
隠岐島と聞くと、反乱を起こして負けた天皇が流された場所、くらいしか思い浮かばない。そもそも鳥取県、島根県といった日本海側にある西国にはほとんどご縁がなかった。仕事柄、何度か工場視察に訪れたことがある程度で、名所もよく知らない。出雲大社だけは何度か立ち寄ったことがある程度だ。
水木しげるロードの視察にいった境港で、ここから隠岐島に行くフェリーが出るのかと、初めて気がついたくらいだ。隠岐島に関しての地理的感覚、あるいは関心は極めて薄いものだった。
だが、ある時、これも仕事柄知った情報で隠岐島に関心ができた。隠岐島の牡蠣を拡販するために新型の冷凍設備を大量に使用していると言う話だった。これは特殊な冷凍設備で、磁力を使い牡蠣の中(牡蠣以外の食品でも)にある水の分子の方向を揃えて冷凍すると言うものだ。詳しい理屈は理解できていないが、水分子の方向が揃っていると、解凍するときに味が落ちないらしい。
この最新型設備を大量導入している事例として紹介されていた。生の牡蠣と冷凍牡蠣を食べ比べてもその差がわからないらしい。同じようにケーキなどを冷凍すると、やはり従来の冷凍物とは格段の品質差がある。その話を聞いて隠岐島の牡蠣を試食してみなければなあとおもった。もし本当に優れた冷凍設備であると納得できれば導入してみようと考えたのだが、その冷凍機一台がとてつもなく高い。どうしようかと散々迷った挙句に諦めたのだが、その時食べた牡蠣の味がどうにもすごかった。
冷凍でこのうまさなのであれば、生ではどれほど美味いのか、と言う疑問がずっと解決されないまま、随分と時間が経ってしまった。
長い前置きだが、その隠岐島の生牡蠣をようやく食べることができた。お値段はかなりのものだったが、確かに美味い。記憶の中にある冷凍物の味は、確かに限りなく生の牡蠣に近かったようだ。これで残っている人生の宿題の一つが片付いた。めでたし。
確かに、離島で優れた産物があっても流通の問題は大きい。時間的な制約もあるが、輸送コストの負荷もある。生と変わらない品質を守れる冷凍技術は、確かに福音というべきしろものだ。個人的には、あのときにケチって新型冷凍機の導入を諦めたことを本気で後悔した。まあ、ビジネスというのは失敗の数だけ伸び代がある、などと悟ったようなことを言うつもりもない。正しい教訓は、予算をケチったことによる失敗は取り返しのつかない大きさになる、と言うことだろう。

そんな不甲斐ない昔の自分を思い出しつつ、牡蠣に劣らずうまい白バイ貝の刺身を食べて、我が身を慰めることにした。美味いものを食べてほろ苦い気分になるとは、島根の夜はなかなかに厳しい教訓に満ちていた。