食べ物レポート

高級パン屋でクイニーアマン

渋谷の北西側に東急百貨店本店がある。その真向かいに、高級パン屋がある。都内には有名なパン屋、ベーカリー、ブーランジェリーなどパンの製造販売の店は多い。その中でも、おそらくいちばんの高級店(自己評価です)は、この店だと思っている。たまに、ハード系のパンを買いに来るのだが、その味と価格にはいつも唸らされる。高いから上手いのではなく、上手いから高いのだと納得させる「パン」だ。
ただ、たまに浮気をしてデザート系パンというかケーキっぽいものを買うこともある。今回は、流行り物のカヌレを買おうとしてきたのだが、結局はカヌレではなくクイニーアマンを買ってしまった。

食べ終わった時の満足感がすごい

自分のイメージにあるクイニーアマンは小ぶりな砂糖菓子というものだが、こちらは随分と大型で直径は10cm程度あり、手に持てばずっしりとした重量感がある。表面が砂糖でコーティングされているのでカリカリとした食感があるが、中身の生地はやはり重量級の密度の高いものだ。
甘い物好きであれば、これを朝食がわりに食べるかもしれないなと思う。朝食といえば………しばらく住んでいたアメリカでの朝食は、ドーナツだったりワッフル(メープルシロップを溺れるほどかけるのでほぼ甘味しかしないもの)など、朝から1日分の糖分補給が完了するものが多いことを思い出した。朝食=超甘いというイメージしかない。だから、それと比べるとこのクイニーアマンなど甘さレベルで言えば初級でしかないのだが。
個人的には日本の朝食は塩分食、アメリカの朝食は砂糖食、そして西ヨーロッパの朝食は簡素食だと思っている。簡素食とはクロワッサンとミルクコーヒーで朝食というパターンになる。目玉焼きにベーコンとトーストでは、簡素食にならない。この大ぶりのクイニーアマンを朝食にするとすれば、アメリカと西ヨーロッパの中間食くらいになるのかと思った。
表面の砂糖がキャラメル状になりパリパリしている食べ物が好みなので、このクイニーアマンはとても満足したが、やはり朝食にはちょっと甘すぎる。結局は、3時のおやつ的に食べてしまった。ただ、おやつとしてはやはりちょっと高額かと思うしボリュームも多い。だが、ケーキよりはお安い。自分へのご褒美的なおやつとして考えれば良さそうだ。ただし、これを一つ食べると夕食は軽めになる。というか、夕食を食べる気にならない。おやつで腹が膨れるというのも考えものだ。

テクニックを感じるハード系のパン

朝食には、ライ麦を使ったハード系のパン、それも中にクルミや干し葡萄の入ったものを買ってきた。このハード系パンとコーヒーの様な朝食を食べたのは、デンマークだったかドイツだったか記憶は曖昧だが、ライ麦のパンはやはりヨーロッパ北部に行くと出会うことが多い。もともと、小麦は地中海沿岸の様な気温の高い地域で栽培されている。北部になり気温が下がっていくと、小麦の代わりにライ麦が栽培されている。日本でいえば、米とヒエやアワなどの雑穀の関係に近い。
昨今の健康志向による雑穀礼賛は、やはり美味しいものを腹一杯食べられる時代の贅沢なのではと思っている。米が食えないからヒエアワを食うという生活では、やはり上手い米を食べたくなるものだろう。パンの世界も同じで、やはり小麦100%のパンはうまいし高いというのが西欧社会では常識の様だ。わざわざライ麦パンを特別視することもないらしい。
この店のライ麦パンは、ライ麦特有の香りが強い。スーパーで売っている普通の食パンと比べれば、その違いは歴然だ。おまけにずっしと重いし、買ったばかりでもそれなりに固い。手でちぎろうとしても難しい。ナイフを使って半分に切り、あとは食べやすい厚さで何枚かに切り分ける。
味が濃いので何もつけずに食べるが、歯応えが強く何度も噛み締める。パンの味というのはこういうものかなと感じる。口の中の水分を全部持っていかれるというか、吸い込まれてしまう。クルミや干し葡萄の味が良いアクセントになるのだが、食べ物を噛み締めるという「本能的な楽しさ」がある。
一つ食べ終わるととてつもない満腹感を感じるが、これは何も考えずに延々と固いパンを噛むという作業を続けたせいだろう。ものを噛むと満足感が湧くのは、人類が持つ最古の本能ではないだろうか。
日本の伝統的な食べ物であれば「するめ」、それも丸のまま一枚を噛み続けるみたいなイメージだ。

紙袋はオシャレ感というより品質維持のために重要だと思うのだが

自分なりの高級なパン屋のイメージなのだが、パンの個包装に紙袋を使う店というのがある。スーパーのレジ周りに置いてある水物を包むペラペラのビニール袋を包装に使う店は、残念ながらパンに対する愛情が足りないと思ってしまう。ビニールの匂いがパンに移るからで、それが嫌いなのだ。コストを考えるとビニール袋も仕方がないということになるのだろうが、5円10円高くても良いから、匂いがうつらない袋にしてほしい。
ブーランジェリーと名乗る高級店でも、ペラペラビニール包装の店がある。そういう店には、また行く気が起きないのも確かだ。パンを焼く技術だけが高級パン屋の売り物ではないだろう。美味しいパンを家に持って帰り、それを食べるまでが、パン屋のお仕事になるのではないかと思う。

食べ物レポート

アフターコロナで気がつく小さなこと 世界の変わり方

四角い方を小分けして食べようとすると、中の水飴がなかなか邪魔してくれる。小さい子供のイラストがあるが、決して子供向け商品とは思えない。ハイレベルの飲食テクが求められる。

間違いなくとてもローカルな菓子なのだと思う「あめせん」が復活していた。これは南部せんべいを2枚合わせたもので、中に水飴が入っている。丸型と四角型があるが味は同じだ。南部せんべいは岩手県北部から青森県東部にかけて存在した南部藩の特産品だと記憶しているが、岩手県でこの水飴サンド煎餅を見かけたことはない。存在するのかもしれないが、水沢から盛岡にかけてのスーパー巡りをしても発見できなかった。
青森県西部、津軽で似たようなものを見かけた記憶があるので、南部せんべいの一族とはいえ「あめせん」は津軽がルーツの食べ物かもしれない。生まれ育った北海道では南部せんべいがかなり当たり前の食べ物だったが、一般的には郷土食的な扱いらしい。東京に暮らすようになって気がついた。
東京周辺のスーパーではあまり普通の食べ物ではないようだ。たまに見かけることもあるが、そもそも売っている種類が少ない。南部せんべいといえば、プレーン、ポーナッツ、ゴマは絶対定番で、それにあれこれ木の実を入れたものなどのバリエーションがある。(と思い込んでいた)自宅近くのスーパーでは、バリエーションがないどころか南部せんべい自体が存在しないこともある。

この二つの「仲よしあめせん」は札幌の企業が製造している。だから北海道のユニーク菓子と言っても良いのだろう。
ただ、この2品がコロナ感染中は札幌のスーパーから消えていた。ひょっとして廃業したのかなとも思っていたのだが、去年の年末に発見した。それも、一軒ではなく複数のチェーン・スーパーで見つけたのだから、完全復活と見て良いだろう。
推測するに、コロナの間は工場が人手不足で維持できなかったのではないか。原料の南部せんべいが調達できなかったとか、水飴が全国的に製造中止になっていたという話は聞かないので、やはり工場の稼働問題だったように思う。
ステイホームの掛け声の元、在宅率が高まり食品の家庭内消費量は軒並上がったはずだ。当然、食品メーカーの売上も好調だったはずだ。このあめせんも売れなかったはずはないと思うのだが、最後に買ったのはコロナ初期のマスクパニックの頃だったから、やはり2年半は市場から消えていたことになる。(去年の夏には見かけなかった)
他にも、同じようにしばらく市場から消えていたローカルな菓子や食品があるのだとは思う。それが復活してきたということは、ようやく経済が元に戻ってきた考えてよさそうだ。それも統計に残るような大企業の業績ではなく、町工場でひっそりと作られていた製品が戻ってきたことが「当たり前の世界」という意味になる。「昔の通り」の世界が再び現れる。ようやくコロナの時代が終わり、小市民の暮らしが元に戻るということだなあ、とあめせんを食べながら感動していた。

ちなみに、このあめせんは歯が弱い人には向いていない。せんべいは若干湿り気味なので、歯応えは微妙なところがある。ところが水飴が中央部分に固まっているので、端はせんべいだけ、中央部は水飴が強靭な感触をもたらす。そして、水飴のくせに(?)やたら硬いので、齧ってもなかなか噛みきれない。感覚的にはコンクリートを食べたらこんな感じと言いたくなる。(大袈裟ですみません)
それを口の中で多少温めて水飴部分を溶かさないと、せんべいと水飴がマリアージュしてくれない
難度が高い食べ物なのだ。
食べるのに高度なテクニックを要求されるためか、あめせんの置かれている棚は「子供向け駄菓子」ではなく、郷土名物菓子みたいな扱いになっていた。それもちょっと違うかなとは思うのだが。
もう一つ蘊蓄を披露すると、昭和中期だったが子供相手に紙芝居をやるおじさんという商売があった。自転車でやってきて、公園などで紙芝居をご披露する。その紙芝居観覧の代金が割り箸に巻きつけた水飴5円、水飴を南部せんべいに挟んだもの10円だった。駄菓子の相場が10円だったから、現在価値に直すと水飴サンドせんべいは100円くらいに相当すると思う。今だと食品衛生がどうとか、お話の内容が教育的かとか、経済格差をあらわにするとか(せんべいを買えない子供はおじさんに追い払われていたような記憶がある)、色々文句をつけられそうな商売だ。
つまり、このあめせんは紙芝居を見て育った世代に向けたノスタルジー商品なのだ。(キッパリ)決して子供向けの駄菓子ではない。そして、そのノスタルジーを感じる世代は、すでに前期高齢者になっている。歯も弱り始める世代だ。咀嚼力も弱り下手をするとの後に詰まらせる。高齢者向け危険認定が必要な菓子だ。だから、あと20年もすると、この「あめせん」は世の中から消失する可能性が高い。まだ未体験の方がいれば、早めにご試食ください。お値段は税込で130円くらいだったと思います。

街を歩く, 食べ物レポート

カツカレーを食べに秩父まで

一年に何度か無性にこの店に来たくなる。中毒性の高い秩父の老舗食堂だ。特に、夏の暑い時期より冬の寒い時期の方が好みだ。夏の秩父は盆地のせいもあり、とてつもなく暑く感じる。以前、札所巡りをした時に、車移動でありながら死にそうに暑いと思って以来、夏の秩父は敬遠ぎみだ。コロナのせいもあり、2年ほど夏には来ていない。
ただ、茹だるような暑さの中、この店でうちわを使いながらクリームソーダを飲んで見たいとは思うのだが。

今回のお目当ては、いつものオムライスではなくカツカレーだ。店に入る前からメニューを決めているというのは、自分としてはありえないくらい珍しいことだが、この日は席につくなり注文完了した。
このドロドロ系のカレーと、カリカリにあげたカツの組み合わせを夢で見てしまった。なぜカツカレーの夢を見たのかはよくわからないが、少なくとも目が覚めて「これから秩父に行ってカツカレーを食べるしかない」と思い込んでしまった。そして、夢にまで見たカツカレーを完食して大満足した。最近では、これほど食事に満足したことはない。
ちなみに、カツカレーのカツは肉薄め、衣も薄めの「カツ」ではなく「カトゥレットゥ」みたいな感じが好みだ。厚切りロースのゴロンとしたカツや柔らかヒレ肉のカツが乗ったカツカレーも食べたが、やはり薄めのカツが良い。若い時分の貧乏経験で植え付けられた、カツカレー=貧乏人のご馳走感がいまだに抜けないからだろう。多分、一生抜けない我が人生で最大の「誤った」刷り込みだ。
福神漬けとカレーの組み合わせも素晴らしい。これが刻んだピクルスやラッキョウがついてくると、いきなり高級度が増すので(個人的な感想です)、自己評価としてはちょっと残念感が出る。
我がパーフェクト・カツカレーとは、カレーのルーにインド的本格感はいらない。ただ、昭和の蕎麦屋風の黄色いカレーではちょっと物足りない。茶色でドロドロしてあまりスパイス感がバリバリ出ない方が良い。まさに、この食堂のカツカレーは理想に近い。

テーブルの上にあるメニューも昭和の食堂感たっぷりなのだが、今回来てみるとファミレス的なメニューブックも置かれていた。中身を見ると、写真入りセットメニューが中心で確かにあれこれ頼みたい客向けには好ましい。
おまけにLINEのアカウントもできていた。友達になるとアイスクリームがサービスになるというので、さっそく友達申請した。普段はほとんど食べないアイスクリームだが、こういう出され方をするとなんだか一段上の食べ物に見えてくる。(美味しくいただきました)

店の外に出て改めて気がついたのだが、窓に貼られていたスプライトの看板が超絶に昭和を思い出させる。今では瓶入りのスプライトなど売っているのか。そもそも最近、スプライトを自販機で売っているのだろうか。ペットボトルのスプライトは見た記憶もないから、買ったこともない。
一度、スーパーかコンビニで確かめてみないと、気になって仕方がない。三ツ矢サイダーはちょっと前に買ったから、スプライトもありそうな気がする。ファンタは去年の夏に飲んだ記憶があるが、昔懐かしのオレンジだったかグレープだったかも覚えていない。
昔はあれほど呑みまくっていた炭酸飲料をほとんど飲まなくなったのは、やはり歳をとったせいなのか。それとも日本が豊かになったせいなのか。若くて貧乏だった頃は、合衆国発の炭酸飲料が贅沢品だった。
ヨーロッパから輸入した水を当たり前のように飲む時代が来るとは思いもしなかった。人工甘味料ではなく砂糖入り飲料が高級品だった時代だ。今では、アスパルテームなどの甘味料使用の方がダイエット飲料、健康志向品として、よほど高級品扱いされる。
スプライトの看板を見ながらそんなことを考えていた。カツカレーとスプライト、今では不健康とまでは言わないが、健康に気を使わないチープ・デイの食べ物として捉えられそうだ。確かに昭和は遠くなった実感がする。

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渋谷で二軒目 老舗中華を楽しむ

渋谷道玄坂の裏通りにある中華料理屋で、二次会をして餃子を食べる

この店に来たらちゃんぽんだよなあ、などと思いながら飲み屋の2軒目なので注文するのを躊躇ってしまった。餃子とビールで軽く一杯という気分でもあり、いまさら締めの麺を頼む歳でもないかと、自省の念もあり、友人が注文したのは餃子と野菜炒めだったので安心した。

味付き餃子は紅虎も美味いが、こちらもおすすめ

餃子はビジュアル系というか羽付餃子で見た目通りだった。味がついているのでそのまま食べるようにとのおすすめにしたがい、酢も醤油もかけずに食べた。口の中でハフハフしながら食べる熱々の餃子は本当に美味い。店によって、中身の野菜と肉のバランスが千差万別だから、餃子は中華料理店における店のシンボル(大げさだな)みたいなものだ。餃子と醤油ラーメンを食べれば、その店の味の半分はわかる。そこに野菜炒め、あるいはレバニラ炒めを加えれば、ほぼパーフェクトにその店の味が理解できる。(と、思っております)

酢をかけて味変してみたい

この日はレバニラではなく、海鮮系の野菜炒めだったが、もやしのシャキシャキ感が残る絶妙な火通りだった。うましだなあ。家庭で野菜炒めを作ると、どうしてもベタッとした水っぽいものになる。火力が弱く一気に加熱調理できないせいだが、腕前の差というより機材の差というべきだろう。とはいえ、家では野菜炒めがうまくできないことに変わりはない。
野菜炒めと炒飯こそ、プロの腕前が発揮される料理で、家庭料理と一線を隠す。だから、中華料理店で野菜炒めを頼んで、野菜の水煮みたいなベチャッとしたものが出てきたら、その店には二度と行かない方が良い。
個人的には野菜炒めにキクラゲが入っていると、ワンランク評価を上げることにしている。キクラゲは黒いから見た目の良さにはあまり貢献しないが、歯触りと食感が絶妙に変化する。中華料理では燻し銀の名バイプレイヤーだと思う。
日本料理で言えば、筍や生麩などが食感変化系食材で、キクラゲと同じ名バイプレイヤーだ。味を構成するものは五味だけではない。

餡がたっぷりで麺が見えない 皿うどん強化型?

あれこれつまみを食べ紹興酒を楽しんだ挙句、多少の罪悪感を感じながら皿うどんを頼んだ。皿うどんとカタ焼きそばの違いがいまだによくわからないのだが、麺の細さだろうか。おまけにこの店には、やわらかい麺の皿うどんもあるらしい。ちゃんぽん麺を軽く焼いて堅焼きにしたもののようだが、神保町みかさの焼きそばみたいなものだろうか。そうであれば、柔らかい皿うどんを別の機会に食べてみたいなと思う。
みかさの焼きそばといえば、どちらが本家になるのかわからないけれど、大分県にある日田焼きそばを思い出す。日田焼きそばを食べると、焼きそばという存在の認識が変わると思っていた。が、渋谷の片隅で皿うどんを食べると、また違う種類の焼きそば(?)が世の中にあることがわかる。
今度は、焼きそばとカツカレーの研究をしてみようかななどと、ぼやっと考えていた。

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小樽を楽しむ究極の技

冬の小樽は、なかなか風情があるところだが、海風が冷たい

札幌でも雪が降っていたが、路面はまだ出ていた。小樽に来てみたら、路面はすっかり白くなっていた。移動距離30km程度で随分と街の様子が変わるものだ。冬靴(裏が滑り止めソール)を履いてきてよかった。この日の目的地は老舗の蕎麦屋で、開店5分前に辿り着いた。一番乗りだった。昼時には行列ができる人気店なので、そこは予定を立てて行動しなければならない。(えへん)

席に着くと、まずは日本酒を熱燗で注文する。当然のように蕎麦味噌がついてくる。これが嬉しい。蕎麦屋で酒を飲む時、一番の楽しみはこの蕎麦味噌だと思うのだが、たまに柿ピーが出てきたりすると、かなりガッカリする。熱燗は、銚子の首のところの温度が低めだった。つまりレンジアップではないということだ。昔ながらの燗付け機だろうか。

酒のつまみになるものは、これも本日の本命であるタチカマを迷わずに注文した。北海道ではマダラの白子をタチという。その白子を使ったかまぼこをタチカマというのだが、これはタラがとれる冬だけ限定の食べ物で、おまけに生産する方が少ない。いわゆるレアものだ。
食感は弾力が強いハンペンのような感じで、かまぼこと比べるとふわふわしている。味はかなり濃厚で、若干の生臭さがある。これをワサビ醤油で食べるのだが、元々塩味が強いのでワサビだけで食べるのがおすすめと店員さんに教えられた。
醤油ありなしで食べ比べてみた。確かに、ワサビだけの方が味が引き立つ気もする。しかし、醤油も捨てがたい。どちらも日本酒には抜群に合う。これと似た感じの肴といえば、バクライだろうか。食感は全然違うが、味の系統が似ている気がする。

日本酒はたくさんの銘柄を揃えているが、蕎麦屋の親父、板長、女将のおすすめという酒を順番に試してみるのが良さそうだ。ただ、熱燗にするのであれば、相性を考えることも重要だ。大吟醸を燗酒にするのはなかなか勇気がいる。

前回来た時注文したのはかしわぬきだったので、今回はもう一つのぬきである「てんぬき」を選んだ。これは、なんと言えば良いのか、汁物の酒の肴というべきなのだろう。半分食べた?ところで、衣がつゆを吸ってフニャとなった海老天を味わう。いや、これを考えた人は天才だ、と言いたいくらいのうまさだ。
他の蕎麦屋では大海老の代わりに小エビで5本の天ぷらを入れてくるところがあるらしい。そうなると、順番に食感の変化が楽しめるから、それもまた楽しそうだ。普通の蕎麦屋でも「天抜き」を注文したいのだが、メニューに載っていないとなかなか躊躇ってしまう。妙に蕎麦通ぶっているとみられるのも嫌だしなあ、などとお店に忖度してしまう。天ぷらと蕎麦を別に頼むという手もあるかとは思うのだが。それでは「抜き」にならないし。
この店の天抜きはつゆの加減が絶妙だ。そばを抜いて完成するという不思議な料理だが、うまいものはうまい。

そして、これも前回食べられなかった宿題メニューのカレー丼を頼んだ。そばを頼むか随分と迷ったが、カレー丼にしてよかった。この料理もよく考えれば、カレー南蛮のあたまをそばではなく米に乗せたと言えばそれまでだが。蕎麦つゆで仕上げたカレーは本当に美味い。蕎麦より米に合う。肉の味がカレーと合わさると最強になる。
しかし、一度これを食べてみれば、メニューに書いてある通り、やみつきになるのは間違いない。ただ、そこが問題なのだ。次にそばを食べに来て、あれこれ迷いつつ結局はそばを頼まずカレー丼を食すという悪習慣ができそうだ。いかんいかん。

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ラーメン道場 最後のいっぱい

今年の冬は北国に長居してしまった。色々と用事はあったのだが、それを全部片づけ埼玉にある自宅に戻る日が来た。滞在中は大雪にも当たらず、まずまず幸運だった。今回は、ラーメンよりも蕎麦を食べた回数が多かったような気がする。それだけに、最後はラーメンにしようと千歳空港のラーメン道場に向かった。

半年前までは、いつも客席がガラガラだったらラーメン道場だが、ついに客が戻ってきたようで、ほぞ全店満席。一部の人気店は行列ができている。ただ、その行列に対して対応がぞんざいな店もあり、何だかなあと思ってしまった。
コロナによる観光客の減少で、接客レベルが圧倒的に落ちたなという感がある。千歳空港はアルバイトが長続きしないのだそうだ。慢性的な人手不足で、高い時給での求人が続いているから、簡単にやめて次の店に移ってしまうらしい。
おそらく、コロナのダメージで人員補充をサボってしまったのだろうなあ、と同情する余地はあるが、客の全てが一過性の観光客ではないことには気がついているだろうか。ビジネスで旅をしている客も多いので、スーツ姿の客は来月また来るかもしれないという想定はできているか。
トッピングを山盛りにして客単価を上げるより、一過性の観光客ではなくリピートする層を囲い込むという発送は持てないのだろうか。
混雑する店を見ながら、そんなことを考えていた。行列に並ぶほど、こだわる店があるわけでもないので、久しぶりに味噌ラーメンの店を選んだ。

蕎麦屋であれば鴨南蛮的なものが、普通のラーメンかな やはり味噌ラーメンはうまい

普通の味噌ラーメンを頼んだ。普通においしいので満足なのだが、観光客向けの何でも乗ってますラーメンは注文しないようにしている。チャーシューとメンマという基本構成だけで、海苔が乗っているのがちょっと贅沢な感じがする。
隣に座っていた観光客風の若い男性は、全部乗せを頼んでいた。そのビジュアルは、ラーメンというより、何か別の丼のようにも見える。なるほど、一生に一回の「北海道ラーメン」であれば、この全部食べてみよう、乗せてみようというのはありななのか、と今更ながら気がついた。
単価を上げたいという店の思惑と、もう二度と北海道には来ないのでせっかくだから名物全部色々食べてみたいという客の思惑が、マッチしているのだなとは思う。(美味しい料理という観点では全くすれ違ったままだろうが)
そうであれば、やはり、客の思惑に合わせて、カニ、いくら、鮭、バター、コーン、アスパラ、じゃがいもくらいは乗せてやらないといけないぞ。麺料理としての完成度は二の次になるが、オール北海道食材お試しセットにするべきだろう。などと、皮肉なことを考えてしまった。
そんな面倒臭い客は、店からするとやはり対象外ということだろうと自己分析して、ちょっと反省しました。次回はトッピングもりもりは頼まないけれど、せめてチャーシューメンにします。

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ひとり酒がお気楽なわけ

 大通公園の冬の景色は、気が滅入る 空が曇りがちなせいもあるだろう

大通公園周辺は、北側がビジネス街、南側が商業地区と言った大雑把な括りになる。そのため、南北どちらの方向に行っても居酒屋やレストランが点在する。コロナが収束しつつある中、居酒屋も通常営業に戻り昼酒飲めます的な緊急避難はおしまいになったようだ。それでも、昔からずっと昼酒営業をしていた老舗では、午後になると酒飲みが集まってくる。
昼酒営業を謳う店は少ないので、どうしても固定客化するようだ。昼酒よりも珍しいのは朝酒だろう。東京でも繁華街には、夜の営業が終わった後、その従業員が飲みにいく店があちこちにある。深夜営業から早朝営業の飲み屋だ。新宿や渋谷などの繁華街でも、朝の通勤客に混じって、しこたま飲んだ酔客が歩いていたりするのは、夜営業を終えたあと深夜営業で楽しんだ方たちだろう。
札幌でもそんな光景があるのだろうか。随分昔に徹夜明けで朝から飲みに行った店は、もう閉店してしまったようだが。

串カツは最強のつまみだ 串揚げでは無いことが重要

その昼飲みの店で串カツを頼むことが多い。居酒屋メニューとしては絶滅危惧種だろう。トンカツ屋でも串カツがメニューにない店の方が多いような気がする。串カツの中身は、油身の多い豚肉と玉ねぎが定番だと思うのだが、あまり肉が大きいのは好みではない。肉2に対して玉ねぎ3くらいのチープ系串カツが好みで、大学時代の学生食堂で食べていた名残というか、刷り込みされた「擬似うまいもの体験」であると自己分析している。
同じような刷り込み体験をあげると、カツカレーのカツの厚さにもこだわりがある。自分流のカツカレーに乗っているカツの楽しみ方だが、中身の肉が薄い程よいと思っている。カツカレーとは、衣をカレーで食べるもので、中に入っている肉はおまけ程度の薄さで良いと思うのだ。肉厚のヒレなどがカツの中に入っていると、カレーとカツのどちらが本命かわからなくなる。それは、ちょっと困るというのが本音だ。
学食で味の薄いカレールーにソースをかけ味変させて、ペラペラのカツをそのカレールーで楽しむというのは、貧乏学生時代におけるたまの贅沢だった。その学食での刷り込みが今でも抜けない。トラウマというより正しい食の記憶だと思っている。
そんなあれこれを考えながら、一人で酒を飲む。好きなものを好きなだけ食べる。職業柄と言っても良いのだろうけれど、居酒屋に行ってあれこれ注文して「お勉強」するのが常だった。そんな時は複数人で行って、少しずつ料理を試すという飲み方をしていた。当然ながら、嫌いな食べ物も中には混じってくる。勉強だと言い聞かせて無理やり食べる。食の楽しみとはちょっと距離がある行動だった。どうも真面目に仕事をしすぎていた気もする。
その反動だろうが、最近は好きなものしか食べないことにしている。そうなると、誰かと同行していても、相手の注文する品物は基本的に別ものと考える。たまたま、同じものを注文したい時は、おとなしくご相伴に預かるが、それ以外は手を出さない。
これは、なかなか難しいことだ。自分の食べたいものを食べる。相手の注文したものは食べない。となるとテーブルの上に皿が溢れる。相手に呆れられるのは間違いない。協調性にかけると言われると返す言葉もない。
だから、一人で飲みにいく方が気楽なのだと、ようやく気がついた。コロナのせいで、そこに気がついた。自分の胃袋のキャパを考えると、たくさんは注文できないので、注文するには熟慮がいる。注文したいものが多くて一度に食べきれないのであれば、もう一回その店を訪れることにする。なんだか、不思議な「新しい行動様式」を身につけたということだろう。

もう一つ変化したことだが、最近は「まずはビール」を頼まない。「まずは……………」と注文するのが日本酒の熱燗になった。銘柄などにはこだわらない。おおよその居酒屋で熱燗に使われる日本酒は、その店で一番普通で一番安いことが多い。それで十分なのだ。熱燗と合わせて水を頼む。熱めの日本酒を飲み、チェイサーで口をゆすぐ。この繰り返しが、一番ダメージの少ない飲み方だと気がついた。熱と冷の繰り返しが大事なようだ。
よく冷やした日本酒は口あたりが良いから、早く飲みすぎる。ハイボールなどの炭酸系も、ぐびぐび飲んでしまい、いつの間にか飲んだ杯数を忘れてしまう。これがいけない。日本酒を熱燗で頼むと、銚子の数で飲んだ量がわかる。目の前に3本の調子が並んだら、本日の終了サインと思えば良い。
ところが、熱燗を複数人で飲むと、銚子の数と飲んだ量が一致しなくなる。差しつ差されつの飲み方は、ここが最大の課題だ。酒量を図るという意味で、一人酒はまことに簡単で健全だ。
コロナが流行っている間は、酒を飲んでのコミュニケーションがなくなると嘆くオヤジ族が多かったようだ。コロナが終われば、飲み会が復活すると期待していたオヤジたちだが、結果は正反対になってしまったようだ。
飲み会のようなパワハラ・セクハラ満載のコミュニケーションはいらないとはっきりいう若い世代が増えて、渋々とオヤジ同士で傷跡をなめるような飲み会しか無くなったらしい。おそらくコロナの落とし子としては、これが最良の社会変化だろうと思う。
一人飲みでは、コミュニケーションなど不要で、悩むこともない。現代日本に最適化した、理想の飲み方だと思うのは自分だけだろうか。いや、自己弁護であります。

街を歩く, 食べ物レポート

おそらく一人では決して来ない店

渋谷で飲むことになり、お目当ての店が満員だったので、友人のおすすめする居酒屋に連れてこられた。ビルの奥まった場所にあり、自分一人では入ろうと考えもしないような場所だが、中に入ってみるとこれまた「驚き」がたくさんのお店だった。今風の若者向け居酒屋というのは、こんな感じになっているのだねという、おじさんのびっくり体験だった。

入り口前の暖簾は、典型的な居酒屋風だが、店名を見るとニヤッとしてしまう。この店のある場所は渋谷道玄坂下にある。道玄坂の南側と言えば良いのだろうか。通りの向かい、坂道の北側にはヤングカジュアルなファッションビルがある。なるほどな、と思わせる店名だ。

小皿料理はワンサイズ?

料理は小鉢を色々取り揃えている感じで、お値段はどれも低めだった。小皿料理というよりお手軽なつまみがたくさんという感じだ。居酒屋の定番というメニューも多くあるが、ちょっと変わった気になる「アイデア・メニュー」もある。今回気になった変わりメニューは枝豆の燻製で、スモーキーな香りがついた枝豆というのは、Good Jobと言いたくなる。
老舗居酒屋の定番メニューは意外と進化しない。老舗だから伝統を守るという感覚があるのか、あるいは老舗にあぐらをかいてメニュー改良をサボっているのか。少なくともコロナの激動を乗り越えるには、店のあれこれを変化や進化させる必要があると思うのだが。最近開いた新しい店は、当然ながらコロナの暴風に対応して時代の変化にあわせてきているのだし。
この店も7時を回る頃には若い客で満席になっていた。若者の酒飲み離れという言葉はどこの世界のことだと言いたいくらいの賑わいだった。が、大声で騒ぐものは少ない。

揚げたて天ぷら うまし

この店の「推し」は天ぷらだった。出てきた天ぷらに、ちょっと驚いた。この見せ方というか、盛り付けというか、出てきた感じがどうにもすごい。カウンターに座り、揚げたての天ぷらを目の前のアルミトレイに置いていくスタイルの大人気な天ぷら屋がある。その博多にある人気店を、それなりの外食企業が真似をして、それも完全コピーして出店している。が、コピー店はなかなか成功しない。なにか重要な部分がコピーしきれていないからだろう。
そのあげたて天ぷら提供スタイルが、この店でもそのまま使われている感じだが、それにしてもこのバラッとてんぷら置きました感は斬新だ。勘ぐってしまえば、あまり見かけは気にしないということだろうか。見栄えより味で勝負ということかもしれない。
天ぷらは熱々なので、当然ながら美味い。衣は薄めだが、揚げたて天ぷらにはその方が向いている。天ぷらのうまいさと見た目の凄さのギャップが、この違和感の原因だ。だが、そこはオヤジが目を瞑るしかないなということだ。今風の天ぷらや唐揚げは、揚げたて重視と割り切ろう。
おいしい天ぷらが高級料理で無くなるのは、ある意味正しい世の中のありようだ。天ぷらというカテゴリーが、お座敷天ぷらみたいな高級店しか残らないのであれば、食文化としては継続して成立はしない。
お安い天ぷらは全面的に賛成だ。

その安い揚げたて天ぷらを楽しんだ後に、全く別の意味で楽しんだのが、大根の唐揚げだった。おそらくおでんの大根のように、出汁で一度煮込んだものを、衣をつけカリッと揚げたのだと思う。これはこれで、とてもおいしい。素晴らしい料理アイデアだが、それ以上に楽しんだのはこの袋で、とてもとても楽しく笑わせてもらった。
ご丁寧に袋にも、I’m laughin’ it と書いてあるので、これは笑って楽しむのが正しい。パロディーとしてニコニコするのが大人の嗜みだ。
この店をプロデュースした方、なかなかのジョーク好きらしい。あと一つ二つ、この手の楽しい店を作ってもらいたいものだ。

食べ物レポート

札幌シリーズ デザート編

雪は嫌いだが寒いのは平気だ。だから、12月後半から3月まで雪の積もる札幌に行くのが最近は苦手だ。

4プラ跡地から撮ったパルコ

札幌の冬は、地上から上は綺麗に見える。が、路面は雨の日よりもドロドロ状態になる。雪が降った後の溶けかかり路面は車の運転にも注意が必要だが、歩行者にとっては最悪だ。特に夜になると、あちこちにのこるシャーベット状の水溜まりから跳ね上がる泥まじりの氷水は実に始末に悪い。必然的に歩行者は地下に潜る。地上を歩く人影はまばらになるが、地下街は大混雑というのが初冬の札幌だ。
その歩行者を地上に引き摺り出そうとするのが、駅前通りのイルミネーションだと思う。確かに綺麗なのだが……………

12月になると一斉にクリスマスモードになり、街のあちこちでシュトーレンが売るようになったのは、ここ10年くらいのことだろうか。年々、シュトーレン製造の菓子屋が増えているので、あれこれ買い揃えて食べ比べてみる。フルサイズはちょっと大きすぎるし、お値段も張るのが問題だったが、最近はハーフサイズというかお手頃な食べきりサイズも増えてきた。年末の楽しみにクリスマスを過ぎても食べずにとっておいたりする。
ハロウィーンに参加するほど若くもないが、冬のシュトーレンは我が冬の定番メニューという感じになった。

もう一つの冬のお楽しみは、飲んだ後の締めパフェだろう。締めパフェ札幌独自の習慣だとは思う。夜営業の専門店も多い。が、しめにラーメンを食べていたオヤジ族がパフェに移行したとは考えにくい。ただ、最近はすすきののラーメン屋が減ったような気もする。夜営業のパフェ屋はそれなりの数になったらしい。世代間で断絶した締め文化がラーメン屋の衰退をもたらした?のだろうか。
個人的にはジェンダーフリーの風潮がパフェ文化を後押ししているのではないかと疑っている。男だから、女だからという性差を伴った食嗜好は確かに存在すると思うが、どこの世界にも例外的な人はいるものだし、スイーツ大好き男子や飲酒ラブ女子が世間の批判を恐れひっそりと闇に潜っていたのが、表社会に出てきただけだと思う。良い社会になったものだ。
だから、焼き鳥屋に入って焼き鳥の数倍もする高価格デザートメニューが卓上POPとして置かれているのをみると、おお、時代はここまできたかという気になる。これは是非試してみなければ、と思ったのだが、ついつい飲み過ぎてしまい注文しないまま帰ってしまった。久しぶりに後悔する羽目になった。
一体どんな味なのだろうか。少なくともこの焼き鳥屋では最上級メニューであることに間違いはない。ただ、向かい側のカウンターに座っていたのが、20代と思しき男女カップル5組、おじさん率ゼロという状況に遭遇していたので、ひょとするとこれは札幌都心部だけの、ヤングアダルトカップル向け特異メニューなのかもしれない。
しかし、焼き鳥屋にカップルで来るとは時代が変わったのか、デートの常識が変わったのか。などど、考え込んでしまう元若者・現オヤジでありました。
このデザート、次回は絶対にチャレンジするのだ。

食べ物レポート

回転寿司を居酒屋使いする悪者

札幌の外食シーンを観察すると、いくつか目立つ特徴がある。
一つ目、
マクドナルドとファミレスが少ない。人口比で考えると関東圏の半分以下の密度になっている。ファミレスの代行はびっくりドンキーととんでんが果たしているが、それでも店数は少ない。それとは逆に、ケンタッキーはやたら多い。全国密度の倍以上になる。北海道人牛肉嫌い?理論の素だ。
二つ目、
回転寿司屋は多いが、100円圴一のチェーン店は少ない。ちなみに、うまい魚を食べたければ鮨屋に行く。鮨を腹一杯に食べたい時は回転寿司屋に行く。これが、札幌人的な発想らしい。確かに寿司屋で大将お任せコースを頼むと、鮨は間違いなくオマケ料理になる。
三つ目、
蕎麦よりラーメンの値段が高い。老舗っぽい立派な蕎麦屋に行っても、蕎麦はラーメンより安いので驚く。普通のラーメン屋がぼったくっているとは思えないが、それでも東京的な平均価格から比べると2-3割高い。蕎麦は東京よりずっと安い。ちなみに東京によくある料亭化した蕎麦屋はほとんど見当たらない。ラーメンが高級料理とは言わないが、それなりに高いステータスを持っている。
ということで、今回は頑張って腹一杯を食べよう??と回転寿司屋に行くことにしたのだが………

最近、冬になると札幌の回転寿司を含めた鮨屋の「推しメニュ」は真だちになる。タチとはたらの白子のことで、この時期は鍋に入れたり、さっと茹でて酢の物にしたりする。昔は庶民の食べ物で低価格と思っていたが、最近では珍味として高級品化しているようだ。
それでも、値段は知れたものといえばそれまでで、いくらや筋子とは比べられないほどお安い。ただし、鮮度が勝負の食べ物なので、東京に運ばれてきたタチをみると、おや、もうすっかり溶けているなあと思い食欲が湧かない。さすが北海道では身がぷりぷりしている。身の角が立っているというか、見栄えもシャープだ。これなら鮨ネタになるだろうと思わせる高品位ものだ。
と言いながら、この日は真ダチを頼まなかった。

さて、最初の注文はザンギ。鮨屋でザンギか?と言いたい人はいるだろうが、札幌の回転寿司でザンギは絶対定番だろう。おまけに注文してから揚げるので、熱々の火傷しそうな一品だ。冷凍唐揚げを使う某居酒屋チェーンとは雲泥の差だ。
この後、サイド系商品をもう少しお代わりしながら酒を飲む。サイドの料理は注文してから作っているので、品質は抜群に良い。

そして、酒のつまみとして軍艦を頼む。これはいわゆるバラチラシのような、具材があれこれ適当にたくさん入っているもので、感覚的には寿司というよりシーフード・ライスサラダだ。一つは醤油で、もう一つは甘だれで食べるのがおすすめだ。

その次に、しめ鯖とガリを巻いた中巻を頼む。これも、酒の肴としては最高レベルと認定したい。しめ鯖が自家製なので、脂が乗ったジューシーな逸品だ。この辺りで酒のペースも落ちてくるので、あらかじめ作っておいたお茶(少々冷めているのがちょうど良い)で口の中を調整する。

おすすめネタは、こうして札がぶら下がっている。売り切れると札が降ろされるので、分かり易い。この札の中から何か頼むべきだと思うのだが、鮨で腹一杯にするつもりできても、あれこれつまみを頼み、にぎり鮨ではない物を楽しんでしまうのが悪い癖だといつも反省している。

結局、鮨の注文は2皿で、しめ鯖とイカでおしまい。今回も鮨を食べにきたはずなのに居酒屋づかいしてしまった。だから、昼のピークは外して席待ち行列がなくなる頃を狙って行くことにしている。酒を含めると平均単価をはるかに超えているので、勘弁してくださいね、という自己弁護をしながら、回転寿司屋を午後の居酒屋にしてしまう悪いやつだという自覚あります。
ただ、昼の蕎麦屋で飲むより背徳感は少ないので、やめられないなあ。