旅をする

予期せぬ登山

朝早くに岡山の街を出て高速道路を走る。その時には気が付かなかったのだが、中国自動車道は山の中を走るのでずいぶんと高度が高いところに道があるようだ。高梁の町近くで高速を降りると、そこからくねくねとした山道をずいぶん時間をかけて降りてゆく。川沿いに伸びる平坦地に着いた時は、一仕事したなと感じるくらい坂道を降りていた。
その一番下から、また山の上にかけて登っていくと頂上に城がある。事前に調べていたら、山の中腹に駐車行がありそこから20分ほど登るとのことだった。20分とは軽い山登りだなとナメ切っていた。自分の体力を過信していたバチが当たった。

駐車場脇には登山の心得は書いていない。登っていく要所にあるビューポイントらしいものだが、それも無視して上り始めた。douyaら、そこのポイントで休みながら登れという「正しい助言」だったのだが……………
5分で後悔した。

要所要所に立て札があり、あれこれ注意が書かかれてあった。一番初めに見たものは「慌てて登るな」だったが、この時点ですでに上り切れるかどうかが大問題になっていた。逃げるなら今だぞ、的な心情になっていた。

こういう具合に階段になっているのはまだ良い方だ。少なくともこの先に階段の端っこがあるのは理解できる。とりあえず、この階段を上り切ったら考えよう、と自分を騙しながら一歩一歩上る。10歩登っては一休みみたいな気分だった。

もうそろそろ天辺に着くのではないかと思った頃、「ここが中間地点」という看板に出会い、完全に心が折れた。気分は9割下山する方向に向いている。それを騙して、また上り始める。立ち止まる。考える。このダメダメサイクルが延々と続く。

中間点から石段を延々と上り、たまに平坦な場所に出るが、そこを少し歩くとまた上り坂が始まる。頂上に近づくにつれ、そうしたギミックというか期待感を抱かせた上で裏切るみたいな道作りになっていた。この城を攻めることになった兵隊はさぞかしフラストレーションが貯まることになっていただろう。築城主の底意地の悪さがあから様に感じられる。だから名城と言われるのか。

ようやくゴールかと思った見晴台のような場所がある。そこから山の下を見下ろすと高梁の街、民家が見える。景色は良いが、そこから振り返るとまた山を登る坂道が見えてくる。実にけしからんつくりだ。

精神衛生上、全くよろしくない山道を登ること40分。すでに規定時間の倍近くになっていた。天守閣がある広場には入場券を買ってはいるのだが、その切符売り場に上がるたかが十数段の階段が無限の高さに思えるほど疲労困憊していた。

天守閣周りの小さい広場でしばし休憩していると、汗が急速に冷えてきて寒い。ただ、夏であれば暑さでもっと早くギブアップしたような気もする。岡山の城廻は地獄の旅だなと思った。
明治の大規模城塞破壊の時代を生き延びたのは、この山登りの面倒臭さのせいだったかもしれない。少なくとも現存12天守の中で、この場所が一番しんどいのは確かだ。
ひいひいいながら駐車場まで降りてきて、土産物売店の方に、エスカレーターくらいつけた方が良くないですかと聞いたら、働くもの全員そう思っていますとのこと。客から言わないとなかなか管理団体が腰を上げないそうだ。
だから、声を大にしていいたい。備中松山城にエスカレーターをつけよう運動を始めませんか。もちろんクラウドファンディングもつけましょう。そうしないと永遠に設置されそうもない。

お城の公式ホームページ?はこちらhttps://www.city.takahashi.lg.jp/soshiki/9/shiro4240131.html

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