrニューなのだろうなと思う。今のように塩蔵肉の塩度が低下してくれば、またちょっと違う意味合いもありそうだが。肉とフルーツ、魚とフルーツという味の組み合わせはもっとバリエーションが多くなっても良さそうだ。和食で言えば、干し柿の和物みたいな感じだろう。干し柿とバクライは一度食べてみたいかも。

イカのマリネは前菜として嬉しい。イタリアンの良いところは海産物に関して自由な発想の調理をすることだと思っているが、イカやタコを食べる国は地中海的な明るさがあるよねなどと勝手に決めている。シーフードとオリーブオイルとガーリックが合わされば、無敵の料理になるのだ。

イワシも日本的な天ぷらや塩焼きとは違う発想で食べると美味い。イタリアンの濃いめの味付けには白身魚よりも青魚が合うと思っているので、これも旨しでガシガシと食べる。トマトとイワシは海の恵みと土の恵みだ。和食で魚を油でソテーした料理にはお目にかかった記憶がない。どこかで食べたことがあるのかもしれないが覚えていない。鰤の照り焼きがソテーといわばソテーなのだろうが、あれはもはや煮魚ではないかという気もする。豚肉の代わりに鮭やギンダラを生姜焼きにすれば和風ソテーになるかなあ。蒸し魚のあんかけ料理はあるから、ソテーにするよりそういった調理法が和食には向いているということだろう。

メインは肉。小ぶりのステーキかと思ったら薄切り肉が重なっているものだった。甘めのソースが絶品で、やはり肉料理はソースで決まると、これまた勝手な感想で納得していた。旨しだった。

そして、これが指定注文していたラザニアで、それも一人前に調整して出てくくる細やかさ。オーブン料理も和食とは異なる発想の調理法だが、これは焼くときに欠ける濃厚系ソースが重要なポイントなので、日本食としては難度が高そうだ。味噌を使ったソース(餡かけ)みたいなものになるのは予想できるが、やはりこのラザニアやドリアに代表される濃厚さは難度が高いだろうなあ。某イタリアンレストランチェーンの最大人気商品がドリアだというのは容易に納得できる。

最後にフルーツソースがかかったアイスクリームが登場してコースは終了した。満腹と満足の程よいバランスだったが、イタリアンでシェフのおまかせというのも、なかなか面白いものだなあ。随分と昔にローマまでお勉強に行った。その時に食べた普通においしい普通のイタリアン料理を思い出した。豪華な食材を使った豪勢な料理より、普通の食材で普通に美味しい料理は提供するのは難しいと思う。まさに料理は素材だけで旨くなるものではないというお手本のようなディナーだった。
来週にでもまた行きたい、そんなお店でありました。マダムとシェフにグラーチェ。

恵比寿駅から山手通りを渋谷方向に戻る 徒歩4ー5分にあるトラットリアでした。

食べ物レポート, 小売外食業の理論

回転寿司 値上げ対策考察

回転寿司の対策あれこれを考えてみた。まず最初は、寿司の皿が回っていないので、回転レーンの回っていくベルトしか目に入らない。これは食欲をそそるものではない。目の前をマグロやエビやウニが回っているから、あれこれ食欲が湧いてくる。追加でもう一皿食べようかなどと思う。黒いプラスチックの板を見ていると、実は相当に食べる気が失せる。
そこで、一生懸命考えました的な「ボード」が回っていた。題して「背徳の三重奏」なのだそうだが……… 広告をあれこれ表現する時に、駅前マンションの広告のようなポエムと形容することがある。中身の感じられない、具体性のない、形容詞がずらずらと並んでいるのが特徴だ。最近では新聞を購入する人も減っているので、もはや廃れた芸だと思っていたが、媒体が折込チラシからネット広告に変わっただけで、「ポエムなコピー(広告表現)」は健在だった。
そして、そのポエムがついに寿司業界まで進出してきたかと、感心した。というより、苦笑してしまった。なるほど、それほど困っているのだね、という感覚がする。食べ物の表現で具体性のない形容詞、あるいは食べ物に使われない形容詞を使って、一世を風靡した「食べ物レポーター」は確かに存在する。ただ、その表現は、言ってみれば「芸風」なのであり、広告には向いていない。
うまさを感じさせ食欲をそそらなければ、広告コピーとしては失格だし、ポエムというしかない。もし自分が広告の発注者だったら、このコピーには相当難しい判断をすることになるだろう。それが苦笑の理由だ。
ちなみに三重奏とはサーモン、チーズ、炙り(これは素材ではなく技法だが)のことらしい。この複雑な内容を。回転レーンに乗ってまわっていく広告で読み取るのは、かなり高度なテクニックが必要だ。少なくとも動体視力が優れていなければ無理だな。

その次に気がついたのが、一皿二貫ではあるがネタは2種類、つまり一貫付けになっているメニューが激増したことだ。この皿は赤貝とつぶ貝の二種盛りで、これ以外に相当な種類の二種盛りがメニュー上にはある。さて、こうした理由はなんだろうかと考えてみると、ネタの数を減らしてしまいメニューが寂しくなった。その対策として二種盛り皿を作ると、数学的にネタの順列組み合わせになるので、メニュー数は爆発的に増える。ただし、客の立場からするとお気に入りの組み合わせを見つける作業はとてつもなく面倒だ。タッチパネルの注文法を変えて、好きなネタを好きな数だけ、ただし注文は2個単位になるというようなロジックを組み入れるべきだろう。
単純に言えば、たくさんメニューがあるように見せかけたい「なんちゃってメニュー改変」だと思う。システム改造にかける予算がないのか、やる気がないのか、どちらとも言えないが………

三つ目に気がついたこと。イカの耳をメニューとして提供するのは、なかなか珍しい。ゲソはたまに見かける。ただ、食材ロスを減らすという意味で、これはグッドジョブだろう。魚は歩留まりが悪い原料なので(通常仕入れ重量の半分くらいが生ゴミ化する)、これまで捨てていた部分を加工して食べ物化するのは大賛成だ。

四つ目として気になったのが海鮮ユッケというか魚の切り身をミックスしてネタにしたものだ。これも食材ロスを減らす意味がある。また、いろいろな魚がミックスされることで生まれるうまさというか「新しい味覚」というメリットが生まれる(かもしれない)。
すでに軍艦巻きの世界は、ウニやイクラという大物ネタではなく、カニカマを使ったマヨサラダ、ツナサラダ、炙りベーコンやチャーシュー、牛カルビなどなんでもありな「食の無法地帯」だし、そのチャレンジが楽しいという面もある。寿司ネタは魚でなければいけないという固定観念を捨て去り、「スシ」とは一口サイズのコメの上に、なんらかの具材を載せたものという設定で考え直せば、新しい世界は生まれる。(ちょっと大袈裟だが)
ラーメンの世界でも醤油が主体の時代に、客の冗談から生まれた味噌ラーメンが今では大定番に変わっている。ハンバーガーの世界でも、照り焼き味はレギュラーバーガーより人気がある。回転寿司の次の突破口は、寿司の常識を超えた新しい味の発見にあるのではないかと思っているのだが。
ただ、そのためには真面目にうまい寿司の再定義をしなければならないはずで、それができるかどうかだなあ。

食べ物レポート

サイゼリアでハンバーグ

もはや日本のスタンダードと言いたいプレーン「ハンバーグ」

しばらく行っていなかったサイゼリヤでハンバーグを食べたくなり、ノコノコと昼過ぎに出掛けてみた。半年前や一年前と比べると、店内がとてつもなく賑やかになっている。春休みに入ったせいか、明らかに高校生と見える集団が多い。
一時期はジジババの姿が消滅していたが、ジジババ率も急上昇で高校生とジジババ集団の二大勢力は完全復活だった。
お値段が多少上がっているはずだが、この二大集団にとって来店頻度を下げるほどのマイナス効果にはなっていないようだ。面白いのは、ランチセット500円を注文している客が少ないように見えることだ。個人的にはランチセットの合挽ハンバーグが結構好みなので、ついついハンバーグセットを頼んでしまう。ランチ以外では提供されていなかいトマトソースも好きだったのだが、ランチメニューから消えてしまったようだ。残念。
レギュラーのハンバーグについてくる目玉焼きをソースにつけて食べると、ああ、サイゼリヤに来たなという感じがする。デミグラソースがかかったハンバーグより、この焼き肉のたれ的なつけソースが好みで、おまけにお値段400円なのだから、サイゼリヤの値上げということ自体に気が付かない客も多いのではないか。
ハンバーグの最後ひとかけらにホットソースをかけて食べた。サイゼリヤで最近の「推し」であるセルフ味変は、ある意味レストランのキモである「ソースこそ我がレストランの伝統」みたいな感覚を放棄するものだが、お好きなように召し上がれという余裕と開き直りと解釈している。

おいしくハンバーグを食べている時に気がついたのだが、冷凍でドリアがテイクアウトできるようだ。おまけに、一個から注文できる。レンジアップで調理できるようだし、これはスーパーやコンビニの冷凍食品よりはるかにレベルが高い気がする。
他のファミレスで販売されている冷凍食品は、業務用サイズと言いたくなる〇〇20個入りみたいなもので、全く購入する気にならない。あるいは、一食サイズだがなんとひとつ1000円みたいなトンデモ価格をつけているものもある。
テイクアウト商売を舐めきっているとしか思えない「塩対応」ばかりだが、このサイゼリヤの一押し人気なドリアを個食で、それもこの値段で提供するというのは、実に戦略的な実験ではないかななどと思った。辛味チキン20個入り1000円みたいな売り方をしていたのを反省した(?)のだろうか。この先のラインナップが楽しみだ。

相変わらずサイゼリヤは面白いことをやる。個人的には「おいしい」より「面白い」が気になる不思議なチェーンなのだよね。