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グランピング場を初めて見て感動した件

パン屋を目指して行き着いたところがキャンプ場だったという、なんとも不思議な経験をした。要するに、キャンプ場のセンターハウスというか食堂で、パン屋の営業を始めたらしい。確かに、キャンプ場は営業が週末、長期休暇型なので、平日や閑散期の商売安定のために、パン屋を始めるというのは良いアイデアだと思う。特に埼玉県北西部の山沿いにあるこのキャンプ場は、周りが住宅地でもあり平日需要はそれなりに期待できそうだ。
ネットで調べてみると、このキャンプ場は元公営の施設だったようだが、今は温泉ホテル経営の会社によって運営されているらしい。最近キャンプ場は全く利用していないので、ひょっとすると今の流行りはこの手のハイレベルな施設なのかもしれない。しかし、ピザ釜が借りられるというのは、単純にすごいなと思う。昔々、コールマン社の組み立て式のオーブンでピザやパンを焼いて楽しんだこともあるが、あれはやはりおもちゃの類だった。石窯とはねえ・・・と感心するしかない。

そしてこのキャンプ場は川沿いにある「グランピング」施設が主体のようだ。離れたところにテントサイトもあるのだが、この超高級グランピング・テントを見てしまうと、心が半分くらい持っていかれてしまうだろう。何も知らずにテントをサイトを予約してきたら、楽しいキャンプ気分をぶち壊してくれる「凶器的存在」だ。でも、ここで泊まってみたいというワクワク感が湧き上がる。困ったやつだ。

また、この季節ならではの光景だが、桜並木沿いにグランピング施設が並んでいる。いわゆる「映え」のする光景だ。春休み中ということもあるのか平日にも関わらず利用者が多い。朝のキャンプ場といえば子供の声で騒がしいというのが相場だが(まあ、それを楽しむのもキャンプらしさではあると思う)、ここは意外と静かだった。大人のグランピング場ということと、朝食はセンターハウスで楽しめるらしい。

サイト脇では川のせせらぎの音を聞きながらハンモックでまどろむという、なんとも贅沢な時間が楽しめるらしい。なんだか、昔に貧乏キャンプをやっていた頃のことを思い出してしまった。テントを貼るのが面倒くさくなり、車中泊のできる車に買い替え、全国あちこちにキャンプに出掛けていた。それでも外で焚き火をしたくて、ホテル泊まりはほとんどしなかったのだが、今では焚き火のできる「グランピング」があるのだな。であれば、車中泊などもする必要がない。良い時代になったものだなあ。

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新青森駅でねぶた・ねぷた・立ねぶた

新青森駅でホームから降りたすぐの場所に、青森三大?ねぶたが飾られている。ねぶた祭りといえば青森市で行われて大きな山車が街の中を引き回されるものと思っていたが、五所川原、弘前でもそれぞれ独自のねぶた祭りがあるようだ。
それぞれの土地でつくられるねぶたの意匠も異なっている。五所川原の「立佞武多」はテレビで見ただけだが、実に背が高い。ビルの4−5階の高さだったような記憶がある。リアルサイズガンダムだなと思った、上に伸びるねぶただ。屹立型とでもいうべきか。

青森のねぶたは、逆に横に広がるねぶたで、主役級二人(二柱)にお供が多数という横広がりなものだ。劇団ねぶたとでもいうべき登場人物多数、たまには獣や魔物も同行するという賑やかさだ。集団演舞型と言える。

弘前のねぷたは優雅だ。「ぶ」ではなく「ぷ」だと、弘前の学芸員の方に教えられた。その方曰く、「ぶ」は海の近くの荒い言葉、浜言葉で、「ぷ」は優雅な穏やかな響きだそうだ。うろ覚えの記憶だが、どうやら、津軽の中にも言葉の差というか分離があるようだ。弘前ねぷたは優雅な静置型という感じか。

ついでにマイタウンファーストでもあるらしい。札幌と函館の言葉の関係に似ているなと思った。北海道でも日本海沿岸部は津軽文化圏なので、浜言葉といっている言葉は津軽言葉に近いようだ。札幌は行政都市で人工都市だから、言葉は日本国中のミックスになっている。イントネーションの違いはあるが、いわゆる平均的な語彙というか言葉遣いが主流だ。当然、津軽弁対ミックス弁の主導権争いがある。北海道でも誰もがマイタウンファーストで主張する。特に、十勝モンロー主義とまで言われるくらい近地の独自志向は強い。まあ、裕福な土地の証拠だろう。
北海道文化のルーツのひとつである青森のねぶたが北海道に流入しなかったのはどうしてなのだろう、などと考えながら新幹線を待つ間、三種のねぶたをかわるがわる眺めていた。新青森駅は待ち時間も楽しい。

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青森でライブ居酒屋

弘前駅のホームで見つけた

この手の絵を見ると青森に来たなと思う。ご当地の方はどう思うのだろうかと知りたくなるが、個人的には骨太の絵が津軽を直感的に感じさせてくれる。津軽海峡を挟んで青森県西部と北海道南部函館、松前あたりは津軽海峡文化圏だと思っている。食文化や言語が極めて近しい。だが、この絵画様式は北海道南部に移入されていないようだ。
瀬戸内海を挟んで讃岐と備前、備中あたりが似通った関係にみえる。特に、瀬戸内の島に拠点を持った海賊、海洋王国の強者どもは瀬戸内海沿岸部を両岸くらいにしか思っていなかっただろう。函館と青森もそのような共通文化基盤を持った地域だった。その共通文化の粋が「いか」だと思う。(全く個人的な見解です)

青森産と言いながら、津軽海峡で獲れたら
上がった場所が青森か函館かの違いしかない海峡イカだと思うのだがなあ。

最近は、某大陸国家・半島国家の乱獲のせいらしくイカの不漁が続き、もはや庶民の食べ物とは言えない高級品になりつつある。それでも、流石に津軽海峡文化圏ではなんとか新鮮なイカが食べられるようだ。ちょっと甘いねっとりとしたイカは、お江戸では食すのが難しい。確か東京湾でイカ釣りができたから、別に北国のイカでなくて良いので東京湾イカを宣伝してもよいと思うのだが。
魚屋で東京湾上がり、いわゆる江戸前のイカというのはお目にかかったことがない。横浜あたりに行けば売っているのだろうか。(コウイカという肉厚のイカはたまに見かける)

とても気になるココナッツアイス

津軽の名物がずらっと並んだホワイトボードを眺めると、右端から全部ちょうだいと言いたくなる。一番右端のフジツボは5年前に青森で食べるまで食用になるとは知らなかった。食べてみると、甲殻類の濃厚な味がした。亀の手も似たような味だった。ホヤとウニを人類最初に食べた誰かを密かに尊敬しているが、フジツボを食べ物と見破った人にも同じく尊敬を捧げたい。
あとは、このホワイトボードの中で馴染みがないものといえば、「嶽きみ」というとうもろこしくらいだ。あとは、全て北海道の食材と重なる。というか、津軽の食べ物が北海道のルーツになっているのだろう。

名物を食べすぎると、カルチャーショックが大きいので普通にうまい冷奴をバランスに頼んだ。硬めの木綿豆腐は日本酒によくあう。腹が膨れたあとは、ちょっとつまみにナマコも頼んだ。コレも初めて食べた人類の誰かは尊敬されるべき食べ物だ。
この店は食べ物もうまいが、実は津軽三味線ライブの店なので、ちょっと早めに来店してうまいもの三昧をしたあと、酒をちびちびやりながらライブを楽しむのが良い。コロナが終わり(?)、気軽に旅ができるようになれば、年に数回は訪れたい。青森良いとこ、何度もおいで・・・だ。

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青森の醍醐味とは踊りと・・・

青森駅から徒歩で3分程度の場所に立派な展示館がある。ねぶたの家ワ・ラッセという。毎年夏に行われるねぶた祭りで使用されたねぶた山車を展示している。何年か続け見に行った。ここ2年は旅をするのもままならなかったし、そもそもねぶた祭りも制限を受けていた。

何年かぶりで見に行くことができた。既に雪が降り始める冬の最中に、ここを訪れたのは初めてだ。個人的好き嫌いでしかないが、雪が苦手なのだ。成長期に冬の間は雪に埋もれるような暮らしをしていたせいか、二十代に東京付近で住むようになり、冬に雪のない暮らしの方が雪国暮らしより長くなった。
今や、雪の降る季節は気が重い。だから、12月をすぎると仙台より北に行くのは苦手だ。日本海側の積雪地帯も春になって雪が溶けるまでは遠慮したい場所になる。

展示場への通路 暗がりが美しい

ただ、雪深い土地も一旦室内に入ると快適だ。コートを着ていると暑く感じるほどで、当然ながら室内ではコートを脱ぐ。と、これがまたじゃまなのだなあ。冬の寒さは諦めるが、嫌いな季節に変わりはない。真夏の盛りにやったお祭りの山車を真冬に見るというのもなんだか違和感があるのだが。と、ひとしきりぶつぶつ言いながら中に入った。そこは別世界だった。

照明が落とされた薄暗い展示場で、大作が煌めいている。やっと見にこられたという思いもあり、久しぶり見る大作にくらくらする。

ねぶた師が作るねぶたは一つ一つ表情が違う。立体芸術なので、できれば360度ぐるっと回って、前後左右から眺めるべきだ。

裏側に回っても、脇役たちがブイブイと迫ってくる。主役を食うほどの力強さだ。夏の夜にコレを見れば、さぞかし勇壮なことだろうし、当然ながらお囃子の音響効果もあるわけで、死ぬまでに一度で良いからライブで見に行きたいものだ。
このあと行った居酒屋でハネトのパフォーマンスがあった。およそ30秒ほど、掛け声に合わせてぴょんぴょん跳ねているのを目の前にした。たった30秒だったが、肩で息をつくほどの運動量らしい。夏にこの激動パフォーマンスをしていたら、まあ、神様が降りてきても不思議ではない気がする。高知のよさこい祭りでも同じような神がかり状態になるらしく、祭りの熱狂の中で結婚相手を見つけることも多いそうだ。
神世の昔から踊りと祭りと男と女の関わりは変わりがないのだろう。現代でも祭りは恋の始まりなんだろうなあ。(ぼーっと遠くを見る)

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弘前で駅弁

弘前駅の改札を出たところにあるお弁当売り場が素晴らしい。以前に見た時は駅弁がずらっと並んていたが、今は駅弁以外にも色々と商品が増えていた。弘前名物というより、もうちょっと広域で販売されているような「津軽弁」という青森各地の駅弁が賑やかに並んでいる。新青森駅の駅弁販売店ともまた違う郷土愛あふれる弁当だ。弁当の裏側ではリンゴが売られていた。見たこともない品種があり、さすがリンゴ王国だけのことはあると感心した。

その弁当売り場の横に津軽応援弁当というものがあり、これは駅弁というよりローカル客向けの、普通のお弁当だった。これもなかなか捨てがたい魅力あふれるお弁当だ。輪ゴムで蓋が止められているところなど、手作り感が溢れている。駅弁と合わせて買おうかと随分迷ってしまった。流石に弁当2食を食べる根性がなく諦めたが。

弁当の隣でお惣菜も販売中だった。どれもこれもうまそうだが、青森郷土料理の貝焼き味噌まで売られているのはびっくりだった。イガメンチは、この辺りでは絶対定番的なお惣菜だろう。ただ、この後に駅近くの市場に行ってイガメンチをゲットする予定だったので、ここでは何も買わなかった。もし、弘前泊まりで旅をするのであれば、この売り場であれこれ買い込み、つまみに弁当に夜食になどあれこれ使い道はありそうだ。ここで惣菜を買い込んでホテルでのんびり一人酒などというのもありだなと思った。もちろん、そういう時のために、いつもの旅行鞄の中には箸とナイフは常備している。

ちなみに、弘前駅のすぐそばにはコンビニもあるので、軽食や弁当の調達には困ることはない。だが、このラインナップを見ると気分はすっかり鉄道旅モードになる。最近では車内での飲食は自粛ムードもあるが、一人で黙食であれば問題はないだろう。新幹線の車内アナウンスでは、多人数での飲食はやめてとは言っていたが、あれは宴会モードでうるさいジジイババアのせいだと思っている。もっとも、若いグループだと飲食なしでも賑やかなこともあるので、飲食の有無に関わらず「お静かに」というべきではないか。

帰り際に立ち寄った改札脇のキオスク(いまはNew Daysか)でも何やら魅力的なビッグおにぎりとビッグ稲荷寿司が売っていた。ゲンコツより大きいおにぎりは、とても魅力的だった。腹ペコ状態でこれをむしゃむしゃ食うことを想像すると、思わずごくんと唾を飲み込んでしまう。弘前駅は美味しいものの宝庫だった。

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新幹線駅で楽しむ青森

東北北海道新幹線を新青森で降りると、いきなりお出迎えされるのが武者絵の数々で、これを見るたびに青森に来たなと思う。今回は直接駅の外には出ず、在来線に乗り換えるため連絡通路沿いで見つけたものだ。

極彩色というべきだろうか、赤と墨のコントラストが特徴だと思う。青森出身の版画家棟方志功の作品に見る極太の描線は、この武者絵の時代から繋がれているものだろうか。棟方美術館に行って作品をじっくり見ると、意外と繊細な線で描かれた作品もあり、巨匠の懐の深さというか技法の多彩さに驚かされた記憶がある。

武者絵という二次元芸術が、立体化してねぶたになると、また違う美が生まれる。これこそ日本の誇る芸術であり美術品だと思っているのだが、それが「無料」で、通路を歩く途中で見られるのだからありがたい。ただ、残念なのはこの立体芸術は長くk保存されることにはなっていないらしい。ねぶた祭りで山車に載せられている巨大像も、どうやら一年程度で消滅するようだ。
確かにあれを全部保存しようとすれば、毎年体育館を一つずつ立てなければならないだろう。長期保管となれば表面のメンテナンスだけでも気が遠くなるほどの手間がかかりそうだ。だから、その年その年で新しいものを楽しむしかない。コロナの間はすっかりご無沙汰していた青森で、最初のお出迎えに感動してしまった。

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思い出のハワイ

カイルアビーチ

ハワイ、オアフ島に一年くらい住んでいたことがある。仕事をしながらハワイ暮らしとは羨ましいと知人には言われた。最初の2ヶ月ほどで飽きてしまった島暮らしだが、後半の半年はすっかりロコ生活にもなれ、南の島の暮らしが好きになっていた。だから、冬になるとハワイ暮らしのことを思い出す。懐かしくなる。
当時はネットもない時代だったので、日本との情報は隔絶されていた。日本語の活字に飢えて、ハワイの日本語新聞を購読していた。ワイキキに行けば、カード会社のオフィスにある日本人観光客向けフロアでは日本語の新聞や雑誌が読めた。休みの日にはよく利用させてもらった。
今であれば、ネットで日本にいるのと同じ情報が手に入るから、なんの問題もなさそうだ。本は電子書籍で、ゲームやビデオもダウンロードで済ませる。この環境だったら、2−3年は行きっぱなしでも良いと思う。

そんな懐かしのハワイ暮らしで、とてもお世話になっていたハワイ製ドリンクがこの2種類だった。ちょっと前、偶然にディスカウントスーパーで見つけた。便利な世の中になったと思う。ハワイ旅行に行ったときには、よく手土産で買ってきたものだが、今では日本国内で、それも埼玉県の片隅で手に入るのだ。
グアバは現地ではスーパーの食品売り場でたまに見かけた。パッションフルーツはどこかのレストランで食べた記憶がある。ハワイといえば、パイナップルよりグアバの印象が強い。
このドリンクは現地ではいくらで売られているのだろう。当時は1本50セントくらいだった。今回は埼玉県で160円(税込)で買ったので、現地だと1ドルくらいだろうか。調達先ができたので、これからは自宅でハワイ気分になれる。

5年前にハワイに行った時の写真を引っ張り出してきた。ハワイ州のことをAloha States というようだ。アローハな国ということだろう。Alohaの発音はカタカナで書くと、アッ、ローハァみたいな感じだが、こんにちは、さようなら、久しぶりみたいな、歓待の挨拶がごちゃ混ぜになった感じで使われる。だから、どこにでも、何にでも、Alohaの文字がある。
ワイキキの賑やかさと離れたところに、南の島暮らしがあるのだが、コロナが終わったらハワイの友達にAloha!を言いに会いに行こう。お土産は、彼らの大好きな草加せんべいだ。

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羽田空港のメルセデス・カフェ

虎ノ門にあった港屋が突然閉店してから何年たっただろう。その後、都内某所に支店が開いたとネットニュースで見たが、ついつい行きそびれていた。たまに港屋インスパイア系のラー油蕎麦屋でお茶を濁していた。その港屋が最近、羽田空港に開店したというニュースを見て、これは是非行かなければと思いつつ3ヶ月ほど経ってしまった。ようやく空の旅ができるようになり、いつもより1時間ほど早く羽田空港に向かった。

羽田空港の全日空側の地下から搭乗口に上がるエスカレーターの奥にある、メルセデスベンツのPRスペースの一角に港屋ラウンジがある。どう見てもカフェだ。洒落た空間だ。エスプレッソとかなんちゃらラテが似合う店だ。確かに港屋も立ち食いそばながらエレガントな空間だったが、さすがにここまでカフェぶりにはしていなかったような気がする。

店頭に出されたメニューを見ると、一番上にあるのが「冷たい肉そば」だった。これを見て初めて蕎麦屋だとわかる。蕎麦以外にはカツカレーもある。ドリンクはコーヒ−100円、生ビール500円というこれまた微妙な値段で、どうやらここはカフェではないぞという気がしてくる。しかし、港屋の蕎麦は普通の蕎麦ではなくラー油蕎麦で・・・みたいな説明が一切ない。港屋のそばとは何であるかを理解している客以外を無視しているとも思える。ただ、初めて食べる港屋のそばに感激する人は多いと思うのであまり心配はない。

入り口のカウンターで注文すると呼び出し器を手渡され、席で待つセルフ方式だった。客席はコロナ対策がされていて席間の間隔も広いゆったりモードだ。しかし、どう見てもこの空間はスタバ的なカフェなのになあ。などと考えながら100円のコーヒーを飲みつつ待つこと数分で呼び出された。

久しぶりの肉そばだった。記憶にあった味を思い出しながら、もぐもぐと食べ始める。ラー油蕎麦は麺が太めで硬いのが特徴だから、するっとではなくモグモグになる。それでも、思っていたより麺が細かった。記憶とはかなりいい加減なものだから、太いと思い込んでいただけかもしれない。ラー油入りのツユももっとしょっぱいような記憶だったのだが、甘さが思いのほか強いという印象がした。どうやらインスパイア系の味に記憶が改竄されてしまったらしい。
この甘めのツユがやはりうまい。またツユの量がたっぷりあるのが嬉しい。つけ麺も含めてツユの量が少ない店が多いので、このタップリ感にありがたみが出る。卵も生卵ではなく温泉卵だった。これはやはり最近の衛生事情の影響だろうか。
ちょっと多いかなと思っていた蕎麦をたちまち完食した。やはり肉そばはうまい。羽田空港の絶対定番はこれに決まった。羽田空港は、搭乗時間に十分余裕を持って、ラー油蕎麦を食べに来る場所になる。早朝便以外は、早ランチ、遅ランチ、ティータイム、全時間帯、ラー油蕎麦を食べることにしよう。

人生長く生きているといいことはたまにあるものだ、などと長寿を願う蕎麦を食べながら感動しておりました。

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蕎麦 あれこれ

松本で朝飯は蕎麦にしようと決めていて、8時過ぎに勢いこんで向かったのは松本駅1階にある手打ちそば屋だった。しかし、なんという運のなさだろう。この日に限って厨房メンテナンスのため開店時間は未定とのこと。5分ほど店内を覗いたりうじうじとしていたが、結局諦めて他の店を探すことにした。その後、買い物のため11時ころに戻ってきたら、もはや行列ができていた。あーあ、残念。食べてないから、余計に思い込んでしまうのは、きっとこの店の蕎麦はとても美味いのだろうなということ。

素朴なうまさ 出汁のバランスがとれたつゆが良い

そこから歩いてほんの1分ほどにある、座って食べる立ち食い蕎麦屋があり、駅弁製造の会社が運営している。店内には駅弁のチラシも置いていた。トッピングに駅弁に使われている山賊焼(松本あたりの名物鳥唐揚げ)があるということだったが、自動販売機のボタンには「山賊焼売り切れ」と札が貼ってあった。これが不運のパート2だった。山賊焼は諦め、山菜蕎麦にした。これは蕎麦とつゆのバランスが良い。山菜もたっぷり乗っていて、ネギはセルフで盛り放題だった。満足しながらそばを半分食べたところで、なんと山賊焼到着とのこと。駅弁で製造したものが配送されてくるらしい。悔しいので山賊焼のみテイクアウトした。自宅に戻り食べてから後悔した。一個ではなくもっと買ってくればよかった。ちなみに、山賊焼ハーフサイズ120円(税込)なので、10個くらい買うべきだった。

松本に初めてきたのは、乗鞍岳の中腹にあるキャンプ場に行った帰りで、その時に入った蕎麦屋が今も健在だった。その後も、時々この店には立ち寄っているが、いつも安定したうまさだ。初めて入った時は子供連れだったのだが、従業員の方が子供のそばアレルギーを気にしてくれたのが忘れられない。

人づてに教えてもらった、うまい蕎麦屋の一軒が、中町通にある。売り切れ終いなので、この店に来る時はいつも開店前に並んでいた。週末であればなかなか入れないらしい。店頭の張り紙が痛々しいが、今食べられるのはざるだけになっているようだ。寒い季節になれば、かけそばに天ぷら別添で熱燗という不良な蕎麦の楽しみ方もあるのだが、当分お預けになるようだ。それにしても微妙に英語表記が混じるのは、この店がインバウンド客に占拠されていた名残なのかななどと思った。ひょっとすると松本には外国人居留者が多いのかもしれないが。

縄手通りの神社の境内の中に蕎麦屋ができていた。というか、これは移設してきたのだろう。神社の建物の一角に入り込んでいるのでわからなかった。この店は、松本にある多くの蕎麦屋の中で、一番の高級店かもしれない。日常遣いで食べられる値段ではなく、やはり松本城観光にきた人たちとか、昼の社用接待みたいな感じだろうか。神田の薮、浅草の並木藪、室町砂場といったお江戸の高級店と同価格帯だからやはりここ一番のイベントでもなければ、ちょっと敷居が高いかも。味は間違いない、高レベル店だと思う。

駅前、中町通り周辺だけでこれだけ蕎麦の名店がある松本だが、例年10月中旬に行われる蕎麦祭り目当てに遊びに来ていた。去年は中止で、今年も中止。来年はぜひ開催してほしいなあ。

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グッとくる店 松本駅前で

松本の人は出身地を長野県と言わないという話を聞いたことがある。県名を言わず松本と答えるか、どうしても県名を聞かれる(松本が長野にあることを知らない人でしょう)と、苦し紛れに信州というという嘘か本当かわからないが面白いエピソードだと思った。
日本地図を広げると北海道と東北は別格として、長野県と岐阜県の大きさが目立つ。日本の山岳部に広がる海なし県で、県の中でお天気が変わるほどの広さだ。岐阜県は元々が美濃、飛騨、木曽と三つの国だった。ところが長野県、つまり信濃の国は、北信、南信、東信、中信と大まかに4つに分かれていたが、まとめて信州と呼ばれていたようだ。中核となる都市圏の人口から見れば長野市と松本市が2トップで、有名どころでは諏訪と軽井沢、それに飯田が南部地域の中核といった感じだろうか。
その松本と長野の2トップのプライドのせいか、FM局は松本にある。あるテレビ局も松本に本社があった。(現在は移転して長野市)
PARCOのあるなしで争うのは福岡と熊本の関係に似ていて微笑ましい。そして江戸時代から続く教育都市でもあるから、町の中が何やら文化っぽいというか、おしゃれなまちづくり、店づくりがめだつ街だ。

駅前の繁華街というか飲み屋街を歩くと洒落たファサードの店が多い。昼より夜の方が見栄えがするという点もオシャレ都市として加点対象だと思う。このハイボールの店は、東京で麻布十番あたりにあると人気店になりそうだ。オープンドアの季節は、特に良さげに見える。今はコロナ対応なのでしょうねえ。

小ぶりな店だが満員だったイタリアン居酒屋。ここはぜひ入ってみたいが、今の時期よりもう少し寒くなった季節の方が楽しめそうだ。3色提灯が素敵でセンスが良い。このご時世で満席だったので、おそらく予約をしないと入れない人気店だと思う。信州野菜とジビエ料理みたいなものが期待できるかなあ。

そのイタリアン居酒屋の真向かいにあった、お蔵改造しました的な古風な店構えの居酒屋では、日本酒のラインナップが自慢らしい。確かに白壁のライトアップは夜になるとひときわ目立つ。壁自体が発光看板みたいなものだから、誘引効果抜群だろう。大きな提灯が、この店でも誘蛾灯のように客を引き寄せる。

駅前繁華街をちょいと裏側に入ったあたりで出会った「鳥きん」駅前店。ということは他にも支店があるのだろうか。大手町店とか縄手店とかありそうな雰囲気だ。看板に乗っている山清は、松本の北にある酒蔵のようで、日本酒が飲めるラーメン屋ということなんだろう。それもちょっとそそられる。多分昭和の中頃からずっと変わらずに営業しているだろうなと思ってしまう店構え。最近はすっかり見かけなくなったラーメンと書かれた赤い暖簾が麗しい。ここは間違いなく締めの一軒の絶対定番だろう。

松本駅前で一番突き抜けていたのが、なんとジンギスカン屋で何故か北海道出身者がやっていると訴えている。ほぼ絶叫系だ。看板をよくみると、正確にはジンギスカン屋ではなくジンホル屋だから、松本オンリーな店かもしれない。
世間ではあまり知られていないような気がするが、長野県のスーパーでは普通に長野製ジンギスカン肉が売っている。長野県は北海道と変わらぬジンギスカン愛好者の住む場所らしいのだ。おまけに困ったことにジンギスカン発祥の地は長野だという人が多い。同じ話は岩手県遠野でも聞いたことがある。敗戦後、大陸からの引揚者が全国で同時多発的にジンギスカン創始者になったような気配もあるが、札幌では冷凍肉を焼いてタレにつけ食べる焼肉スタイル。長野ではタレ付きの肉を焼いて食べるタレ焼きスタイルなので、ちょっと違うやり方だ。おそらく、この店では北海道式と長野式がマリアージュしていることだろう。ここもちょっと入ってみたい、というかガツンと肉が食いたくなる。

松本の街はコンパクトだが魅力にあふれるお店がいっぱいだった。