食べ物レポート

ようかんパン アゲイン

散歩がてらに近所のスーパーに立ち寄った時、山積みになっている地方のパンがあった。駅弁特集と同じノリであちこちのパンを集めてきたようだ。その中にようかんパンを発見した。表面に書いてあるようかんパンの文字に釣られて、思わず値段も見ずに買ってしまったのがだ、後で確かめると200円以上もする高級パンだった。パンの中には甘い金時豆が入っている。北海道では定番の豆パンに羊羹がかかっているスタイルで、これはちょっと高くても仕方がないかと思わせる。
確認のため賞味期間を見ると、なんと2ヶ月も先の日付が書かれていてギョッとした。中には脱酸素剤が入っているので、ロングライフ仕様のパンというより菓子に近いものだった。食べてみれば、食感はパンとはちょっと違う。饅頭とパンの間のような感じがする。日配品であるパンとは「似ているが異なる」ものだった。

冷静に考えると、北海道で北海道名物と書いたものを売るとすれば、それは道民以外、つまり観光客目当ての者だろう。道民向けであれば、何か違う文句を書くと考えるべきだ。たまたま地元の有名商品が観光客に支持されるということはある。美唄の袋入り焼きそばとか、北海道特別仕様の中華饅頭(肉まんの親戚ではなく、折り畳んだドラ焼きみたいなものを指す)とか、ケンミンショーのネタになりそうなものだ。ただ、地元民の愛する商品に北海道名物とは書かないよな、という気がする・・・。
北海道名物として抜群の知名度を誇る石屋製菓の「白い恋人」も、ロイズの「生チョコ」も、マルセイバターサンドも自分で買って食べた記憶はない。美味いまずいではなく、なんとなくの思い込みで、あれは観光客が買うものという感覚があるからだ。マルセイバターサンドも勤務先で誰かの手土産でもらったものを、ひとつわけてもらった。初めて食べた北海道銘菓体験だった。東京名物「ひよこ」は、大阪の事務所でお茶と一緒に出てきたのが初体験だったし。そういえば埼玉名物の菓子も食べたことのないものが結構ある。(埼玉のソウルフードと言われる十万石まんじゅうは一度自分で買って食べたが、あまり感動しなかったなあ)

同じ場所で売っていたのが、岩手県の豆パンと日光金谷ホテルのカレーパンだった。これも微妙にお値段が高いのは、輸送賃が含まれているせいだとは思う。本来は地産地消であるローカルパンをわざわざ通販で頼んだり、運賃をかけて首都圏まで持ち込んで販売するというのは、コロナの影響を否定できない。
自宅に縛り付けられた感じがする生活の息抜きみたいなもので、行ったことのない場所の食べ物を自宅で楽しむ。本来は旅先で楽しむものを近所のスーパーで買い付ける。旅の代用品みたいなことだ。これは、典型的な代償規制になると思う。ただ、そこに文句はつけないが、注文はつけたい。できれば滋賀県長浜つるやのサラダパン、福岡県久留米のホットドッグなどを販売して欲しいのですよ。全国展開している某スーパーチェーンのバイヤーさん、ぜひご検討ください。

食べ物レポート

松本のあめ

松本名物が飴だと知ったのは先月松本を所用で訪れた時のことだ。松本そば祭りは何度も行ったことがあるので、蕎麦が名物というのは知っていた。松本に行くのはほとんど車移動だったので、駅の土産物屋に立ち寄ることもなく、その手の情報を全く手に入れていなかった。豊科にあるわさび農園はよく行っていた。わさび菜が欲しくて、夏になると足を伸ばしていた。そのわさび菜の漬物が駅前の直営店で売っていることから、わさび商品も観光名物土産だとは分かっていた。しかし、飴ねえ。

ネットで調べてみると飴屋は老舗が多いようだ。駅前からちょっと歩くと何軒かあることがわかった。だが、平日は休みの店もあり、おまけに自社ホームページがないところも多い。ネットで住所くらいはわかるが、その店の名物みたいな情報がなかなか見つからない。まさかどの店でも同じ飴を製造販売しているわけではないだろう。
それでも、なんとかネット情報で見つけ出したのは、松本駅のキオスクで何軒かの飴を買えるらしいということ。飴探索の手始めに朝早くに駅に行って、まめ板というものを手に入れた。食べてみるとピーナッツが入った、うっすらと甘いせんべいのような感じのものだった。水飴でもち米を練り上げたもののようだ。カリッとして、さっぱりとした甘味というのはなかなかめずらしいものだった。飴というよりは「飴菓子」という感じがする。夏場は溶けるので注意みたいなことが書いてあった。確かに、これが溶けたら団子になってしまう。夏の土産には向いていないことはわかる。ただ、ちょっとクセになる食感で、今まで知らなかったことは残念だった。

その後に駅から10分ほど歩いたところにあるおしゃれなお店で「あめせんべい」を買った。綺麗な箱に入っているが、手に取ると妙に軽い。この箱の大きさであれば、それなりにずしっときそうなものだが。

中身を取り出すと、なるほどなあという感じがする。せんべいというよりおぼろ昆布みたいなもので、おそらく綿菓子のように砂糖を薄く伸ばしたあめを何層にも巻き取ったような感じだった。

横から見てみるとよくわかるが、凧糸を巻いたようなものに似ている。取り出して食べてみると、薄い飴を伸ばして巻いたもので、幅1cm程度でパリッとわれる。口に入れるとパリパリと砕け、ミルフィーユ状というか薄い層が何重にも重なっているのがわかる。確かにせんべいと言われれば、なるほどと思う程度に薄いあめだった。
これは袋で持ち歩くとあっという間に粉々になる。箱に入れて、そっと運ばなければ、薄い飴の食感が台無しになる。取り扱い厳重注意の危険物的土産物だ。
まめ板もあめせんべいも、自分の想像する飴とは全く違っていた。菓子というより芸術品に近い。松本は文教都市だと聞いてはいたが、こうしたところに現れるのがやはり文化として本物の印だな、などと上品な甘さの飴を食べて思ったことだ。湧き水と蕎麦と飴、松本はしばらくでいいから住んでみたい街だ。パルコもあるしね。

街を歩く, 食べ物レポート

新宿のくら寿司で一人飯

くら寿司、スシローがコロナ後を見据えた都心部の侵攻を進めている。都心部ではコロナによる閉店が相次ぎ、その跡地への出店が中心なのだが、一階にこだわらない立地政策は「自社ブランド」への強いプライドなのかもしれない。大手ファストフードチェーンでは二の足を踏む二階や地下への出店は当たり前で、3階以上の高層階へも出ていく出店意欲の強さが現れている。最盛期の居酒屋チェーンより強気かもしれない。

回転寿司に入って最初に注文するものは何かと尋ねられるとすれば、答えはほとんどの時にはタコとイアということになる。普通の注文の仕方とは違うのかもしれない。これは自分の好みでもあるし、寿司は味の薄いものから濃いものへ順番に頼むという定説にもあっているはずだ。ただし、個人的にはスシを食べる順番なんていうものにルールなんかないと思う。寿司を食べる順番なんてものは、高い鮨ををありがたがってたべるときに、客に対して暴君のように振る舞う店主が、おのれの権威づけのために流布したものだくらいに考えている。
そもそも握り鮨とは屋台で町の不良たち?が空きっ腹を満たすために立ち食いしたようなものがルーツなのだから、出自を誇れるほどの食べものではないだろうに。好きなものを好きな順番で腹一杯になるまで食べる、これが鮨を食う時の唯一のルールではないか。
などと力説しても、最初に注文したのはオニオンリングだった。これはさすがにルール違反とまでは言わないまでも、ちょっとお行儀が悪い気もする。このオニオンリングに醤油をかけて、ハイボールのつまみにした。この食べ方で行くと、気分的にはインターナショナルな回転寿司屋になる。ロスアンゼルスのリトル東京で回転寿司屋に入ったことがある。アメリカでスシブームが一気に広がる最初の頃だった。そこでカリフォルニアロールを食べた時に感じた、違和感と日本と違うスシの楽しさみたいなものかもしれない。

次の皿は、あっさりあじでコリコリ食感のツブにした。貝類では鮑の次にこれが好きだ。残念ながら回転寿司で出てくる鮑は、鮑の一族ではあるが、アワビではないものが多いので注文するのに慎重になる。もっとも、このツブも世界のどこからやってきたツブなのかは知らない。つぶの一族ではあると思うが・・・。

いつもの定番タコとイカに、ウニ風味のツブが乗った軍艦巻きを注文した。最近の回転寿司の創作ものといえば、変わり軍艦巻きが定番だ。カルビやハンバーグから始まったネタの変化と進化は、最近暴走気味だとは思う。、ああ。それも今の時代の回転寿司の楽しみ方だ。
だいたいこの辺りで胃袋の余裕がなくなってくる。胃袋のキャパを考えれば、魚のスシを頼むには、相当シビアな選択がいる。光物を注文するとしても二皿は難しい。サバとアジを頼むとコハダは諦めなければ・・・的なやりくりの話だ。締めの海苔巻きの余裕を残しておきたい。などとあれこれ考え始めてしまう。最近では職人が握るおまかせコースでも似たようなことになり、あと何貫出ますか?などと間抜けな質問をしてしまう。
この日も予定通りというか、この後二皿追加で終了したのだが、くら寿司の非接触型カウンターは女性に大人気で、15人近くがすわれるカウンター席のほとんどが女性だった。両隣にいたかなりお若い女性も快調にくら寿司名物のルーレットゲーム音をさせていた。一回のゲームは5皿が必要なので、少なくとも10枚、多分15枚は注文していることになる。若い女性にも健啖家は多いのだなあと思いつつ、昔に流行していた肉食系という言葉が脳裏をかすめた。回転寿司の大食い女子のことはなんと表現するのだろう。多皿系とでもいうのだろうか。令和の時代の多皿系女子、頼もしい限りだな。

食べ物レポート

普通にうまい 富士そばの話

最近はすっかり使っていなかった富士そばのお話だ。つまらないこだわりの話でもある。所用で渋谷に朝早く行った時、今日は絶対に朝そばにしようと決めていた。渋谷には何軒も立ち食い蕎麦屋があるが、会社勤務時代にはずっとお世話になっていた「富士そば」にいくことにした。生まれて初めて富士そばを使ったのは、二十代前半に上京してきた時のことだから、ずいぶん昔になる。正直にいうと、とてつもなく美味いと思ったわけではない。ただ、普通に美味いから、いつでも便利使いしてきた。朝早く、夜遅く、イレギュラーな時間帯での食事にはとても重宝した。首都圏には大手立ち食いそばがいくつかあるが、山手線西側では富士そばがメジャーだ。大手町、虎ノ門あたりに行くと小諸そばとかそば太郎などが多い。駅の立ち食い蕎麦は沿線上に系列店が並ぶため、利用する私鉄によって店が異なるのも首都圏アルアルだろう。西武線は狭山そばだった。個人的には東横線の蕎麦が好みだが、市内にある立ち食いそば店と言えば「富士そば」一択に近かった。

その富士そばが、時々面白い相手とコラボする。PSゲームソフトの「龍が如く」とのコラボは楽しみだった。コラボ商品が実にユニークでいつも笑ってしまう。実食をしたこともあるので正直モードで言えば、名前はすごいが中身は普通というのが感想だった。それでも、日常食の立ち食い蕎麦をネタにできるというのは密かな楽しみだと思う。どうやら今回はコラボ相手がテレビ番組らしい、と店頭のバナーを見て最初に思った。ただ、この絶叫しているとおぼしき女性が誰だかわからない。ひょっとして、富士そばの従業員か?などと考えていたら、どうやら主演女優のようだ。そしてコラボ商品を確かめると、この方とはなんの関係もないようで、老後の資金がなくても食べられる安心価格ということのようだ。うむ、謎は解けたが、悩みは解消されていない。なぜ、このコラボ?相変わらず富士そばは謎が多い。

結局、このコラボ商品であるワンコインプライスの「そばとハーフ丼のセット」を注文した。最初から完食できるか怪しいぞとおもいつつ食べ始めたが、やはりごはんは完食できずに終わった。上に乗った辛い豚肉はそれなりに美味く、ミニ丼としてはバランスが良いものになっていた。丼の具材としては少なめなので、どちらかというとご飯のお供、ふりかけを肉トッピングに変えたというかんじだった。そばは普通のかけそばだが、これが今日食べたかったものだから文句はない。

お安いご飯セットを頼みながら、どうしても諦めきれずに注文してしまったのが紅生姜のかき揚げだった。カロリーが・・とか、脂が・・、とか色々と思うことはある。しかし、紅生姜の天ぷら・かき揚げはそうした健康常識を押しのけるほどの威力と魅力がある。大阪南部で生まれて初めて、紅生姜の天ぷらを食べた時の衝撃は忘れられない。大阪南部は、大阪北部とは違うスーパーローカルフードが存在すると学習するきっかけになった。
立ち食いそばのかき揚げの凄さについては色々と語るべきポイントがある。が、特に強調したいのが、蕎麦を食べ進め後半になる頃に、衣がつゆを吸い込みぐずぐずに溶け出していった状態のことだ。丼の中がオートミール状態になったあたりが一番うまいと思う。たぬきそばでも似たような現象は起こるが、とろけてぐずぐずになった衣の絶対量が足りない。やはりかき揚げが優位だ。
そして、そのお粥状になったそばつゆをおかずに白飯を食べる。今度は米がうまい。ほぼ禁断の食べ物だ。イカ天もこのノリで食べることがある。立ち食いそばのイカ天は例外なく衣が分厚いので、はっきり言って衣のぐずぐずを楽しむための食べ物だ。これが、ゲソ天になると衣の絶対量がさらに増えるので尚よろしい。仙台とか山形ではげそ天が立ち食い蕎麦屋のデフォルトアイテムで、ずいぶん楽しませてもらった。東京周辺ではイカ天がメインでゲソ天はサブどころか控えのメンバーに入れてもらえないことが多く、今後の活躍を期待したい若手扱いだ。がんばれ、ゲソ天。
結局、この日は立ち上がるのも苦しいほどの満腹感を、朝一から抱えてしまい、どうにもならない1日のスタートになってしまった。おまけに、お安いはずのコラボ商品を頼みながら散財してしまったという後悔も残り・・・。それでも久しぶりの立ち食いそばはうまいなあと思った朝でした。

街を歩く, 食べ物レポート

神田 まつや・・・粋に和む

所用で神田に行った。この街はたまに行きたくなる。老舗の食べ物屋が並んでいるせいもある。神保町から散歩がてらぶらぶらと歩いてこの街にくるのがちょうど良い距離だということもある。神田は東京駅近くのオフィス街だが、下町の風景が点在している。大阪で言えば天満や福島もこんな感じかもしれない。

さて、神田といえば、直感的に思いだすのは蕎麦屋だ。それも江戸時代から続く不良のたむろする怪しい店としての蕎麦屋で、食事処ではない方の蕎麦屋だ。神田で言えば薮とまつやが代表格だと思うが、松屋は表通りに面しているせいかオフィス街の飯屋的な見え方もする。ランチの時は特にそうだ。ただ、ランチが終わった2時くらいから、どこからともなく怪しいオヤジとオバサンが集まってくる。一人か二人でひっそりと酒を飲んでいるのが共通点だ。逆にいうと若い方は普通にそばを食事として食べてさっさと帰っていく。

コロナですっかり昼酒対応が当たり前になったが、ちょっと前までは昼酒は相当難度が高い飲み方だった。居酒屋でも定食を肴に酒を飲むという光景はほぼほぼなしだったはずだ。それが、夜の営業を止められて昼にはみ出してきた昼酒飲みは、店側と客側の阿吽の呼吸という感じで広まっていった。ただ、そのコロナ前の平和な時期でも、例外だったのが蕎麦屋と鮨屋だろう。特に、蕎麦屋は混雑時を避けて昼下がり的な時間であれば、それなりに平気で酒を飲めた。軽くつまみを注文して、その後ささっとざる蕎麦ひとつみたいな感じで帰っていく。お江戸の不良の飲み方だろう。

だから、ビールを頼むのはちょっと野暮かななどと思う。まあ、気分の問題なのだけれど、蕎麦屋で飲む酒はぬる燗の日本酒と決めている。夜であれば、ビールでスタートというのもありかなとは思うが、昼酒はぬる燗一択だ。夜飲みの時はぐい呑みが良い。大振りの器でグビグビ飲みたい。だが、昼酒の時は猪口に限る。小ぶりな猪口に半分くらい酒を注ぎ、ちびりちびり飲むのが昼の蕎麦酒のやり方だと思っている。店内では、たまに他の客の会話が聞こえてくるが、基本的には静かなものだ。昼酒で酔っ払って大声で喚き散らすのは格好が悪いと思う。まあ、そんなダメオヤジも多いことは確かだけれど。蕎麦屋の昼酒は、一人で静かに、スタイリッシュに飲んで欲しいものだ。

さすがの老舗だけあって、席を仕切る板もアクリル板という無粋なものではなかった。店内と調和しているので、まるで昔からこういう仕切り板があるような気がしてくる。記憶に定かではないが、昔はメニューが紙の閉じた帳面のようなものだった気がするが、今はスタンド式になっている。これも非接触対応の一つなのだろうか。まあ、孤食で默食は危険度が低いそうだから、蕎麦屋の昼飲みがもう少しオヤジとジジイの間に広がるかもしれない。ただ、ジジイの大半は命惜しさの臆病者が多いはずだから、あまり家から出てこないかもしれない。コロナが終わっても飲食店の苦闘は続くのだろう。だから昼飲みでお応援だ。

食べ物レポート

日高屋でちょい飲み復活

好物イカフライ 居酒屋でありそうでないメニュー

中華料理屋日高屋がようやく常態帰した。元々は全国ご当地ラーメン屋だった日高屋が、中華食堂に代わった後でチョイ飲み屋になった経緯は色々とあるのだろう。多店舗展開が一気に進んだのは日高屋ちょい飲み業態になってからだと思うので、変化を続けることは大事だ。ただ、成功コンセプトとして一度確立すると、そこからの変化がまた難しくなる。成功体験が進化を縛る。その縛りを解き放つには、一度手痛い失敗というか逆境に会う必要がある。成長の第二ステージというのは、そういう苦しみが養分になるようだ。たまには、その痛みに耐えかねて枯れてしまうこともあるが。今回のコロナ禍というものは、居酒屋を含めた夜の酒商売に手痛い教訓を与えた。これが第二の成長の引き金になることを願いたい。

爆弾炒め ネーミングが不思議だが、キムチ入りの辛い肉野菜炒め

去年の自粛制限・時短が緩んだ時には、昼飲みが増えていたような感覚があった。それが今回の禁酒・時短解除で、その流れが変わったような気がする。昼飲みするオヤジが減っている。当たり前だが、昼飲みは夜飲みの代替品だったので、みんな夜飲みに戻って行ったのかも知れない。
しかし、夜の街を歩いてみても、あの夜の猥雑さというか、酔っ払いが盛り場で賑やかに歩いている感じが全くしない。結局一年半にわたる禁欲生活は、社会から「酒を飲む楽しみ」をとりあげてしまった。確かに、酒は飲まなくても生きていける。飲まない人から見れば、酔っ払いの気がしれないというのが本音だろう。飲酒とは、馬鹿げた散財で、時間の無駄遣いで、おまけに体に悪いダメな習慣としか見えない。
タバコは煙が直接にかかってくるので、禁煙対策が先行しただけだ。次は禁酒が待ち構えている。ただし、人類にとって飲酒は喫煙よりはるかに古い習慣で、あまり信じられない伝説では猿の時代から酒を飲んでいた(らしい)。
だから、社会的禁酒はだいぶ時間がかかるだろうが、1970年代は禁煙大国アメリカですら、いたるところでタバコが吸えた。飛行機の中でもタバコが吸えた。それが50年経ってみたら、喫煙者は依存症扱いになり、タバコを吸う場所を探すのは都市伝説級のダンジョン攻略に似た困難さがある。だから、今から50年も経てば「飲酒は禁止」どころか「酒を製造、所持したら」犯罪になる時代か来るかもしれない。
そうなると日高屋も非合法飲酒施設になるので、ちょい飲みは廃業して、第3の進化が必要になる。とすると今のうちに、好物のイカ唐揚げと爆弾炒めを肴に、せいぜいたっぷりと酒を飲んでおこう、と言い訳をしながら遅い昼酒を楽しみました。

食べ物レポート

回転寿司100円じゃないほう

回転寿司御三家を中心に、回転寿司の勝ち組は100円均一だったはずだ。皿ごとに値段が違う店は、すっかり流行の外側に取り残された感がある。出店数も激減していた。別にコロナの影響ではなく、回転寿司業界で広く受け入れられた業態、つまり勝ち組としてワンプライスが標準となったはずだった。ところが、コロナの嵐の中で、100円均一業態の大手チェーンが、次々と価格の多様化、値上げをして、もはや均一価格とはいえない状態になった。
そうなると、元々から高品質高価格の回転寿司が受け入れられていた北海道や北陸ではもはや勝負にならないのではないかと思う。そして、均一価格がメインを占める関東、東海、関西とつながる人口集中帯でも変動が起きそうだ。100円ではない方の回転寿司が盛り返すような気がしている。

セルフ方式のなめろう 自分で魚をすり潰す

埼玉ローカルのガッテン寿司が、回転寿司としてはちょっと変わった店を出しているが、そこに行ってみて思ったことだ。価格帯は200−600円台と幅広い。100円均一チェーンからすると相当に高く見える。ただ、酒のつまみの種類が多い。酒の種類も多い。駅ビルの中という立地もあるのだろうが、寿司居酒屋を狙っているような感じがする。しかし、注文はタッチパネルだ。開店レーンは回っているし、そこに鮨は乗っている。ただし、基本的にはバイオーダーで、握りたてを提供する立ちの鮨屋感がある。確かに、回転レーンの中で職人が握っているからライブ感は100円均一店とは異なる。

蟹甲羅に入った蟹味噌の焼き物は、100円均一店では味わえない「酒の肴」だった。こういうメニューを導入する時点で、100円皿をさっさと注文して、さっさと帰ってもらう高回転型ビジネスではないということがわかる。のんびり食べて、高額商品を頼んでもらうスタイルを選んだということだ。

季節のメニューではアワビの刺身など、高価格帯の限定商品を導入している。回転寿司で刺身を注文することはほとんどないと思う。スシをたらふく食う客と刺身を楽しむ客は、あきらかに客層が違う。ニーズが違う。刺身の盛り付けだけで判断すると、立ちの鮨屋との違いははっきりしているが、大事なことは回転寿司で高価格帯商品のバラエティーを増やすという挑戦をしていることだ。ちなみに、このアワビ刺しは700円だった。微妙な値付けだと感心した。

お得感を出すのは、3貫盛りの皿で、光物3貫の皿とイカの部位違い3貫の皿を注文してみた。個人的にイカ、タコなどの軟体動物好きなので、イカとゲソの組み合わせが嬉しい。できれば、イカ、タコ、ホタテでセット組をしてもらいた。光物3点セットも救いの女神といいたい組み合わせだった。アジとサバとコハダが食べたいと思っても、合計で3皿6貫というのちょっときつい。回転寿司の定番が2貫付で、店の効率向上策としては理解できるが腹の膨れ具合で言えば厳しいという客が多いはずだ。最近某回転寿司チェーンでは一貫付を期間限定で始めたらしい。回転寿司のマーケティングがネタ競争から、客のニーズを細かく拾うようになった変化の表れだろう。ネタの高級化と価格上昇だけではマーケティング戦略として先がない。

巻ものでは低価格帯も揃えている。今や回転寿司で巻物の主流といえば、ウニとかいくらといった高価格帯ではなく、サラダ巻き、コーン巻きのようなスシの異種、亜種といったものだ。それをスシとして異端だとか邪道だというつもりは全くない。海苔巻きの体裁を取りながら濃い味付けの具材をトッピングとして使うというのは軍艦巻きの鉄則だろう。それが海産物ではなく、マヨネーズ味や肉系に変わったということだ。
そのためか100円均一店ではあまりお目にかからない塩辛巻き、とび子巻きが存在していたのは嬉しかった。この手のトッピングはすでに死に行く運命の食材なのだろうが、おじさん相手の寿司居酒屋を目指す時には、まだまだ使い道があるということだ。
ロードサイド型の店では、このような居酒屋対応が難しいとは思う。しかし、アフターコロナで駅前繁華街が陥没し、回転寿司の大型店舗の出店が続いている。生き残りをかけた駅前バトルでは、こうした客層をちょっと変化させた業態、コンセプトが有効なはずだ。
くら寿司やスシローが、昼夜の提供メニューを変化させ自家性二毛作店に転換するような気がする。ファストフードの覇者、マクドナルドの夜マック戦略を回転寿司チェーンが換骨奪胎できるか。楽しみだなあ。
今日はちょっと真面目な業界話でありました。

街を歩く, 食べ物レポート

神田 薮・・伝統の重み

お江戸の三大藪と言われる老舗蕎麦屋の一つ、神田の藪蕎麦が火事で焼けたのは何年前だったか。神田の藪といえば、大晦日の年越し蕎麦のテレビ中継で有名だった。大晦日には昼から行列ができる。寒空の中で何時間も待って蕎麦を食べるやつの気が知れないなどと若い頃は毒づいていた。だがこの歳になると考えも変わり、実は並ぶ価値があるうまい蕎麦だと思うようになった。ただ、自宅が神田から遠いので、蕎麦を食べた後同じくらい時間をかけて家に戻るのが嫌なだけだ。歩いて行ける場所にあるのであれば、間違い無く並ぶと思う。ちなみに三大藪の残り2軒は浅草と上野にあるはずだ。コロナのせいで飲食店の営業事情が変化しているから、確かめたわけではないが閉店もしていないだろう。

火事で焼けた後に再建された新しい店だが、外観は昔のままのように感じる。周りにあるオフィスビルのようなものに立て替えなかったのは、やはり老舗としての矜持というものなのかと思う。客としていく分には、高層ビルの一階にある店よりも和風の一軒家の方が好ましい。間違いなく風情がある。都心の中の日本家屋は、それだけで存在感がある。
若い人たちであれば多少の圧迫感を感じるかも知れない。それでも、所詮は蕎麦屋だからあまり気を張ることもなく、ふらっと入って、さっと蕎麦を食べ、サラッと帰れば良いのだ。中で待っているのは、日本屈指のうまい蕎麦であることは間違いない。

蕎麦は不良の食べ物だったとは何度も書いてきたが、お江戸のそばのスタンダードは、この盛りの薄さだ。食事で食べるそばになれた人には、全く腹立たしいぼったくりに見える量だ。バーコードのようなという表現が全く正しい。濃いめのつゆにそばの下半分だけつけて啜る。そばを全部つゆにつけるのは野暮だよ、などと教えられたが、それはそばつゆがとてつもなく濃いからだ。半分つけたツユで口の中はちょうと良くなる。ちなみに、三大藪の中では浅草の藪のつゆが一番濃いような気がする。お江戸の蕎麦屋以外でツユ半分つけを真似してはいけない。普通の蕎麦屋のツユはそれほど濃くはないので、ドブンとつけて食べる方がうまいと思う。

蕎麦屋で酒を飲む時に、つまみとして出てくるのは基本的に蕎麦のトッピングだ。天ぷらや鴨がメインアイテムだが、茶碗蒸しや卵焼きがでてくるのも、蕎麦用トッピング材料の流用だ。だから当然のように海苔もつまみになる。ただ、老舗の蕎麦屋で出てくる海苔は、木箱の中に収められていて、その木箱の中では小さな炭が空気を温めている。湿気を防ぐためだそうだ。蕎麦屋の海苔をつまみに飲む時、海苔が湿気っていてはいけない。パリパリ感が命だ。

鴨も店によっては提供される。鴨南蛮は冬のご馳走だが、その鴨を炙ったり焼いたりして食べる。蕎麦屋では天ぷらと並ぶ濃厚つまみだが、こちらでは薄切りにしたハムのようでとてつもなくうまい。街の蕎麦屋ではあまり味わえない。お江戸の老舗蕎麦屋のつまみを肴に飲むのはなかなか幸せなことだ。
いつも厚焼きステーキで赤ワインという飲み方ができるはずもない。懐事情もあるが、胃袋の事情の方が最近は優先だ。時々は蕎麦屋であっさり海苔と熱燗でほろ酔いしたい。すでに神田の老舗蕎麦屋では、一杯やるのも気楽なお値段ではなくなっているが、それでもたまには足を向ける価値がある。
歴史に残る偉人の話は教科書でチラ見をするくらいで良いが、歴史が残した文化の精髄、老舗店の料理は、庶民がポケットマネーで楽しめる歴史遺産だ。気取らず、友人との会話を楽しみながら、蕎麦屋で一杯。それもお江戸の神田で憩う。京都で湯豆腐もいいけれど、神田で遊ぶ方が何倍か楽しいと思う今日この頃であります。

食べ物レポート

フーコットの鮭弁が・・・

埼玉のスーパーの勝ち組、ヤオコーはちょっと高いけれど、ちょっと高級という立ち位置のブランドだ。だから、NB商品の価格競争であれば他のスーパーにはほとんど負ける。1円2円という負け方ではなく、10円20円といった明らかにわかる価格差があるが、そこはヤオコーPBで切り抜ける。生鮮三品もアップグレードした商品で安売り店に対抗している。比較的高齢層に強いのだそうだ。いつの間にか、自宅の周りもすっかりヤオコーに取り囲まれてしまった。
そのヤオコーが食品ディスカウントの実験店として出店したフーコットだが、なんでも安いのは確かだ。ただ、その中にあれっと言いたいような珍しいものが並んでいたりする。自宅周辺のスーパーどころか都内のデパ地下でもお目にかかったことがないシナノパープルという高級ブドウがしれっと売られていたりする。ディスカウント店のはずが、国産鰻蒲焼をびっくりするようなお高い値段で売っている。きっと普通に買うと、買う気が失せるほど高いものなのかも知れないとは思うが。

値札しかついてないシンプルさ

そのフーコットをたまに覗きに行くのはなかなかの楽しみなのだ。ちょっと前にオーケーで有名なカツ重299円を買ってきたが、フーコットでは対抗してどんなカツ重を売っているのか気になりノコノコ出かけてみた。ところが残念なことにカツ重は売っていなかった。たまたま販売する時間帯が行った時と違うのかも知れない。焼肉弁当やカツカレーなどは売っていたが、1番に目だったのが鮭弁当だった。価格は298円とオーケーのカツ重値付けより1円安い。何か因縁がありそうな1円差だななどと笑ってしまった。

ホカ弁屋で定番である海苔弁はちくわ揚げと白身魚フライがメインで、付け合わせにきんぴらごぼうというスタイルが一般的だと思うが、フーコットでは鮭の西京焼きがどーんと乗っている。オマケは卵焼きと漬物というシンプルさだが、この鮭の厚みがすごい。ホカ弁の鮭弁当に入っている焼き鮭は厚さ5mmくらいだから、(測ったわけではなく、体感的なもので、おまけに過去の記憶モード、今度買ってきて確かめてみよう)これは相当に分厚いというべきだ。ただし、ノリはちょっとしょぼいかも知れない。
なんとなく感じるのだが、カツ重で真っ向から勝負するのは避けて、うちは鮭弁で勝負するからな、どうだ参ったか的な感じが漂っている。鮭のボリュームを見ると、魚好きにとってはかなり優勢と判断できる。他のスーパーで弁当売り場を見てきたが、この値段でこの鮭はすごいぞと思った。
フーコットから、一番近いオーケーまではずいぶん離れているが、相当に競争意識があるような感じだ。埼玉東部ではヤオコー・フーコット後継店がオーケーと直接対決する可能性が高いから、その前哨戦を意識しているのかも知れない。

追記:平日ではなく週末にフーコットに行ったらカツ重が売っていた。その話はまた別稿で。

食べ物レポート

オーケーのカットピザ

平日にしか売っていないオーケーのカットピザを買い出しに行った。昼飯にしようという魂胆なので二枚買うことにした。だが、二枚買っても300円以下というリーズナブルを超えたハイパーバリュー価格だ。高い方がソーセージとベーコンのピザで、個人的にはこれが一番アメリカンピザっぽい気がしている。

見た目でわかるが、ソーセージを含めてトッピングに焦げた形跡がない。高い温度で一気に焼き上げたというより、低温で火を通した生地の上にぱらっとトッピングを乗せた感じだ。だから石窯焼きピザのパリパリ感は期待してはいけないのだが、そもそもそんなことを最初から考えてもいない。まあ、このピザは平たく言ってしまえばトマトソースとチーズがかかった調理パンだ。生地自体も甘めでふわっとしたリッチ系だ。ご飯として食べるには、ナポリピザのようなリーン系ピザと比べて、こちらの方が出来が良いとも思う。何より肉系トッピングは、食べた時の満足感がたっぷりだ。

こちらは安い方で、トマトがトッピングになっている。マルゲリータとは、言ったもの勝ち的なネーミングで、トマトソースとチーズとバジルの3点セットであれば、マルゲリータと言い張って良いと思う。カレーパンといっても中のフィリングがキーマカレーであったり、野菜ごろごろカレーだったり、牛すじカレーだったりするようなものだ。
チェリートマトは甘味が強いので、ピザに使うトマトとしては向いていると思う。一般的なトマトのももたろうはピザには全く向いていない。ももたろうはピザソースに使うのも論外だと思っている。あれは日本人向けの生食用トマトで、調理加工に全く適さない。限りなくフルーツ化した野菜だと思って使う方が良い。少なくとも、ピザやパスタのようなイタリアンの素材としては不向きだとおもっている。
「お客さん、すみません。バジルの葉っぱを使うと、とてもこの値段ではお出しできないです」というだろうから、バジルソースを使うというのはお約束みたいなことだ。あっさり系(ピザにあっさりとは変な形容詞だが)を好みであれば、バジルソースはあっているだろう。

ついでに、このお手軽価格のピザと調理パンの代表選手みたいなカレーパンを比べてみた。コンビニやスーパーで売られているカレーパンは比較的お安い。100円+アルファといった価格帯で収まっている。150円を超えることはあまりない。
工場生産ではないスーパーのインストアベーカリーなどでは150円越えもあるが、それは珍しい。そうした市場価格感からすると、ちょっと高めの値付けのように見えるのがこちらのカレーパンだ。ただ、食べてみるとそれなりに納得できる。安いカレーパンにありがちな、中がほとんど空洞で具が少なくて騙された感みたいなことは全くない。ぎっしりと具が詰まっている感じがある。カレーパン発祥と言われる東京の下町までカレーパンを買いに行ったことがあるが、そこも具沢山だった記憶がある。やはりカレーパンの価格は、中の具材の量に比例しているのだろう。100円の空洞パンよりは50円高くても中身がいっぱいの方が良いと思う。

その出来の良いカレーパンとピザを並べてみた。ほぼ同価格だがピザの方が、ビジュアル的には勝っているように見える。カレーパンが茶色一色というハンディがあるのは確かだが、やはりピザの面積の大きさが、ごちそう感というか食欲をそそるというか、見栄えが良い。スーパーの惣菜担当にこの手の視点があるかどうかは知らない。惣菜に見栄え重視の視点が必要とされるかどうかは、企業としての考え方だろう。ただ、ピザの方が消費者視点から見て戦闘力が高く、おそらくカレーパンの改良型よりも値付けが高くできそうなことだ。トッピングのアレンジでバリエーションを増やすのも容易だ。

などとちょっと難しいことを考えながら、家に帰ってガスのグリル台でピザを温めて美味しく食べた。ピザは電子レンジでの再加熱には向いていない。レンジアップすると、ほとんどパンの食感になってしまう。1/4カットは手で持つには大きすぎるので、半分にカットすれば良いのだが、面倒くさくなり箸を使って食べる。箸でピザを食べると、手も汚れないし、こぼれ落ちたトッピングも拾いやすい、食べやすい。おすすめの食べ方なのだが、家の外でそれをやると、かなり変な奴扱いされるので注意が必要だ。ちなみにケンタッキーのチキンも箸を使って食べるのが一番合理的だと思っている。是非お試しください。