
古くからの友人との飲み会で神田に行った。予備知識なしで出かけたが、店の前で看板を見て「おやまあ」と驚いた。味坊という店名から大衆居酒屋を想像していたのだが、なんと火鍋屋、それも本格派の店みたいだ。おまけに羊肉店だと書いてある。これは明らかに「和」ではなく「華人」料理ではないか。
店内の従業員も明らかにチャイナな方達だった。メニューは大陸北方系の料理らしい。店内に残っている匂いも明らかに中華系スパイスだった。
最近押し寄せてくる大陸系インバウンド旅行者にとって町中華の料理は「日本料理」なのだそうだ。その典型がラーメンであり、餃子であり、チャーハンらしい。正統的なチャイニーズとは全く別物で和風アレンジされた、まさに和食なのだそうだ。だから華人が華人のために調理する「中国料理」と呼ぶべき料理とは似て非なるものだ。
町中華のメニューは100年掛でアレンジされた創作和風料理だろう。確かに日本で食べる酢豚と大陸で食べた古老肉は似ているが違う料理だと思う。この店は神田にあるが「中国料理」店であり、中華料理店ではないのだろうなあと感じた。

看板にある通り、羊肉が「推し」メニューで、羊肉串焼きを注文した。味はまさに羊肉だったが、スパイスが日本的な中華料理の定番、ニンニク+生姜ではない。八角、ういきょうなど大陸系のスパイスだった。最近ではサイゼリヤでもこの手のメニューがあるので、羊肉が日本に定着しているとは思うが、味付けはやはり日本アレンジの方が主流だろう。羊肉を煮たり焼いたりして食べる文化圏はユーラシア大陸中央部を中心に、中国東北部から中東までの幅広い地域に広がる遊牧狩猟民文化と一体の食文化だろう。

極めて一般的な空芯菜の炒め物も味付けが違う。町中華であればニンニク塩味が主流だが、ここではやはり八角系のチャイナな味がする。従業員曰くさっぱりとした味付けとのことだったが、これは濃厚野菜炒めとでもいうべき代物だろう。日本人的な感覚からすると、さっぱりとはだいぶ遠い。ご飯のおかずには向かないが、羊肉と食べ合わせるにはこれくらいの強い味付けが必要だと思う。

厚めの餃子の皮に、これまたたっぷりとニラを入れた餡をくるんで焼いた「餅」が出てきた。日本語でいうところの「もち」ではなく、チャイナなモチである「ピン」だろう。まさにサイドアイテムではなく、腹持ちのするメインディッシュだ。これだけを昼飯にすると、ちょっと変わったチャイニーズランチになりそうな気がする。日本的にアレンジすれば「肉まん」になるのだろうけれど。案外餃子の原型はこんな料理だったのかもしれない。
ちなみに日本的な焼き餃子は「中国料理」には存在しないらしい。日本では飲茶で出てくる水餃子のようなものが、いつの間にか「焼き餃子」に変わったようだ。ネタ元は台北にある北京料理屋の大将に聞いた話だから多分正しいと思う。
余談だが台湾にある北京料理屋は高級店が多い。それは台湾成立の政治的事情と絡んでいるので、あまり追求してはいけないらしい。ただ、宮廷料理の流れを汲む正統北京料理店がなぜか台湾にも多くあるし台湾のローカルである台湾料理も多い。中国料理をお勉強するには台湾が便利なところなのだ。
焼き餃子に近いものは、餡を包んだものではなく、端を閉じでいない筒状のものだそうで、これは日本でも紅虎餃子房で提供している鉄板餃子とほぼ同じだった。
この店の大判焼き餃子もどきは気に入ったので、またいつか訪れて見たいものだ。