
クリスマスだが神社の話になる。
近鉄線に乗り小さな郊外駅で降りたらそこが神社の前だった。というより、神社の前に駅を作ったのだから、やはり参拝客の多い由緒ただしき神社なのだ。全国各地にある一ノ宮の所在地は、まず古代の地方中心地、あるいはヤマト朝に征服された古王国の首都付近だったはずだ。
それが中世、近代と時代が下るにつれてその場所の意味合いが変わっていった。依然として経済、政治の中心として残っていることもあれば、中心地が都市ごと移転してしまい一ノ宮は辺境となっていることもある。
そういう意味合いでいけば、この神社は周りを住宅地で囲まれた賑わいのある場所として生き延びた。お参りに来るものも多いだろうから、神様もそれなりに居心地が良いことだろう。
古代の大阪は浅い入江が続く湿地帯だったので、今の平野部は人の住みやすい場所ではなかった。当然、山際に人は集まり住んだからこそ、この場所に神社ができたはずだ。東大阪地域こそ当時の高級住宅地帯だったのだろう。、そこを鎮守するのがこの神社の役割だったはずだ。(多分)

鳥居から続く道はかなりの上り勾配で、その坂を登り切ったあたりに拝殿があった。七五三のお参りに来た家族がちらほらとみえる。晴れ着に身を包んだ我が子を写真に撮っている光景は実に微笑ましい。

神社の入り口にある「縁起」を読むと、古代ヤマト朝が統一事業に取り掛かり、いくつかの大王の治世を経て奈良盆地に王都を打ち立てた時代の先駆けがこの神社であるようだ。やはり古き神社だけに謂れがある。
神社に行きこのような建立の理由が説明してあると、なるほどなあと思うが、実はこの謂れについて語られているのは、いつでも主祭神がヤマト系神族の場合だ。被征服王国の神族の場合は、争って負けたみたいなことでさらりと流されているか、そもそも国神の話が全く語られない。神の世界も厳しい序列と区分があるとは、なんとも世知辛い。

石段を登り切ったところに拝殿があるが、その後ろに広がる山が神域なのだろう。周りは思っていた以上に狭い。諏訪大社の四社も山裾にひっそりと建立されていることに似ている気がした。

お参りを済ませ帰ろうとしたら、屋台が気になった。キャラクターカステラと書いてあるが、これは誰が見てもわかる国民的キャラ「アン◯ンマン」ではないか。これに匹敵するのは、青い猫型ロボットくらいしかいない。それをはっきりと書かずに「キャラクター」と表記するあたりは、現代の知財管理が縁日の屋台にまで浸透したということで、なんとも不思議な気がした。
庶民の知恵というべきか、テキヤの世界の常識なのか。祭りの縁日で売っているキャラクターお面なども同じことだろう。国を治めた神様のお膝元だから、あまり窮屈にしないで貰えば嬉しいなあ。などとおもったのだが……………
そもそも八百万の神様の中には、随分と外国生まれの神様がまぎれていたはずだし、コピーライトを言えば他国から訴えられそうなものだ。天竺生まれで中華帝国経由ならゾロゾロといるからねえ。