
北の街で有名な老舗のバーに来たのは半年ぶりだった。前回はかなり渋めのアイラモルトを飲んだ記憶がある。今回も、例のヨードチンキ臭い酒を飲むつもりだったが、ふと気が変わりカクテルにしてみた。ついた席がカウンターで、シェイカーを振るバーテンダーの姿が目に入ったからだ。
あまり深く考えず、マティーニにしたのは口当たりの良さと、本格的なカクテルにしたいかったせいだ。カクテルのお作法として、冷えたカクテルグラスについた水滴が、滴り落ちる前に飲み干すのだそうだ。そんなカッコ良いことを、教えてくれた先輩はいない。そもそもバーに連れてきてくれるような小粋な先輩に出会ったこともない。バーは全て一人歩きで覚えた。
この飲み方もカクテル関係の本を読みあさった時に覚えたことだ。確かに水滴がこぼれるほど時間が経つと、冷えたカクテルがぬるくなる。それはまずい。

お江戸のバーでそんなことを考えながら、くいくいと3杯ほど違うカクテルを飲んでいたら、年配のバーテンダーに呆れられたことがある。やはりカクテルはビールのようにグビグビ飲むものでもないのだ。
二杯目は、ウォッカベースのマティーニをロックにしてもらった。味変という意味もあるが、カクテルグラスで飲む二杯目はちょっと酔いが厳しい。ロックで少し薄まったものの方が優しい気がする。
マティーニといえば世界的に有名な大英帝国の諜報員が好んで飲む酒だが(映画の中で)、あのレシピーはかなり特殊で、バーに行って頼むものではないような気がする。相当にスノッブな飲み物だ。あの女たらしの情報員はただのアル中オヤジなのかもしれない。しっかりとしたバーでは諜報員スタイルのレシピーでも作ってっくれるはずだが、気恥ずかしくてそれを注文したことはない。
強めのカクテル二杯で締める夜は、なかなか深いものがあったのだよね。