
お江戸の街には立ち食い蕎麦屋が多い。絶対的な人の数が多いから、大忙しで食事を済ませたい人の数も多い。ハンバーガーなどの洋風ファストフードや牛丼に代表される丼飯も、早く手軽に食事をしたいというニーズに応える業態だ。当然、お江戸にはその手の店がとてつもない密度で広がっている。
全国各地の大都市、中核都市でもファストフードはそれなりに展開はしているが、やはりお手軽飯屋の存在感はお江戸が一番だろう。そのなかで、やはり個人的な嗜好を言えば、お手軽に手早く食事ができるという点で、立ち食い蕎麦屋が最上位にランキングされる。老舗の蕎麦屋よりも利用する回数が多いかもしれない。
その立ち食いそば屋だが、老舗と言われる店はお江戸の東側に多い。江戸城の東側は昔からのビジネス街ということもあるのだろうが、八重洲、日本橋、神田あたりの伝統的な?ビジネス街ほど有名な立ち食いそばが多いような気がする。
逆に比較的新興ビジネス街である西新宿や渋谷あたりでは、名店と言われる店は少なく、いわゆるチェーン店が多いようだ。
その日本橋の老舗立ち食い蕎麦屋が、2年ほど前に西新宿に支店を出した。わざわざ日本橋まで行かなくても、新宿でこの店のそばが食べられるのはありがたいことだ。

寒い時期であればかけそばをたのむところだが(そして、追加別添でかきあげをたのんだりする)、この時期はやはりもりそばだろう。合わせてたのんたのは「岩下の新生姜」天ぷらだ。
昔、各地の天ぷら事情を調べたことがあった。もともと南蛮渡来の揚げ物料理「天ぷら」が全国に広がっていく過程で、それぞれの地方で独自な天ぷらネタが生まれたようだ。
天ぷらの代表といえば「海老天」みたいな感じもするが、地域によってはエビ以外が主力であることも多いようだ。豚肉を揚げた肉天なども、なかなか上手いものだが、やはり天ぷらの系統としては異質な感じもする。お江戸で言えば白身魚の天ぷらがかなりの人気ものだ。歴史的に有名な天ぷらネタといえば、やはり家康が好物だったらしい鯛の天ぷらだろうか。
そして、どうやら大阪南部発祥、大阪南部限定らしいのが紅生姜の天ぷらだった。この紅生姜の天ぷらから派生したのが紅生姜の一口串揚げらしい。デパ地下で紅生姜天を扱っているいるのはどこだろうと、関西一円で調べた時の知識だ。その時の調査では大阪北部には紅生姜店の文化が存在しないらしいとわかった。摂津と河内では食文化が違うということのようだ。
ご当地ネタということでは、全国にそれぞれ異なる「すごいもの」もあるが、それはまた別の機会に。
今回は、おそらく紅生姜天が系列進化したであろう「岩下の新生姜」が素材だった。この生姜の漬物が全国区であるとは思わないので(多分関東ローカル、せいぜい広がっても東日本圏ではないか)、お江戸で増殖しつつある新興勢力という感じがする。
新生姜は紅生姜と異なる味付けの漬物だが、揚げた時の色味が異なる(赤くない)ので天ぷら素材としては面白い。
ちょっと試してみようと注文したが、「まあ、生姜だし、こんな味だよね」という、まったく予想を裏切らない普通に美味しいレベルだった。
蕎麦の仕上がりも良かったし、いつものように感動したのがそばつゆのうまさだった。お江戸の老舗蕎麦屋では実に強烈な味、塩辛いものが多いが、それとはちょっと異なる。都会人が、蕎麦をつゆにたっぷり漬け込んで食べるために作られた「つゆ」だと思う。蕎麦通で意気を気取るひとには、違う評価があるかもしれない。
ただ、今では立ち食い蕎麦を食べる人の中心は、あまり肉体的な仕事をしないオフィスワーカー、サラリーマンが多いので、これくらいの味のバランス(お江戸の老舗蕎麦屋と比べると塩味控えめ)が良さそうだと思う。

実は、今回はお腹の減り具合もあり注文を諦めたのだが、この店のイチオシは「蕎麦」ではなくて「カレー」という意見もあるようだ。そのカレーについては、こう書かれている。「本格的和風インドカレー」と。
これもまた微妙で解釈が難しい日本語だ。本格的という言葉はは、和風にかかっているのかインドにかかっているのか。おそらく「和風インドカレー」が本格化しているはずはないと思うのだが。
説明文を読む限りでは「本格和風」なインドカレーなのかもしれない。ただ、本格和風ってどんなものなの?と思うし、形容詞として使っていいものかという疑問がある。
「本格和風」の後に、あれこれ言葉を繋げてみればわかる。「本格和風」+ハンバーガー、ホットドッグ、ピザなど洋物を並べるとなんとなくありそうな気もしてくる。逆に、「本格和風」+ぎょうざとか、ラーメンとか、うどんとかではしっくりこない。ありそうでなさそうなのが、「本格和風」+チャーハンや、天津飯、焼きそばなどだろうか。
蕎麦を食べながら、そんなことを考えていた。次回は、本格和風インドカレーだ。