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豊後国 で八幡様

八幡様を祀る神社が一番多いそうだ。ただ、そもそもの八幡様は古事記などには載っていないようで、九州における地方神だったらしい。ヤマト朝は侵略した地域の地方神を吸収合併していった征服王朝なので、八幡様もその吸収された神々の一族、それも最古のものだったようだ。
その八幡様の本拠地が宇佐八幡宮だが、九州各地に分祀された八幡様の一つがここ柞原八幡宮になる。山の上にあるので昔の人はお参りするのも一苦労だったのではないか。

拝殿に至る山道はかなりの急勾配な坂道だった。ただ、山の上に駐車場があり、この坂道を登らなくてもお参りできるようになっていた。ありがたいことだが、参拝者が高齢化しているのだなとも思った。

拝殿は渡り廊下の先にあった。一度靴を脱ぎ、拝殿までの廊下を歩いていくのが新鮮だ。

神へ祈るまでの道を心落ち着けながら歩く、みたいな意味があるのだろうか。たまたまお祓いを受けている方がいたので祝詞が聞こえてくる。ありがたやありがたやな気分になった。

古代日本で広まった八幡信仰は九州が端緒らしい。寺院の守護神として寺と併立されることも多かったようで、仏教に多くいるヒンドゥー系神族だとずっと思っていたが、どうもルーツは異なるようで、大陸渡来系神族ではあるが半島からの移民がもたらした半島系氏族の神のようだ。古代ヤマト朝では、主力メンバーに半島系氏族は多数いたので不思議なことではない。そもそも大陸諸国と比べて後進国であった古代ヤマトがなぜ半島に出兵するほどの肩入れをしたか。鉄利権の確保というより、半島から移住してきた氏族の要請、つまり故地の回復であったり、親族への支援であったりに負けたせいと考える方が自然だろう。

そして八幡様が全国に広がった経緯も考えてみれば面白い。宗教というものは、普及するとともに必ず構成神族がインフレーションを起こすようだ。仏教ではヒンドゥー神族をブッダの周りに配置して複層なブッダ・システム世界を作り上げた。その行き着いた先が曼荼羅絵になる。おまけに精神世界と物理世界の二重構造に仕立てるという入念さだ。
ユダヤ教から派生、展開したキリスト教でも、唯一神を崇めるのが宗旨なのに、なぜか神界において主神周りには複数序列をつけた天使族を配置している。天使は神の眷属とも、準神族とも言える超絶能力と権能の持ち主だ。日本でも同じようなことが起きている。
古代ヤマト朝が征服部族の神々を取り込み、その先にはなんと仏教の神族まで取り込んだ上で自分たちの神族と合体させる。融通無碍というよりも出鱈目な神世界を作り上げている。それをなんとか整合させようとしたのが古事記だったのだろう。
大陸で初めての統一王朝が出来上がり、文化面で文字の統一もなされて500年以上が経ち、大陸から遠く離れた後進国でもようやく文明の精華である漢字の読み書きが流暢にできるようになった。そんな片田舎の小国が、なんとか大陸の文明国に肩を並べたと言い張るために頑張ってしまったのが、「古事記」「日本書紀」という大編纂事業だった。それが当時の政権にとりどれだけ経済的負担が大きかったかということは、正式に続編が作られなかったことからも分かる。歴代の大陸王朝が滅びた(滅ぼした)前王朝の歴史を国家事業として記録していた。それの真似をしてみたが、あまりに大変なので一回で懲りてしまった。それが古代日本の限界だったのだろう。
それでも、宗教は政治と支配に使われることが多い。その時、必ず起こるのが「便利化」だ。なんでも神様のせいにして暴政を正当化する道具になる。
宗教とは人類が神を発明して以来変わることなく一貫して支配の道具だった。だから、きっと八幡様が日本中に広まったのは、権力者の道具として一番使い勝手が良かったからなのだろうなあ。天皇とその周辺が握っていた政治を、成り上がりの武家が奪ったあたりから八幡様は全国に広がっていったようだ。静かにお参りを済ませた後でそんなことを思っていた。

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