街を歩く, 食べ物レポート

いつものランチ 新宿アルタ裏

ポークソテーとコロッケのランチ

新宿アルタ裏にある雑居ビルに、お気に入りの洋食屋と居酒屋がある。ランチは洋食屋、夜の飲みは居酒屋でと使い分けている。ビルの5階というちょっと不便な立地で、おまけに一階はゲーセンなのでエレベーターに行くまでに相当賑やかな空間を突っ切らなければならない。
それでも新宿では貴重な洋食屋で、オムライスを食べたい時は、ほぼこの店一択になる。洋食屋と言いながら、在りし日のデパートの大食堂的なメニューなので、焼き魚定食もあればステーキもあるという賑やかさが嬉しい。
いつもであればオムライスを頼むところだったはずが、たまたま隣の席についた若い女性客がオムライスを注文して、その注文を聞いた従業員がそのまま自分の注文を取りに来てしまった。「じゃあ、こちらもオムライス」と定食屋のノリで注文すればよかったのだが、なぜか若い女性とメニューがかぶるのは・・・などと躊躇ってしまった。普段はあまり頼まないポークソテーを頼むことにした。コロッケをセットにしたのは気まぐれだ。ランチのセットなのでライスにスープがついてくる。お値段もリーズナブルだった。
注文したものを食べて予想外だったのは、コロッケが手作りらしいカレー味だったことだ。ランチにセットでついてくるコロッケだから、業務用冷凍品に決まっていると決めつけていた。その先入観が見事に裏切られた。
これが出るのであれば、コロッケ定食を頼んでも良いかもと思ったほどだ。付け合わせについているマカロニサラダも好みなので、次はコロッケとマカロニサラダをどちらも単品で頼んでみようと思ったほどだ。
ポークソテーはデミグラスソースで仕上げている本格的なものだ。洋食屋のポークソテー、チキンソテーはどの店もソースに工夫を凝らしているので、その店の味が楽しみなメニューだが、こちらはオーソドックスな味付けで十分に満足した。
ただ、これもランチセットではなく、単品で注文すればよかったなと後悔した。単品だと、肉が二枚になる。セットでは一枚だけなので、食べ終わるとなぜか中途半端なところでお預けを食らったような寂しさが残ってしまう。どうもオムライスから浮気をしたバチが当たったようだ。それでも新宿の真ん中にあるレストランで食べるランチは満足度が高い。

靖国通りを挟んで歌舞伎町を見る

今ではすっかり定着した、おひとり様用カウンターは靖国通りに面した窓際なので、目の前は歌舞伎町のさまざまなビルが見える。ちょっと前までは外国人観光客で溢れていたドンキ前も、今ではすっかりおとなしくなっている。
そのドンキの先に高層ビルがニョキニョキと生えてきて、今では竣工寸前だ。コロナですっかり静かになったてしまった歌舞伎町も、密かに新陳代謝が進んでいるようだ。ゴジラ・ヘッドのホテルビルと並んで、新宿ツインタワーなどと呼ばれるのではと思いつつ、洋食ランチを楽しんだのでありました。

街を歩く

土産物で考察したこと 1

あちこちに旅をして地域の土産物を買うと、その時期やその地域の文化や社会問題に突然ぶち当たることがある。土産物を買うのに政治問題など意識したこともないが、たまたま今回は頼まれた物を買うので、間違いがないようパッケージをしっかりと確かめたせいで気がついた。
「ぽてコタン」という商品名だが、最初は何も気がつかなかった。コタンはアイヌ語だ。集落・村という意味だったと記憶している。つまり英語のポテトとアイヌ語のコタンから作られた造語の商品名だ。じゃがいもと玉ねぎが集まった・・・みたいな意味を込めているのだろうか。コロナの感染拡大が始まった頃に開園した、北海道白老のアイヌ文化伝承施設「ウポポイ」のロゴがあしらわれている。北海道を挙げてのアイヌ文化復興支援みたいなことらしい。
日本国政府が重い腰を上げ、アイヌ民族を先住民として認め、その文化保存に渋々乗り出したのは画期的なことだと思う。国連機関に非難されたことがきっかけだとはいえ、何も認めない、やらないより100倍マシだ。北海道が舞台の大人気コミック「ゴールデンカムイ」のヒットのせいで、北海道限定のコラボ商品も数多くある。(サッポロビールのコラボビールはなかなか良かった) 
北海道内では好意的なムードが広がっているような気がする。ただ、それが道外観光客に伝わるものかどうか。小さな積み重ねが社会を少しずつ変えていくと期待するしかない。SDGsもカーボンニュートラルも大事だが、こうした足元にある問題にも目を向けていこうという「社会的に正しい企業行動」は是非続けてほしいものだ。
ただ観光土産のほとんどに、こうした社会問題を考え始める「サイン」やら「提案」やら「支援」やらがあると、それはそれでちょっと息苦しいかもしれないなあ。

ウポポイとは「おおぜいで歌うこと」という意味だそうだ。白老にある文化施設のホームページに書いてある。
https://ainu-upopoy.jp/facility/upopoy/

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いつものランチ 日高屋

日高屋でランチにしようと思い、ふらりと近場の店に入った。季節限定商品もあるが、新作メニューが出ていない時にはマイ定番として爆弾炒めと半チャーハンを注文することが多い。ここ数年、冬場になると登場していたキムチチャーハンは、今年は登場しなかった。キムチチャーハンがあればそれにするのだが・・・。
爆弾炒めはキムチ味の肉野菜炒めのようなものだとが、見た目の赤さほど辛くはない。野菜炒めに白飯という組み合わせは、若い頃食べすぎたせいもあり微妙に避けたいメニューだ。ただ、町中華で野菜を食べたいと思うと、野菜炒め以外見当たらない(ことが多い)。だいぶ譲歩して八宝菜くらいだろうか。ただ、あの塩味のあんかけ料理があまり好みではない、という全く個人の嗜好の偏りもあり、野菜料理の選択肢が狭くなる。
だから、日高屋では爆弾炒めを連発してして食べることになるのだが、食べるたびに微妙に辛さが変わっているので(多分キムチの仕込み度合いのせいだと勘繰っているのだが)、毎回毎回、今日の辛さはどうかな?と楽しんでいる。辛さ控えめに感じた時には、ラー油を追いガケして味変するのも楽しみだ。
そして、半チャーハンを辛さ中和剤として合間に食べる。日高屋の炒飯は、意外なことに薄味なので、フルサイズ食べると食べ飽きてしまうが、半チャーハンであればちょうど良い。
ありがたいことに、半チャーハンを頼んでも、スープがついてくる。実は、この町中華定食におまけでついてくるスープが好物なのだ。できればラーメン丼で出してもらいたい。別料金でも注文したいと思っているが、どの店のメニューを見ても「中華スープ」などというものはない。具材が入った、卵スープとか、キクラゲと筍のスープとかになってしまう。飲みたいのは、チャーハンや餃子定食についてくる、醤油ラーメンの麺抜きみたいな具なしスープなのだ。一度勇気を出して、聞いてみようか。「チャーハンについてくるスープを大盛りにしてもらえますか」と。
まあ、町中華で飯を食べるということは、こんな好き勝手な妄想をしながらマイ中華メニューを楽しむことなのだと思うのですよ。

街を歩く, 食べ物レポート

いただきもの 高知県おもてなし課(元)

高知県で農産物を仕入れたことから、ご縁が続いている高知県観光振興部観光政策課おもてなし室から送られてきたお茶とコーヒーのサンプルが4種類。見た目はおしゃれでシックなものだった。
以前はおもてなし課だったが、おもてなし室に降格?されてしまったのがちょっとさみしい。「おもてなし課」は映画化もされていた高知ブランドの一つだけになあ、と残念に思う。
それはさておき、お茶はブレンド茶で、ハーブティーの親戚みたいなものだった。あまり知られていないようだが高知県はお茶の大産地で、静岡にも輸出?され静岡ブレンドのキーパーツになっていると聞いたことがある。
できれば、静岡で加工用に使われるのではなく、高知ブランドで売りたいのだと、高知県山間の町で農業に関わる人に聞いたことだ。
来年の某国営放送朝番組で高知県が扱われるそうだ。その牧野先生に関連してのお茶なのだろう。個人的には(普段はあまりお茶を飲まないのだが)、なかなかシャレオツな気分になる素敵なものだと思う。何しろパッケージが相当にシックだ。伊勢丹三越のハロッズの横においても負けない気がする。
一緒に送られてきたコーヒーは、高知となんのゆかりがあるのかはよくわからないが、パッケージの裏にある「コーヒーの淹れ方」を読むと、高知人的センスが読み取れる。曰く、コーヒー粉末にお湯を注ぎ10−20秒蒸す間は、遠く高知の風景などを思い起こすと良い、とすすめている。
高知の街をぶらぶら歩くと、あちこちに気の利いたセリフが書かれた看板や広告を見つける。センスの良い街だと思う。そんな高知気質みたいなのが、コーヒーのパッケージにも現れているようだ。
日曜市の猥雑な賑わいや、ひろめ市場の昼飲み天国状態を見るにつけ、この町はラテンな人たちが住んでいるのだなあと思っていた。優れもののデザインが溢れていることも考え合わせると、高知は日本で一番イタリアンな場所なのかもしれない。それも南部のとびっきり明るい街、ナポリに似ているような気がする。
ナポリであったマリオみたいなおっさんを高知のカツオ名人たちに合わせてみたいな、などと高知ブレンドコーヒーを飲みながら考えておりました。

街を歩く, 小売外食業の理論

ファサードの魅力と吸引力

札幌狸小路の話を長々と続けているが、実は今回の札幌探索で一番気になった店を狸小路で発見してしまったのが原因だ。何度も書いているが、狸小路の西端は建物がどんどん潰れて、駐車場になったりホテルになったりしている。新陳代謝が激しいと言えばそうかもしれないが、新しくできるレストラン、食べ物屋のほとんどは新築ビルに入居するわけではない。古くて小ぶりなビル・建物にひっそりと開店するのがほとんどだろう。
だから、ビルの2階にある店舗も多い。数少ない狸小路歩行者を店内に引き込むべく、外観のデザインやpopなど工夫している店が多い。だから、都心中心部を歩くより狸小路のはずれを歩く方が、今の札幌で店をやろうと思う若い衆の意気込みが感じられると思っている。そんな街歩きの中、数ある新進気鋭の店舗群の中で、一番目を引いたのがこの店だった。
ちなみに「点と線」は某有名推理作家の出世作の題名と同じだ。何か、その小説と関係があるのかもしれない。勘ぐれば、点と点をつなぐ線みたいな意味で、つながりとか共生などを考えているのだろうか。店名だけであれこれ考えさせられてしまう。

どうやらカレー屋さんが始めたラーメン店のようだが、「新しい麺料理のカタチ」と真面目な宣言をしている。デザインセンスはなかなか優れものだと思う。ただ、ラーメンが退色しているように見えるので、その点は気になる。
ああ、このラーメン食べてみたいなと思わせる説得力がある。コピーもシンプルだが力強い。このデザイナー、センスがいいなあと感心した。

入口横メニュー看板も一点豪華主義といいうのが良い。ついついフルメニューを乗せたくなるのが入り口看板だが、その誘惑をしっかりと退けている。いいぞ、いいぞと思う。
おまけが、地面に置いた行灯だ。夜になり灯りが入れば、これは実に効果的だ。この手の地面に置く行灯は京都先斗町や東京神楽坂でたまに見かける。夜に特化した「ハイセンス」POPだが、使い方が難しい。それをラーメン店でよくやり遂げたものだ。
次回の札幌では、この店を外すわけにはいかない。店内の姿にも期待が高いが、おそらくラーメンのビジュアルも相当にハイレベルでフォトジェニックな仕上がりになっている気がする。
レストランは見た目が8割、ということを理解している人は少ない。見栄えが悪いが味はうまい食べ物など、極めて稀な存在で天然記念物級のレアものだ。それと同じで、レストランの良し悪しは入り口で8割方決まっているものだ。初めて入る店は入り口で決まる。嫌な感じがしたら、決して中には入らない。意外とお店をやっていながら、このことに気がついていない店主・経営者は多いようだ。うちの食い物はうまいはずなのに、なぜか客が来ないという傲慢な店主は、入り口で客を惹きつけないどころか排斥していることに気がつかない。その意味でこの店は必見の一軒だと思う。

繁盛店を作るには、店名とファサードがとても重要なのですよ。 

街を歩く

人生の落とし穴を発見した

何気なく見かけた一枚のポスターが人生を変えてしまうこともある、という怖いお話だ。JRの切符で入場券だけを集めた全集が15万円くらいで発売されるという記事を読んだ。今の切符はペラペラの薄紙だが、その入場券全集の切符は昔の固いもの、硬券だという。コレクター魂がぐらっとくる悩ましく怪しい企画だ。しかし、これはしっかりと諦めた。あれこれ断捨離をしている中で、物を増やしてはいけない。
はずだったが、たまたまJR北海道で似たような企画を実施している。それが、このポスターだった。
単独駅の単独企画だったら、「記念に一枚買ってみるか」で済む話だ。ただ、このポスターに書かれているNO.84に気がついた。少なくともNO.1からNO.83まで存在することは明らかだ。
おそらくJR北海道管内の駅をめぐるスタンプラリー的なものに違いないことも推測できる。危険すぎる。買ってはいけないだ。同じように、たまたま見かけた関東道の駅のスタンプラリー本に釣られて3年がかかりで完全走破した経験者だ。
翌日ネットで「北の大地の入場券」を検索してしまった。確かめてみれば、まさに「沼」企画だ。北は稚内から東は根室まで、南は函館どころか津軽海峡を越えて青森県いまべつまで企画に入っているのだ。
JR北海道の路線図と見比べてみると、要所要所の駅が対象で、それも一旦下車しなければ買えない仕組みになっている。例えば、旭川で降りて次の目的地は遠軽経由北見みたいな飛び飛びに進むしかない。特急を利用して乗り継ぐにも、特急の発車間隔は少なくても2時間程度の間隔がある。(東海道新幹線の5分おきみたいな発車間隔で北海道鉄道旅行は無理だ) つまり、1日にゲットできそうな入場券はせいぜい十枚、道北、道東に行けば1日五枚も難しいだろう。全部で82駅・94種でコンプリートするとのことだが、最低でも1週間かかりそうだ。おまけに過疎地域では駅が無人化していて、切符を買うには地域の公共施設、近隣にある道の駅などに行かなければならない。
無理ゲーというしかない。適当に札幌近郊の何枚かを手に入れてお茶を濁すというのもありかなと思ったが、一枚買えばそこから先は地獄行きの特急コースだろう。全駅コンプリートすれば表彰状がもらえるらしい。
いや、そんなのいらない。この話も記憶から消し去ろうと頑張っている。それなのに、いつの間にか全国JR時刻表をひっくり返し、乗り継ぎなどを確認してしまう自分が怖い。
夏の青春18切符発売は7月だ。その次は冬の青春18切符が12月発売で、完全制覇賞の締め切りは来年2月末。危険があぶない。
「北の大地の入場券」詳しくは ↓

  https://www.jrhokkaido.co.jp/CM/Info/press/pdf/20220428_KO_ticket.pdf

街を歩く

狸小路@deepでラーメン

狸小路7丁目を勝手に狸小路@deepと称している。もちろん某有名小説のもじりだ。狸小路7丁目・8丁目界隈には、いわゆる尖った店が多い。大体の店が小降りで、客席数もあまり多くない。ただ、熱烈な常連客がいて経営を支えているという感じがする。フリの客には入りにくいというか敷居が高い、コアなファン向けの店が集合している。札幌でもDeepな一角というのに間違いはないと思う。
このDeepさこそは、チェーン店のコスパの良さだけがお店の評価基準ではないという証明なのだが、コアなファンの店は、言い換えれば一見さんお断り的なムードもある。商売として広げるには、そこを突破しなければならないはずだ。だが、どこの店も「ひろげる」ことに興味がなさそうだ。どちらかというともっと深掘りしていく感じがする。
長年食い物業界に携わってきたこともあり、その手の一見さんお断り的ムードには免疫があるというか、根っから無視してしまうことが多い。特に最近のアフターコロナ世界では、店主の客あしらいを含め混乱が続いているので、一人飯、一人飲みはヘイっちゃらだ。店主がごねたら、何も注文せずに出て来れば良い。(注文していても出てしまう時もあるから、だいぶ厄介な客だという自覚はある)

友人から聞かされていた、狸小路7丁目のラーメン屋には一度行ってみようと思いつつ随分時間が経ってしまった。どうも店主こだわりの商品に、コアファンが信奉してしまったカルト的ラーメン店らしい、と勝手に思い込んでいたからだ。
たまたまランチに行こうと思った店が臨時休業だったり、長期休業中だったりしてランチ難民になってしまった。そこで不意に思い立って、昼のピークを外しこの店に出張ってみた。
不思議なラーメンだった。スープに潜む香草の味が独特で、ラーメンのスープというよりエスニック系な感じがする。ただ、パクチーではないようだ。セロリをメインにしてブーケガルニ的な何かだろうと思う。比較的とろみの強いスープだが塩味は控えめで、ネギのカットが大きいこともあり、やはりラーメンというより濃厚スープを食べている気がした。
おそらく、2度3度と繰り返すことで、だんだんハマっていくタイプの料理だと思う。岩のりをスープに入れてちょっとふやけた状態で食べる。これがまた気に入ったところだ。ラーメンの結構としては、スープの主張が強すぎる気もするが、確かに美味い「麺料理」だった。次に札幌へ行くときには、何度か通い詰めることになりそうだ。
ちなみに、この店の隣は、これまたユニークな「ジンギスカン屋」で、そちらも捨て難い。ラーメンとジンギスカンのハシゴは、あまり想像したくないが。

街を歩く

狸小路を散歩する 7丁目に至る道

札幌狸小路は北海道開拓時代から続く伝統ある商店街だ。1丁目から10丁目まで続き、ストリートマーケットとしては全国でも屈指の規模ではないかと思う。東京のあちこちにあるストリート商店街とはちょっと違う感じもするが。屋根がかかっているアーケード街は冬でも雪を気にしなくて良い(しかし、しっかり寒い)雪国仕様だ。
駅前通りを挟む狸小路中心部(3・4・5丁目界隈)は都会的なブランドショップもある。が、東の端の1・2丁目、西の6−10丁目あたりは、なんというか場末感が漂う古びた店並みになっている。
昔は7・8丁目あたりに今風に言うところの風俗店、昔流で言えば連れ込み旅館街・女郎街だったらしく、狸に化かされるような街だったから狸小路といわれたと、昔々先輩に聞いた。それが本当かどうかは知らないが、知人が8丁目にあった連れ込み旅館を改造して店をやっていたから、おそらく風俗街があったのは確かだろう。

狸小路一丁目近くから引っ越してきた映画館

その狸小路もようやくバブルの後遺症から脱出しつつあり、ここ4・5年はあちこちで店舗の取り壊し、建て替えなどが続いている。それでも再開発の波は6丁目止まりで、7丁目以降は一体この建物ができたのはいつなのだろうと思わせる老朽建物を改装した小ぶりな店舗が増えてきた。ただ、その狸小路ルネサンス的なムードもコロナによって停止中という感じがある。

抜かしはお世話になった。当時はxxx無線だったような

東京であれば、秋葉原あたりにありそうな電子部品の店がいまだに健在だ。その昔、ラジオ小僧が集まるカルトな店だった。今では想像もできないが、真空管ラジオがまだまだ幅を利かせていた時代で、自分で回路設計したラジオを組み立てるのが流行っていた。真空管を3本使う簡易型、5本使う本格型など力量に合わせて(懐具合も含めて)ラジオ作成できた。回路集も販売されていたし、それこそ初心者向けのキット販売もしていた。もはやうっすらとした記憶だが、ここがハドソンの発祥の地だったのではないか。

店頭すっきりは珍しい

札幌でもタイ料理の店は珍しくない。タイ料理は普及期に入ったエスニック料理だが、ベトナム料理はまだちょっと珍しいかもしれない。ベトナム、タイ、マレーシア、インドネシアなどの東南アジア料理が女性に人気があるらしい。理由が全くわからなかったが、あの魚醤の臭さが女性向けなのだろうかと疑っていた。フェロモン的にヒト族雌に有効なのだろうかと生物学的妄想をしていた。どうやらそれは間違っているようで、パクチー^(香菜)のデトックス効果が人気の原因らしい。確かにあの草を使った料理は、独特の臭みがあり、毒消と言われればそんな気もする。よく言えば薬効がある。悪く言えば蓼食う虫も好きズキということか。どちらにしても、この店には一度きてみたいものだ。

バブルの後はすっかりシャッター街になりかかっていた狸小路7丁目も、ここ10年くらいで個性的なレストランが集まる場所になった。西端の9・10丁目はアーケードの屋根がないので、冬になるとほとんど障害物競争のグランドと言いたいくらいの歩行難所になる。だから、アーケードがギリギリある7丁目がレストランの集まる場所になったようだ。(8丁目は空き地が目立つだけ)
一年で閉めてしまう店もあるが、コロナ前後に空いた店は比較的健闘しているようだ。店舗の外観を見ても、好感が持てる斬新なデザインが多い。それでも、コロナ前の外国人観光客目当ての店は潰れてしまった。店内で世界あちこちの訛りがある英語が飛び交っていた店は看板を変えていた。まあ、札幌で飲むときに英語を喋るというのもグローバル経験としては良かったが。
新宿ゴールデン街でもコロナ前には英語のメニューが提示されていた時期があった。個人的には「第二のバブル」的なインバウンド狂騒時代だったと思う。たまたまゴールデン街のバーでシンガポールから来た旅人と喋っていたら、横から競争するように英語で話しかける客がいて、何が悲しいやら日本人同士で英語の会話をするハメになった記憶が蘇る。英語が喋れることをひけらかし、自分はグローバルな人間なのだとマウントをとりたがる輩が増殖していた。やはりおかしな時代だったのだ。おそらく、札幌の外国人向けバーでも同じ光景があったのだろうなあ。
アフターコロナではどうなるのだろうかと狸小路の片隅で思った次第であります。

街を歩く

パン屋のその他もろもろが凄すぎる

あの日本一のカレーパン屋?が自宅近くの街にもあるので、ちょっと昼飯を買いに車で出かけた。何やら看板が札幌で見たものとは違うが、「北海道出身でーす」と自慢してみたいらしい。まあ、これは博多本場とか新潟直送とか、首都圏ではよくある宣伝文句なので仕方がない。文句をつける気もない。ただ、店名より大き扱いの北海道小麦ねえ・・・。

店頭でも「北海道生まれ」を推している。確かに津軽海峡を超えてきているのだから、「海を越え」かもしれないが。これもまた気になると言えば気になる。やはり北海道は海を越えた「外地」らしい。「ゆめちから」という小麦の新品種が定着してきたので、国産小麦をブレンドしてパンが作れるようになった。でも、北海道は「外地」だろう? 国産って言っていいのかよと絡んでしまえば、もはや反社会的勢力と見做されそうだ。

POPの教科書に載りそうなボリュームエンド陳列

店内では、そのカレーパン一族と豚パン、メロンパンが一推しコーナーを作っていた。その中にあまり目立たないが「ちくわパン」も自己主張していた。ちくわパン全国化計画が発動しているらしい。そのうち瀬戸内あたりで元祖竹輪パンとか、九州で竹輪ぱんでごわす、四国で竹輪ぱんやき、などなど参戦し熾烈なちくわパン戦争が起きそうな気配は・・・全っくないなあ。

坂戸で活躍のペンギンだが、札幌では存在感が乏しかった

逆に、もっと推していても良いのかなと思う「店名ゆかり」のペンギンパンは、POPもおとなしい。札幌の姉妹店で見た威勢の良いPOP感がわすれられない。このあたりの割り切りというか、言ってなんぼ的な気合いが足りない感じがする。なので比較のために札幌の店のpopを並べてみた。

どうやら札幌の店の方が一つのトレイに乗っているパンの種類が多い。だから商品POPがやたら多く見える。考えようによっては、圧縮陳列を狙っているようでもあるのだが。単純に1日の販売数が少ないだけかもしれない。どちらにしても「売る気合い」は北海道組の勝ち。

その上、気合いが空回りしたかのように、当たり前のような顔をしてパンの中に混じる異族のすがたが微妙すぎる・・・。フライドポテトにナゲット、コロッケが平然と並んでいる。最初はフライドポテトというパンだと思った。チキンナゲットは、中にナゲットの入ったソーセージパンみたいなものかとも思った。よくよくみると、名前通りの商品で、パンではなかった。これでは、パン屋ではなく惣菜業態に・・・と言いたくなる。

しかし、極め付きの代物はこちら。まずは、ここはどこですかと言いたくなる「ザンギ」の説明POPだ。店の所在は札幌市中央区だから、このパン屋の利用者はほぼほぼ札幌市民だろう。もしかしたら転勤してきた道外移住者もいるかもしれないが、それでもザンギの説明をPOPでするか??? ザンギがわからない札幌市民がいるのか???
それとも、山鼻は道外人の専用居住区だとでもいうのだろうか。あるいは「ザンギ」が北海道、札幌では消滅しつつある幻の商品なのか。北海道人のソウルに関わる大問題のような気がしてきた。
それ以上にすごいのが「ざんぎバーレル」だ。確かにバーレルというのは樽を意味する一般英語で、そこに〇〇バーレルと形容詞などをつければ誰でも商標として使える言葉だが。どう見ても赤白ストライプのデザインは某唐揚げチェーンの入れ物だし、このあたりはジョークとパクリの微妙な境界線で、法的な地雷がたくさん埋まっていると思う。唐揚げ屋さんがめくじら立てなければいいのだが。
個人的には、このパン屋のザンギを食べてみたい気分で満々だったが、バーレルという容器は持ち歩くのにすごく不便なので諦めた。ザンギだけに全国で発売しているはずもないとは思う。でもちょっと気になるなあ。
そいう言えば、札幌の有名パン屋「どんぐり」でも昔からザンギ売っていたし、北海道のパン屋では、これが当たり前の販売方法になっているのか。
パン屋の進化はすごいものだね。

街を歩く

狸小路を散歩する 7丁目あたり

元ウィーン 跡地も喫茶店らしい

狸小路が観光名所かというと、ちょっと違う気がする。外国人観光客が跋扈していた時代は、2丁目から6丁目あたりまで、段ボール箱をキャリーカードで引っ張る人向けの店が立ち並んでいた。ドラッグストアが30mおきに営業していた。今や、そのドラッグストアも大部分が撤退し、跡地には色々と面白い「日本人向け」店舗が出来上がっている。コロナで消えた外国人観光客特需だが、日本人向けの商売が成立するのであれば、特需も不要だろう。要は知恵が足りない商売人が多すぎたということだ。
そんなアブク銭商売とは無縁だったのが、狸小路7丁目だ。
ススキノとは違う、ちょっと尖った飲食店が次々とできて、オフ・ススキノとでもいうべき「面白ゾーン」になっている。歴史あるクラシック喫茶が閉店したのは3年ほど前だと思うが、その跡地にもどうやら喫茶店が入居したらしい。この隣はビリヤード場がある。それも映画の影響で流行ったプールバーではなく、まさにビリヤード場だ。ポケットのあるナインボールよりも、ポケットのない4玉の台が多かった。

冷え雨営業をやめたみたい 

コロナの時代は昼営業をしていた居酒屋も、どうやら通常営業というか、夜営業に戻ったらしい。それでもTake outの看板を外していないのが、後遺症の深刻さを感じさせる。オフ・ススキノではあちらこちらに個性的な料理を出す店があるが、この店は豪速球の魚居酒屋で、店長の趣味が競馬という正統居酒屋だから、復活後も元気に営業してほしい。

老舗の和菓子屋もあるのが狸小路らしいというか、カオスな雰囲気がする。この和菓子の店が知る人は知る名店で、串団子が絶品だ。団子が柔らかいのと、あんの種類が豊富なのが魅力だ。
あまり目立たないが2階に喫茶コーナーがある。札幌では珍しい甘味喫茶なので、昼下がりの暇そうな時間を狙って、クリーム餡蜜や団子セットなどが食べられる。団子とコーヒーのセットというのは、なかなか他では食べられない魅惑のセットではないか。みたらし団子とブラックコーヒーという組み合わせには、ちょっと震えがくる。ちなみにこの店では、謎の北海道菓子「中華まんじゅう」も売っている。隠れ札幌土産として推奨したい。

7丁目の怪しい楽しさは、観光客には知られたくない「秘密」の札幌だと思っているのだが。