書評・映像評

隠れたベストセラー ラノベの発行部数

ふと気になって調べてみた。 今年上半期のベストセラーだが、一位は村上春樹作「街とその不確かな壁」で、38万部だそうだ。現代日本文学の高みであることに間違いはない村上作品は、発売とともによく売れるのだなと感心してしまう。昔のように100万部は届かないようだが、それでもさすがの村上作品だ。
紹介記事はこちら ↓
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023060100096&g=soc

発行元の新潮社サイトはこちら
https://www.shinchosha.co.jp/special/hm/

Amazonに載っている表紙

そして、こちらがアニメ化、コミカライズされたラノベ作品だ。 本編全13巻+外伝 と合わせてシリーズ20巻になる。Webサイトで連載された小説が物理的に印刷された書籍になったもので、ラノベはだいたいこのコースで商業的成功を収めるようだ。ただ、こちらの累計販売部数は550万部を超えるらしい。発行部数を巻数のあたり平均値で考えると一作当たり28万部程度となる。村上作品と比べて一冊当たりの発行部数では劣るが、それが20巻出ているという時点で驚異的な数字だろう。

https://over-lap.co.jp/narou/865540550/

Amazonに載っている表紙

村上春樹新作は3000円近い高額本だ。大学の教科書とか、学術書的な値付けだが、それでもベストセラーになる。単行本は高すぎるので、文庫化を待ち望んでいる人も多いだろう。
かたやラノベ作品は700円台だから、高校生の小遣いでも買える程度。そもそも発行部数を比べることが間違っている、ジャンル違いともいえる。
ただ、23年上期ベストセラーリストには、愛読している磯田道史氏の歴史解説本や橘玲氏の現代社会考察などの新書も含まれている。新書版の本は概ね一冊1000円以下なので、価格的な部分を言えば、村上春樹新作が圧倒的に別格なのだ。
ことのついでだが、ベストセラーによく顔を出す時事ネタ的な本で言えば、今年のランキング10位に「安倍晋三 回顧録」が入っている。


ところが「発行部数」だけで見ると、ベストセラーリストには乗らないようだが、ワンピースに代表される人気長編コミックの発行部数は、いつでもこの村上春樹新作の部数を超える。人気コミック作品の新刊は、およそ50ー100万部に近い数になる。
そして、典型的な隠されたベストセラーであるラノベの人気作品も、10巻で累計100万部越えなどという作品、シリーズものはザラにある。リアルなベストセラーは、まさにコミックとラノベの中に埋もれている。
大型書店に行けばこのことは明らかなのだ。すでに文庫本の棚とコミックの棚を比べると、コミックが圧倒的に優勢だ。文庫本の棚を見ても、ラノベの占める比率は相当なもので(書店員の選択テイスト?によって比率は変わるのだろう)、明らかに時代ものよりは多い。
そして、文芸作品などと言われる単行本は、すでに絶滅危惧種的な扱いだ。馴染みの本屋数軒を回ってみても、単行本の棚数は文庫本と比較して1-2割程度でしかないし、並んでいる本の大半は、おそらく一年以内に返本されるだろうと思われるラインナップだ。そもそも売れる本はロングセラーになる前に文庫化されてしまうから、単行本の命はきわめて短い。


書店の立場から見ると、紙に印刷されたテキストが大好きなはずの高齢者が読む本より、若者しか読まない(読者対象が少ない)ラノベ?作品とコミックの方がよく売れるということだ。ちなみに、人口比で考えると、高齢者は若者の倍に近い読者人口になっているはずだから、時代物とラノベの比率はある意味でおかしい。
これを説明するとすれば、高齢者は人口が多いが、本を読むのは嫌いな活字否定派ばかりで、若者世代は人口は少ないが読者率は高いという解釈になる。
おまけにラノベのかなりの部分は電子出版で販売されている。それにもかかわらず書店での陳列面積は、ラノベが優先されている。つまり、日本の書籍業界は、予想以上に若者向けに対応しているらしい。
書籍離れと言われて久しいが、本当に書籍から離れているのは高齢者を中心としたオールドタイマーである、と言えるのではないか。
若者を中心として紙に印刷された本は買わない「新しい読者層」が育っていて、紙ではない新しいメディアで作品を読む「ニューリーダー」が形成されているのは間違いない。

この二作の表紙を見比べるとあれこれ思うことはがあるのだが、黒バックに文字という表紙と、色鮮やかな美少女イラストの表紙は、まさに今の日本における書籍と読者というテーマが露骨に現れていると思うのだ。

追記:たまに平日の図書館に行くと、溢れているのはジジ(なぜかババは少ない)なので、活字好きの高齢者、特にジジは図書館で無料の読書を楽しんでいるのかもしれない。それはそれで、本屋にとっては役に立たない読者層ということになるのだろうが。中古本販売のブック〇〇も、ジジの姿が多いなあ。

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