書評・映像評

すでに昭和は歴史の彼方

画像はヤングマガジン公式サイトのものです。
明らかにダーク系にみえるが、中身は本当にダークストーリー。

久しぶりに衝撃的なコミックを読んだ。
時代は昭和初期の満洲。歴史的にはほぼ棄民だったと思える満洲開拓団の一員である若者が、戦傷して復員したあとにアヘン商売に手を染める。それを犯罪への加担とするか、人生の転落と見るか。現代の倫理観で言えば明らかに犯罪なのだろうが、当時はアヘンの栽培と販売は国家事業だった。帝国陸軍が最大の麻薬卸だというのだから、暴力団以上の反社会組織だったということになる。
闇のアヘン販売に手をつければ、アヘン商売を仕切る関東軍(帝国陸軍満洲派遣部隊)と青幇(中国の裏社会を牛耳る組織)の双方から追われる身となる。
明治後期の帝国陸軍による犯罪を描いた「ゴールデンカムイ」と似通った設定のようにも見える。「金神」は、それぞれの欲望に塗れた登場人物が、最後にはどんどんと死んでいく、かなりダークな物語だった。
清朝末期から昭和にかけて満洲を描いた名作には浅田次郎作「蒼穹の昴」シリーズがあるが、これも出てくるキャラが皆濃すぎて、おまけにほとんどが悲惨な末路に至る。浅田作品では珍しい、救いの薄い物語だ。
その二作と比べても、こちらの方がよりダークな展開になっている感じだから、少年誌での連載は無理だろうし、青年誌であっても中身はかなり重い。
昭和の満州を舞台に悪逆非道な関東軍、満州経済を仕切る経済博徒な満鉄、国威高揚を狙った宣伝工作に暗躍する満映。中国の裏社会を代表する青幇と悪役は揃いすぎるくらい揃っている。おまけに、中華帝国の中に組み込まれた異民族、モンゴル人が絡み合い複雑な抗争と人間関係が描かれる。
実写化されても映像化が難しいシーンも多い。その上、帝国陸軍を始め満州駐在の日本人は基本的に悪人扱いなので、シナリオ起こし自体が困難な気もする。
貧困だった時代の日本を振り返るという視点は、満州ものの作品に共通するものだが、ここまで日本を悪と突き放したストーリーも他に見た記憶がない。
同様に満州を舞台にしたコミックは村上もとか作「龍ーRON」があるが、こちらは主人公の設定のせいか、明るい物語だった。それと比べると、この満州アヘンスクワッドの暗さは強烈だ。

改めて思うが、昭和初期はすでに100年近く前のことで、すでに歴史的時代扱いになってしまった。某国営放送の大河ドラマでも明治を扱うことはあるが、そろそろ昭和が舞台になる日も近いようだ。敗戦による、あの時代のトラウマを感ずる世代もすでに大半が鬼籍に入り、ようやく感情任せではなく歴史的に語れる時期になったのだろう。
戦争の時代には同じ日本人でも、加害者であるものもいたし、被害者であるものもいたことを、冷静に語る人たちが生まれてきたということだ。
昭和中期には戦争を知らない子供たち、などという免罪符があったが、その方達もすでに後期高齢者となった。
戊辰戦争後の明治政府と昭和の軍閥政権は連続したものなのだが、なぜか昭和の政権だけが切り離されて「悪」として語られることが多いような気がしている。それも敗戦による民族的トラウマなのかもしれない。
悪かったのは日本人(自分達)ではなく軍部だった。暴走した軍部が国を滅ぼし、自分達はその被害者だ。というような解釈が、昭和の時代においては、暗黙の認識だったような気がする。
そのトラウマがない世代(おそらく平成生まれ)が、クリエーターとなって歴史検証を始めた。良作品だと思う。

公式サイトはこちら → https://magazine.yanmaga.jp/c/mas/

コメントを残す