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土産物菓子 バラ買いはうれしい

山口の駅コンビニで発見した地域の土産菓子はなかなかのバリエーション豊富な楽しいものだ。ただ、実に面白いと思ったことだが、県庁所在地である山口駅にはコンビニがない。いや、何もないと言ってもいいのではと思うくらい駅が簡素化されていた。トイレも昔ながらの薄暗いもので、ここに観光で来るというのは実に考えにくい。受け皿がないのだから、リピート客などくるはずもないだろう。手に入れた土産菓子は岩国と下関の立派なコンビニ、土産物店で手に入れた。

バターとミルク抜きで作ったマドレーヌ というか柔らかい小麦粉煎餅?

バラ売りされているものには和菓子のラインナップが多い。つまり、それはこの地で江戸時代以降砂糖が潤沢に供給されていたことを意味する。当時の砂糖原料はサトウキビが主体で、南方貿易が盛んであれば入手しやすい。戊辰戦争の薩摩、長門など西国革命軍というか反乱軍は南方貿易で戦費を稼いだから、九州、中国地方で老舗菓子屋、つまり砂糖大量使用者が多いのは納得できる理由がある。
伝統文化の継承地、京都は幕末になるまで随分と寂れた都市になっていた。それでも腐ってもタイで老舗菓子屋は生き残っていたが、虎屋のような目先の効く商人はお江戸に転出している。ある意味保守的、ある意味変化に対応できない店が京都では老舗として生き残ったとも言える。少なくとも江戸時代に京都に金持ちはいない。寺社も公家も幕府からの下賜されたあてがいで生き延びていたはずだ。貧乏遊民の街が京都だろう。
ところが政治の中心江戸と、米経済を回す大阪では、当然ながら高級遊民が多かったので老舗の菓子屋が続いている。同時期、地方都市で菓子が名物になるほど経済力のある街は数えるほどしかない。

どら焼きは驚くほどバリエーションがあるが、これはどちらも伝統スタイル

今ではスーパーで当たり前に1個100円程度で売られているどら焼き、カステラだが、ルーツを辿れば大名クラスが食べる高級菓子だ。ふんだんに使われる砂糖は、庶民に手が届くものではない。それが名物になっているということは、長門は金持ちの国だったのだ。
手に入れて二種類のどら焼きを比べてみた。中身はどちらもうまい。ただ、パッケージが全然違う。上の方が高級そうに見える。化粧箱に詰め合わせたもの4個入1000円と言われても納得する。かたや、下の方といえばスーパーのパン売り場の横に山積みにされて本日のセール1個100円 お買い得 などと書かれていても不思議ではない包装だ。
食べ比べてみればわかることだが、どちらもうまいし、菓子としてのレベルは高い。だからこそパッケージが与える印象の重要性がよくわかる。個人的には、「遅いぞ、武蔵」の方が好みの味だったが、手土産にするには包装が安っぽいのでちょっと残念だった。ただ、このネーミングが良いではないか。

そして、どうやら長門国で1番の人気者は、ふわふわ系洋風まんじゅうだ。封を開けて中身を見ると、萩の月とも鎌倉カスターとも見える。似たもの系で言えば那須の〇〇とか、〇〇カスターとか、日本随所で発見できる。
目隠しして食べるとその差がわかるかどうか。個人的には全く自信がない。中身は一緒でどこかの会社がOEMで作っているのではないかと思いたくなる。

ただ、外見を見るとこれはなかなか秀逸なパッケージで、おまけにネーミングも素晴らしい。「月でひろった卵」とある。同じシリーズ商品で味違いがある様だ。なぜダルマなのだろうと疑問に思ったが、どうやら長門国、古の領主大内氏のダルマがモチーフになっているのだろう。おまけによく見るとダルマに羽があるが、どうもこれは羽ではなく鰭の様に見える。だとすると、フグなダルマなのかもしれない。
しかし、いつから長州人は月面まで行ける様になったのだ。うさぎが名物なのは因幡だし……………

とにかく、昔は箱でしか買えなかった土産菓子が一つずつバラ売りされているのは、とてもありがたいことだ。土産の性質が、義理で持ち帰るものではなく、自分の楽しみとして使われるソロ旅仕様に変わったと考えられる。これは観光業界における画期的な進化だろう。さて、この菓子バラ売りが全国のどこまで広まっているか。機会があれば確かめてみたいものだ。

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