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新発田城 あれこれ

大手門は実に立派だった

日本100名城巡りも半分近くを終えた。東日本で残る城はあと一つ。これだけ城巡りをすると城の見どころもわかってきた。最近ではお城のあれこれを解説してくれるテレビ番組もあり、ひょっとすると城巡りはブームなのではと思うが、経験的には時期によって視察者ゼロということもよくある。
天守閣が現存するかどうかで、城の人気は違うような気もするが、全国各地にある天守閣のほとんどは近年に再建されたもので、いわばフェイクなのだ。鉄筋コンクリート製の見た目だけ昔風な建造物になっているものも多い。特に東国の城は戊辰戦争後にひどいことになったので、建築当時からの建造物が残る新発田城は東国の城として貴重なものだ。

ただ、新発田城も天守閣というか本丸は残っていない。昔の広大な敷地の半分以上が、帝国陸軍の敷地になったせいだ。大手門をくぐるとそのすぐ先には塀があり、塀の向こうが自衛隊の駐屯地になっている。帝国陸軍時代は第2師団隷下、第16連隊が拠点としていた。現在は栃木県に本拠地を置く陸上自衛隊第12旅団第30普通科連隊の拠点になっている。
ただ、大手門から手前の広い堀は現存しているし、堀の隅に置かれた櫓は当時のままだそうだ。

大手門から堀に沿って石垣の上を歩くと櫓まではすぐの距離だ。昔は、この石垣の上を守備兵が走り回ったのかと思うと、ちょっとワクワクする。櫓の中は入ることができる。木造建築の内部は、戦闘のための空間だったと感じさせる簡素さだった。

新発田城は、全くの平坦な場所に築かれている。広い堀を城の周りに巡らせた典型的な平城だ。よくもこんな防衛のしにくい場所に城を建てたものだと感心する。戦国期が終わった直後に建てられたので、戦略地防衛拠点というより、支配者の威風を見せつける示威効果を狙ったものだったのか。
今ではすっかり周りを住宅地(と自衛隊)に囲まれ平和そのものな場所だ。この城を建てたお殿様も、今の平和には満足してくれることだろう。
しかし、この日、新発田市は日本で一番暑い場所の一つだった。城巡りにとっては最悪の状況で(城の中を歩き回ると暑さのために眩暈がするほどだ)、運が悪いと思うしかない。夏の城巡りはハードすぎるなあ。

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