小売外食業の理論

ワークマンとユニクロ SPAの考察 #3 ユニクロが産んだ後継者

失われた30年というのが平成日本の評価だが、その30年に日本はSPAという技術を磨き込み、世界ブランドが日本侵略を諦めるほどの「内的攻勢」をしていた、とも理解できる。
海外有力アパレルブランドが日本市場で苦戦した、あるいは撤退した大きな要因として、カジュアル衣料市場のでユニクロが果たした役割が大きい。グローバル企業が描いた基本戦略、つまり世界規模の調達力を使って価格メリットを出すというものが、ユニクロによって妨害されたというのが本筋かもしれない。
アウトドアメーカーの巨人たちが投入していた1着1万円のフリースジャケットを、1500円というとんでもない価格で粉砕したのがその最初だ。その後も、1着3万円はするはずのダウンジャケットを5000円程度で発売し、高級ダウンジャケットというマーケットを破壊し尽くした。

カジュアルなアウトドア、と言う目新しさだが、作業靴の進化系とも見做せる

ただ、そのユニクロも30年近くたち、価格戦闘力の低下は否めない。一度、ブランドとして力をつけると、そのブランドにより値上げが可能になる。本来、ユニクロは低価格高品質を求めることを習性として築き上げたブランドであったはずだ。それが苦しくなると値上げをするのが、第二の習性になれば、コアな客層から離反が始まる。
最近のユニクロってさ・・・とヘビーユーザーが言うようになる。第二創業期などと言われるブランドの成長痛が生まれる時期だ。
企業が成長に伴うブレを修正し、創業拡大時の理念に戻れば、強い老舗になる可能性はある。あるいは値上げを含め、より新しいブランドを作り上げれば、ブランド転換が成功する。しかし、大方の企業はその二方向とも正解に辿り着けない。
大方の終着点は「高くて低品質でコスパが悪い、昔のブランド」と言う評判だ。特にアパレルメーカーは、この手のブランドの低落、陳腐化の先例には困らない。流通業でも、退場していった大企業は、ほとんどこの「値上げの罠」に陥って倒産・破綻していった。おまけに一度落ちたブランドは、いろいろなファンドも含めた再建屋が乗り出しても再生できた例は少ない。

本格的な山歩きに使えるかは問題ではないだろう。ヘビーギアのタウンユースとして考えるべきだ。

ユニクロが一山当てたのは「フリース」で、その次の山は「ヒートテック」「エアリズム」というインナーの新素材による高機能化だった。その後は、ブランドに寄りかかったファッション化と値上げが基本戦略になる。画期的な新素材や新技術と言う「ヒット」は、一部の女性用アンダーウエアを除くと、ほぼ見当たらない。
すでに新素材のノウハウは流出しまくっている。低価格帯ブランドでは「しまむら」が、大手流通業ではイオン・IYが同様な手法でストアブランドを展開している。正しく言えば流通業界において、ファッション衣料全般がユニクロのデッドコピー化したと見るべきだろう。
それに対するユニクロの反攻はといえば、有名タレントを使ったCMの増量くらいだろうか。そして成長の基盤を海外展開の求めた。ただし、これはすでに没落したアメリカアパレルブランドが行った戦略とほぼ似通ったもので(完全コピーというべきか)、その成功モデルは少ない。というより、アメリカの先例に学ぶと必ず失敗する戦略、と言うことがわかっている。ユニクロは反面教師に学ぶことができるかどうかなのだが・・・。

ソール(底面)の厚さは、重要な技術だろう。厚くて(クッション性が強くて)歩きやすいかどうかがポイントになる

その隙間をついたかのように、ワークマン製のアウトドア衣料、アウトドアグッズが連続でヒットしている。コロナ化でのキャンプ・アウトドアブームという追い風はある。ただし、ヒットの基本はそこではない。
ワークマンは作業服という実用性一点張りだった商品群にファッション的な要素を持ち込んだことで、「プロ」ユースの差別化を図ってきた。かといって、デザインだけで売っているわけではない。あくまで機能重視で、作業着という専門性の高い製品群の差別化要因が付け加えたファッション性だった。また、大量生産を軸に低価格化を推し進めてきたブランドでもある。
その「高機能」「低価格」なプロ仕様製品を、対象顧客の方向を変えたのがアウトドア商品群だと言えるだろう。アウトドア市場は、極めて限定された「プロ仕様」が牽引している。つまり危険な高山登山用品であるとか、ジャングルでの生存製を高めるサバイバルグッズのような狭いマーケットだ。
お気楽な野外遊びのためには、そこまでの生存性は求められていない。所詮、1泊2日程度の平地での遊び道具だ。そこにプロ仕様で高額の製品を購入しなければならないとすると、顧客基盤の拡大には不向きだろう。
逆に、そこまで高機能ではない「中機能」「低価格」製品を準プロ仕様で開発し、市場投入することで差別化することができる。その時の準プロ仕様が、ガテン系作業服の延長にあったということだろう。ファッション化を目指したユニクロには到達できない世界だった。
そして、この世界(アウトドア製品)は、機能性の改善、新素材の投入で爆発的な成長を達成することができる。例えば、防水靴(長靴)の延長でマリンシューズが生まれたり、その進化改変として川遊び用の靴が生まれる。
LLビーンのヒット作、ハンティング用防水靴は画期的なアウトドア製品だったが(今でも人気はある)、素材としてのゴムが進化すると革+ゴムではなく、オールゴムの靴が出来上がる。ワークマンのサファリシューズ(もどき)は、オールゴム製品として進化した典型だろう。
最近では、虫が寄って来なくなる(忌避性素材を使った)Tシャツや、焚き火で飛んでくる火の粉に強い(対燃性)など、アウトドアでしか必要とならない機能での新製品が投入されている。この手の製品については、素材の改良で毎年新製品を投入できる。市場が拡大することで量産効果を発揮し、価格の定着ができれば、ヘビーユーザーが毎年のように買い換えるドル箱商品になる。
この手法はまさしくユニクロの成長戦略だったはずだ。それが、全く畑違いの(ファッションアパレルではないブランド)ワークマンに受け継がれ、より永続性の高い売り方に変化した。さらにワークマンは、「ワークマン・プラス」「ワークマン女子」などサブブランドによるブランド展開も上手にしている。まさに、サブブランド「G.U.」の拡大に苦労したユニクロに学んでいるかのようだ。ユニクロの後継者が産まれかかっているかのように見える。

ちなみに今後のワークマンの進化を予想するとこんな形になりそうだ。
作業着ブランド
→軽アウトドアグッズ・衣料拡大(現在)
→タウンユースアウトドアでファッション化開始
→アウトドア風ファッション(5年後)で、機能性・プロ仕様を薄めつつカジュアル・ファッションブランドに転生

その時には、ユニクロが諦めたロードサイド店舗を中心に店舗拡大ができるか。衰退した都市部を諦め、全国の地方都市郊外で生存可能な形態に進化できるか。そこがユニクロを超える境界線のような気がする。

小売外食業の理論

ワークマンとユニクロ SPAの考察#2 価格破壊と品質

SPAの特徴とは、製造・流通過程での中間マージンをけずった徹底的な価格破壊にある。そして、直接調達のメリットを活かした「高付加価値」がその推進力になる。機能は一流ブランドと変わらないが、価格が半額というのが典型的な販売戦略になる。
安かろう、悪かろうというディスカウント店の(悪しき)特徴とは異なる、訳合って安いが高品質という「驚きと納得」がブランド強化の基盤だ。
ユニクロが関東進出を図った初期の店が、たまたま隣町にあった。通行量の多い街道筋の路面店で、いわゆる倉庫型店舗だった。最近ではあまり見かけないユニクロ単独店で、建坪500坪という大店法規制が存在した頃の典型的なロードサイド立地店舗だった。
以下は余談になる。大店法は個人商店を守るという趣旨の法律だったはずだが、結果的にはチェーン店による郊外型店舗の加速を促し、街の中心部にある商店街の消滅を早めたという天下の悪法だった。
その後は法改正により規制が緩むと、郊外には中途半端な独立店が立ち並ぶ姿は消え、大型ショッピングモールができた。あるいは一つの敷地の中に複数店が出店する集合型ショッピングセンターが多発した。そのため商店街は街ごと消える事になる。昭和から平成にかけての悪政の見本だ。
アメリカで20年以上前に起きていたダウンタウンの崩壊を全く学ばない経産省官僚の失政だと今でも思っている。先行市場で起きている事態や課題を学ばない(学べないが正しいか)経産省の体質は、日本の中小企業を滅ぼす元凶の一つだろう。

安全靴から進化したカジュアルシューズは低価格

話を戻すと、SPAの「高機能」「低価格」は、宣伝広告や運営費用(人件費や家賃)の低減も必要だ。だから、家賃の高い場所に出店したり、宣伝広告費(テレビ広告など)を使い始めた時が、ブランド変質の転換点だと思って良い。
簡単にいうと、高い家賃を払うためにマージンを増やす。そのためには、宣伝広告で「ぼったくり価格」を成立させることが達成条件になる。ぼったくりと言っても、580円が650円になるとか、780円が980円になる程度の値上げなので、元々低価格だから100円あげるとマージンが2割近く上昇する。これが、SPAの値上げマジック効果になる。
しかし、この値上げマジックは悪魔的魅力があり、一度始めるとやめられない。ユニクロはこのマジックの罠にはまった後、延々と値上げを続けることになる。それも基幹商品であるフリースや機能性インナーでそれを始めてしまった(シェアが高く低価格商品の値上げほど悪魔的波及効果が大きい)ことで、ユニクロは次の段階に進まなければならなくなった。
ファッション性という機能とは別のソフト価値の領域に進まざるをえない。ソフトな価値こそ、いくらで値をつけるのも売り手の勝手という「典型的なアパレル産業」の特徴だからだ。
銀座に出店したあたりから、ユニクロの変質が始まった。それは、決して進化とは言えないブランドの変容というべきだろう。地方都市の衣料品店から始まったとしても「アパレル専業のDNA」から逃れられないということかもしれない。

軽くて、底が厚いのが技術の進歩のようだ

ただ、アパレルでユニクロの後継企業が生まれてこなかったのは明らかだ。ユニクロが行った素材開発から繊維メーカーと共同し、画期的な原料製造を自前で調達する。販売企業が製造の源流まで踏み込むという手法が、もうかると証明されてしまった。その一方、ユニクロ的手法では先行投資が膨大になることも明らかになった。
つまり、中小企業では手を出しにくいパワーゲームになり、その領域に手を出せるのは流通大手、つまりイオンやIYといった巨人企業だけになってしまった。
中小アパレル企業は従来型のデザインと既存素材の変化で、一部のファッション嗜好を捕まえるという伝統芸に縋るしかなかった。だから、マンションメーカーと呼ばれる零細企業からユニクロのようなジャイアントが生まれる確率は限りなくゼロだろう。当然ながら、ユニクロの後継者は違う世界から出現した。
SPAの手法を自前の商品に取り込むことで、一般アパレル市場を侵攻してやるという異業種参入だった。それがワークマンという企業だ。

見ただけではブランドもので5000円超の靴と見分けがつかない

ワークマンは北関東、群馬に本社を置くベイシア・グループの一員だが、本業はガテン系の作業着および安全靴、作業靴に特化した専門店だ。ただ、作業着にファッション性を取り入れた(色使いやデザイン差)サブ・ブランドを作り、ダサい作業着をカッコよく見せるという手法で出店を重ねてきた。
出店立地も街道筋の路面店ばかりで、それも町外れにある「わざわざいく場所」というか、畑の真ん中みたいなところばかりだ。現場に行く途中で立ち寄るにはちょうど良い、業界人には便利な立地を選んでいるようだ。その分、一般人には馴染みのない場所で、ふらっと立ち寄ることもない不思議な店だ。
だから、一部の業界人には有名な専門店という位置付けだったはずだ。ところが、作業着、作業靴という特殊性から、「軽い」「吸湿性」「乾燥性」「丈夫」などの通常衣料とは異なる機能性を追求し、それに特化した商品が出来上がっていた。
ファッションとは違う方向から「高機能」衣料品が出来上がり、ファッション性と無縁な分だけ低価格が実現されていた。それを最初に誰が発掘したのかは明らかではないが、ネット上で情報が急拡散し「ワークマンの〇〇はすごく高機能」という評判ができあがった。
靴の分野ではユニクロと同時期にチヨダやABCマートが製造販売一体型のビジネスモデルを組み上げブランドとして成立させていた。ただ、彼らもほぼほぼ靴専業だ。そこに作業着と作業靴の専門ブランド、ワークマンが機能性と低価格を武器に「衣料品」と「靴」を抱き合わせたブランドとして、一気に一般人向けに解放された。
口コミではなくネットでバズることで急速に広がったブランドとしては、ここ最近では最大の人気者になる。
店舗に一度行けばわかるが、すでに客層が変化している。あきらかにガテン系ではない高齢者カップルが、作業着ではない服を買いに来ている。ユニクロの初期爆発期に起きた客層の拡大と同じだ。若者向けの先端ファッションだったフリースジャケットが、ジジババの普段着、防寒着になった時期のことだ。ワークマンの作業用防寒着が、タウンユースになる。安いからジジババが飛びつく。市場規模が拡大し、新機能や高機能化が進む。業容拡大を促す正の螺旋が生まれていく。
ユニクロの後継者は直系のアパレル業界からではなく、傍系から生まれてきた。

小売外食業の理論

ワークマンとユニクロ SPAの考察 #1 臨界点

山口県の地方都市から出発した衣料品店のユニクロが、ある程度知名度を持ったあとも出店速度は地味なものだった。郊外に倉庫型の店舗を立てるというのは地方マーケットでの店舗展開としては、定石というか唯一の選択肢だっただろう。
しかし、首都圏のような人口密度の高く交通網が発達した場所では、ロードサイドの倉庫型店舗は当たり外れが大きすぎた。だから、今でも見た目ではっきりわかる元・ユニクロという店舗や建物があちこちにある。
ユニクロ閉店後の新・住人は、郊外展開で浸透力のあるチェーンが多い。元ユニクロの店舗というのはそれなりに大きな建物なので、後釜に入るには強い販売力が必要だ。が、元ユニクロ店舗の共通項目として駐車場と建坪のバランスが悪いことがある。だから外食には向いていない。後釜企業には中古衣料やリサイクル店など陳列スペースが必要な小売業が多いようだ。

高機能低価格路線のワークマンTシャツ

そのユニクロが爆発的な成長を開始したのには二つの起爆剤があった。一つ目は単品大量製造で培ったSPA ーspecialty store retailer of private label apparelーの基礎技術にある。衣料品をデザインだけではなく原材料の調達にまで手を広げて生まれた「高機能」かつ「低価格」なベーシック衣料がユニクロの強みだった。
契約製造工場も含め自社開発することで中間マージンと過大な廃棄ロスを避けるのがSPAの儲けの原理だが、それを実現し規模の経済に結び付けたのがユニクロだった。GMSで食料品より衣料品が儲かることを証明していたヨーカドーやダイエー、イオンといったグループも似たようなことをおこなっていたのだろうが、ユニクロの規模には遠く及ばない。
第二の拡大起爆剤は新規出店立地を郊外からターミナル駅の商業ビルに変更したことだ。そこそこに知名度が上がった以降は、家賃が高くても圧倒的集客力のある商業施設内の方が衣料品を売るには適していた。郊外型店舗の成功率の低さもあるが、山口の地方都市出身ではなかなか理解できなかった首都圏などの大都市商圏の威力、購買力を遅まきながら悟ったあたりから急速に全国に出店拡大して良いった。
それに伴い、デザインに重点を置いたファッション性の高い商品を開発したり、高機能繊維を使った機能性インナーなどの新カテゴリーも開発した。
ただ、やはりユニクロの戦闘力最大の特徴といえば、「誰も真似のできない高機能と低価格」の調和だった。当然中間マージンも少ないので、低価格でも粗利は大きい。1500円で売ったフリースの原価を聞いたら、腰が抜けそうになる程驚いた。ユニクロの利益率の高さに納得するしかない。
出店数がある規模になり(だいたい全国で300店程度か)、ブランド認知が定着したあたりで、おそらく生産規模も理想的な段階に辿り着く。一つ一つの工場が稼働率の限界に近づ気、輸送のロットも効率化される。成長爆発の臨界点が、原料、生産、輸送、販売拠点、消費者需要の順に達成されていった。
残る経営資源は「人」だけなのだが、ここはどうやら失敗したらしい。天才的なカリスマ経営者の下では、後継者が優秀な経営者であったとしても、二流扱い、ゴミ扱いされてしまうようだ。この辺りは、世界企業であるアップルやマイクロソフトの創業者とその後継のようなバトンタッチがうまく入っていない。それでも、日本を代表する高収益企業が続いていることに間違いはなく、まだ当面は高収益企業として成長を続けるだろう。
繰り返すが、ユニクロに代表されるSPAの特質とは「高機能」と「低価格」の実現にある。ところが、この高機能を維持するのが難しい。結局、ユニクロも高機能製品の開発が止まり、ブランドに寄りかかった値上げがほぼ唯一の成長戦略になってしまった。
その先は「国内市場飽和」を海外進出による再成長に求めるという、これはこれでグローバルな戦略を選ぶことになる。米国発SPAが通った道と同じだ。ただ、ユニクロのユニークさは「安さ」ではなく「原料繊維の優位性」を持っていたことで、これが米国SPAとの差別化要因となるはずだった。アベノミクスの円安基調も海外展開には優位だったはずだ。
しかし、その間に「第二のユニクロ」が国内マーケットでじわりと広がっていた。高機能だけど安いというユニクロに対して、安いけど高機能という微妙な変化をしたアプローチを取ったのがワークマン、作業服の専門店だった。

色違いもあるが、色使いについてはもう少しお勉強が必要らしい

ワークマンの出身は北関東、群馬になる。首都圏に近接しながら、限りなく地方都市の集合体である北関東車社会の覇者、ベイシアグループのメンバー企業だ。山口と群馬の距離の差、衣料品専門店と低価格志向流通業というルーツの差、などユニクロとワークマンのビジネスを同列に見るのは難しいかもしれない。しかし、SPAという勝ち組のルールを、どちらの企業も理解しているだけに、後発のワークマンがカジュアル衣料でユニクロを凌駕する可能性があるのではと思うのだ。
少なくともイオンやIYといった同系統の流通業グループでは、ベイシア・ワークマンには敵わないというか対抗できないと認識している。
イオン・IYの問題点については別の機会に論じるが、簡単にいうとイオンはユニクロの低価格コピーでしかなくユニクロの後を追い続けるしかない。IYは絶対性能差がないにも関わらず何故か高価格に振りたがるという特異な企業DNAが抜けないからだ。どちらもベイシア・ワークマングループをマネする「力量」や「知的資産」が足りないと判断している。

食べ物レポート, 小売外食業の理論

外食DX考察 サイゼリヤ

サルシッチャを食べようとすると、どこに行けばいい?
高級イタリアンレストランに行っても、所詮イタリアからの冷凍輸入品で保管状態もあやしい

どうやらtwitterで、「サイゼリヤ貧乏人食べ物」説を唱えたおバカさんがいて炎上しているらしい。このサイゼリヤ批判は、なぜか定期的に起こるが、その度にサイゼリヤ弁護人が大量出現して、勘違いしているおバカさん(炎上元)を一気に葬り去るというのがネットの「お約束的」な活動になっているようだ。
サイゼリヤをバカにする思考は、吉野家、マクドナルド、ガストなどの低価格チェーンも同列に批判のまとにする。俺はそんな安物を食べたりしないし、安物には満足していないぞ、エヘンエヘンという、上からマウント的な発言が批判の元なのだが。どうにもやりきれないのは、「俺はお前たちと違う」という見下し思想をネットで公開する浅はかさなのだ。見下したければ勝手にすれば良いのだが、それをわざわざネットで広げる必要もないだろうに。問題になっているのは見下し思想よりも、それを公開する頭の悪い行為なのだと思う。
個人的には、本当に日常的に高いものを食べている「リアル」な人種は、わざわざ低価格品を見下したりしないだろう。そもそも「安い食べ物」を実食していないはずだ。だから、炎上元の大部分は「実際にはそこそこサイゼリヤでも食べているが、それは認めたくないものだ」的な自称アッパー・グループの貧困層なのだろうななどと想像している。
ちなみに、外食産業従事者として言えば、サイゼリヤと同品質のものを提供するためには、販売価格を倍にしなければ利益を出せない企業がほとんどだろう。原材料購入、セントラルキッチン、店内厨房、商品提供用動線、店舗立地など様々な収益構造を支える要素をクリアしなければ、あの値段で利益を出せない。それ位以上に、ダメな店であれば1000軒も出せない。おまけに全国展開するのだから、地方の味の好み、ばらつきなどを超越しなければならない。ローカルチェーンが全国チェーンになれないのは、その地方差を抜き出ることができないせいだ。全国チェーンの作るのは誰でもできる「仕事」ではない。資本力があるからできるという業種でもない。
そもそも、炎上元になっている人たちはサイゼリヤの料理のどこを具体的に難癖をつけているのかと思うのだ。
非常に簡単なことだが、同じ料理をそのままお高い食器に盛り付けされてテーブルに出されたら、一皿2000円でも払ってしまうだろうと思う。サイゼリヤの料理はその程度に完成度は高い。
手作りが料理うまいというのは、プロでなければいつも同じレベルに料理を仕上げるのが難しいという意味だろう。同じ料理を同じように作ることは、技術のない素人には真似できないということだ。
また、家庭料理ではなかなか用意しにくい、ちょっとだけ使う調味料が味の決め手になっている「プロ仕様の味付け、食材調達」もプロとアマチュアの差になる。だから、プロの仕事が大量生産できないかと言われれば「出来る」。手作り=プロの仕事ではない。
それを突破するのがセントラルキッチンという現代技術だし、大量購買による原材料の規格厳守、専用調理機器の使用と長期保管の技術などで、商品のばらつきを防ぐというビジネスモデルが必要だ。
外食業界に置いて、おなじ経営・運営要素を使いながら、倍の値段をとるファミレスの方が多いだけだ。高いもの=うまいものという方程式は無条件に成り立つものではない。
と、プロの目から見て問題指摘を(僭越ながら)させてもらった。まあ、平たく言えば、「プロの食い物屋、なめんなよ」なのだ。

そんなこんなでいささか腹を立てながらサイゼリヤに行ってきた。お目当てはこれまで見逃していた温アスパラのサラダだ。これもお値段300円だが、出てくるものは繁華街の高級レストランであれば、軽く1000円超えする品位だった。(サイゼリヤは単純に食器でずいぶん損をしている気がする)
温めたアスパラの上に、温玉とチーズが乗っている。いわゆる臭みの強いチーズなので、卵と和えると濃厚ソースに変身する。ここがサイゼリヤ的上手さなのだが、味に関して決定的なのは直輸入しているチーズだろう。
スーパーで売っているチーズで真似をしようとしても、それほど簡単にはいかない。とりあえず手近でも手に入るゴルゴンゾーラのような匂いの強いチーズで置き換えることは可能だ。しかし、それを300円で売って儲かるメニューに仕上げろと言われたら、イタリアンの名シェフであっても困惑するはずだ。大きな皿の上にアスパラを2−3本を並べて、その上に申し訳程度のソースがかかったものになるだろう。大量購買なしに美味いものを安く提供することは、基本的にできない。

目玉焼きは乗っていなくても良いのだけれど、やはりルックス重視なのか

あれこれブツブツ考えながら、追加でハンバーグを頼んでみた。これまで知らなかったのだが、ランチセットのハンバーグは合い挽き、単品メニューのハンバーグは牛肉100%なのだという。恥ずかしながら、違いをよくわかっていなかった。
言われてみればランチセットのハンバーグはふわふわ系だったかなあと思うが、かかっているソースがランチ専用の濃い味だったせいか、肉の味までは気が付かなかった。(いつもの通り、普通にうまいと満足していた)
なので、あえてランチセットではなく、単品ハンバーグ、一番何も追加になっていない目玉焼きハンバーグを頼んだ。
頭が理解しているせいもあり、肉質の違い(歯応えがある)はわかった……ような気がする。最初は肉だけで食べたので、肉と油の味も記憶することができた。
個人的にはびっくりドンキーの合い挽きハンバーグが好みだが、サイゼリヤの牛肉100%もうましだった。これも他のステーキレストランで目の前の鉄板で焼かれたりすると、一食2000円取られても満足しそうな気がする。

そんなわけで、いつ行っても大体満足できるコスパレベルの高いサイゼリヤだが、ことDXに関してはお勉強するところがほぼない。コロナの中、注文は口頭ではなく、注文票にメニュー番号を書いて渡すような仕掛けに変わった。直接接触を減らすということだが、ゼロになるわけではない。それよりもすごいと思ったのが、従業員のほとんどが、すでにメニュー番号を記憶していて、番号でメニュー名の復唱をすることだ。人の学習能力の高さを思い知らされた。これだと、タブレット導入を嫌がる経営者の気持ちがわかる。
サイゼリヤはランチ以外時間帯によるメニュー変更がないという運営方針もタブレットが導入されていない要因かもしれない。
会計はクレジットカード・電子マネーが使えるようになったが、マクドナルドのように「なんでもあり」にはなっていない。無人レジも今の所は導入されていないようだ。Wi-Fi導入、電源コンセント設置などの長居対応も見当たらない。いわゆる接客正面部分では、コロナ前と運営方法に大きな違いはない。
ただ、客の方がそれで良いと思っているとしたらどうだろうか。安全安心も含め、運営方法を大きく変更しなくても、顧客満足度が高いとすれば、つまり客離れが起きないとすれば、DXの意味合いが変わる。
元々、サイゼリヤは店内店外の運営方法、経営技術をギリギリまで磨き上げて低価格を実現している稀有な業態だ。そもそもDXなどと騒がれる前から、運営技術は人の手をできるだけかけない方向に進化していた。
サイゼリヤという革新業態には、いまさらDXなど不要だということなのかもしれない。ただ、真似をできる企業は少ないだろうなあ。

街を歩く, 小売外食業の理論

マクドナルドの時間

地元の駅前にひっそりと佇む感がたっぷりもマクドナルドがある。赤と黄色の看板がドカンとあげられている、ここが街の正面だよという風格たっぷりのマクドナルドの店とは違う。まあ、一応マクドナルドなんですけど、よろしければどうぞという控えめな感じだろうか。
景観条例が厳しい古都や旧城下町などでは、こういう渋めの外観に強制されているが、地元の街は西武グループが支配する人工繁華街なので、赤、黄、緑など原色の看板で溢れかえっている。そこに観光都市のような「ハイソ」なルックスのマクドナルドがある。違和感しかないのだが………
そして店内を覗き込むと、もう一つの違和感がより強く感じられる。店内は最新式のレイアウト、注文カウンターがあり、コロナ対策のガードボードもそれなりの高さのものが設置されている。法的基準をはるかに上回る、マクドナルド対応というべき「完璧さ」だ。
違和感の原因は、その最新鋭対応客席にいる客の、半数以上が高齢者だということ。それも大部分が後期高齢者っぽく見える。マクドナルドといえば、高校生大学生がたむろして、ドリンクとポテトを前に喋りまくっていたり、教科書を広げて試験勉強していたりする都市型コミュニティースペースみたいな感覚があった。特に、平日の午後は若者集団に占拠されているものという思い込みがあった。
ところが、なぜか自分よりも年齢が上としか見えない高齢者の集団があふれている。それもほとんどが一人で、ジジ・ババのおしゃべりグループは見当たらない。マクドナルドが日本に一号店を開けてから50年近くが経つ。当時は流行の最先端を追いかけていた二十歳の青年が今では70歳を超えるのだから、マクドナルド一筋50年というツワモノ高齢者がいても不思議ではない。が、そのツワモノがなぜか大量発生している不思議空間だった。スズメ百まで踊りを………ではないだろうが、二十歳で覚えたマクドナルドが忘れられないか?

全国のマクドナルドが高齢者愛好店になっているのかもしれないと思うと背筋がゾクゾクする。確かに、その兆候はあった。郊外型の小型店舗に行くと平日午後なのに駐車場は満車、客席は空席待ちになっていて、店内はジジババが目立っていた。コロナ前のことだった。
近場の大型郊外店でも二階席は半分ほど子供専用に仕切られていて、ファミリー優先だったが、残りの半分のテーブル席が新聞を読むジイさんで占拠されていた。確かに、マクドナルドは朝早くから空いている。昼のピークを除けば、客席には比較的余裕がある。コーヒーを頼めば、セルフ式の喫茶店やカフェなどよりはるかに安い。
おまけに、コロナ拡大の後遺症というべきか、いわゆるキャッシュレス対応を筆頭に、完全禁煙、Wi-Fi設置など店内に長居しやすい環境整備が進んでいる。これは学生やサラリーマンなど、いわゆる現役世代対応だったはずだ。
それにもかかわらず高齢者の愛好場所になったのはなぜだろう。おそらく高齢者天国だった図書館が長時間滞在をさせないようになっていることも原因の一つだろう。昼カラのような高齢者愛好施設が、コロナで使いにくくなったことなどもありそうだ。何より家にこもっていた高齢者が、大量に外にで始めたせいで、その姿が目立つようになった。色々な要因が複合して、マクドナルドの溜まり場化を推し進めているような気がする。
1990年代、アメリカ中西部の都市郊外でマクドナルドに行った時に、似たような光景を見かけたことがある。地元の人間が、マクドナルドは高齢者が飯を食べにくる場所だよと言うのを聞いてショックを受けた。まさに、それが令和の日本で出現している。
マクドナルドを若者に返せなどと言うつもりは全くない。ただ、日本の人口の1/3を占める高齢者が、自然発生的に集まる場所がマクドナルドになるとは、誰も予想していなかっただろう。
行政がこれに気が付けば、社会福祉政策も変わるかもしれないが、おそらくそれに気がつくころには既に高齢者の大量消滅期に入っている気もする。行政より先に、マクドナルドが「そこ」に気がつき、対応を始める方が早いだろう。高齢者向け専用バーガーが出現する日も近いのか。テーマは、歯に負担をかけないとか、喉に詰まりにくいとか、高齢者特有のニーズに対応する頃になるのだろうな。
マクドナルド=デイケア施設と言うのは、ちょっとしたブラックジョークだ。それでも、マクドナルドの看板に「マクドナルド・プラス」とか「マクドナルド・プレミアム」とか、「マクドナルド・シニア」とかいう高齢者専用マークがつくのは、そう遠い未来のことではない……………気がする。

食べ物レポート, 小売外食業の理論

いつものラーメンのルックス

幸楽苑のラーメンは、もう20年以上も愛用している。長年変わらぬ味だから、という老舗ラーメン屋的な理由ではない。逆にチェーン店でありながら、これほど頻繁に味やメニューを変えるところは他にないだろうと確信している。色々な理由をつけて味や値段が頻繁に変わる。そして、その変更が長続きしない。不思議といえば不思議なチェーン理論無視の飲食ブランドだと思うが、それでも愛想もつかさず長い付き合いをしている。
その味変更が大好きチェーンの幸楽苑だが、困ったことがあると復活させるメニューが、この「㐂伝」ラーメンだ。一時期は、別ブランドとして専門店展開も行われていたが、いつの間にか幸楽苑ブランドに一本化されて、しまいにメニューから消されたという曰く付きのものだ。
業績悪化やメニュー全面改定の時に、よく季節限定で登場し、季節を超えて延長されることもあるが、いつの間にかまたいなくなっていることも多い。おそらく社内的に味の点で賛成派と反対派が戦っているのだろうなとか、原価率が他より高いのでコストカット派が強くなると削除されているのだろうなとか、人の会社の中をあれこれ想像して楽しんでいる。
それでも自分の一番好みメニューだ。だから、サイトで「あの伝説のラーメンが復活」と告知されれば、いそいそと食べに行く。
しかし、復活と言いながら味はその度に変わっているのも間違いなさそうだ。その大好物な限定メニューが今回はずいぶんロングラン営業をしていて、そろそろ限定期間が一年近いのではないかと思う。経験的にはそろそろ終売しそうだから、なくなる前に食べ納めしようと出かけてしまった。

ただ、このラーメンは決定的な問題として、ルックスが悪い。味は好きなのだが、見た目が貧相すぎる。上の写真で見て分かる通り、チャーシュー二枚となるとが乗っているが、これはたまたま提供時の状態が良好な例外的な見栄えで、過去の経験値で言うと、2回に1回はチャーシューとなるとがスープの中に埋没している。いわゆる「素ラーメン」状態に見えてしまう。
典型的な『映え』のしない食べ物になっている。茶色一色で色気がない。立体感がない。インスタにアップしたくなるような見栄えではない。(個人的な意見です)
そこで、自分の好物のメンマを追加トッピングで注文した。なかなかの量のメンマが小皿で出てくる。それを惜しげもなく(笑)麺の上に投入すると、アーラ大変身。一気に麺の上の立体感が増して、うまそうに見える。ただ、まだ茶色一色だが。
できれば、これに横浜家系ラーメンで使われる大判海苔を2−3枚乗せられればなと思う。だが、残念ながらこの店には「追加海苔」トッピングがない。海苔は、ペラペラとした薄さの食べ物だが、トッピングとしては色の強烈さと立体感矯正にはとても役だつ。ラーメン屋では必須のトッピングのはずだが、なぜかこの店は頑なに海苔を提供しない。うーん、なんとかならないかなあ、と言うのが長年の要望なのだ。

たかがラーメン、されどラーメン。味も大事だが見た目もね……と言いたい。

小売外食業の理論

外食DX考察 ガスト その3

電源とWi-Fi完備の環境

ファミリーレストラン業界の新標準になるかもしれない客席の電源設置と自由使用だが、実はこれを先行していたのはマクドナルドで、ファストフード業界の方がアイドルタイム(暇な時間)のイートイン席の活用に積極的だった。
スタバなどの喫茶、カフェも同様で、店内で作業をする=長居をされることを嫌がらない体質なのだと理解していた。だから、ガストが先導している「店内テレワークスペース」運動も、ファミレス業界が最終ランナー的な遅さがある。
おそらくチェーン展開する業態で、この長居対応に追随しないのは居酒屋くらいだろう。
それくらい、アフターコロナでは「家の外」の空間の使い方が変わっている。潜在化していたニーズを顕在化させて店舗利用の動機にする試みは、まだまだ進化の途中だ。あれっと思うような自店舗の使い方を試行錯誤する時代になったといえる。

また、アフターコロナ社会で再度発生している人手不足と、客への非接触対応というニーズが配膳ロボの導入を推し進めている。ただ、これは設備投資がかかることと、店内のロボット移動スペースの確保などいくつか導入課題があるから、現時点で対応できるのは大手ファミレスくらいしかない。基本的にカウンターで注文して自分で商品を受け取る仕組みのファストフードなどでは導入されそうにないので、外食業界全体に広がる気配はない。
ただし、この先に二足歩行型配膳ロボが開発されれば、つまり人が歩けるところであれば狭くても、段差があってもロボット配膳が対応可能になれば、小規模店舗であれ導入される可能性は高い。少子高齢化で確実に働く人は減るのだから、非接触対応よりも人手不足が強い導入圧力になる。もっとも、同時に客も減るという議論は少子高齢化の別の課題として考えるべきだ。
ただ、配膳ロボ導入拡大機には依然としてロボットシステム、つまり店内の卓番指定設定とか、注文したメニューと配膳完了したメニューの突き合わせであるとか、さまざまな課題を管理するシステムが必要になる。
おそらく、ロボ導入には具体的、物理的なロボット本体よりも、それを支えるシステムの導入が肝になるはずだ。メニュー注文のシステム(オーダーエントリー)との連携も必須で、トータル・レストラン・オペレーション・コントロール的なものになる。
もちろん、有人作業との連携も必要だ。30年ほど前から一般的になった店内無線によるオーダーエントリーシステムも、当初はそのコストの高さから否定的な意見が大半だった。しかし、いまでは客席が30席程度の小規模店舗でも導入が当たり前になっている。
アフターコロナのDXで最大の目玉商品は、このロボ配膳を前提としたレストラン統合システムだろう。その点で、全店導入を決めたスカイラークグループの進度が業界で一番早い。当然、学ぶこと、知見の広がりもこのグループが独占することになるはずだ。後追いでは学べないことも多いし、先行グループの進歩に対し、周回遅れになる可能性も十分ある。

帰ってゆくロボだが、色々と音がするので賑やか

現状では配膳ロボの移動速度や、形状などあれこれ進化の余地が残っているのは確かだが、まず導入実験から全店導入による課題の洗い出しに進む必要がある。特に、この手の進化が早そうな仕組み、機械に関しては、完熟まで待っていようとすると間違いなく出遅れる。
同じような出遅れ問題はネット環境、自社アプリの整備など外食企業各社で頻出している課題だ。ただ、経営者の覚悟が必要というというほどの大問題ではない。最大の課題は経営者の知見のなさにあり、目の前にある問題を把握できるか、解決策を見さだめる目があるかの踏み石でしかないだろう。

配膳ロボが実際に移動しているのをみたのは、これで2度目だった。正直な感想だがこのロボットが移動する時はなかなかうるさい。移動中に客との衝突(妨害?)を避けるためなのだと思うが、あれこれ喋りながら移動する。そして、その音(声)がアニメ声というか、甲高い音声なので明らかにうるさい。この辺りも将来的には修正されていく課題だろう。(機械と人のコミュニケーションという新しい問題になる)
また、自分の注文したものを取りだすと、いきなり帰り始める。おそらく商品を載せている配膳台にセンサー(重量あるいは視覚)がついているのだと推測できるが、帰るのが早すぎるだろう、と思わず突っ込みたくなる。

もう一点気になったのが卓上POPスタンドで、これはWi-Fiの接続法とか自社SNSのアカウント誘導などの販売促進機能がある。サイドメニュー追加促進の面もある。ただ、意図的なのだろうが、最後の一面が「純然たる他社広告」だった。
店内備品を広告媒体にするというのは、なんだか微妙な雰囲気がある。ただ、これもコロナ前からやっていたような気もするので、アフターコロナとは別の視点で見るべきだろう。そもそも4面あるスタンドの内容を全部確かめるなどという「変な客」は、自分以外にそうそういるとも思えない。
アフターコロナ世界では、いろいろな意味で、これまでなんとなくやっていなかったこと、不文律として制限されていたことが、DXの名を借りて、あるいはアフターコロナ対策として行われるのだという予感はする。
生き残りの条件は、とりあえず試してみようかという自由な発想にあるのかもしれない。そういう意味でスカイラークグループはすごいのかもと思い直してしまった。

街を歩く, 小売外食業の理論

外食DX考察 居酒屋で考えたこと

自宅近くにあるチェーン居酒屋といえば、この店一択になる。すでに20年以上営業しているが、平成の居酒屋立地大移動時代の生き残り例だ。居酒屋各社が都心部、繁華街での出店が過当競争になり住宅立地に出店して、居酒屋ではなくファミレス化して三世代ファミリーを狙った時期があった。居酒屋各社の挑戦は大部分が失敗という結果だったが、それでも地域密着型として生き残った店もある。この店は、その稀有な生き残り事例になる。個人的には愛用させていただいている、ありがたいお店だ。
さて、三世代ファミリーとは祖父母、両親、孫を意味する。スポンサーは祖父母達で、メリットは孫と食事ができる。両親達は、無料で親孝行な食事ができる。孫達は、自分の好きなものを居酒屋特有の小ポーションで適当に頼めるのがメリット。参加する誰もがハッピーになるファミリーイベントだ。
特に、メンバーの誰もが自分の好きなものを注文できるスタイルが重要だった。たとえば全員で幕の内弁当を頼むと、中には一つや二つ嫌いなものが入っている。お子様ランチを頼むと、子供が嫌がるなど、メニューに伴うトラブルは多い。多人数飲食、それもファミリーだからおこる忖度なしのぶつかり合いだ。
それを解決してくれたのが、平成の居酒屋であり、回転寿司だった。和洋中がなんでもありのメニューで、それもシェアが必要ない個人向けポーション(盛りつけ量)というのが要点だった。
その三世代利用が広がるとともに、子供同伴でありながら居酒屋で酒を飲むことを忌避する雰囲気もなくなった。子供が酒席に参加することへの違和感・抵抗感が消えたのは、戦後文化史的には画期的なことであるような気がする。
自分も、その例に漏れず三世代飲食を楽しんだ。三世代飲食が普及していくとともに居酒屋メニューも進化を続け、メニューから骨のある魚料理が減少し、一口サイズの肉料理が増えた。デザート群も拡充していった。揚げ物とチーズ料理が増えた。それでも、その進化は夜需要が中心で、ランチに関しては比較的保守的だったはずだ。

ところが、アフターコロナでは居酒屋でもランチが主要業態になりつつあるらしい。ランチセットA/B/C +日替わり限定などという牧歌的時代はとうの昔た。今ではファミレスを遥かに超える和食系定食屋としてフルラインアップしている。
感覚的にはファミレスの500円日替わりランチよりお高い価格帯なのだが、定食屋の雄「大戸屋」よりは安めの設定だ。ご飯に味噌汁とおかずという定番ランチ3点セットみたいなもので考えると、これはなかなか魅力的な構成だろう。
ランチの時間帯に行くと、ほぼ満席で待ち時間ができるほどの混雑ぶりだった。コロナの最中とは全く状況が異なっているようだ。(自粛期間はランチなのに自分一人で客席独占みたいな時もあった)
客の大半は高齢者カップル(多分夫婦なのだろう)と女性グループで、男性ひとり客はほとんどいない。駐車場が必要ない立地なので、大多数の客が徒歩来店というのも特徴だった。

生姜焼きと唐揚げの日替わり定食

定食だから飯の量は多めだし、日替わりメニューはだいたいが高カロリー系なので、完食できるか微妙だなと思っていた。周りを見ていると日替わりを注文する客がいない。メニューの作り込みは本社だろうから、主力である都心部立地の店舗に合わせて作られているはずだ。それであれば男性サラリーマンを主客にしてのガツン系も不思議ではない。ただ、周りの注文で多かったのは小鉢御膳だった。

DXという視点で居酒屋業態を眺めてみれば、いろいろファミリーレストランと違うことが見えるのかなと思っていたが、この店ではコロナ前のオペレーションがそのままだった。
タブレット注文などの変化もなし。会計方法についてもキャッシュレスはクレジットカードまで。平成どころか昭和の時期と変わらないなあ、というのが正直な感想だった。大判の紙製メニューブックは確かに見やすい。商品の一覧性も高い。ただ、これで良いのか?という出遅れ感を感じてしまう。

すでにガストでは撤去が始まっているアクリル仕切り板だが、これもほぼ型式認定と言いたいくらいの小ぶりなものだった。そもそも空気感染(エアロゾル感染)に関しては全く効果がない仕切り版を押し付けたのは行政の過誤だから、型式認定にならざるを得ないだろう。仕切り板無し営業は許さないが、置いてあれば大きさは問わない的な行政対応をとやかく言っても仕方がない。
ほぼ満席の繁盛しているランチタイムを見て、昔に戻った、良かったねというのは容易い。ただ、この繁盛ぶりがどこから来ているのかは、もう少し見続ける必要がありそうだ。
ただ、この居酒屋も新宿にある店ではタブレット化されていたから、何もしていないということではない。たまたま住宅立地の店では、高齢者客が多いので、客の使い勝手や不平不満を考えタブレット化を遅らせているという解釈もできる。
明らかにタブレット注文の許容度は世代格差が出るので、紙のメニューで選び口頭で注文するという従来型スタイルが既存客離れを防ぐ効果はある。この点も全体対個店という視点を考慮しなければならないリアルだ。DX、デジタル対応の遅れは今後の主客層である若い世代の離反につながる。ただ、アフターコロナで高齢者に偏った客層を切り捨てることもできない。どちらかを選べないと、全てを失うことになるはずなのだが。何も変えずに化石化するか、何も変えないから高齢者を中心に固定支持者を確保するか、経営戦略としては一番の課題だろう。
最後に残った唐揚げを食べながら思った、今後の居酒屋の難しさだった。

小売外食業の理論

外食DX考察 ガストその2

自宅近くのガストは典型的な郊外住宅立地型店舗で、ファミリーレストランのスタンダードみたいな場所にある。ただ、ガストは平成の後半に郊外から都心部への出店を強化した時期があり、都内にもビルの2階などにテナントとして出店している。同時期にサイゼリヤも都心部出店を強化したが、コロナの2年間で都心部繁華街は商売向けとは言えない場所になった。アフターコロナではどういう対応をしているのか見に行ってみた。

今風のファミレス三点セットといえば、この全席禁煙とWi-Fi、電源の自由使用ということになるのだろう。都心部、繁華街立地では客席の高速回転こそ売り上げ増強策であるはずだった。それが、テレワークにも対応する長居ができる場所に転換しているのだから、都心部ファミレスとしての基本フォーマットが変わってしまったと理解するべきだろう。
ランチの時間帯では流石にパソコンで作業する客もいないような気がしたので、少し遅めの朝食タイムに入ってみた。しかし、客はほぼゼロで、二人三人いた客もパソコンを広げている様子はない。ただ、スマホで動画でもみているのか、一人しかいない客席から大きな声が漏れてくるのは不気味だった。
ただ、動画をスマホで見る環境が整っているのも確かだ。お仕事をしなければいけないということでもないだろう、と一人で納得してしまった。朝のファミレスで一人Youtubeもアリと言われればアリなのだ。

turnover 両面焼きで注文した

遅めの朝食で定番卵とトーストを頼んだ。ファミレスの朝食ではこの組み合わせがド定番だが、あらためて確かめたいことがあったからだ。前回ガストで注文した時に確認するのを忘れていた卵の調理法だ。結論から言うよと、卵は目玉焼きか両面焼きが選択できた。あとはジャムの有無、野菜のドレッシング有無も選択だった。タブレット上で分岐条件をつけるわけでもないので、何かを選択できるようにするのは簡単だろう。
調理法の複雑化を嫌ったのだと思うが、もう少しあれこれ選択できるようにすると「それに釣られる客」も増えそうな気がする。最近のトレンドでいえば、無塩調理、使用する油の選択、無塩バターやハニーなども考えられる。
アメリカのコーヒーショップの朝食であれば、答えるのにうんざりするほど選択肢がある。あれもやりすぎのような気がするが、客の要求に応えると言う姿勢の表れとも考えられる。タブレットでの選択肢を設定するだけで済むの対応できる時代なので、米国流モーニングメニューに学ぶべき点は多い。

ちょっと面白いのが、ケチャップが最初からついてくることで、これは他のファミレスではなかった対応だ。逆に醤油は卓上にあるが、ソースはドリンクバーの調味料置き場にもない。
目玉焼きに対する調味料の考えは、ファミレスそれぞれというか、スタンダードがないようだ。調味料として塩、胡椒、醤油、ソース、ケチャップの5点セットは標準化してほしい。

前回の郊外型ガストでは朝食時だったためか、ランチメニュー(紙製)はテーブルに置いていなかった。今回の都心型の店では、グランドメニュー、ランチメニュー、キャンペーンメニュー、デザートメニューと紙製メニューが全部揃っていた。24時間、全メニュー対応ということではなく、単純に時間帯でのメニューブック差し替え・交換が面倒なのかなと推測した。ひょっとすると朝は暇なので全メニューを出しておき、夜になるとランチだけ下げるのかもしれないが………。
実際の注文はタブレットでするから、決められた通りの時間帯で提供制限が可能だろう。それだからこそ、意図的に行う緩んだオペレーションという気もする。現場で起きる融通無下であり、優柔不断であり、自由奔放なオペレーション、本社から見れば統制不可……。やたら四文字熟語が浮かんできた。
タブレット導入が引き起こす負のDX効果というか、統制と運用の問題みたいなものだろうな、とジャムトーストをかじりながら思っていた。

小売外食業の理論

外食DX考察 びっくりドンキー

以前も書いたような気がするが、びっくりドンキーは3号店から使い続けている。札幌の住宅地にあった店をよく使っていた。当時は、ちょっと気張って食事をするときに行っていたような記憶がある。合い挽き肉のハンバーグが好みだったので、牛肉100%の店は選ばなかったことも理由だ。今でも、ここのハンバーグを食べることに安心感がある。一種のソウルフード的なものだ。毎月とは言わないが、年に数回は無性に食べたくなる。
そのちょっと気張ったディナー用レストラン(自分の中では)が朝食を始めたと言うので、ノコノコ出かけたのが半年前くらいだった。当たり前だが、朝飯でハンバーグが出ると言うので感動したものだ。そして、今回は普通の朝食を試してみようと開店と同時にお店に飛び込んだ。朝8時からどんな客が来るのだろうと、入り口近くの席に座っていたのだが、予想以上に来店者が多い。それも、中年男性一人ばかりで、注文するのはほぼ全員がハンバーグだった。これはすごいことだなと感心してしまった。朝からハンバーグを頼める胃袋もすごいが、おそらく牛丼を食べるのと同じ感覚なのだろうと推測した。納豆卵焼き定食より、肉が食いたいと言うことだ。仕事がはじまる前であろう8時台にガツンと飯をかき込む客ということか。

朝食は全くの別メニューなので、いつもの「木の扉」のような大きなメニュー板は持ってこない。朝食のラインナップは大きく分けるとハンバーグ定食(笑)と、卵かけご飯と、トースト茹で卵セットになる。価格帯として他の総合ファミレスより低めで郊外型喫茶店のモーニングセットに近い。
別メニューだけのためにタブレット端末を導入することもないだろうから、「紙メニュー」を使っている。このブランドに関しては、「木の扉」メニューが看板(ブランドアイコン)みたいなものだから、余計にタブレット化が難しいことは予想できる。デジタル能力がないのではないことは、新宿にある新業態でタブレット導入をしているので理解している。
なぜか茹で卵がやたら熱いので、注文毎に茹でているのかもと思ったが、半熟ではなく完熟だった。茹でたままウォーマーで保管しているのかもしれない。まあ、普通においしい朝食で値段に見合った標準品だろう。サラダは100円で追加できるオプションだった。

他のファミレスとは違い、朝の仕事場にしている客はゼロだった。後から来た客もほぼ全員、秒速に近い速さで平らげてさっさと店を出て行った。これも牛丼朝食に近い行動だろう。やはり客層が違うのだなと改めて思った。
朝食後にパソコン仕事をしようとすると電源がある席を探さなければならない。無料wifiは設置されている。ただ、店内が暗めなので窓際の明るい席が望ましい。などなど多少制限事項もある。仕事の場所として考えるならガストやデニーズの方が良さそうだ。ただ、個別ブース式の席が多いので、密閉感というか分離感が重要であれば、この店を選ぶ者もいるだろう。

DXと共に考えられる、店内空間の切り売りというか使用用途の転換に関しては、まだ中途半端な段階のようだ。ひょっとすると本社が札幌にあるというハンディなのかもしれない。東京と地方の拠点都市(札幌や仙台や福岡などの大都市)では、明らかにテレワークの比率が違う。マネージメントの差もあるだろうが、人と人の距離の違いが大きい気がする。
単純に言えば通勤時の密着度が東京は異常であり、電車に乗るとコロナ感染の恐怖が実在するレベルだ。地方大都市では車通勤者の数も多い。それ以上に電車内での距離が明らかに東京とは違う。肌感覚の危機感、恐怖感の差が存在するだろう。
本社のある札幌でテレワーク普及が低調であれば、自社も含みファミレスのテレワーク利用者も少ないはずで、当たり前のように全国店舗への対応は遅くなる。そんな部分が現れているようだ。いろいろな意味でこのブランドの店内DXは進んでいないように見える。

コロナ対策で個別ブースの隙間をシートで塞いだ緊急対応は理解できる。ただ、もはや2年も経ったにもかかわらず、ガムテープ貼のままというのはあまりにも杜撰というかのんびりしてはいないか。
おそらく、コロナは半年程度で終わるから臨時対応で十分と思っていたのだろう。それが2年以上も続き、本格的な設備対応が必要になったのだが、それができていない。これは店舗の運営力問題ではなく、本社の管理能力不足、現場認識の低さと言われても仕方なさそうだ。
ただ、この中途半端な臨時対応というのは、このブランドだけではなく大多数の大手チェーンでも放置されたままのことが多い。傷跡が深いというべきか、外食企業のマネージメント能力が低すぎるというべきか。
どちらにしても見識と戦略のないチェーンは、アフターコロナで失速、退場していくことになる。ドンキーのハンバーグがなくならないことを心の底から願っている。