
大阪の南部に鳳という地名があることは知っていた。その地名と大鳥大社が全く結びついていなかった。そもそも大阪南部から和歌山に至る鉄道路線の知識は、ほぼ皆無に近いので、どの路線を使ってどこに行くかをGoogle先生に聞くしかない。JR阪和線も生まれて初めて乗ったが天王寺の駅が始発になることも知らなかった。
阪和線の沿線風景は都市部がずっと続いていた。大都市はどこでも同じだなとも思うが、大阪南側の街では密度、住宅地の密集度が首都圏を超えているかもしれない。車窓から眺めるマンション群が少し減ってきたくらいで鳳に着いた。

神社と大社は規模の差だけではなく、社格もあるようだが、少なくとも歴史ある神社はどこも大木が生い茂る広い境内になっている。その境内の中をそれなりの距離を歩いて拝殿まで辿り着くと、これは大社だなあなどと思うものだ。その道が一直線であることも多いが、曲がりくねっていることもある。
伊勢神宮は典型的な曲がりくねった構造だ。熱田神宮は、実に一直線で長い。出雲大社は概ね一直線だったが、最後でひと曲がりする。由緒正しい神社は建立されてから1000年を超えるものも多いので、その間には色々な事件があり、拝殿の位置が変わったりしたこともあるはずだから、境内の、そして参道の成り立ちもいろいろ変化しただろう。戦国期の城のように攻城戦を考えて、神社の境内を長陸練った道にした、そんなことはありそうもない。おそらく火事で焼けた建物を避けて増築改築を繰り返した結果、道がクネクネになってしまったということではないか。
大鳥神社の境内は、そんなことを考えながら歩くにはちょうど良い距離だった。

拝殿の形式にはいろいろとあるらしい。お祀りされている神様の違いであったり、地方特有の様式であったりする。不勉強で詳しいことは知らないのだが、古代ヤマト朝の統一過程の中で併合された古王国は、時には自前の神様や神社の形式を残すことができたようだ。出雲大社はその典型だ。
この大鳥大社は征服王朝であるヤマト本国形式なのだろうか。屋根の形が少し変わっている気がする。建物が高床式になっていないのは珍しいので気になった。田舎の神社には簡素な建築のせいか平屋式もたまに見かけるが、大社の格式がありながら随分とこじんまりとしたものに見える。

やはり神社には青空が似合う。この日も気温が低いせいか空気が澄み切っていた。夏の青空とは違う透明感がある。お参りするには絶好な日だった。

神社には駅から歩いて10分ほどかかる。街の中心地とは違う場所にあるようだ。神社の周りはびっしりと住宅が連なっている。昔は門前町だったのかもしれないが、今では都市近郊のベッドタウンのように見える。
八百万の神様は閑静な場所がお好みのようで、いまでも歴史のある神社は山の奥や岬の先など、なかなか秘境っぽい処にあることが多い。が、人の営みに巻き込まれ神社の周りがびっしり住宅に囲まれる「超繁華街」立地の方が多くなってしまった。
こういう賑やかな場所にお祭りされていると、神様も賑わいを好むようになっているのだろうか。神罰も当たっていないから、天岩戸でのダンスパーティー(世界を救う大戦略だったのだけれど)以来、案外と神様もノリノリな暮らしが好きなのかもしれないな。