
神社仏閣巡りをしていると、どうしてもカーナビに頼ることになる。昔は道路地図を見ながら目的地を探すので、周辺施設や道路の名称、ランドマークなどあれこれ予備情報も一緒に記憶していたものだ。だが、今では住所や名前で行き先が検索できてしまう。道筋など気にすることもないから、当たり前だがランドマークなど覚えない。
これがビジネス街とか住宅街であれば、あまり問題は起こさない。ところが、こと神社仏閣を目指すと、そもそも住所自体が山の一角全体を表していたりする。だから、目的地を設定すると、例えば神社の拝殿に設定されたりする。そうなると、車で行った時にはどこに駐車するのか問題が発生する。それ以上に、ナビが最短ルートで示す道筋は、神社裏手の山の中を抜けるとか、それも車がすれ違えないような細い道を設定してくることはしょっちゅうある。その度に、こいつ頭悪いぞと罵るハメになる。
今回も全くそうなった。広い道(国道)から参道に向けての道が選択されず、住宅地が広がる山の中を越えて、鳥居の前に案内された。鳥居前はクランク状になっている。おまけに車両幅ギリギリくらいの狭い橋を渡って右折の指示だった。そこの道幅も極めて狭い。狭い橋の上で切り返しをする羽目になった。やれやれ。

どうも豊後国には一ノ宮が多い。おそらく歴史的経緯なのだと思うが、宇佐神宮を報じていた地方一族と古代ヤマト朝の軋轢が主因だろう。この国の原住氏族はヤマト朝と張り合えるほど強かったのだ。おおそらく征服ではなく同化政策が取られていたのだと思う。天照神族との併存、同化、融和が見て取れる。
そういえば、山陽道の天照系神族と地方神が混在していた。瀬戸内海の東西は天照系神族が抑えているので、なんとなく争いの跡が見えてくる。

参道は短めだがこれは近くの山の周りに住宅地が広がってしまったせいのように見える。ご神域というか神社の周りはもう少し広い地域だったのではないか。

拝殿もシンプルな形で目立ったところもない。オーソドックスな神社と見て間違いなさそうだ。

ただ、「鎮国」の二文字は珍しいか。平城京以降、鎮護国家は仏教が主流になっていたはずで、外来宗教である仏教が隆盛を極めるにつれ、神社勢力は後退したはずだ。
時の権力者、それが公家であれ武家であれ、その一族で権力を継がないものは、ほとんどが寺に押し込まれた。現代風に言えば、天下り先が大きな寺院だった。
だから、仏教界が栄えたとも言える。平城京から平安京へ遷都した最大の理由は、奈良が寺で埋め尽くされてしまったせいだと聞いたことがある。天下り先が足りなくて、都全部の空き地を食い潰すまで、下請け寺院を増築しまくったということだ。
その時代、つまり古代から中世にかけての移行期間から神社は外来勢力である仏教に負けないよう、寺と合体して生存を図ることになる。それが長い間続き、平安後期から鎌倉、室町、そして江戸期にいたり「寺も神社もみんな一緒」でありがたやになったのは実に日本的らしいという気もする。が、戊辰戦争後の成り上がり下級武士の作った明治政府は、その神と仏の混交を嫌う。自分たちの権威づけのために、神道を新しい「政のシンボル」に引き上げた。
まあ、いつの時代も宗教は政治の道具に使われやすい。そんな歴史的な流れの中で、各国の一ノ宮も仏閣、寺院と付かず離れずの関係を保っていたはずだが、明治期以降独立勢力になり、新しい信徒集団が形成された。(まあ、国の下請けに戻ったとも言えるか)経済的に自立できたというべきだろう。

その自立の過程で、それぞれにお奉りされている祭神の得意技?も発達した。より広く知れ渡るようになった。火消しの神様だったり学問の神様だったり、現世利益と近しいほど参詣する人間が多くなったのは間違いない。お酒の神様、穀物の神様では五穀豊穣の神にアップグレードされたケースもある。本来、古代日本では盛んでなかった商売繁盛の神様が出現したことなど、外来神族と合体してまで発展を遂げた新種なのだと思う。

みたいなことを、この火消しの神様にお参りしながら考えていた。狛犬の由来も大陸西方から渡来してきたものだし、日本の古代宗教である八百万神信仰は、ある意味、神族の合体と融合の連続こそが宗旨みたいなもので、大陸系の神族や、それを信仰する民族の差別化、差異化とは無縁の宗教だった。ヒンドゥー教や古代中国の神仙思想から派生した道教など多種多様な神を封じる宗教もある。ただ、その世界観は絢爛豪華というか重層的な神界構築がなされている。が、日本の八百万の神々、おまけに高天原は実にゆるふわ的なメリハリのない世界だ。天界というと抱く厳格さや重厚さのイメージが湧かない。ハレとケで乗り切っていくゆるさが特徴だろう。
当然、神獣である狛犬も害なすもの以外にはおおらかな守り神だったはずだ。この火消しの神様を一体誰から守るのか、八百万の神の中に火つけの神様がいるとしたら、その一味から守るのだろうな。などと、あれこれ哲学的に考えてしまいました。ナビのせいで道に迷ったせいでありますよ。