WEBで連載されていたものが書籍化され、コミカライズを経てアニメ化されるという、現代日本のメディア戦術を順当に繋いできた典型的作品だが、全くそんなことを知らずに読み始めた。
中年サラリーマンが現世では死亡して異世界に転生するという設定は、やり直し人生願望をもつ「サラリーマン」の支持を得た文学ジャンルとして確立した感がある。もともと少年少女向けハイティーン)向けのジャンル小説だったライトノベルは、主にファンタジーやSF的設定がなされたい世界で生きる同世代の主人公に感情移入して楽しむものだったはずが、いつの間にか元ハイティーンを読者とする中年向け小説に拡散し進化したということだろう。
その昔は怪しい耽美小説などと言われていた少年愛を描く作品もいつの間にかBLと呼称変化がなされて、文学ジャンルとして確立したのと同様な変化だ。元・少年少女を対象にした領域拡大であり、そのジャンルに根づいた主客層を逃がさない、取りこぼさないというきわmて真っ当なマーケティング戦略でもあるのだなと思う。少年ジャンプを読んで育った高校生を対象にヤングジャンプができ、その後社会人に成長した元ジャンプ読者をビジネスジャンプで逃さずに取り込む。まさに、これと同じ作戦で成功モデルを作ってきた。
煽りを喰らったのは本来はコミックを卒業するはずの、大の大人が読む(はずの)ミステリーや歴史小説で、この手のジャンルではベストセラーが全く出なくなっている。かたや累計1億部などというお化けコミックもあれば、累計1000万部というラノベの大ヒット作と比べると、一般小説はもはや消滅しつつあると言っても嘘ではないだろう。
とまあ、現代の文芸世界をザクっと眺めてみて思うことは、中年サラリーマンを読者層に設定したサラリーマン転生作品が多いことだ。そして、概ねよく売れている。その中でも、転生後にサラリーマン意識を持ち続け、異世界との文化摩擦・価値観の転換・異種族差別など現代社会にも存在する課題をデフォルメして見せるものが人気作として大量変化する傾向が見える。
すでにラノベ界最大のベストセラーであろう「スライムに転生したお話」は、一般サラリーマンが世界政治を語るまでの存在に成長しているが、中身はほとんど事なかれ主義のサラリーマンだ。
この作品では生き残るため仕方なく選択した仕事が「人を治す」という社会貢献度の高い職業であり、いつの間にやら社会改革を目指す「良い人」として成長するという形式になっている。魔王と対峙して世界を救うという少年向けラノベのテンプレ展開を、大人にはあれこれ事情があって、下ネゴやらヨイショやらやらせやらという腹芸も使いながら、変形させちょっとほろ苦く仕立て上げた感じだろう。
おまけにこの物語に出てくる大人は、ほぼ全員腹黒い悪党、あるいは悪党もどきであり、完璧に信頼できるのは奴隷契約で結びつけた、決して裏切らない手下だけなのだから、ほろ苦さもかなり増している。
表紙に描かれた爽やかな好青年風の主人公だが、お話し場はかなり屈折している。これはコミックではなく、原作ん小説、それも書籍版を読むほうが良いのかもしれないなと思う「サラリーマン小説」でありました。
