落語などで昔の町人暮らしの話などを聞くと、よく出てくる言葉に「隣町」 (となりちょう)がある。お江戸の行政単位で商業単位が「なんとか町」だったせいだろう。同じ町内の中で色々な物事が完結していたことがよくわかる。町内には風呂屋と床屋と蕎麦屋が必ずあったらしい。あとは、酒屋と魚屋と寄席だろうか。
町内では需要が足りず広域商圏が必要であれば、移動販売・訪問販売することになっていたようだ。だから、「となりちょう」で買い物をしたりするのは、非常事態の時だけみたいな感覚があったのだろう。例えば、町内の酒屋にツケで酒を頼みすぎて売ってもらえなくなり、隣町に買いに行かなければならない、といったアウトローな買い物関係だ。

そんなお江戸のことを思いながら、線路を挟んだ隣町にそばを食べにいった。隣町といっても同じ市内だ。ただ、自宅のある一角には蕎麦屋がない。ラーメン屋は数軒あるが、うどん・そばの店はない。仕方がないから、「となりちょう」にお出かけすることになる。
このとなりちょうの蕎麦屋は、こんな街にあることが不思議と言いたいくらいの本格的蕎麦屋で、当然のように手打ちそばを出す。それも田舎蕎麦と更科そばを選ぶことができる。都内であれば倍ほどの値段がとられても文句が言えない高いレベルだと思う。その店で昼のピークを外し、古式にのっとり熱燗で酒を注文することから始める。なんと驚くべきことに、焼き味噌がついてきた。

蕎麦屋で頼むのだから天抜きといきたいものだが、なぜかメニューにあったカツ抜きにしてしまった。どうも理由はわからないが、こちらの店では、埼玉産豚のカツ丼推しをしていてる。それに釣られて、ついカツ丼のあたまを頼んでしまった。しかし、後悔することはなかった。予想以上にうまい。おまけに適度に油が抜けているので熱燗によくあう。これはあたらしい蕎麦屋の肴の発見だ。

当たり前のように締めはもりそばにした。田舎蕎麦の黒っぽさがうまさをそそる。こういう手打ち蕎麦屋では蕎麦つゆが上品すぎることが多い。蕎麦にツユが負けるというやつだが、これもなんなくクリアだった。鰹出汁が強く効いた濃いめのツユで太めのそばに負けない。「となりちょう」の蕎麦屋はとても良い店だった。線路を渡った隣町(徒歩3分)には、この先随分とお世話になるだろうな。