食べ物レポート

道の駅で名物外し

芦別という町に両親が住んでいた。父方の実家だが、戦前には小作人も雇う農場主だったらしい。戦後、農地改革で没落?した農家で、先祖を遡ると富山からの移民だ。小作人の次男だか三男だかだったそうだ。伝統的な農家一族た。
母方は樺太からの引揚者で、夫は戦病死した母子家庭で、北海道に引き揚げ後は厳しい暮らしぶりだったようだ。当時の芦別は炭鉱景気にわく賑わいのある地方都市で人口は5万人近い。映画館が何軒もあり、飲み屋の数は北海道第二の都市旭川に次ぐ規模だったそうだ。戦後の外地(本州と四国九州を除く、日本の植民地で辺境部)からの引揚者の受け入れ地として、他の産炭地と同様に機能したようだ。
その町も今では過疎の波に襲われ、映画館もなくなり飲み屋もすっかり減ってしまったが、石狩平野から十勝平野へ抜ける幹線の途中にあり、道の駅はなかなか繁盛している。駐車場も広いので富良野に行く手前の休憩場所としては最適だ。
ちなみに富良野は外国人観光客も大量に押し寄せる観光地なのだが、駐車場が思っているより少ないので、混雑時はトイレに行くのもちょっとした難作業になる。富良野の手前であれこれ用事を済ませておくにこしたことはない。
自分はたまに実家の墓参りにいくので、それなりの頻度でこの街を訪れている。

さて、その炭鉱で栄えた町で、炭鉱夫(古い言い方だ、今で言う炭鉱構内作業員か)に人気のあったあんかけラーメン「ガタタン」が名物だ。道の駅のレストランでもガタタン関連メニューがたっぷりある。ただ、個人的にはどうにも苦手なメニューなので、客席のほぼ全員がガタタンを注文している横で、あえて味噌ラーメンを注文した。
ガタタンはあんかけなので、口内をやけどしやすい。それがトラウマになっている。決してまずいから嫌いというわけではない。ともかく、麺の上に乗っているあんかけが大量すぎて熱量もすごい。危険物だと思う。
その結果、今回食べることにした味噌ラーメンだが、うーん、なんだかこれは味噌ラーメンと別物に思えるほど、一般的な味噌ラーメンとは離れている。まずいとは思わないが、なんか違うなあと、微妙な違和感があるのは何故だろうか。平板すぎる見栄えのせいか。まあ、味噌ラーメンを名乗るラーメンには、この手の不思議な変化が起きているものは多い。全国各地で、「不思議味噌ラーメン」とはよくであう。店主が味噌味だといえば味噌ラーメンになる世界だ。それでも某ちゃんぽんチェーンの味噌ちゃんぽんを食べた時は、思わずふき出した。言ったが勝ちの典型だったからだ。

やはりご当地名物を素直に頼んでおいた方が良かったのかなあ、と反省した墓参りの途中の出来事であります。この店はセルフサービスの店なので、商品が出来上がると呼び出し番号とメニュー名で呼ばれる。つまり、他の客が注文したものが全部わかる。みんな、ガタタンだったのですよ。やはり数は正義なのかもしれない……………

コメントを残す