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秩父土産で調達したもの

秩父鉄道 秩父駅は一階が土産物屋になっている。どうやら春先に改装したようで、店内が別物になっていた。コロナの3年間は観光業界に深刻なダメージを与えたはずだが、秩父では積極的に攻める作戦をとっているようだった。Good Job!!

その改装された秩父物産館?であれこれ物色していて見つけたのが「秩父路ぷりん」。あえてひらがなで「ぷりん」と書いてあるのが気になり、確かめてみたら「豆腐」のぷりんだった。早速一つ買って試食してみた。確かに豆腐の味がする。ほのかな甘味と豆腐(大豆)の味がする。一緒についていた黒蜜が甘さを強める道具として良い働きをしていた。
おしゃれなお土産だと感心したが、よく考えるとなぜ秩父で「ぷりん」なのか、それはわからないままの謎あり名品だ。まあ、美味いものに文句をつける気はない。

こちらは秩父駅ではなく、西武秩父駅の酒売り場で見つけたもので、ちょっと面白いPOPが付いていた。サンフランシスコ空港のJALラウンジで採用されたのはめでたいことだと思うが、それを宣伝するのも何か微妙な感じがする。右側にある「金賞受賞」をもっと大きくしても良いのでは…………
インバウンドの外国人観光客が戻ってきたら、JALラウンジの話を英語で書けば効き目があるかもしれないが。秩父で酒を買う人がサンフランシスコに行く確率はあまり高くないだろう。ただ、このサンフランシスコを他の地名に置き換えてみると、それなりに意味がありそうな気もしてきた。ニューヨークでとかロンドンでと書くとビジネス旅に出た感じが増す。シンガポールとかジャカルタと書くと、異郷の地で日本を楽しむ的な観光旅の気がしてくる。サンフランシスコは、ビジネスというより観光だろうか。 
それでも、この話に釣られて一本土産に買ってしまったので、POPはしっかりお仕事しているということだ。

秩父の酒は地元の街でもそれなりに買えるが、やはり品揃えは少ない。秩父に出向けば種類をあれこれ選べることもあり、ついつい買ってしまう。駅から少し歩くと酒蔵まで簡単に行けるし、試飲もできる。まさに秩父に行けば「呑み鉄旅」になる。そういえば某国営放送局の番組である呑み鉄旅も秩父に来ていたなと思い出した。首都圏にありながらローカル旅ができるのが秩父の良いところだな。

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プチ鉄道旅 秩父編

秩父駅ホームで停車中を撮影したので飯能行き

昔懐かしの西武鉄道カラーでいまだに走っている西武鉄道秩父線の電車だが、池袋始発の直行ではなく、西武池袋線飯能駅で乗り換える。池袋から飯能駅まで急行で1時間程度。降りたホームの反対側に待っているのが、このライオンズカラー列車だ。

車内に入れば、あら懐かしい、対面式の4座シートで、気分はすっかりローカル路線旅になる。やはり、こんな時には乗り鉄ではなく呑み鉄モードになってしまうなあ。最新鋭特急のラヴューに乗れば間違いなく旅気分になるが、このローカル旅モードの方が県内プチ旅行感は強い。

秩父駅に降りるとお出迎えされるのが駅内設置の温泉だ。たびたび秩父にきているが、まだこの温泉に入ったことがない。一度試してみなければと、毎回思いながら素通りで帰ってしまう。反省して次回こそ温泉に入ろう。
右側にかかっているのが、限定運行の食堂車による秩父旅。これもコロナの間は中止されていたが、再開したようだ。この特急は予約制なので、乗ってみたいと思っていても抽選の倍率が高くてなかなか難しい。今年こそ応募してみようとは思う。
ただ、ソロ旅には向かない。同行者が必要だが、それもかなり高額の乗車(食事付きだから)になるので誰でも誘いにのっかてくれるわけではないだろうし。同じ金額を払えば都内でそれなりのレストランのディナーが楽しめる。鉄分が多いヒト以外は魅力を感じない気がする。

改札口を出ると、お土産物が並ぶショッピングエリアがあり、その先にフードコートがある。旅行者には優しい駅なのだが、ショッピングエリアとフードコートの中間に、なんと立ち飲みコーナーがあり、そこが改装されて広くなっていた。
これは、帰りの電車に乗る前にぜひ一杯やってねという強いメッセージだ。温泉に入った後、きゅっと冷酒を……………西武鉄道、素晴らしいぞと褒めてあげたい。

この店は次回に挑戦

西武秩父駅前にある食堂がとても気になっている。今回は別の店に行くつもりで秩父に来たので、次回に行く予定なのだが、とりあえず店の前まで下見に行ってみた。店頭の黒板は実に味がある。メニューもうまそうだ。山菜天ぷら食べてみたい。そして、マスターの実物にもお目にかかりたい。
秩父に車でくることが多いので、酒を楽しむことはできないのだが、電車でくれば問題なし。1月中には、なんとしてもこの店でおいしい秩父めしを食べなければなあ。と、次の旅の目的を決めてきました。

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観光地化した商店街のあれこれ

金沢の繁華街にある市場は、ずいぶん昔から通っていた。金沢土産に魚の干物や野菜を仕込んで宅配便で送るというのが、金沢出張での楽しみだった。久しぶりにその市場に行ってみると、「市場」的要素がすっかり薄れてしまっている気がした。もはやほぼほぼ観光マーケットになっている。
金沢に限らず全国各地で似たような「観光地化」した庶民の台所は多い。京都の錦市場は早くから観光地化していたが、それでもまだ半分くらいは地元の生活感が溢れるところだ。それとは逆で、札幌の二条市場は、もはや市民のためにある買い物の場ではない。観光土産専属販売所だろう。この金沢の市場は、錦市場と二条市場の中間くらいの位置になるか。

特に目立っているのが、海鮮丼ぶりの店でその増殖ぶりは驚くほどだ。コロナ期間中の落とし子だろうと思うが、「昼飲み」推奨なのが何やら悩ましい。しかし、海鮮丼ぶりを肴に酒を飲むのは、なかなかハードだと思う。おそらく店内メニューには、つまみがあれこれ並んでいるはずだ。しかし、金沢海鮮丼というジャンルが成立したとは、初めて知った。いつの頃から生まれてきたのか、何かご当地丼的なルールがあるのだろうか。あれこれ気になるが、調べてみるほどの熱意が湧かない。

よく考えればというか(よく考えなくても自分は観光客なので)、この観光市場はそれなりに楽しい。日曜の午後ということもあり、市民向けの八百屋や魚屋は大半が閉まっていた。関西から来た観光客が魚を土産に買っていたから、やはり西国向けの観光地なのかと改めて思った。新幹線が開通した後、東京から金沢へ行くのは京都・大阪へ行くのと変わり無い時間だから、もう少し東国向けの商品が増えても良さそうな気もするが。東国と西国は好みの魚、魚種が違うので、その辺りを誰かプロデュースすれば良いのになあと思った次第。

ふぐの糠漬けというものがあり、これはへしこ(鯖の糠漬け)のファミリー製品かと思ったが、糠につけることでフグ毒が消えるらしいと、何かの記事で読んだ。ただ、ふぐ食はやはり西国の食文化だし、東国の人にとって珍しい魚、食べ方だろう。
フグを食べる習慣が出来上がっていない東国を、フグ拡販のブルーオーシャンと見るか、食習慣の変更を強いるレッドオーシャンとみるか。市場を観光地化するよりも、そのあたりのマーケティング戦略を、県とか市などが観光予算を相当額を投入してもやるべきことだろうなあ、などと市場で真面目に考えてみた。結局、フグのぬか漬けは買わなかったけど。

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あけおめ も中くらいなお正月

Photo by George Becker on Pexels.com

年が明けました。今年も、あれこれと街で見つけた面白い光景など書き連ねてみたいと思っています。去年は低予算旅行であちこち旅しましたが、今年は新しいチャレンジ旅をしてみようかと企んでおります。

今年の旅の締めは冬の札幌
敦賀 一ノ宮
越前 天空の城
志摩国 港町
青森 恐山
帯広の名店 カレー
富良野 金山ダムの湖面
高知駅前 三人の侍像
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札幌シリーズ 大通り公園周辺

テレビ塔前で開催されている冬の市

12月の前半は例年雪が少ないことが多い。年によってはクリスマス直前まで路面が出ていることもある。今年もそんな冬なのかなと思った。雪が少ないと除雪の手間も省けるので、地元民にとっては快適な冬になる。去年が爆発的な降雪で腰を痛めるほど除雪に追われたようだから、今年は雪の少ない年になればいいな、と思っている札幌市民は多いようだ。
そして、コロナの間は「ネット開催」になっていた冬のイベントがようやく再開されていた。この「市」では、イヤープレートならぬイヤーマグが販売されていて、例年楽しみにしていた。再開の今年はなんと特別記念なのかデザインが二種という大盤振る舞い?だった。おまけに(残念なことだが)、マグの値段も値上がりしていた。それにしても、とにかく再開はめでたい。

寒い大通り公園を散歩した後、徒歩2分(北寄り)のビル地下にある旭川ラーメンの店に行った。これも半年ぶりくらいになるので、お店が開いているかちょっと心配だったが、予想に反して店内は大盛況。それも、観光客らしき姿もなく、地元民に愛される普通の人気ラーメン店として繁盛していた。これもまた、めでたしめでたし。一時期は外国人観光客も多く、店内はインターナショナルな風景になっていたが、いまはビジネス街の人気ラーメン店だった。

今回はちょっと浮気して、定番の塩ラーメンではなく醤油ラーメンにした。塩ラーメンだと、丼の真ん中に紅一点、小梅の赤が美しいのだが、醤油ラーメンでは小梅がない。その分、チャーシューが目立つ。この店の醤油ラーメンの売りポイントは、やはりチャーシュー(二種)だろう。わしわしと食べるガッツリ系ラーメンだが、旭川ラーメンは濃いめの味付けなので、ビールによく合う。
町中華のラーメンでビールを飲むのは、ちょっと頼りない感じがするが、ここではラーメンと冷たいビールがベストマッチだ、と考えながらビールではなく水を飲んでいた。

その後で、大通公園を挟んで南側にある古い居酒屋に行った。やはり寒さを感じる徒歩5分だったので、まずは湯豆腐という注文になった。ラーメンで腹が膨れているというのもあるが、前回食べた湯豆腐のシンプルさが冬の寒さによく合う気がした。ちなみに店内はコート、ジャケットをぬぎたくなる「冬の南国」的室温で、湯豆腐を食べているうちにうっすら汗が出る。これが、札幌的冬の贅沢だろう。
湯豆腐は典型的な一人鍋だと思うが、これはシェアして食べてはいけないと思う。昆布出汁が出た「お湯」を最後に付けつゆで割って飲むために、一人で独占したくなる。湯豆腐を食べながら次の注文をすると、食べ終わる頃にちょうどのタイミングで出てくる。その辺りの呼吸が、居酒屋飲みの楽しみでもあるかな。

メニューは居酒屋定番中心にお手ごろ価格が並ぶ。札幌でも生き残りの少なくなった戦前からの老舗だが、東京によくある高級化した料亭気取りの居酒屋のような敷居の高さは全くない。だから開店直後から、オヤジ族の一人飲みが多いのだが、最近では女性の一人飲みも増えているようだ。
それに絡みつくような変な奴もいないので、居酒屋の品格とは客筋を含めたものだろう。ちなみに隠れ名物?と思っているのは串カツ。最近、大阪系串揚げの店以外で、串カツを食べられる店が少なくなった。昔ながらの串カツは貴重品だ。
串カツは2本出てくる。ちなみに、串カツも一人で食べる独食メニューだと思っている。シェアして1本だけ食べると、2本目が欲しくなるからだ。そこを我慢するくらいなら、二人前頼むか、一人で飲んでいる方が良い。

ビールを飲みにきたはずが、普通に熱燗を頼んでしまった。ただ、一人飲みで熱燗を頼むと、銚子(ガラス瓶?)の数で飲んだ量がわかる。お銚子が酒量メーターになる優れものだ。ただ、途中で銚子を下げられてしまうと一気に迷走してしまうが。
冬の大通公園周辺で、フラフラ彷徨っていると寒と暖の繰り返しになるので、体にはあまりよくなさそうな気もするが、運動不足になりがちな冬の散歩と割り切って元気に歩くのがよろしい……………と思いますよ。

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成田で博多ラーメン

LCCを使って旅をしようとすると、成田空港に行くことになる。羽田空港に行くのと比べ、地上の移動時間は1時間ほど増える。ただ、飛行機に乗った後の移動時間は変わらないので、長距離旅行であれば経済性は良くなる。手荷物の重量制限があるので、結果的にスリムな荷物選びを迫られる。軽装な旅になるのもメリットだ。
その成田空港LCCターミナルに、しばらくぶりに行くと改装完了していた。フードコートもお店が増えていて、一時期の閑散とした雰囲気もどこにいったやら。ほぼ全席満席の盛況ぶりだった。そこで新しく開店した店の一軒をお試ししてみた。

店名は記憶にないが、とんこつラーメン推しらしい。ところが、一番おすすめは「博多らーめん」ではなく、「和風とんこつ」のようだ。それではと、和風とんこつを試すことにしたのだが。

確か博多ラーメンは、高菜、明太子、紅生姜の三将軍が脇に控えているはずだ。そう記憶している。しかし、それが全く存在しない。ひょっとして「和風」に転換するときに、置き去りにされたのかもしれない。紅一点である紅生姜の色気がないのは実に残念だ。
スープは最近周流のマイルド系とんこつ醤油らしい。麺は細麺なので、九州系ラーメンの特徴は残っている。最近は博多に行っていないので、令和の博多ラーメンはこういう展開になったのかもしれないが。

LCCでの国際線も続々再開しているので、外国人観光客向けということなのだろう。フードコート内には全国チェーンの店が並ぶ中、ちょっとユニークなヌードルショップということで人気が出るのかもしれない。
店内は明るくて、最近の気取ったラーメン屋(店内が薄暗く黒基調の内装、ゴミが落ちていてもよく見えないという利点がある)とは違い、掃除も行き届いていた。
券売機がクレジットカード対応でないあたりが、外国人向けにはどうだろうという気もするが、アフターコロナの時期に開店するという大冒険を決行したのだから、そこは優しい目で見てあげたい。
やはり、空港での人気筋は鮨ではなくラーメンなのだろうなあ。

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金沢駅でパン屋に感動

帰りの新幹線に乗ろうと、金沢駅を歩いていて見つけたポスターは、西国に暮らす人を羨ましいとおもわせる。ちょっとだけだが、西国に住みたい気分にさせる。西日本にはこんなに「ネームド特急」が走っていたのだなあ。生まれた場所が北海道で、いわば独立島国、青函海峡で本土とは分断されていたから、広さと鉄道網の充実した地であったにもかかわらず、特急列車は意外と少ない。おまけに学生当時は貧乏で、特急に乗る金などなかった。多少金が使えるようになった時には、特急どころか路線が廃止されてしまい、慌てて乗りに行ったりもした。
世間では「撮り鉄」の暴走を非難する声で溢れているが、「乗り鉄」はまだあまり迷惑をかけていないせいか、ひっそりと「乗り鉄魂」を刺激する企画がローカル鉄道を含めあちこちで出ている。その中でも、この入場券ゲットしようぜラリーはすごい。JR西日本限定の24駅であれば、達成できそうだ。来年の春・夏の青春18きっぷで完全制覇してみようか、とポスターの前に立ち止まって動けなくなった。
これは、金沢駅の魔力に巻き込まれてしまった。なぜ「帰り」に見つけてしまったのだ。

そのポスターを見つける前、以前にも利用した美味しそうなパンを売っているパン屋さんが、これまたすごいパンを売っていた。このパン屋さんが金沢駅の魔力その2だ。
まずは、このPOPでガツンとやられてしまった。メロンパンは全国あちこちで様々なバリエーションを見てきた。覚えているのは富士山型のメロンパンで、名前も富士山パンだった(確か……)
しかし、このかぼちゃパンのルックスは、富士山を越えると思う。これまでの人生で、パンのルックスにやられた気がするのは、福島駅で見たカメパン以来、人生2回目の快挙だ。
おまけに見た目だけでなく、中身もカボチャっぽい。これは、買わずに通り過ぎることはできない。POPというのは、こういうふうに通り過ぎてしまう通行人をゲットするのが至上目的なのだが、このPOP制作者は天才的だな。まんまと引っ掛かってしまった。

陳列代に並ぶ、イミテーションカボチャの数々。おまけにこだわりはカボチャの皮部分ではなく、ヘタの部分にあった。すごいぞ、金沢駅のパン屋さん。ただただ感心する。これがステージだったら、スタンディングオベーション間違いなしだ。パチパチパチ!!

家に帰ってきて写真を撮ろうとしたら、ヘタが怪しい状態になっていた。が、全体的には麗しいカボチャ風メロンパンだった。まずはヘタれたヘタを食べた。うましだ。そして、残りを一気に食べた。中身のカボチャクリーム?も、皮の甘さによくあっていた。また、買いたいと思ってもパンを買うために金沢に行くわけにもいかないだろう。いけないこともないが、そうなるとパンの値段が一つ1万円を超えてしまう。(笑)

ついでと思い買ってきたドライフルーツと胡桃の入ったパンも、超絶的に美味かった。このパン屋さんが全国チェーンであってくれれば、毎日とは言わないまでも週に2-3回は買いに行くと思うのだが、金沢付近にしかないみたいだ。
旅先でうまいものを発見するのは幸せとは限らない。簡単には行けないところの食べ物を、また食べたくなるとしたら、それは不幸の始まりなんだよね。
うーん、金沢は困った街だ。性悪な魔女的魅力に溢れている。今度はいつ行こうか。

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能登国一宮 気多大社

能登国の一ノ宮が、今年の一宮巡りの最終になる。東日本で残るのは佐渡国だけになるので、これはもうしばらく先になる。西日本になると沖縄、対馬、壱岐という強豪(離れ島になる)が残っているし、日本海側はこれから雪の季節になる。桜が咲く頃にまた巡礼(笑)に出かけたいが、その時期は西日本の花粉大爆の季節になる。それがうっとうしい。5月の連休明けくらいが良さそうだ。

気多神社は実に神社らしい神社だった。能登国の中心だった羽咋の平野部には田んぼが広がる。その平野が山地になるあたりの低い山上にある。まさにオヤシロという感じがする。拝殿までの道は実に綺麗に掃き清められている。これこそ、我が心にある「神社」の風景だ。そして人気のないところが、また神社らしい。

学生の頃、奈良に行ったときに見た春日大社の朱色を「けばい」と思った。侘び寂びなどわかる歳でもなかったが、寺社仏閣にはけばさが似合わないのではという漠然とした感覚があった。実際には、寺の中の御本尊は金ピカであったりするので、それなりに「けばい」といいうことに気がついていなかっただけだ。
その神社の朱色が、なんとなく良い色に見えてきたのは人生を半分以上過ぎたオヤジになってからで、厳島神社の海上にそびえる鳥居の朱色が瀬戸内海と調和して見えたのもその頃だ。
ただ、やはり神社は少し古びた落ち着いた木造が良いなと今でも思う。このちょっと古びた感じの加減がなかなか難しいのだが。
北陸にある神社は、どれもこれも良い具合の古い感があった。その中でも、鳥居から拝殿までの距離というか広さというか、そのバランスが良いのは、この氣多神社が一番だろう。

能登国は、今の日本、太平洋岸中心世界から見ると随分と辺境の地に見える。東京からの移動距離、時間で考えると島根県中央部と能登半島は東京から最遠隔地にあたる。不思議なことに、どちらにも人口に見合わないと思う空港が設置されている。一つの県内に複数の空港があるのは、秋田と石川、鳥取、島根くらいで、地理的な問題と地盤政治家の力の結果だと思う。大都市部である東京、大阪、名古屋にも二カ所空港があるが、大阪と名古屋は新空港ができた後の旧空港利用であり、メインとサブ的役割り分担がある。羽だと成田はまた別のストーリーになるが。北海道は別格で、千歳をメインに、函館、旭川、帯広、釧路、稚内、女満別、中標津、紋別、丘珠とたっぷりあるが、これは昭和中期の冷戦構造が生んだ落とし物だ。それだけ軍備としての空港が必要とされていただけだ。今では商業的に成り立たない、すっかりお荷物な交通インフラになりつつある。
閑話休題。しかし、古代日本では日本海航路は大陸との貿易ルートとしても重要だったから、能登国は日本海航路中継地として重要拠点だった。賑やかしい場所だったはずで、その名残が氣多神社にある。

メインである本殿を取り囲むような分社というか、周りにはべる神々がある。主神と取り巻く神々とは、その地域の政治勢力の盛衰に関わりがある。勝ち組が封じる神様が、主神となる。この複数神の関係性は、大和朝廷の日本海統治と繋がりがあるのは間違いないのだが、それを調べようとするとなかなかの力技というか、我が手に余るというところもある。
明治期に起きた国家神道のため、そしてその前の神仏習合時期を含め、どうにも古代の神社のあれこれを探るのは難しいようだ。古事記伝を元に古事記を読み解くという手もあるのだろうが、歴史好きの素人程度では手におえない。

神社には秋の日差しが似合うと思う。夏の強い日差しと蝉の声は、神社には似合わない気がする。だが、お寺の境内であれば良さげな気がする。この神社と寺の感じ方、というか捉え方の違いは自分でもよくわからない。
信心深いわけでもないので、深く考えることもなかったが、宗教とか信心とかとは離れて、日本人の源流的文化を考察をしてみても良さそうだ。それにふさわしい歳になった気がする。なぜ日本人は神社の静けさが好きなのか。なぜ、日本人は神社に初詣に行き、葬式は寺でやることが多いのか。その類の、何気ない日常行動の中にある、誰も気にしていない「古代から続くこの島国で暮らすものの精神」みたいなことだ。

そんなことを神社の境内であれこれ考えていると、昔読んだ司馬遼太郎のエッセイ的な論考を思い出した。小説を書くより、論文的なものを書くようになってから、司馬遼太郎の思考は変わっていったと思うのだが、五木寛之も同じ道を歩んだ。おそらくそれが歳をとるということなのだろう。
自分も同じようなジジイになってきたので、もう一度、司馬遼太郎論文を読み返してみようか。もしかしたら、昔と違い司馬思想に同意できるかもしれない。
静かな境内で思ったことだ。

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パンとマラソン

ちょうど金沢マラソンが開催される時に、金沢にいた。駅前を含め大混雑というか、マラソン走者とその関係者、そしておそらくそれに便乗して金沢観光に来た応援者がごった返していた。その駅中にある、某コンビニエンスチェーン店で、どう見てもその店限定のPOPは貼られていた。これがなかなかユニークで………
POPを見てパンコーナー担当者に会いたくなった。小学校の頃はマラソン嫌いだったんだろうなあ。それでも、今はマラソンを応援するようになったのだから、人は成長するものだなあ、などとパン売り場の前で遠いところを見つめてしまった。うるうるするとはこのことだ。
ただ、その横のPOPにある黒船来航とは、一体何?と突っ込みたくなる。金沢人には理解できる歴史的逸話でもあるのか。面白いお店だなあ。

面白がって店の中を歩き回ってみた。マラソン関連商品だらけだった。走りながらなのか、休憩の時なのか、ともかく甘いものでエネルギー補給というのは理解できる。走る前にはバナナが良いという話も聞いたことがある。しかし、さすが和菓子の街、金沢だけあって、マラソン推しはどら焼きだった。どら焼きは口の中の水分を持っていく食べ物だと思うので、もぐもぐやると水分補給が必須だろうなあ。
走りながら左手にどら焼き、右手にスポーツドリンっ苦みたいな姿が思い浮かんできた。それも………ちょっと凄すぎるシュールな光景だ。隣に並んでいたらしいカステラは売り切れだったので、どら焼きよりカステラがランナー的にはエネルギー補給に向いているのだろうか。あれこれ考えさせられるし、人生の参考になる。個人的にはつぶあんのどら焼きが好みだが。

最高に素敵だと思ったPOPは、コンビニの横にある駅弁専門店だった。全力応援すると言っています。補給食取り揃えてますと書いてある。
日本のあちこちで、こんなふうに3年ぶりのイベントを楽しむようになったのだなと嬉しくなった。マラソンを終えて自分の街に帰る時、この店で駅弁を買って帰ると、幸せな気分になりそうだな。

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富山にあるもう一つの一宮

高岡と富山の関係は歴史的に見比べてお勉強しなければならないと思っているのだが、ついついサボってしまい、いまだによく理解できていない。越中国は、元は能登国の一部だったらしい。それがある時に分離独立して越中国になった。その時の中心地は高岡北部にあり、国分寺や役所が置かれていたようだ。
だから、高岡城が街の中心になったのは中世以降になる。では、越中国一ノ宮の一つである「射水神社」の位置付けはどういうものだったのかが気になる。そもそも越中国には、一ノ宮が4つあるのだから、そこには古代から中世にかけて、怪しい闘争があったと見るべきなのだが。
高岡城の跡が公園になっていて、そこに射水神社がある。高岡城は平地から少し高くなった小高い場所に建てられていて、深い堀で守られていたようだ。現在では博物館や市民会館(解体工事中)などが城址公園の中にある。訪ねた日には、広場で小学生が野外学習(多分、どんぐり拾い)をしていた。子供の声を久しぶりに聞いた気がする。そういう長閑な場所だった。

高岡の街中にあるので、当然お参りする人も多い。秋の時期には七五三のお祝いにやってくる人も多いだろう。城址になるので、実は参道が曲がりくねっていて直線にはなっていない。これは余程の高い山の上にある神社でなければ見られない珍しい構造だ。

神社らしい端正なお姿

端正な神社という感じがする。この日は朝早いこともあり人影はまばらだった。ゆっくりとお参りを済ませて境内を歩いていたら、二人ほど女性が撮影に来ていた。本格的に一眼レフを持ち込んでの撮影で、これは珍しい光景だ。一人は三脚も使っている。
神社で三脚撮影などするアマチュアカメラマンというのは、だいたいがジジイと決まっているのだが、最近は若い女性が撮影しているのをチラホラ見かける。お城巡りをしていても、女性が大型カメラで撮影しているのを見かけるようになった。スマホで自撮りをする女性はもはや観光地で当たり前の風景になっているが、一眼レフで(それもミラーレスの小型カメラではなく、重量級の大型上級機種で)撮影するのは珍しい姿だと思う。長い間、神社や城巡りをしているが、最近になるまで見かけたことがない。
おまけに被写体が神社だからなあ、などと自分のことは棚に上げて感心してしまった。確かに神社を撮影するには、光の加減を考えると秋から冬にかけての時期が良さそうだ。夏は、暑すぎることもあるが、湿気が多いせいか空の色が神社と合わない気がする。(個人的見解です)

新潟(越後)と富山(越中)の関係も含めて、もう少し歴史のお勉強をしなければ、なぜ富山に一ノ宮が4つもあるのかの謎は解けそうもない。おまけに、神社を撮影する女性カメラ愛好者が増えたわけはなんだろうか。二つ、宿題が残ってしまった。

余談として補足的にいうと、カメラマンという言い方は、ジェンダー問題とポリコレ的には危うい言い方で、メディアなどではもはや使われないのではないか。おそらくカメラー・パーソンというのが現代的には正しいようだ。歴史的に使われてきたカメラマンとの対比でカメラ・ウーマンと書いてみようと思ったが考え直した。
英語を含め西欧系言語には、マンが男性と人間という意味を持ち合わせているので、発生していいるジェンダー問題だと思う。マン・ウーマン問題は宗教的な側面もあるので、欧米では根が深い話題だろう。が、日本語では男性女性の差を含まない、いわば中性的な人間を表す単語があり、「撮影者」「職業撮影員」とでも書けば、男女の差はなくなる。「記者」や「筆者」などは「ライター」に対応する中性的な単語だろう。
ジェンダー問題を言葉の言い換えで済ませるのであれば、カタカナ外来語を捨てて、日本的漢字利用単語に変えていくというのも「あり」だと思うのだが。看護婦が看護師となったのは、意味ある変化だろうなあ、と思っております。ただ本当の問題はその先にあるのですけれどね。