
近江八幡という街に来たのは初めてで、地理感覚も全くないまま、駅前に彷徨い出てみた。晩飯をどこで食べようかという、いつものお気楽な夜散歩だった。ホテルに行くまで近江八幡市郊外から中心地に向けて車で走ったので、やはり郊外型展開をしている小売、飲食店が多いのはわかっていた。
この街が典型的な車社会の地方都市だとすると、駅前はあまり期待できない。地方都市で駅前繁華街に次ぐ2番目の飲食店候補地は、市役所周辺と相場が決まっているが、市役所はホテルから見て駅の反対方向にあった。あきらかに、市役所も車社会対応立地にあるということだ。当然、市役所周辺に居酒屋、飲食店はありそうもない。
J近江八幡駅はJRと近江鉄道の駅が併設しているので、乗降客数は多いはずだ。小規模であるがターミナル駅であり、そして商都近江八幡なのだから、それなりの繁華街はあるのだろうと期待していた。
結果的に分かったことは、この街は南北に広がる琵琶湖東岸でベッドタウン化しているようだということだった。首都圏で言えば、都内ターミナル駅から私鉄で30分程度の町という感じだろうか。全国チェーンは大体揃っている程度の賑やかさがある。そんな駅前をうろうろして、結局は駅に一番近い店を選んだのは、単純に店名が気に入ったこと。そして、看板にある「肉炉端」の文字が気になったことだ。隣に焼き鳥屋があったら、そちらにしたかもしれない程度の軽い動機だった。

琵琶湖周辺で地のものと言ったら鮒寿司くらいしか思い出せないほど、馴染みのない土地だ。それでも日本酒は地場にある酒蔵のものを置いていた。すかさずそれを注文することにした。近江の酒を飲むのは初めてだった。

最近、飲むことが多くなった熱燗を注文してみた。やはりというか、またかというか、燗酒の温度が熱すぎる。おそらくレンジアップでお燗をするのだろう。それが悪いとは言わないが、銚子にいれる酒の量と温度はほぼほぼ一定なので、レンジアップの時間設定をもう少し考えてほしい。
この店だけに限らず、おおかたの居酒屋では熱燗が「超熱い」温度で出てくるので、辟易しているのだ。これは日本酒を熱燗で飲む人が減ってしまった弊害だなと思う。
ちなみに熱めのお茶は60度を超える。それはフーフーいって飲む熱さだ。ごくんと飲み込むのはしんどい。しかし、超熱燗はその熱々お茶に近い温度なのだ。日本酒をフーフーしながら飲むのは、あまりに情けない。(フグのヒレ酒は例外的に熱い酒だが)

食べ物のメニューを見てみたが、やはり「近江国名物」みたいなものは見つからない。まあ、駅前居酒屋に入って観光客が食べたいようなご当地名物を探す方がおかしいと言えばおかしい。北海道であれば、毎日イクラや蟹を食べているはずだという思い込みみたいなもので、実際にはそんな食生活を送る現地民はいない。観光客の誤解というか「あるある」
地元の客が普通に食べているものの中に、何か珍しいものがないかと探してみたが、やはり見つからない。普通の居酒屋メニューが並んでいた。それに文句をつけるのもおかしなものだ。
その中になぜか、名古屋名物だと思っていたどて焼きがあったので、それを注文した。味噌味が普通に美味い。食文化の東西分岐点みたいな言葉が頭の隅を掠めたが、それは無視することにした。

次に本日のおすすめと書いてあった、イカのお造りを頼んでみた。(ちなみに西ではお造り、東では刺し盛りと呼び方が変わるようだ)琵琶湖でイカが釣れるはずもないから、おそらく北陸からくるのだろう。ひょっとすると大阪湾からかもしれない。海のない滋賀県で、海産物を食べるというのもこれまた奇妙なものだが、現地で暮らす人にとっては普通の注文だろう。
筍のような土器の上にイカが盛られているのは初めてみた。これはこれで確かに美しいという気もするが、イカに見えないというよりイカらしくないと思うのは文化的偏見かもしれない。琵琶湖のほとりの駅前居酒屋で、まるで新宿や池袋あたりで飲むような感じがした。これは、日本社会が均一化している象徴だな、とちょっと寂しくなった。
酒も肴も普通に美味いのだが、旅先だと変な感傷を持ってしまうのは、旅の多い人生を送ってきた代償のようだ。そのせいか、いつもであれば一杯やった後、駅前でご当地ラーメン屋を探すのだが、今回は大人しくホテルに引き上げた。
ちなみにこの店の看板メニューはステーキだった。もし機会があれば、あのスタミナステーキを食べてみたいものだ。そう言えば、近江牛って有名だったような。