旅先に行ったらご当地名物の美味いものを食べたい人は多いだろう。個人的には最近になり、仕事としてあれこれ試食をしなければならないぞなどと、強迫観念に襲われることもなくなったので、適当にご当地名物を楽しめば良い「お気楽モード」になった。めでたい。
だからというわけではないが、ぶらりと歩き回るうちに目についた立ち食い蕎麦屋に入ることが多い。昔はお江戸の駅前や駅のホームにやたらとあった立ち食い蕎麦屋も、この数年で激減したようだ。疫病の影響とはこうも深刻なるものかと嘆きたくなる。
もともと立ち食いそばという業態は商売として滅びゆくものだったのだろう。駅ナカ環境の変化(経営の変質)も大きいが、何より人手不足の影響が深刻だ。(早朝から深夜までの長時間営業が主流なので人の手当が大変)
それでも、いまだに営業を続けているありがたい店を見ると、ついつい応援がてら暖簾をくぐってしまう。
お江戸でいえばターミナル駅周辺にはいまだに立ち食いそばがわずかに生き残っているが、駅の中、特にホームの蕎麦屋で生き残っているのは、この品川駅山手線ホームと、あとはどこだろうか。五反田はまだ生きているはずだが。立川のホームの蕎麦屋はどうだったか。確か自動販売機売り場に変わっていたような気がする。

店内に「名物はコロッケそば」と書いてあった。おすすめのまま久しぶりにコロッケそばを頼んでみた。これはお江戸のチープ・グルメの典型だとずっと思っている。今ではコロッケトッピングも全国に広がっているようだが、具材がイモだけのコロッケが乗っているそばは、中身が少なくほぼ衣しかない「かき揚げそば」と双璧をなす、立ち食いそば界の二大スターだろう。実にチープだ。
コロッケもかき揚げも蕎麦のつゆを吸ってぐだぐだになる頃が食べ頃だ。コロッケから染み出す油分がつゆに濃厚さを加える。といえば格好良いが、実際にはちょっと伸びた柔らかい茹で麺と溶けたコロッケという炭水化物のみの組み合わせに「脂肪」が加わることで旨みが増す。タンパク質は………基本的にゼロだ。チープだ。
海老天そばとは比較するまでもないが、ゲソ天そばと比べるてみても2段階ほどレベルが下がる。明らかに上等感にかける。だからこそ、これが良いのだと思うし、この安っぽい味が好きなのだと自己弁護する。
汁を吸ってぐだぐだになったコロッケは、そばを食べ終わったあとに、最後の締めとして一気に食べる。なんとなく貧乏感丸出しな食べ方だが、お江戸に出てきて初めてコロッケそばを食べて以来、この食べ方はずっと変わらない。まさにチープの王道だ。
ちなみに生まれ育った北の街では、コロッケそばは存在しなかったように記憶している。今でも、多分売っていないのでは? 不確かな記憶であるし、次回確かめてみようか。

今回の旅の続きで、たまたま岡山駅で立ち食い蕎麦屋を見つけた。在来線と新幹線の接続口近くにある。ちょっと引っ込んだ場所で、知る人ぞ知るというか、通過する旅行客は相手にしないぞと言いたげな立地だった。
JRグループ各社の経営方針というか、駅ナカ開発による収益拡大路線で、一番えげつないのがJR東日本だというのは誰しも認めることではないか。特に首都圏の巨大ターミナル駅は、すでに多毛作による商業施設への転換が進み、なんとも異質な空間になっている。おまけに地の利を占めるJR(運営子会社)が、家賃ぼったくりするため駅ナカ施設はほとんどが高単価な店になりがちだ。
そのJR東日本の次に大規模駅を抱えるJR西日本だが、どうも駅開発のコンセプトがふにゃふにゃしている感じが強い。当然ながら、収益性を考えたビジネスミックスを構想しているはずだが、なぜか立ち食いそば撲滅推進派のJR東日本とは反対方向を向いているようだ。つまり駅そば存続派であるらしい。
JR西日本最大のターミナル駅、新大阪ではまだ立ち食いうどん屋が健在だった。(この前行った時までは)そして、岡山では立ち食いではなくカウンター席がある「座れる蕎麦屋」だった。えらいぞJR西日本。

ということで、岡山駅ではちょっと奮発して営業応援してしまった。トッピング全部乗せを頼んだのだが、なんと料金はかけそばの2倍近い。が、これも一期一会だ。おそらく二度とこの店でそばを食べることはあるまい、と大盤振る舞いしてしまった。
実食した感想は、東西における食文化の違いでがはっきりしている、つまり出汁が違うということだ。おそらく昆布とアゴだしだと思う。甘めでやさしい。お江戸のだし、つまり醤油の辛味がガツンと来て鰹出汁の強烈さが支える「濃いつゆ」とは全然違う。そばも柔らかめで腰がほぼない。
コロッケそばのチープさと比べると、お上品というか料理として一段上の感が強い。小倉で食べた九州系?とはまた違う、西国の味だった。確か、姫路でもホームの立ち食いそばが現役のはずで、機会があれば西国立ち食いそば比較をしてみよう。ぜひ立ち寄ってみたいものだなあ。