食べ物レポート, 旅をする

金沢駅でパン屋に感動

帰りの新幹線に乗ろうと、金沢駅を歩いていて見つけたポスターは、西国に暮らす人を羨ましいとおもわせる。ちょっとだけだが、西国に住みたい気分にさせる。西日本にはこんなに「ネームド特急」が走っていたのだなあ。生まれた場所が北海道で、いわば独立島国、青函海峡で本土とは分断されていたから、広さと鉄道網の充実した地であったにもかかわらず、特急列車は意外と少ない。おまけに学生当時は貧乏で、特急に乗る金などなかった。多少金が使えるようになった時には、特急どころか路線が廃止されてしまい、慌てて乗りに行ったりもした。
世間では「撮り鉄」の暴走を非難する声で溢れているが、「乗り鉄」はまだあまり迷惑をかけていないせいか、ひっそりと「乗り鉄魂」を刺激する企画がローカル鉄道を含めあちこちで出ている。その中でも、この入場券ゲットしようぜラリーはすごい。JR西日本限定の24駅であれば、達成できそうだ。来年の春・夏の青春18きっぷで完全制覇してみようか、とポスターの前に立ち止まって動けなくなった。
これは、金沢駅の魔力に巻き込まれてしまった。なぜ「帰り」に見つけてしまったのだ。

そのポスターを見つける前、以前にも利用した美味しそうなパンを売っているパン屋さんが、これまたすごいパンを売っていた。このパン屋さんが金沢駅の魔力その2だ。
まずは、このPOPでガツンとやられてしまった。メロンパンは全国あちこちで様々なバリエーションを見てきた。覚えているのは富士山型のメロンパンで、名前も富士山パンだった(確か……)
しかし、このかぼちゃパンのルックスは、富士山を越えると思う。これまでの人生で、パンのルックスにやられた気がするのは、福島駅で見たカメパン以来、人生2回目の快挙だ。
おまけに見た目だけでなく、中身もカボチャっぽい。これは、買わずに通り過ぎることはできない。POPというのは、こういうふうに通り過ぎてしまう通行人をゲットするのが至上目的なのだが、このPOP制作者は天才的だな。まんまと引っ掛かってしまった。

陳列代に並ぶ、イミテーションカボチャの数々。おまけにこだわりはカボチャの皮部分ではなく、ヘタの部分にあった。すごいぞ、金沢駅のパン屋さん。ただただ感心する。これがステージだったら、スタンディングオベーション間違いなしだ。パチパチパチ!!

家に帰ってきて写真を撮ろうとしたら、ヘタが怪しい状態になっていた。が、全体的には麗しいカボチャ風メロンパンだった。まずはヘタれたヘタを食べた。うましだ。そして、残りを一気に食べた。中身のカボチャクリーム?も、皮の甘さによくあっていた。また、買いたいと思ってもパンを買うために金沢に行くわけにもいかないだろう。いけないこともないが、そうなるとパンの値段が一つ1万円を超えてしまう。(笑)

ついでと思い買ってきたドライフルーツと胡桃の入ったパンも、超絶的に美味かった。このパン屋さんが全国チェーンであってくれれば、毎日とは言わないまでも週に2-3回は買いに行くと思うのだが、金沢付近にしかないみたいだ。
旅先でうまいものを発見するのは幸せとは限らない。簡単には行けないところの食べ物を、また食べたくなるとしたら、それは不幸の始まりなんだよね。
うーん、金沢は困った街だ。性悪な魔女的魅力に溢れている。今度はいつ行こうか。

食べ物レポート, 旅をする

金沢の居酒屋 おでんとへしこ

金沢でおでんが有名だ、という記憶は全くない。金沢には何度も仕事で行っているし、それなりに金沢名物など食べてきたつもりだが、その中に「おでん」という単語はなかった。たまたまテレビ番組でやっていたおでん特集の中に金沢おでんがあったので、あーそうなんだと思ったくらいだ。
それが、今では冬の金沢を代表する料理扱いになっている。天むすは名古屋の伝統料理ではなく、創作料理だと聞かされた時もびっくりしたが、金沢おでんもその手の新造名物なのかもしれない。
まあ、とりあえず実食してみなければと駅のおでん屋に入ってみた。金沢駅の中で長年居酒屋をやっていて、駅が改築されたことで現在の場所に移ったとのことだが、やたらと長い行列ができている。居酒屋に入るのに30分以上も待つ事などあり得ないと思うのだが、今回はしっかり我慢することにした。繁華街のおでん屋に行っても、おそらく同じように待たされるに違いないと自分に言い聞かせて、ようやくゲットした金沢おでんだった。
結論を言えば、薄味のおでん。出汁が効いていると言えば、それはそうだと思う。関東風の「がつん」とした濃い味ではないから、全体的に優しい仕上がりになっている。金沢特有のおでんネタもあるので、それを中心に頼むという楽しみ方もある。

おでんよりもワンダー体験だったのが、この店の名物だという「どじょうのかばやき」だった。想像を超えるものだった。うなぎとどじょうのサイズを考えれば、この串に刺さったどじょうはうなぎの蒲焼きのミニチュア版として納得できる。ただ、よく手間をかけてどじょうを串に刺すものだと、そこが感心したところだ。
味は、今一つどじょうっぽさみたいなものがわからなかったのだが、おそらく3-4本注文して、一気に食べるとどじょう「らしさ」がわかるのではないか………浅草あたりのどじょう鍋と比べてみるのも良い。ともかく、珍しい食べ物としては挑戦する価値がある。

白味噌仕立ての「どて焼」は、ふんわりとした歯応えとあっさりとした味付けだった。これも、できれば10本くらい頼み、一気にワシワシ食べる方が良い食べ物だ。名古屋のどて煮が原型だと思うが、それと比べてみると食文化の変化というかご当地アレンジが楽しめる。

北陸の名物といえばこれでしょう、と言いたくなる鯖の「へしこ」は、日本酒に合わせると最高の肴だと思う。ただ、金沢アレンジというべきなのか、微妙に上品な仕上がりなのだ。へしことはサバなどの糠漬けのようなもので、極めて塩味が強いという印象があった。おまけに強い発酵臭がある。味は全く違うが、ほやの塩辛のような独特の匂いと塩味が特徴だと思っていた。
だが、この日食べたものは、塩味がだいぶ控えめで、おまけに身が柔らかい。まるで刺身を食べているかのような柔らかさ(ちょっと大袈裟か)だった。以前食べたものとは随分変わっている。「へしこ」概念が根底から変わってしまった。良い意味で、洗練された旨さだった。
次回は何軒か居酒屋を回って、「へしこ」の違いを試してみたくなった。そうしたら、マイベストへしこが見つけられるのではないか。次回、金沢のテーマは「へしこツアー」だな……

食べ物レポート

自宅近くに開いたラーメン屋#1

このラーメン屋で初めて入った店は川越にあった。車旅の帰り道でなんとなく看板が目に入ったラーメン屋というだけだったのだが。予想外にうまいラーメンだったので、それから何度か通った。埼玉県内に何軒か支店があるので、自宅近くの店にも行ってみた。そのお気に入りになったラーメン店の支店が自宅近くの街道沿いに開店したのは、今年の夏頃だった。
たまに通る道に何か新しい店が建築中だったのは気がついていたのだが、看板が上がるまでなんの店なのか分からなかった。遠くから見て味噌ラーメンというのはわかったが、例の店だとわかるには店に近づいてみなければならない。通り過ぎるだけでは、なかなかわからなかった。いざ出来上がった店に行ってみると、コロナ対応なのか餃子の無人販売が設定されている。あれこれ考えるものだと感心した。

入り口から店内に入ると、ちょっと暗めの内装で、ラーメン屋というよりバーっぽい感じもする。オシャレ路線のラーメン屋にチャレンジしたかと思ったが、メニューはいつも通りの「ド」がつく「味噌ラーメン」だった。価格表記が税込みに変わったせいで、ちょっと値上げしたようにも見えたが、多分値段は変わっていない。
最近、外食では税込み表記にする店が増えている。おそらく、値上げのタイミングで「えいや!」と、わかりやすい税込み表記に変えているのだろう。流通・小売のインチキ価格表示(?)と比べると、明らかに外食は潔い。

普通の味噌ラーメンでも、ボリュームたっぷり

ガツンとくる味噌味がいつも通りだった。この店はトッピングアレンジで、何段階か異なるメニューがあるようにみえるが、基本は味噌と辛味噌ベースなので、その日の腹具合でトッピング量を変えれば良い。夏だろうが、冬だろうが、腹ペコの日に「ガシガシ」と熱い麺をかき込み、額に汗をかくというのがこの店での正しい食べ方だ。最近はメンマ追加の代わりに、野菜マシにすることも多い。体に気を使う歳になったとは言わないが、野菜がうまいと思うことも増えてきたからだ。次は海苔追加にしてみようか。
世の中に元気なラーメン屋が増えると人生は少しだけ楽しくなるのだ。と、満腹になってしみじみ思った。小市民的よろこびはここにある。

食べ物レポート, 旅をする

伊勢の夜で見つけたうまいもの

伊勢志摩、お城巡りの旅で宿泊地を伊勢のホテルにした。ここまできたらお伊勢参りをしないで済ませるという選択はないと思ったからだ。「伊勢へ七度、熊野へ三度」というらしいが、これで伊勢神宮へは5度目のお参りになる。7度目までもう一息だぞ、とちょっとやる気が出てきたりもしたのだが………
そんなに何度も通ってきている伊勢だが、実はいつも通過するだけで泊まったことがなかった。今回は車旅なので、駐車場付きのホテルを選んだが、思っていたより駅前繁華街より遠い。ホテルの方に聞いて近場の居酒屋を訪ねることにしたが、それでも徒歩10分ほどの距離だった。知らない街で暗い夜道を歩くと迷いやすい。案の定、通りを一本間違えたらしく、ホテルでもらった地図を何度も見返すことになってしまった。
ようやく辿り着いた居酒屋だが、この通りで明かりがついているのはこの店くらいで、他の店は休業日らしい。

手書きのお品書きを眺めながら、熱燗で一杯やり始めた。できればその土地のものを食べたいなと思っていたが、伊勢といえば「うどん」と「てこね寿司」くらいしか思い浮かばない。とりあえず海の近くだし、魚はうまいだろうと信じるしかない。

刺身の盛り合わせを頼むと、一人前にちょうど良い量が出てきた。マグロは「生」のようで、ねっとりとした歯触りがある。この日はカンパチ推しの日だったようで、いろいろなカンパチメニューがあった。その刺身を食べてみると、弾力のある歯応えがしっかりしたプリプリだった。名前だけ見れば全国どこでも食べられそうなものだが、これはこれでうまい。

品書きの中に「伊勢の地物」的説明があったのが「さめのたれ」だった。房総では「くじらのたれ」というビーフジャーキーのような干物を食べたことがある。伊豆のどこかでは「いるかのたれ」と言って、やはり似たような味のジャーキーが名物だった。
「さめ」だから、それと似たようなものかと思ったが、食べてみるとぎっしりと身の閉まった、半干物というか適度に水分の抜けた塩味の白身魚という感じだ。一言で言えば、味が濃い。濃縮された魚の旨味という感じだろうか。さめという言葉で連想していた臭みは全くない。熱燗によくあう酒の肴だ。鮫は全国どこでも取れそうなものだが、名物料理としてはあまり聞かない。
食べていると店主が説明してくれた。サメの肉は柔らかいので、竿で干していると身がだらりと垂れるから、タレと呼ぶそうだ。伊勢では普通の食べ物でスーパーでも売っている日常品らしい。伊勢参りに来る参詣客をもてなす「伊勢料理」の中に組み込まれているそうで、サメのような見た目の悪い魚でも、おもてなしのために美味しく仕立てるということが、「伊勢ホスピタリティー」の表れだという。
疲れた旅人を待たせずに食べさせるよう開発された「伊勢うどん」と似たような発想のようだ。根底にある「もてなし」の心が、伊勢参りの人気を支えた、伊勢の人の心意気だろう。同じもてなし精神が商売に向かえば、顧客重視の視点で商品開発、提供法の改善といったところにつながる。中世日本で商業を支えていた近江商人や伊勢商人の商業観、そして商道徳は、そんな「もてなす文化」にあったように思えてきた。
改めて言うまでもないが、全国あちこちにまだまだ知らない「絶品な食べ物」があるのだなあ。グルメ番組よりも居酒屋店主の目利きが信用できる。伊勢の夜はなかなか幸福でありました。

食べ物レポート

恵比寿のラーメン屋 再再訪

久しぶりに恵比寿に出かけた。所用を済ませた帰りに、最近お気に入りのラーメン屋に寄った。コロナの始まりごろに開店した店だが、当時の混雑ぶりは一段落しているようで、昼でも並ばずに入れた。こんなことで日常が戻ってきたなどと感じてしまうくらい、コロナの2年半は面倒臭い時期だったのだな、などと思ってしまった。
電車も昔のように混雑しているし、足早にすれ違う人の多さは大都会が(悪い意味で)元に戻りつつある証拠だろう。コロナの間は他人に近づくのを避けている人が多かったせいか、道を歩いていても誰かにぶつかる(ぶつけられる)ことはなかった。第7波だとマスメディアが騒いでいた頃から、道を歩いているとぶつけられることが多くなった。スマホを見ながら歩く人間が増えたせいだ。
人は本当に何も学ばないものだとしみじみ思う。コロナの時代は、少なくとも、大都会は歩きやすい場所になっていた。今は、元通りで都会のダメな部分が復活している。

店頭にかかっていたお品書き板も微妙に変わっているような気がする。原価上昇で値上げしたのだねとすぐわかる値段の付け替えが痛々しい。つけ麺は麺の量が多いから、小麦が値上がりすると影響は大きいだろう。

らあ麺はいつものように普通に美味しい。スープの味がちょっと変わった気もするが、そもそも開店から2年も経ってスープが進化しないようでは店が潰れてしまう。人気店は麺、スープ、トッピング全てがゆっくりと進化していくものだからだ。老舗と言われるラーメン店ではその努力が続けられているから、老舗になっている。
この店の味は昔と変わらない、などというのは味音痴な客のノスタルジーでしかない。油や小麦の原材料は10年単位でゆっくりと変化、進化している。10年前であれば国産小麦でラーメンを作ることができるグルテン値の高い高い品種はほとんど存在していなかった。今では新品種が普及し、国産小麦で製麺したラーメンが当たり前になっている。
醤油や味噌の原材料である大豆も品種改良が続いているので、同じ工程で同じ味噌や醤油ができるはずがない。原材料のゆっくりとした変化に合わせて、当然ながらスープの作りや製麺するときの粉の配合など、日々変化に対応する必要がある。
進化を忘れない店だけが生き残っていけるのだと、改めて思いながら、進化したらしいスープを啜っていた。恵比寿で働いていて週一みたいなハイペースで来ていたら、きっとわからない変化なのだろうなとも思った。たまに来るから良いこともあるということか。次回は魚介系メニューにしなければなあ。

街を歩く, 食べ物レポート

老舗居酒屋で池波正太郎を気取ってみた

東京のシンボルタワーというより、東京東部、下町地区の象徴という気がするスカイツリーだ。東京駅から東側を歩いていると、アレっと思うようなところからスカイツリーの姿が見える。
鶯谷の駅から歩き始めてふと見上げた先にスカイツリーがあった。スカイツリーが完成してから随分と時間が経った。おやまあ、というか、また会いましたね的な親しみも感じるようになった。街の光景に馴染んできたという感じがする。

JR鶯谷から歩いて10分もかからない、表通りから引っ込んだ住宅街の一角にある老舗の居酒屋で、友人と待ち合わせをした。住所は根岸なので、実に下町界隈に出没した感じがする。そもそも鶯谷の駅で降りたのは、これが初めてかもしれない。浅草からぶらぶら歩いて入谷を過ぎ日暮里まで歩いた記憶はあるが、鶯谷周辺には近付いていなかった。東京にぽっかり空いた未踏地区の冒険に出たような気がする。
山手線の内側を湯島から日暮里まで歩いたこともあるから、やはり鶯谷駅周辺だけ足を踏み入れたことないまま、謎の空白地帯になっていたようだ。

今風の無国籍な料理が並ぶチェーン居酒屋とは全く趣が異なる、シンプルなメニューだった。かまぼことかたたみ鰯とか、時代劇に出てきそうな食べ物が並ぶ。まさに池波正太郎的グルメ世界なのだ。というよりストイックな美食空間とでも呼びたい。
池波正太郎が今でも生きていたら、江戸風物の古典料理以外にエスニック料理や昆虫食まで手を広げていたとは思う。知性の高いグルメ探求者は、知的探訪というか興味本位で悪食になるはずだからだ。オムライスを楽しんだ翌日には、タイ飯でグリーンチリとココナッツミルクにした図済みを打つような暮らしは悪くない。池波正太郎氏にはナンプラーとニョクニャムの違いを熱く語ってもらいたいものだ。
ただ、そうした現代版拡張グルメを楽しんだ後は、やはりこの店のような古典的居酒屋で休憩するのではないかと思う。新と旧を取り混ぜ、伝統と新進気鋭を気ままに楽しむのが、正しい食い道楽のお作法であるとも思う。

最初に出てきたのはお通しというより突き出しという感がある、シンプルな「煮豆」だ。ちょうど10粒あるなと思ったが、これはひょっとするときっちり数を揃えて出しているのだろうか。そうかもしれない。ありそうな話だ、と豆をつまみながら思った。味付けはほんのりというかほとんど味がしない。ただ豆を食べたという充足感がする。

鳥もつ焼は、一人一本ずつに分けて出してくれた。一皿に盛り付けて勝手にシェアしてねという一般的な居酒屋とは一味違う心遣いなのだが、それを堪能するのは客側にもそれなりの素養というか、理解度の高さが必要だ。
ここしばらくの我が生活を振り返ってみると、コロナで在宅時間が伸び、テレビ視聴時間が増えたせいで、旅番組(過去放送したもの)と酒番組には詳しくなった。その影響で熱燗を飲むようになったのだが、確かに燗酒には冷酒とは違う旨さがあるなと感じるようになった。どうやら基礎代謝量が減ったせいで、色々と味覚にも変化が起きているようだ。まあ、普通はこれを老化と呼ぶ。ジジイ好みの味に傾いてきたというだけの話だ。だから伝統的な居酒屋、ほとんど会話が聞こえてこないような静かな店がありがたい。居心地が良い。
白鷹の熱燗で湯豆腐を食う的な池波正太郎世界が目の前に広がっているなあ。ちなみに、都内で白鷹を飲める店は本当に少ないのだよね。池波正太郎の世界で、日本酒の銘柄に言及していたかは全く思い出せないのだけれど。

食べ物レポート

最近食べた変わりもの

石焼チゲではない

北陸を旅している途中で駅前のホテルに泊まった。地方都市ではありがちなことだが、繁華街が駅から離れた場所にある。居酒屋や食堂などはそちらにあるのだが、駅前にはほとんど店がない。駅ビルらしいものもあるのだが、ほとんどの店が休業中らしい。コロナの影響は地方都市の方が大きいようだ。
そこでホテルの近くにあるチェーン居酒屋に入った。店内にはそれなりの一人客とグループ客がいて、会話の様子から想像するに自分と同じホテル宿泊者で、夕食難民のようだった。チェーン居酒屋だから「地のモノ」など期待もできず、東京と同じメニューが並んでいる。旅行者にはなんとも辛いモノだが、地元の人にとっては東京のメニューで問題ないだろう。
その見慣れた?メニューの中から、なんとか見慣れないものを探し出して注文してみた。豆腐チゲと言われればそうだろうなあというルックスの料理だが、メニュー名は辛い肉どうふだった。
中にはキムチも入っているのだが、全体的には甘い味噌仕立てという感じで、これが予想をはるかに超えていてうまい。自分で作ってもできそうな気がする。冷蔵庫に入っている豆腐と豚肉とキムチを石鍋で煮込む。野菜はニラや長ネギ、白菜など適当に投入する。味付けは中華鶏ガラスープと味噌で仕上がれば良さそうだ。甘さ強調のため黒砂糖を放り込むと一段と上手くなりそう。
これは旅先での「みっけもの」だった。東京にいたら、まず入ることはないチェーン店だけに貴重な経験になった。

回転寿司ネタの極北?

回転寿司の軍艦が好きで、特にトッピングが代変わっているものを「お試しチャレンジ」と称してよく食べる。マヨコーンやツナが乗っている軍艦巻はもはや定番になってしまった。ハンバーグや牛カルビが乗っていて驚いたのは10年以上前だが、今ではイベリコ豚や炙り焼肉も定番になった。生ハムなど変わりメニューにもならない。
ところが、最近の原材料高騰のせいか、軍艦巻から海苔が消えた「変なトッピングにぎり」がのさばってきている気がする。せめて海苔で巻くという「変わりずし」のお作法は捨てないでくれ、と言いたいのだが、変わり者のくせに我はスッピン勝負なりみたいな乱暴者が増えている。
その筆頭がこれ、チャンジャ乗せだった。イカの塩辛が乗った軍艦巻きは好物だし、寿司の領域を守っていると思う。少なくとも和食のカテゴリーには収まっている。ところが、イカの塩辛が韓国風鱈の塩辛に変形し、周りを守る海苔を放棄してストリップ状態になる。これは、和食から卒業したインターナショナルな The sushiの世界だろう、とあれこれ考え込んでしまった。
この先に待ち構えているのは、海苔の代わりにチーズで巻いたヘビー級な新軍艦巻きだったり、シャリを握りではなく円盤状に伸ばしたカナッペ風寿司みたいなものだ。(多分)
それを回転寿司大手が取り組むのか、海外から侵攻してきた寿司チェーンが取り組むのかの違いはあれ、グローバルな展開を考える「日本発」の寿司屋は、そちらに進化していくのだろう。
逆に香港発や台湾発の海外発祥寿司屋が「正しい懐古趣味の鮨屋」に進化していくような気もする。食のグローバル化とはそんなこと、つまり本家日本が怪しげに変化して、イミテーションで始まった海外勢が本格和風に進化する。それが、食の世界の平行進化ではないのだろうか、とチャンジャを味わいながら考えていた。ちなみに、チャンジャの臭みは寿司のシャリに結構あっていて予想外にうまいのだ。次回からはマイ定番候補に昇格決定。

食べ物レポート

町中華でアレンジメニュー

いつものお気に入りの中華料理屋で「ネギチャーシュー」を注文して、ちびりちびりと酎ハイを飲んでいた。このネギチャーシューという料理?は、店によってチャーシューの比率がずいぶん異なる。
だいたいの店ではネギ8対チャーシュー2くらいの割合で出てくる。ネギが値上がりする時期になるとネギの量が減る店が多いような気がする。簡単なつまみとしてお手軽価格で提供されていればネギ中心で良いのだが、中には単品料理としてもかなり高額な値段を取る店もあり(酢豚より高かったりする)、そうなるとぼったくりメニューだなと敬遠してしまう。
この店はラーメンやチャーハンよりお安い「適正価格」なので安心して注文できる。しかし、ネギの量が多いので、これだけを完食するのはちょっとな、ということにもなる。そこで、半分ほど食べたあとで、おもむろにシンプルな味噌ラーメンを注文する。

この店の味噌ラーメンはシンプルにもほどがあると言いたいくらい、トッピングが少ない。炒めもやし、That’s all !!という潔さなのだ。お値段が味噌ラーメンとしては破格にお安いので仕方がないが、メニューには味噌チャーシューメンとか味噌スタミナ麺などというアップグレード版はない。
そこで、その簡素な味噌ラーメンに半分残したネギチャーシューを乗せると、あら不思議。あっという間にネギチャーシュー味噌ラーメンというゴージャスなラーメンに大変身する。
同じようなことを、塩味のタンメンに海苔(ラー油をかけて味変したもの)とメンマ追加とか、醤油ラーメンに餃子+大量の胡椒など、セルフアップグレードで楽しんでいる。
普段から料理は創意工夫だと威張っているのだが、調理人からすると「出したものは、そのまま食えよ」と言われそうだ。町中華の味変はこっそりやった方が良いのかもしれない。

食べ物レポート

帰ってきた鳥唐揚げ@満洲

いつもの満洲へ、いつものように味噌ラーメンを食べに行った。満洲の味噌ラーメンは、野菜炒めしか乗っていない。そこがちょっと物足りないのだが、味噌チャーシューメンとか味噌焼肉ラーメンとか作ってくれないものだろうか。
ちなみに満洲のチャーシューはテイクアウト用も売っているので、自宅でお気楽にチャーシューメンを作ることができる。スーパーで売っているお手軽値段のチャーシューは、チャーシューという名のハムみたいなもので、どうにも頼りない。満州では、ハムではない力強い系のチャーシューを売っているから、ちょっと贅沢をしても買う価値はあると思う。餃子もうまいがチャーシューも美味いだ。
満洲の味噌ラーメンは、自分でトッピングを追加して作り上げるアレンジメニューのベースと考えるべきなのだろうな。

その満州で、お気に入りだった鳥唐揚げがメニューから消えていた。お値段が安かったせいで原材料費高騰に対応できなかったのだろう。3−4ヶ月ほど唐揚げがなくなり、その間はよだれ鳥(冷製の鶏肉)だけになっていた。
それがいきなりというかモデルっチェンジというかして復活してきた。今回は油淋鶏(ユーリンチー)としての登場で、揚げた鶏肉の味自体は昔と同じような気がする。唐揚げの上にかけられたソースが、今回のモデルチェンジ最大の目玉だろう。甘酢ソースは、確かに美味い。バージョンアップと言っても良い。ただし、お値段もバージョンアップした。
それでもこれはめでたい。満州で餃子を食べたい日と唐揚げが食べたい日がある。(両方という日は、ほぼない)唐揚げとネギチャーシューと回鍋肉でローテーションが組める日が戻ってきたのだ。
油淋鶏導入は唐揚げの単純値上げを避けるための苦肉の策という気もするが、とりあえず唐揚げが戻ってきたことを素直に喜びたい。満洲の商品開発チームの皆様、次回は酢豚の投入をぜひ検討ください。

食べ物レポート, 旅をする

一筆啓上 丸岡城

お城巡りをしていると、時々びっくりするような「あれやこれや」に出会うことがある。丸岡城の駐車場で見つけた「一筆啓上」には、「ああ、あの有名な一文は、このお城の殿様が書いたものだったのか」と気がつかされた。
旅を終えた後であれこれ調べてみると(全くの不勉強ぶりだが)、徳川配下の本多氏が戦場で書いた手紙だそうだ。確かに、簡潔でありながら、お家の大事をもれなく書いている。手紙の手本と言われる意味がよくわかる。

丸岡城はこんもりとした小さな丘の上に立っていた。周りが平野なので、これだけの高さ(30mくらいか)でも、周囲を見渡すには問題ない。城の守りとしては手薄な気もするが、ここも戦国後期に築城され、反乱や諍いが制圧された後の城なので、やはり穏やかな時代における治世の拠点ということだったのだろう。

城としてはおとなしい部類だ。百名城に選ばれたのはお城の見栄えというより、この一筆啓上手紙が重要なポイントだったのではなどと思う。

しかし、今や日本全国どこに行っても、それもお城巡りで、ご当地キャラというかお城キャラがいるのにはびっくりする。戦国時代の武将を題材にしたゲームでイケメン武将が大量出現したので、それぞれの居城に「イケメンキャラ」がいるのは理解できる。
ただ、有力武将、著名武将がいない場合は、おとぼけ気味のユニークキャラがいるようだ。この丸岡城も、本多のお殿様キャラではなく、「城丸くん」はどんなキャラなのかちょっと興味がある。目元の赤ともみあげを見ると、随分と歌舞いたモデルがいるようだが。

駐車場の脇には茶屋があり、観光客向けに食堂もある。昼飯を食べようと中に入ってみたら、食堂というより蕎麦屋だった。それも、注文を受けてから蕎麦を茹でる本格派のようで、良い意味で驚いた。
当然ながら、出てくる蕎麦は正統越前そばだった。カウンターで受け取るセルフ方式だが、そんなことは問題ない。そう思わせる仕立ての蕎麦で、大盛りにしておけばよかったかなと食べ終わってから思った。
カウンターで食券を置くときに、普通盛りで良いですか、と念を押された意味がよくわかった。蕎麦つゆと蕎麦の強さがよくあっている上に、大根おろしがうまさを引き立てる。越前そば旨しだ、まだまだ勉強が足りんなあ、というのが丸岡城での最大の感想だった。城を見に来て食べ物を知るというのも、アレレという気もするが。いや、城巡りで学ぶことは多い。