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首里城 再見

火災で消失した首里城本殿?が再建工事中で、その建築現場が古代寺院の修復工事のような、外観をぐるっと囲む建屋で覆われていた。ちょっとした違和感もあるが、再建工事中に再度の火災などリスクを犯すわけには行かないのだろう。悪意あるものの存在を考えると、放火防止の方が主目的なのかもしれないなあと思ったりもした。

10年近く前に焼失前の首里城を丹念にみて回ったことがある。琉球王朝の文化遺産は興味深く一番近くにある異文化という感覚があった。建築様式をとっても大陸帝国の影響が強いことは一目でわかる。
近畿圏で見る鮮やかな朱色とは異なり、鈍い赤があしらわれた建物は、やはり草原という感じがするものだ。再建後の首里城は、ぜひ近代的な防火施設を備えてもらいたい。少なくとも日本各地から寄せられた義援金、寄付金は火災の再発防止に役立てて欲しいものだ。

ただ、首里城自体は先の大戦で焼け落ちていて、この前焼失した建物は再建されたものだ。建築当時に近い原材料を使い忠実に再現されたらしいが、歴史的遺物としては再建物でそれも数十年しか経っていない。沖縄のシンボルというには、ちょっと新しいかんじもする。
やはり、歴史を感じさせるのは独特の様式を持った石垣だろう。琉球王朝が琉球諸部族を統一した証として建築された大城郭の重みがある。

独特のアーチがある琉球様式とでも言いたくなる城壁は、戦国期に数多く建てられた城とはだいぶ趣が違う。早い時期に世界遺産認定されたのもよくわかる希ガスr。

琉球王国のシンボルとして残されている守礼の門と、近世日本の江戸城や二条城大手門を比べると、武の国と文の国の違い、治世に関わるものの発想が異なることが表れている気がする。江戸期は太平の世が長く続いたという評価がなされることが多いが、あれは武断による平和だったのだと理解している。部による統制が地方豪族の末端にまで行き渡っていたからこその平和だ。現代日本の統治形態もそれに近いが、現代の国家武装は(対外ではなく対内対応として)江戸期と比べて脆弱な気もする。
琉球王国に学ぶとすれば、その文治の有り様だろう。

資料館で見た首里城のジオラマはなかなか考えさせられるものがあった。平地の中央にぽこりと小高い高地があり、その全域を首里城としている。政治の拠点というより軍事拠点であることが明らかだ。防疫立国をしていた琉球王国は、政庁を港のそばにおいても良さそうなものだが、そこまで防備を緩めるつもりもなかったと見るべきか。

山頂部分は全部が城の領域だ

世界遺産に認定されたとはいえ、沖縄にある城はあれこれと歴史的な政治活動を考えさせてくれる。文化遺産というよりも、権謀術策の記憶と考えた方がよさそうだ。
などと怪しい考えをめぐらしてはいたが、早く再建工事が終わると良いなと思う。首里城で食べるブルーシールのアイスクリームはとても美味しいのだ。

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