
只見線走破の旅、その出発時刻は早朝だった。定刻の20分以上前に行ったのに、すでに座席の半分以上が埋まっていた。お江戸の通勤電車ですら、この時間はガラガラだというのに、びっくりしてしまった。
乗客の大半が、「只見線の旅」を狙う観光客のようで、地元民である通学高校生が座れないというなんとも申し訳ない状態だった。
まあ、乗客の大半が高齢者であり、その隣に座るのが嫌だったのかもしれない。が、高齢者の大半は空いた席に荷物を置いたままで、席を独占しているのだから、マナーの悪すぎるジジババという構図だ。大都市の通勤電車でこれをやったら、最近では暴力沙汰になるほどのマナー違反だろう。

この早朝の電車の次に小出に向かう電車は、午後にならないと運行しない。高校生の通学列車としてはあまりに厳しい環境ではないだろうか。朝寝坊したら、その日は1日休校しなければならないとは。

ワンマン電車で長時間走る只見線には、当然ながら車両にトイレがついている。発車までの時間は、ずっとトイレが使用中だった。会津若松から小出までは所要時間が4時間以上かかる。途中で喉が渇いても、腹が減っても、トイレに行きたくなっても、全て車内で済ませなければならない。
この日はドリンクと軽食持参、ティッシュペーパーも多量に持ち込んだ。結局、使用したのは飲み物だけだったが、万が一に対応して準備をするのは、ローカル線の旅で必須条件だ。

山間の木々に囲まれた中をひたすら走ると、会津川口についた。ここで、通学する高校生全員が降りた。途中の駅から乗り込んできた、若い「乗り鉄」軍団も一斉に降りてしまった。おそらく、この駅から会津若松方向に戻っていくのだろう。車内の平均年齢が一気に上がった気がする。

只見線は単線なので、この駅から会津若松方向へ発車する列車がホームに止まっていた。発車時間まではずいぶんあることと、おそらく会津に向かう乗客が少ないことも併せて車内には誰も見当たらない。ここまで来る列車の混雑ぶりと比べると嘘のようだ。

この会津川口から只見までが不通区間だった。それが再開したのが去年の10月で、日本に数あるローカル線の中で、廃線になることもなく復旧した奇跡の路線だ。同じように災害で運休していた区間が、そのまま廃線になった日高本線のような例もある。
只見線という赤字路線を復旧させるための努力はどれほどのものだったのだろうか。

只見駅でしばらく待ち時間があった。トイレ休憩なのか、上客のほぼ全員が降りて行った。すでに気温が上がり始めていたが、それでも少しはしのぎやすい気温だった。駅前に行けばコンビニでもあるかと思ったが、それは予想が甘すぎた。

とりあえずは只見駅まで来れば、只見線の旅は半分以上終わっている。来る途中で、只見線恒例の列車に向かって手を振ってくれる人たちにもあった。ダム湖の上を渡る鉄橋も堪能した。
今では、只見線が日本一人気のあるローカル線ではないかと思う。もう少し本数を増やせば、途中下車してそれぞれの街を楽しむこともできそうだと思うのだが、JRを含めて関係者の検討をお願いしたい。