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熊本城のうつくしさ

熊本城が地震で被害を受ける前に撮った写真だが、なかなかの雄姿だ。

アングルを変えてもう一枚撮ったが、どちらにしても今は再建工事が終わるまではみられないお城の姿だ。

天守閣に登城する前にドローン撮映禁止という標識があって、こんなところでドローン飛ばして何をするのだろうかと思ったものだが、最近のドローン空撮全盛時代を迎えてみると、確かにドローンで撮影したくなる気持ちがよくわかる。地面に張り付いた視点から、鳥の目になることはとてつもない変化だったのだ。
確かに、お城の周りを優雅に周回しながら高度を変えた映像は見てみたい。

夕日があたっている時間だった

熊本城が再建されたらまた一度行ってみたいと思うが、その時にはぜひ立ち寄りたい居酒屋がある。熊本市内には居酒屋選手権チャンピオンの名店が何店もあり、素晴らしい(ビジュアルあふれる)料理を手頃な価格で楽しませてくれる。

フォトジェニックな刺し盛り ゴージャスだ

天草産の魚もうまいし、熊本は旅先に選んで決して後悔しない町だ。

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看板のセンス  盛岡の街で

盛岡というまちは、けっこうお気に入りの町だ。函館まで新幹線が延伸している時代だが、ほんのちょっと前まで(個人的感想です)は、盛岡が終点だった。つまり、北の果ての街だった。典型的な江戸時代からの城下町なのだろう、鉄道の駅からお城は遠い。歩いて歩けない距離ではないのだが。
盛岡駅から川を越えてお城の下まで行くと城下町、繁華街に突き当たる。

美しい名前だともう 映画館通り 

20世期文明で最大の娯楽は映画産業だったのは間違いない。だから、盛岡の街にも多くの映画館があったのだねと言う名残がこのバス停だろう。映画館通りにどれだけの映画館があったのか想像するのも楽しいが、当時の若いカップルにとっては「マストアイテム」的なスポットだったのだろう。確か出張に来た時に、1人での夕食の後、この辺りで映画を見た記憶がある。怪獣映画だったか超人映画だったか。ソロ出張には映画館は大切だ。そう言えばスターウォーズも半分以上は出張旅先のローカル映画館で見た。映画館通りから外れた場所に盛岡の繁華街というか飲み屋街があり、路地の照明が意外と暗いので夜歩くとちょっと惹かれる場所だ。そこにある居酒屋が提灯満載の店頭でお出迎えしてくれる。この店はとうとう入らないままにしてしまったが、次に行った時は必ず行きたい店だ。

そして、超有名な大阪心斎橋界隈のカニやらタコやら親父やらの立体看板に負けない「牛」看板。確かに前沢牛は絶品だから、盛岡で牛を食うのは意義がある。個人的にはもう少し古びた、おじさんとおばさんがやっている昔ながらの焼肉屋でホルモンとハラミあたりが食べたいなと思うが。

牛食べたい

当然ながら締めは盛岡冷麺で。

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看板のセンス? 金沢にて見つけたもの

金沢に仕事でよく行っていた頃は全く知らなかった食べ物が「カニ面」だった。テレビ番組で知ったのが何年か前で、ちょっと悔しくなった。ちなみにカニ面とはカニの甲羅に蟹肉を詰め込んだおでんの具。カニ甲羅揚げという最近世界から消えつつある料理のおでん版みたいなものだと思っている。

夏に金沢に遊びに行った時に、とある居酒屋で見つけたお知らせに感心した。いったいどれだけの観光客が「カニ面」求めてきているのかがよくわかる。断るのにも疲れてしまったのだね。もう一つおまけに気になるのは、その横にある「夏だ!ドテ焼」で、これは名古屋のどて焼きと同じものか。ぜひ食べてみたいのだが、冬にカニ面食べにいた時にどて焼きは食べられるのか、そこが心配で仕方がない。

金沢で居酒屋の名店「いたる」はよく行った。当時は本店しかなく、賑やかな店だったが予約が取れないほどではなかった。今は、予約の取れない超繁盛店らしい。そこで予約が取れた支店に行くことにした。

カウンター席で旨いものを食べ、旨い酒を飲み満足したが、確かに金沢らしいものを食べたという記憶がない。金沢名物と言えば「カレー」と刷り込まれてしまったいるのだ。

いかんなあと反省。金沢では鮨屋に行くのが正解なのだが、すっかり忘れていた。それでも当時通っていたショットバーは健在で、馴染みの店がありがたい。

金沢は町歩きに良い町だ。ただし、夏は暑すぎるので要注意。

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看板のセンス 小樽編

個人的な意見であるが、北海道人はユーモアの量が足りないと思う。風土的な問題(冬が寒く家に閉じこもりがち)は、北部東北も同じだが、おそらく最大の原因は150年ほど前に集まってきた戊辰戦争敗軍集団が新明治政府派遣の官僚にいじめられたせいだと思う。負けた集団は政府に逆らうことができなかった沈黙の集団になるしかなかった。というのが個人的な予想なのだが。
おそらく北海道移住民が口を開くようになったのは、戦後になり明治政府の残骸が消えたあたりからだろう。戦後の北海道はいわゆる左翼政党が強い地域だったし、冷戦のおかげで税金がジャブジャブ投入されたので、ようやく経済的に一息つけた。鉄道と空港の整備が行われ観光産業が立ち上がり、北海道人が明るくなってきたのは「北の国から」が流行ったころからみたいな感じだ。

北海道最大の観光都市小樽を歩く時にそんなことを考えた。小樽は戦前は大商業都市として栄えていたのだが、戦後20年も経つとすっかり斜陽化していった。ところがバブルの前あたりから一気に観光都市化した。小樽のホテルは予約が取れなくなるほど賑わったのだが、確かに北海道の中では函館と並ぶ歴史が感じられる町だ。
おしゃれな喫茶店やレストランもすっかり増えたが、この「おもちゃと湯気の出るカップの店」にはちょっと惹かれる。多分、コーヒーなのだろうと思うのだが、湯気の出るカップの中身がスープだったり、紅茶だったり、ココアだったり、はたまたトムヤンクンだったりするのか気になって仕方がない。おしゃれなユーモアと言うべきか。

そして、南小樽から運河に至る観光通りを歩くと豪速球な看板を見つけた。これは確かに北海道ユーモアだ。お父さんが邪魔者扱い、歩く生ゴミ的捉え方、それで良いではないか。確かに観光地でお父さんは浮いているし、絵にならないし、早く帰ろうとか言って家族の観光妨害するし、その早く帰りたい理由がテレビでプロ野球観ながらビール飲みたいとか、競馬中継が始まるからとか言う全く理不尽なものが多いので、家族の賛同は得られない。

きっとここではペットにおやつを与えるように、観光の邪魔になるお父さんにはビールと柿の種でもあてがっておけと言う場所なんだろうな。

迷子預かり所とレベル的には同じだね。

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空港でラーメンという贅沢

緊急事態宣言という名の強制された自粛が終わると、一斉に外に飛び出すかと思われた日本国民の皆さんは、意外とステイホームを続けている。それほどコロナ が怖いのかということだが、テレビを始めてとして狼少年的発言が止まらないので、無理もない。テレビ大好き人間にとってはステイホームで朝からテレビは理想の生活なのかもしれない。
政府がこれからやろうとしている「観光しようぜ大作戦」を成功させるには、この気分を変えないとうまくいかないだろう。

朝一番の光景ではない

各地方自治体の発言を見ても、「今は俺ん地に来るな」が圧倒的で、ところが観光産業は苦しいから夏休みには首都圏からジャンジャン観光に来てねというのだそうだ。それまでは県民同士で県内観光だって。正直言って甘えるなと言いたい。都市住民をバカにしすぎてると思う。今は来るなと自粛警察放置して他県ナンバー狩りをやめないところに誰がいくかよって思わないのか。まさしくダブルスタンダード。これの拡大版が外国人観光客誘致再開にあたると思うが、下手をすると「外国人入国反対」の大騒ぎになると思う。それを宥める対策を取ると、今度は面倒くさいと外国人観光客に嫌われつかもしれない。日本スタンダードとはそんなものだと思う。
そもそも今の空港の景色を見れば、夏以降は航空運賃値上げは間違いないと思うし、政府の補助金当てにして各種ツアーも値上げの嵐になるだろう。海外旅行に行けないから国内旅行って、そんな簡単に変えられるものか?もともと国内でも人気スポットは限定されていて、その人気から外れた場所が外国人観光客で埋まったからのインバウンドブーム。日本人の人気で観光名所にする努力をさぼっていたところにいきなり日本人が押し寄せるものだろうか。甘いよねと思う。この際、もっと日本人好みに大改造するぞ、インバウンド当てにしないぞ、というところだけが勝ち残り生き残ると思うのだが。

えびそば 旨し

こんな厳しい状況の中で店を開けて営業すれば絶対赤字だろうという人出のなくなった空港で営業しているラーメン店には本当に頭が下がる。いつもは長蛇の行列で1時間待ちになったりしていた店が、ふらっと入ってすぐ食べられる。申し訳ない気分にもなるが、せめてこんな時には、空いているお店に敬意を表して美味しくいただこうと入店した。本店でも食べてはいるが、やはり海老スープラーメンはうまい。また行列が戻れば食べられなくなるとは思うが、早く元のような行列店に戻ることをお祈りしてますね。

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看板のセンス 京都編

京都の町を歩くときは裏通りが面白い。新京極の商店街の裏通りにはひょっこりと不思議な店がある。

未だによくわからないのが、このネーム店という存在で、調べてみれば正体がわかりそうな気もするが、謎は謎のままの方が楽しいかもしれないと放置している。京都の人には当たり前の商売「ネーム屋」なのだろうが。

衝撃的だったのはこの看板「包まぬ豚はただの豚」。よくビルの壁面に大きな看板がかかっていて「あなたは神を信じますか」とか、「東京オリンピックをみんなで応援しよう」とか、意思を強く訴えかける押し付けがましい広告がある。それと似たような「日本包豚普及協会」みたいな組織のキャンペーンではないかと思ったのだ。おまけに豚料理店で緑色の看板、いろいろと考えさせられた。一度入ってみようかと考えたが、京都で豚を食うより、もっと挑戦すべきものはあると思い直したのだが。やはり気になる。

そして、先斗町辺りを歩いていて見つけた「日本珍百景」的な建造物。これは木を切るのが嫌で壁に穴を開けて立てたのだと思うが、この木の下には根が広がっているはずなので、基礎工事をどうしたのかとか下水の配管はどうしたのかとか、いろいろなことがとても気になる。
もしかして家を建てた後、壁を食い破って木が成長してきたのかとも思うのだが、それだと家の床下の真っ暗闇の中でじわじわと成長したことになり、まさしく怪奇現象だ。
それ以上に木の横のパイロンの駐車禁止が不可思議。こんなところに車止められるのだろうか。

ああ、京都は日本の「怪しげなもの」の中心地だと実感した。

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看板のセンス 長崎編

長崎は所用で何度か行った。コンパクトな街で路面電車と徒歩で街歩きができる楽しさがある。出島跡地を歩くと歴史を感じるよりも、この辺り一帯は海だったはずなのに、こんなに埋めてしまったのねという不思議さだった。

その長崎の繁華街、アーケード商店の一角にある「吉宗」、よっそうと読むのだそうで、ずっとよしむねだと思っていた。名物は、大きな茶碗蒸し。そして、ありがたいのが卓袱料理個人向け。卓袱料理といえば大卓で多人数で楽しむものというイメージだったが「お一人様」対応されていた。ありがたいことだ。その店舗正面の提灯が素晴らしい。特にこれは夜見ると、余計に見事なものになる。

1人卓袱を堪能して電車に乗って、かの有名な思案橋界隈まで遠征すると、このゲートがお出迎えしてくれる。大都市の繁華街ではビルの中に引きこもっている飲み屋も、この思案橋界隈ではせいぜい2階建てなので、そぞろ歩きが実に楽しいし、びっくり看板発見の機会だ。

思わず笑ってしまったのがこれ。店長の気持ちがよくわかる。

鉄板メニューと書かれているが、これは鉄板の上に乗った熱々ジュージュー系の料理なのか、注文するならこれに限るという自信作としての鉄板なのか。煮込みハンバーグはわからないでもない。手作りで手間暇かけて的な名品だろう。焼うどんがちょっと微妙。全国的には、ここは焼きそばあたりが来そうだし、名古屋だと間違いなく卵のかかった鉄板ナポリタンになる。焼うどんって、ちょっと地味かなあ、味付けは醤油かな、ソースかななどと妄想する。長崎市民には焼きうどんが定番なのかもしれない。
そしてトルコライス。これは、長崎の絶対定番で良いのだが、飲み屋でこうしたヘビー級の飯食うというのもちょっと・・・。

多分、2軒目で締めのトルコライス的な位置づけなのに違いない。

長崎の人は強靭な胃袋を持ってのだ。

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看板のセンス 高山編

岐阜県高山市は、観光地として名高い。牛の名産地でもあり、朴葉味噌焼きも楽しめる。高山ラーメンはあっさりしていて好みだ。朝市も有名で「カブ」の漬物を買いに行ったこともある。

そんな高山のローカルキャラクター「さるぼぼ」。これは最近できたばかりの新興キャラではなく、昔からのお守りのように使われてきた伝統ものだそうだ。子供の健康を願うものだったらしい。

そのお守りを「食ってしまえ」というのは、ずいぶん乱暴だなあと思ってしまったが、よく考えると「ペコちゃん焼き」とかいうキャラたべものもあるし、そもそも元祖人形焼は神様を食っちゃうわけだからねと、思い直して。

カップに入ったサルボボを一つ調達した。お土産にどうぞと言われてもう一つ追加した。ただ、これを食べる時はさるぼぼとはなんなのかがわかっていないと楽しめないか。土産物店では、このさるぼぼの小さいマスコット人形も売っている。

全国に広がる「田中」さんとよく間違えられる「中田」さんは、意外と少ないのだ。おそらく北陸地方出身者が多いのだろう、富山や石川、新潟あたりでは「中田屋」の屋号をたまに見つけることがある。聞いた話では明治になって名字が名乗れるようになった時に、山の上から「上田」「中田」「下田」と、ずいぶん安直な命名がされたそうだ。(本当かどうかは確かめていないが)

高山で一番感心した看板はこれ。店主の意気込みが感じられる。「肉食男女」って、どういう人たちかな、あまり想像したくないし、できればあまりお付き合いしないほうがいいような気もする。夜な夜なガッツリ肉を頬張るカップルか。史上最強の霊長類という言葉が脳裏をかすめていく。

やはり高山ではラーメンがよろしいかと。

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看板のセンス 高知編

外出制限を地道に守っていたら、ネタ切れ状態で、また過去写真からいろいろ取り出してみることにした。街を歩く時に発見した面白看板を写真に撮る。趣味みたいなものだが、あとになった見返すとなかなか興味深いものが多い。ただ、どうしてこんなものを撮ったのだろうと悩むことも多いが。

高知で見つけたのは、商店街の中にある居酒屋の店頭で「カツオづくし」のメニュー板だった。
「カツオちちこ」は心臓のことだったと思う。「はらんぼ」は腹部の下にある皮まわり。人で言えばおへそ周りの肉にあたる。カツオの餃子は食べてみたいが、カツオの中に混じる「龍馬サラダ」が微笑ましい高知人の龍馬崇拝だ。
ただ、そのサラダの中身は相当気になるが値段を見ると、そして龍馬の名が入っていることを考えると、高知の名物がてんこ盛りに入っているのだろう。

商店街にある食堂で売っているテイクアウト用のおむすびも珍しい。一度食べてみたいものがと思っているが、まだ手を出したことはない。確か店内でうどんと一緒に食べられるはずだが。高知の謎の食べ物だ。

そして、高知の謎の最上級がこれ。高知名物は、この屋号「一軒家」なのか、左サイドにある「鳥の足付焼」なのか。この店にも一度入りたいと思いながら、未だに果たせずだが。香川の骨付き鳥みたいなものかなと想像してみたが、足つき焼きとわざわざ書いているから上半身と下半身が揃った「半身焼き」みたいなものだろうか。謎は尽きないな。

高知帯屋町商店街、歩くには楽しい場所なのだ。

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ビジネストリップ 考えてしまうあれこれ

2ヶ月ぶりのビジネストリップだった。自粛の間は外食をしていなかったので、必然的に旅先で約2ヶ月ぶりの外食となった。ところが、当然ながら繁華街ではレストランの大部分が自粛という名の強制休業中で、食事をするにも場所探しがなかなか大変なことになっていた。ようやく見つけたラーメン屋で、久しぶりに食べたラーメンだった。食べる前は、2ヶ月ぶりの外食だけに、さぞかし感動することだろうと思っていたが・・。実は何の感動もなく、普通に食べておしまい。普通の醤油ラーメンで特にかもなく不可もなく。まあ、こんなものなのかもしれないな。

普通の醤油ラーメンの感動とは?

晩飯もどうせ状況は変わらずどころか、もっと悪いという予想の上で、あらかじめスーパーで惣菜を買ってきてと思っていた。ただスーパーの惣菜は、1人で食べるには量が多すぎるものなので、選択には苦労したが。ただホテルに戻ってもレストランに入る気にもならないので、部屋に引きこもったらちょっときれいな夕空を見ることができた。北西向きの部屋だったので、陽が落ちるのをみながら、ゴージャスな気分での晩飯となり。普段だと飲んだくれている時間だから、これは「お宝な時間」が棚からぼた餅的に手に入ったことだなと満足してしまった。

この世の中、悪いことばかりでもないということだ。