
所用があり朝早くから渋谷に出かけた。用事が済んで軽く朝食でもとろうと、久しぶりに和風ファストフードに入った。ツルッとうどんでも食べようと思った。券売機で食券を買ったあと席についてみたら、あれあれ?と気がついたことがある。
マクドナルドではモバイルオーダーアプリを使うことで、テイクアウト注文をするとカウンターに並ばず座席まで注文した商品を持ってきてもらう(店内配達というべきか)仕組みがある。コロナ流行の初期に開発完了して実用化されていたが、実際に使ったことはない。それが、この和風ファストフード店でも導入されているのに気がついた。
確かに、これは客にとっても従業員にとっても便利だろう。客の立場からすると席に座ってゆっくり考えて注文できる。券売機での注文は商品を選んでいる時に、後ろに次の客が並ぶと、無言のプレッシャーがかかるという致命的な弱点があるからだ。後ろの客を気にして慌てて注文を決めると、追加注文の機会が消える。店側からすると買い上げ点数増加、単価アップの機会が失われるマイナス要因になる。
従業員の手間を考えると、スマホアプリ注文では現金管理がいらなくなる。釣り銭の確保や現金の残高チェックなど雑用が消える。客とは非接触になるので注文時のトラブルも減る(少なくともスマホアプリの不具合は従業員のせいではない)。
客がどこの席についたかもわかるので、無駄に「いらっしゃいませー」などと言いながら客席管理をする必要もない。そもそも、日本語を喋らなくても商品提供が完結する。これは都心部の店舗で究極の救いだろう。

素うどんではなく、ハイカラうどんを頼んだ。いつも思うことだが、なぜあげ玉の入ったうどんが「ハイカラ」と呼ばれるのだろう。確か京都あたりでの呼び方だと思ったが。関西圏というか近畿というか、あの周辺の言語感覚は東国とは随分と異なる。東京を中心とした東国文化が優れているとは言わないが、近畿圏、西国の言語や食文化は、東国から見る時には異文化として捉えないと、無用な差別意識や優越意識を呼び込む。差別の発端は宗教や思想などではなく、食べ物や見た目で始まるものだろう。プロ野球やサッカーの贔屓チームの違いですら喧嘩が起きるこの国で、食べ物の嗜好が違うと文化差を言い連ねるバカたちがどれだけいることか。
ハイカラうどんと、たぬきうどんの違いを考ているうちに、東西異文化と差別意識に思いが至った。朝から高尚な知的活動をしてしまった。

異文化ついでに、おそらくほとんどの人はこんなことをしないだろうなと思う、「文化の果て」的行動をしてみた。牛丼に乗せる紅生姜をうどんの上に乗せてみた。紅生姜好きの衝動的行動だったが、あれれと思うほどうまい。牛丼文化とうどん文化の奇跡的合体だ、麺と丼飯のマリアージュだと、文化論考察の第二弾をしてしまったほどだ。
ちなみに大阪府南部では、紅生姜の天ぷらというものが標準で存在しているが、大阪北部になると見かけることが少ない。大阪の南北ですら食文化が異なるようだ。人と人が仲良く暮らしていくためには、異文化探索は重要だなと改めて思う(笑)

朝のハイカラうどんを食べたあと、渋谷駅に向かって歩いていて見つけた立ち食い蕎麦屋の店頭ポスターにまたまたびっくりさせられた。左側のつけ汁そばは「酢辛」だから、これはラー油そばの進化系だろう。「酸辣湯麺」の応用なのかもしれない。豚肉とニラというパンチのある組み合わせだから、明らかに「みなとや」インスパイア系を上回る進化だ。
ところが、それよりもびっくりなのが「時価の松茸そば」だった。時価って何と言いたくなる。鮨屋のマグロでもあるまいし…… この二枚のポスターでわかるのは、立ち食い蕎麦は異形な方向へ進化しているようだということだ。
原材料高による値上げの欲求と高級化路線は相性が良い。松茸蕎麦は、その現実的な対応ではあるが、一体どれくらいの注文があるのだろうか。逆に左の新つけそば、一杯五百円というのはなかなか巧妙な作戦で、盛りそば380円や天ぷら蕎麦450円?(きちんと値段を確認してはいないが)を、500円に引き上げる効果は明らかにある。
なんだか、古典的なマーケティング・テクニックだが、意外とこれが効き目がありそうで、うどんファストフードのデジタル対応と比べて、あれこれ考えさせられてしまった。
早朝の渋谷は、なんとストリートで学ぶ、発見と考察の研究機関みたいなところだった。