街を歩く

JR青森駅の怪 日本的無責任

青森駅は駅舎工事が進んでいて、あちこちにフェンスが立ち、いつものJR工事中ダンジョンになっている。新宿ダンジョンは最近ようやく解消されたが、渋谷駅はあと数年続く大型ダンジョンで、JR東日本は工事中の利用者に対する迷惑について鈍感になっていると思うのだ。横浜駅も10年単位の工事で日々変貌する巨大ダンジョンだった。(笑)JR東日本はダンジョン好きな会社なのだろう。
その小型ダンジョンである青森駅で、改札から出たところにエスカレーターがある。その下りエスカレーターが閉鎖されている。去年の冬に来た時も、工事中で閉鎖していたが、今回はご丁寧に侵入禁止措置になっていた。

閉鎖の理由は、下りエスカレーターを利用するときに大きな荷物を持っている人が、事故になる?というか、通行人と事故を起こすらしい。危険防止策も取らずに、閉鎖して使えなくすれば事故は起きないという乱暴な論理のようだ。
エスカレーターの右側が階段になっていて、一階から二階に上がる部分に奇妙な囲い、フェンスがある。これが通行人を含めた客たまりスペースを塞いでいる。
上から眺めてみると一目瞭然なのだが、エスカレーター下の通路の幅が狭すぎるのだ。吹き抜けのガラス壁をあと2−3m向こう側に広げて、左右からくる乗客の通行動線を確保するべきなのだろう。設計ミスとしか思えない。駅前ロータリーの整備工事もしているが、それが完了してから外壁移動をするのかもしれないが、対応があまりに杜撰だ。

ちなみに大きな荷物を持った乗客は、階段を使い上り下りするしかない。上りのエスカレーターを使おうとすれば、左手の入り口に大きく遠回りするしかないのだが、これもフェンスで塞がれている。
階段の右手奥にはエレベータも設置してあるから、荷物持っている奴はそちらに行けよというようなことも書いてあるが、言い訳としか見えないほどの小さい字でしかない。もっとわかりやすい誘導案内を作れないのか。
おまけにエレベーターで降りたところは、出口を発見するのがなかなか難しい工事ダンジョンの奥になるのだけれど。
バリアフリーだの、事故防止だの色々な言い訳をしながら、不便の塊を利用者に無理やりに押し付ける、JR東日本の経営感覚は古すぎる。というか現場の対応力の低さなのだろう。この会社の幹部が酒パワハラで何処かに飛ばされた後だけに、もう一度現場の見直しをした方が良いのでは。この手の利用者を無視する勝手ぶりは国鉄時代から変わらないなあ。

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帯広タウンウォッチング哀歌

最初は電気屋なのかと思った。昔のホーロー看板が貼り付けれれた古びた建物だったせいだ。よくよくみたら、古びた外装にわざと仕上げをしているようで、昔の飲み屋小路を演出しているらしい。昔の看板も演出だった。

小路の中を覗いてみれば、いまにも昭和演歌が聞こえてきそうだが、建物自体はしっかりとして現代ものだ。消防法的にはどうだろうと思いつつ、こういう小路は夜になるとやたら怪しく魅力的になるのだ。昼にはその魅力が見えてこない。飲食ビルの1階から10階まで全て飲み屋というススキノと比べるとこじんまりしているが、酔客にはこの方が「魅力」が溢れている・・・かもしれない。夜になればだが。

市中心部、商店が固まる繁華街の核が百貨店のはずだが、どうもこの町でも百貨店は消滅するらしい。無くなる前に見ておこうと店内にはいってみたら、全国のあちこちで見かけたのと同じ光景があった。
売り場の一部が公共施設に転換されている。売上減少で不要になった販売スペースの引き取り手がなく、しぶしぶ地方自治体が借り上げるのは、もはや全国各地で当たり前の都市衰退の象徴だ。それがこの中核都市でも起きている。
ちなみに県庁所在地、つまり地方の中心地で、人口が30万人前後の都市は多い。東北、北陸、中国地方にあるこのサイズの街では百貨店の維持が困難になっている。北海道で言えば、旭川、函館、釧路、帯広といった町でも百貨店が生き残れなくなっている。
アメリカではどこの州に行っても当たり前になっていた、旧市街のゴーストタウン化が日本でも急速に進行しているというわけだ。

そんな百貨店の中で見つけた。フードバレーという言葉は、シリコンバレーのもじりなのだろう。しかし、十勝平野はバレー(谷間)ではないだろう・・・。あえていうなら、文化の谷間、あるいは文明と辺境の谷間みたいなことか、と皮肉まじりに考えてしまった。
言いたいことはわかるが、造語としてもおかしいぞと、ちょっと腹立たしい気分になる。この公共スペースのどこかにフードバレーの由来は書いてあるのだろうが、探す気にもならなかった。

ところが、この町を代表する菓子メーカーの本社ビルが百貨店のすぐ隣にある。その菓子屋本店を訪ねてみると、とてつもなく「文化的な香り」がしている。やはり「知」とは官にはなく民間にあるものなのか。自分の稼いだ金で自分たちの誇る文化を維持する、民の気概があらわだ、と思った。本社ビル前の大きな木はまるでオブジェのようだが、京都や奈良にある古刹のように美しい。

そこから数分歩くと、さぞかし昔は繁盛しただろうと推察できる、映画館と思しきビルがあった。映画館ではなく、レストランだったのかもしれない。当時は優雅で文化の最先端をいくビルだっただろう。これまた全国どこにでも存在する、取り壊されていない映画館の跡は、街の衰退の象徴だと思う。
有効利用もされず、外観はほぼ放置されたまま、昔の栄華の跡というのは、街が新陳代謝の力を失った象徴だからだ。

街の中に新旧が入り混じり、奇妙な不協和音がある。ノスタルジーではなく、滅びの歌を感じる街だった。それでも、まだ滅びていないだけよいとも思うのだが、その最後の生き残りをコロナが叩き潰した。やはり時代の変わり目ということなのだろうか。
本来はもう20−30年前に訪れるはずだった都市崩壊が、バブルの後に放置されていた。おそらく世紀末に起こるはずだった「街の滅び」が、いま急速に進行している。東京や大都市ではまだゆっくりと起きていることが、地方都市では最終段階に加速された。そんな気がする。
この街は他の諸都市と比べて、まだまだ元気だと思っていたのだが、どうも錯覚だったようだ。街中を彷徨い歩くと見えてきた衰退のあれこれだった。タウンウォッチングはたまに悲しい事になる。
北海道に関していえば、函館、旭川、帯広、釧路など地域の中核都市は全部同じ症状になっていて、実に寂しい。もはや都市再生は官製事業としては無理で、民間事業にしたほうが良いのかもしれない。

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帯広の食堂がうらやましい

これぞ、街の誇り と言いたくなる

帯広駅から徒歩3分ほどの場所に、由緒正しい食堂がある。まさにThe 食堂と言いたくなるルックスだ。ファミレスの台頭ですっかり少なくなってしまった、街中にある大食堂だ。昔はデパートの最上階といえば、大食堂で決まりだったが、今では消滅したコンセプトでしかない。それが、街中の路面店として残っているのだから、奇跡に近い。
街中にある食堂の特徴といえば、店名の入った暖簾だろう。これがなくなると、その店の価値は半減すると言いたいくらいの重要パーツだ。

街の食堂のシンボルはこれだ

二つ目の重要パーツは店頭にあるワックス・サンプルで、これが退色して干からびている食堂は二線級という判定をすることにしている。二線級がダメな食堂かというと断定はできないが、店主のやる気が失せていて(店の表に関心がなくなっている)、看板メニューはなくなっていることが多い。まずくて困るというほどではないが、「推し」たくなるほどのうまさはない、という感じが二線級の特徴だろうか。
ワックス・サンプルを作るのはそれなりの費用がかかるから、店に対する投資を怠っていないという証明でもあると思う。何より、美味しそうなワックス・サンプルを見ながら、今日は何を食べようかとあれこれ迷うのが、食堂での最初の楽しみだろう。ファミレスのメニューブックとは楽しみの「威力」が違う。

店内はファミレス風

店内がファミリーレストランっぽくなるのは仕方がない。ファミレスのテーブルや椅子は、ある意味で人間工学的に研究されているので居心地がよい。現代人が慣れている暮らしの延長線にある。食堂だからといって、客の要望に合わせて変化しないはずがない。客席が物理的に変化するのは当たり前だ。昔ながらの小上がりや座敷を居心地が良いと思う世代は、もはやすっかり減少しているので、畳に座布団という席が無くなってしまうのは仕方がない。
ちなみにテーブルの上にあれこれ邪魔なものを置いていないのも、良い食堂の条件だ。全国展開するチェーン店、特に居酒屋やファミレスでは、テーブル上の見苦しさ、邪魔くささが限界を超えている。そこに気がついていないのは、チェーン本部の担当者と経営者だけで、企業として愚鈍さの表れと言いたい。自分がそうした店で最初にやることは、資格の邪魔になる販促物その他、全部まとめて使わない座席によけてしまうことだ。テーブルの上には調味料以外何もない状態にする。これで居心地がすっかり良くなる。販促物の中身は、99%見ることはない。たまに、内容を覗き見するが、時間の無駄使いをしてしまったと後悔する羽目になる。
センスの良い食堂では、壁にベタベタとポスターを貼ったりPOPをつけたりしない。見た目を簡素にする方が、居心地の良さにつながるとわかっているのだろう。

やはり大衆食堂で最初に注文するのは熱燗に限る、と勝手に思い込んでいる。強いて挙げれば第二選択としてビールもある。が、それも「生」ではなく熱処理済みラガーの小瓶が良い。黒ビールがあればもっと良い。だから、まずは熱燗を頼んだ。
酒が届くまで何を注文するかを考えているのが食堂での最大の楽しみだ。街の食堂では、つまみを頼んで、酒もおかわりして・・・というように本格的に飲み始めて長居をしてはいけないと思っている。酒はお銚子一本まで。あとは、サクッと何か食べて帰るのが、自分なりのお作法というものだ。注文を決めたら、お手隙の従業員を探し、手を上げて合図する。決して「すいませーん」などと大声で呼んでは行けない。注文が終われば、ちびりと酒を飲みながら店内のあちこちを見ているのも楽しい。周りの客の会話が聞こえてきたりする。お手軽な街の噂話であることが多い。あとは上司の悪口、自分の家族や友人のあれこれ。いかにも街の食堂の話題らしいが、生々しいこともある。
たまたま箸袋を見ていて気がついた。電話番号はあるが住所は書かれていない。帯広駅前としか書いていない。確かに、帯広地元民にとってはそれで十分だろう。思わずニヤリとしてしまった。うちのことは、みんなが知っているという、強いプライドが見え隠れしている。良いなあ、こういう気位の高さ。

何と言ってもラーメンが素敵だ

食堂で「おすすめは何?」と聞くのは無粋なものだと思う。誰もが好きなものをラインナップしているのが「街の食堂」なので、居酒屋や定食屋のように本日のおすすめを聞くというのは、どうにも自分の思考に合わない。
だから、腹具合で食べたいものを選ぶ。時間がなければカレー、時間に余裕があればラーメンかオムライス。ゆっくり食べたければカツ丼、軽く食べたい時はかしわ蕎麦かざるそば。そんな自分の中の定番から選ぶので十分だろう。
結局、いつもの通りに定番な味噌ラーメンを注文した。昭和的なシンプルラーメンが出てくると思い込んでいたら、しっかり豚骨スープの現代風味噌ラーメンだったのにはちょっと驚いた。街の食堂も日々進化しているのだと、逆に嬉しくもなった。
街に残る食堂は、まさにその街のレガシーだ。政治家の皆さん、オリンピックをやるより、自分の街の食堂を残すことから、仕事を始めると人気者になれると思います。

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締めの蕎麦屋

長逗留した今回の札幌だが、最後に何を食べるか、ちょっと迷った。あれこれ考えてはみたが、絶対にこれだというものが見つからなかった。短期滞在であれば、いくつか思い浮かぶのだろうが・・・。
結局、いつもの蕎麦屋に行って、いつもの盛りそばにしようと思っていたのだが、いざ店に着いて注文すると気分が変わった。
しばらく食べていなかった納豆蕎麦を注文した。納豆とたくあんの千切りが乗った蕎麦は、お江戸ではあまり見かけない。ただ、これをビピンパのようにグチャグチャに混ぜて食べる気にはならない。納豆と蕎麦をつまみながら食べる。海苔と蕎麦をつまみ食べる。そんな感じでトッピングを別々に楽しむのが自分の流儀だ。
それが正しい食べ方?なのかどうかは知らない。納豆蕎麦の食べ方作法なるものがあるとも思えない。随分長い間、そうやって食べてきて、特段の不都合は感じていない。

このごま蕎麦屋は街中の支店がビルの再開発などでだいぶ減ってしまった。それでも自分の行動半径の中ではまだ何店か存続している。実は長年通っていながら、まだ食べたことのないメニューがたくさん残っている。少なくとも死ぬまでにはあれこれ試してみたいとは思うのだが。なかなか盛りそば以外に手が出ないのは、チャレンジ精神が足りなくなってしまったからだろうか。かわりネタで鮭チラシとかカニしゅうまいが載っていたりするし、海老天蕎麦もいまだ食べていない。
しかし、よくよく考えれば学生時代からずっとチャレンジ精神が足りていないので、盛りそばと納豆蕎麦しか食べていない。今更ながらと思いつつ、次回はカレー南蛮にしようかなとか思い始めた。そうだ、納豆蕎麦とダブルで注文してみるか。始める前から無謀な試みのような気がする・・・。

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名店は凛々しい

駅前の一等地と思ったが、人通りは意外と少ないので行列は目立つ

帯広の街を久しぶりにのんびりと歩いた。というか、飽きるほど歩いた。仕事の出張できた時は、夕方ホテルに入って、その後食事をするときくらいしか街を歩いていない。薄暗い時間だから記憶も曖昧だし、コロナの後でランドマークも変わっていたりする。
時間があるので街を行ったり来たりしたが、記憶していたより随分コンパクトな街だった。おまけに飲食店は閉店が目立つ。地方都市の中心部は衰退する一方なのだが、帯広も例外ではなくなったようだ。そんな帯広中心部に今でも行列のできる名店がある。

黙食は、観光客には厳しいか

お江戸でも老舗と言われている店は、店内が明るく清掃が行き届いていることが多い。蕎麦屋や天ぷら屋に、そういうこざっぱりとした雰囲気の店が多い。残念ながら町中華では、雑然とした、あるいは油染みた店が多いので、老舗とはいえ2度と行く気にならない店もある。
清掃だけではなく接客、客あしらいにも同じような気配がある。従業員の背筋が伸びたような姿、立ち振る舞いなど厳しい指導がなければ出来上がるものではない。神田の老舗そばで接客を受けた後、自宅近くのファミレスに行くと、その差は歴然だ。
その老舗の「凜とした」雰囲気が好きなのだが、この店も店内をマネージする女ボスがいて、的確に指示を出している。白い制服に身を包んだ若い女性従業員は、なんとなく看護師を思わせるキビキビした動きだった。昭和っぽい「優秀なる職業婦人」みたいな言葉が脳裏をよぎる。けして「キレキレのキャリアウーマン」みたいなカタカナ言葉は思い浮かんでこない。老舗の凄さは料理だけではないという証明だった。

肉の枚数が一番少ないやつがこれ

丼飯の上に乗った豚肉四枚。濃い味付けで、米をうまく食べるために作られた料理だと思う。某お茶漬けのりの宣伝のように、一心不乱に米をかき込み最後の一粒まで完食して、腹をさすり満足する。そんな料理だが、完成度、満足度とも実に高いレベルにある。
どんぶりとしては決して安くはないが、価格に見合った価値、そして価格以上の満足感という意味で、やはり老舗の力は発揮されるのだろう。
「凛」としたお店はすっかり減ってしまい、代わりにフレンドリーでコンテンポラリーな店は増えた。それが悪いことだとは思わないが、寂しい気分であることも間違いない。

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札幌の真ん中で 古きもの

札幌市内中心部、ランドマーク中のランドマークであった4丁目プラザが現在建て直し工事中だ。それでも、4プラ・プライドとでもいうべきか、工事中の囲いに「4」のマークがある。これは粋な計らいというものだろう。

その向かいのパルコだが、開業当初の「文化」を売り物にする商業施設として持っていた、テーマ性というか思想性は、もうかけらもないのかと言いたくなる。俺のパルコを返せと言いたくなる最近の変容ぶりだ。確か、札幌のスターバックス一号店をオープンしたのはパルコだったと思うが、あのイベントが最後の抵抗だったのだろうか。
おしゃれだったレストラン街も今では回転寿司が入るようになってしまうのだと嘆きたくなる。それも郊外ではローカル回転寿司に押しまくられているナショナルチェーン店なのか。他人事ながら、なにやら無念な気がする。吉祥寺のパルコでは回転寿司を許せるが、札幌ではやめてくれというのは、我ながら自分勝手だなと思うのだが。

そんな都心部でのあれこれ、自分勝手な感想を腹に収めたまま、ちょっと町外れの超伝統居酒屋に出かけた。変わらないものを感じたくなったせいだ。だから、これも超定番の料理を食べることにした。

基本的にこの居酒屋は酒を飲むところのはずだが、蕎麦や飯が充実しているので、締めとは思えない「ガッツリ定食」を食べている客を見かけることがある。串カツは、飯にも酒の肴にも合う万能料理だと思うが、世の居酒屋では意外と提供するところが少ない。それだけに、この店の串カツは名物になるだけの値打ちがある。
ところが、この店にによく行く友人から「串カツが名物というが、それは本当か?」と聞かれた。どうやら、この店の常連客は、串カツを名物とは思っていないらしい。
何やら不思議な気がした。しかし、やはり名物で良いと思う。昔ながらの豚肉と玉ねぎが交互に挟んである、カリカリ衣の串カツは偉大だ。最近チェーン店で普及した、一口サイズの大阪串カツとは違い、まさしくご飯のおかず系の一品だ。
頼めばソースも出てくるが、ここは自分スタイルで醤油をかけて食べる。昔から醤油で食べるトンカツが好物だった。串カツもソース味は捨て難いが、やはり好みは醤油味で、タルタルソースなどという軟弱系は使わない。
まあ、時代の流れと共に昔風のスタイルは廃れるし、それを維持しようとすると頑固者とか意固地とか言われるのも仕方がない。自分がそんな言われ方をする歳になるとは思っていなかったが、これも人の世のならいというもので、そんなことを言っている君たちもあと何十年かすると同じ羽目に会うのだよ、と心の中で悪態混じりに呟くのであります。串カツには冷の日本酒がうまい、というのも古いかな。

立て直しが完了した4プラでは何が楽しめるようになるだろう。

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富良野で味噌ラーメン 初体験

旭川のラーメンは札幌のラーメンと違う。どこが違うと言われると、ちょっと困るが、スープは魚介系のことが多い。麺は多加水でもちもちして、硬めの麺のことが多い。スープの表面をたっぷりと油が覆っている。このあたりが旭川ラーメンの特徴だろうか。札幌の味噌に対して旭川は醤油というのもよく聞く話だ。
その旭川ラーメンの店が、富良野にあった。富良野には延々と仕事で通っていたのだが、ラーメンを食べた記憶は全くない。だから、今回は富良野でラーメン初体験ということになる。富良野にご当地ラーメンというのもなさそうなので、ここが富良野のラーメン・スタンダードと考えて良いのかも知れない。定かではないが・・・。

メニューを見ると、定番は醤油みたいだが、そこがはっきりしない。店名のつく熊っ子ラーメンを頼めばよかったのだろうが、この具沢山のラーメンは意外と苦手なのだ。あれこれ迷っても仕方がないので、困った時の味噌ラーメン、できれば野菜追加ということで「味噌野菜ラーメン」を注文した。

普通に美味しいラーメンで、文句をつけるところはない。まさに味噌ラーメンのゴールデン・スタンダードだった。個人的嗜好として、海苔増量、めんま増量などは試してみたいところだ。
最近では豚骨味噌ラーメンが主流になりつつあるラーメン界で、こうしたシンプルな味噌味は好ましい。いや、大好物だ。満足してごちそうさまだった。

食べ終わって気がついた壁の張り紙。おそらくコロナ前のバスツアー全開時期に、向かいのフラノマルシェに来たツアー客があれこれトラブったせいだろう。北海道弾丸ツアーであれば、滞在時間20分ということもあるらしいので、ラーメン注文して食べられないということもあったはずだ。それも今や昔の騒動という気がする。そのうち、また観光客が戻ってきたら、この張り紙も役に立ちそうだ。

ちなみに札幌〜旭川は東京〜静岡みたいな距離感で、ぎりぎり日帰り可能圏だが、札幌〜函館は東京〜名古屋に近いので日帰りはほぼ不能。札幌〜釧路は一泊の行程にしても厳しものになる。それを函館インで旭川経由釧路行きみたいな弾丸ツアーが存在するのが「北海道・団体旅行あるある」。道民はそんな移動はしないけどねと思っていたら、高速道路が伸びたのでかなり日帰り範囲が広がっているそうだ。

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札幌で一番明るいカフェ

北海道庁前に広がる広場に面して、チョコレート専門店のイートインコーナーがある。これでもかと言いたいくらいの広い空間で、平日の午後であればほぼガラガラという、超絶にもったいないスペースなのだが、そこが最近のお気に入りだ。
大通公園に面したビル3階の喫茶店も日当たりがよく好きだったのだが、いつの間にやらオヤジ的サラリーマンが大量発生するうるさい店になってしまい、最近はすっかりご無沙汰になった。
その代わりの静かな読書スペースとして、この店の存在は貴重だ。

夏でもホットコーヒーを飲むのが習慣だ。アイスコーヒーはほとんど飲まないのだが、例外的にアイスコーヒーにアイスクリームを乗せたコーヒーフロートは、静かな読書の時に好んで注文する。
この店でもコーヒーフロートもどきはあるのだが、チョコレート専門店ということに敬意を表して、ダークチョコの冷たい飲み物を注文した。苦味があると書かれていたが、さほど苦味は感じない。というか、他の飲み物がスーパースイートなので、それと比較すると甘さ控えめというか、ちょっと苦いということらしい。これでも十分すぎるほど甘いと思う。
のんびりと広い空間を独り占めしていたが、いつの間にか満席になっていた。外ではキッチンカーが出動して、何やら夏のミニ・イベントのようなものが開催されていた。そうなれば、席を譲ってさっさと退散するべきだろう。
なかなかゆったりとして明るいカフェを見つけるのは難しい。喫茶店受難の時代だから、こういう店は長生きして欲しいのだが。

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狸小路 ウエストサイド

札幌の中心地にある狸小路は東西1kmほど伸びる昔ながらの商店街だ。時代に応じてテナントが変わり、街の顔も変わる。1丁目から10丁目まで伸びているが、通常の商店街としては6丁目までがギリギリで、7丁目からはだいぶアンダーグラウンド、サブカル的な気配の店が増える。それ故に夜遊びするなら7丁目だと思う。狸小路からはみ出して、周辺にも個性的な店が散らばっているので、気に入った店を見つける楽しみがある。
その7丁目で見つけたのが、本屋なのかカフェなのかよくわからない店だった。今回は時間がないので店頭を見るだけだったが、次回は是非店内に突入してみたい。東京都内に最近出現した有料図書館みたいなものではないかと推測している。ネットで調べれば「どんな店」なのかはわかるのだろうけれど、やはりこういう怪しい店は自分で行って試してみたい。

看板のおしゃれさが大事だなあ、と思わせるデザインだった。しかし、最近はこういう日本語なしのアルファベットだけという看板が増えたなと感じる。ただ、逆に〇〇食堂とか〇〇屋とか、むかしながらのストレートな店名も新店には多いので、現代的な言語感覚みたいなものは許容度が広いのだと思う。

コロナで止まっていた夏のお祭りも今年はあちこちで再開しているようだが、狸小路の狸祭りも今年はほぼ全開で盛り上がるみたいだった。昼から店頭に屋台を出してビールの販売、つまみの販売などが始まっていた。賑やかな街は楽しい。

ビルが撤去された跡地に臨時のステージが出来上がっていた。ドラムセットだけ置かれていたが、夕方からはライブが始まるらしい。ステージ前のテーブルは審査員席みたいだが、なんだかおかしな光景だ。

7丁目の端っこにあるラーメン屋で遅い昼飯にした。カウンターだけの狭い店だが、昼時はいつでも満員だ。おまけに、この店は女子率が高く、ラーメン好きの体格の良いおっさんと細身の若い女性が並んでいる光景は、これもまたシュールなものだ。入り口から中を除いて空き席があるかを確かめる。店内がかなり暗いので、一心不乱にラーメンを啜っている男女の姿が、何やら宗教的儀式のようにも見えてくる。

この店のラーメンは、数ある札幌のラーメンの中でも、相当にユニークな部類に入るだろう。スープに混じっている香草の香りが微妙にエスニック感を出すのだが、ベースは魚介出汁だ。長ネギの代わりに玉ねぎが入っている。海苔は歯ごたえがガツンとある岩海苔で、麺はもちッとした細めだ。
なんというか、パーツのひとつひとつが札幌標準からはみ出している。ところが、ラーメンとしての完成度は高い、不思議な味わいで、これもまた狸小路7丁目にふさわしい独自性だろう。
3回食べたら旨さがわかる、というタイプのラーメンだ。カルト系とでもいうべきだろうか。もうしばらく通って様子を見なければと思っている。東京でもあまり見かけない尖ったスタイルなのだが、そこが良い。観光客向けではない狸小路のお話であります。

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札幌駅で見つけた レアもの

札幌駅にある大きな北海道物産販売店で、頼まれ物の土産品を探していたら、おやまあ的な珍しグッズを発見した。これには、おそらく北海道特産品という意味もないだろうし、製造者もそのような意図は持っていないはずだ。なんか作って見たら地元ではそれなりに定着しています、という感じのあれこれだ。
一つ目は「生冷麦」で、確かにこれはありそうながら、なかなか現物は見つからないという品物だ。素麺の本場というのは日本中に何ヶ所かあるが、冷麦の名産地は記憶になり。それくらい地方色がない食べ物のような気がするし、そもそも食べ物として特徴がない。腰がない干しうどんというのが、一番良くできた説明だろうか。
ところが、この生ひやむぎは腰があるらしい。ネットで見ると稚内の豆腐やさんが作っているようだ。稚内という地、豆腐屋という職業、どちらも冷麦とは縁遠い気もするので、これは開発者の意地みたいな物なのだろうか。

もう一つは、テレビ番組でもたびたび紹介された袋入り調理済み焼きそばだ。「ゆで」と小さく「やきそば」の上に書いてある。これは袋に入れたままで、袋上部を切り取り開けた口からもぐもぐ食べるらしい。
味はついているから、そのまま食べられる。それは良いとしても、せめてレンジアップくらいしないのかとか、具材はなにも入っていないのかとか、ツッコミどころは満載だが、これも地元では人気定番商品らしい。具なしのインスタントラーメンとしては究極の完成形である「チキンラーメン」みたいな物だろうか。
どうやら、そのゆでやきそばがヒットした延長線で開発されたような石炭焼きそば・(ゆで)は、なぜか黒い。石炭と書いてあるからイカ墨調理ではないだろ。しかし、通常の「黒い」で使うのはイカ墨か竹炭だ。この石炭焼きそばは、竹炭の代わりに石炭を使った食べ物なのだろうか。とても気になる。

地域物産販売店を出たあと、ホームで気がついたのは立ち食い蕎麦が営業中だったことだ。コロナの間は、いつも閉まっていた。札幌駅の立ち食いそばは数限りなくお世話になっているが、ここ10年ほどは食べた記憶がない。夜遅いと営業が終わっている。早い時間だと列車待ちの時間で蕎麦をかきこむことも無くなった。
それでも、店の周りに充満する「出汁」の匂いを空腹時に浴びせられると、それはそれはたまらない凶器攻撃になる。中途半端に時間待ちがあり、中途半端に腹が減っていると、たちまち泥沼にハマったように注文してしまう。
そして、食べるたびに「ああ、しまった」と思ってしまう。また、やられたと思う。自制心のなさを後悔する。まさにホーム上の悪魔的存在だ。

この日は、たまたま閉店直後だったので、中の灯りはついているが販売は終了していて、実にホッとした。特急列車の待合せの時など、テイクアウト容器に入れて車内に持ち込む乗客もたまに見かける。あれは、周りの客にとっては強烈な反則技だろうなと思うのだが、コロナのためか、そういう車内飲食も自粛ムードのなっていたらしい。
駅弁すら食べるのに遠慮がいる時代になるとは、まさかこの店の社長も思いもしなかっただろう。札幌発函館行き特急に乗り込み、かけそばと駅弁と缶ビールを持ち込んで、車内で一人宴会をするというソロ旅の楽しみも、すっかり控えなければならない雰囲気なのだろうか。
ホームの駅そばがなくならないように、乗り鉄ファンの皆様にはぜひ応援をお願いしたいなあ。