書評・映像評

シンクロニシティー

シンクロニシティーという言葉をたまに感じることがある。共時性と訳されるようだが、関係のない二つのことが意味を持ったように同時に起きること、みたいな理解をしている。偶然の一致という方がわかりやすいかもしれないが、そこに偶然ではない何か意味がありそうということだ。
今年の夏のシンクロニシティーは、たまたま読み始めた「歴史小説」と「コミック」だった。小説の方は積読のまま2年以上放置していた。コミックは題名を勘違いして、一巻目を手にしてしまった。読み始めたのはほぼ同時期で、しばらくして同じ場所の物語だと気がついた。

コミックはすでに連載が完結し、今年アニメ化された作品だった。舞台は和歌山県北部、和歌山と淡路島の間の海峡にある小島だった。小説の方は、最初の舞台が広島と愛媛の間につながる瀬戸内の島で、村上海賊の本拠地だったが、話の流れで大阪南部でおこる本願寺戦争に移る。そこで登場するのが、泉州海賊の一味。その本拠地は淡路島の向かいにある和歌山北部で、海峡の島を通る商船を商売の種にしている。

小説もコミックも早いテンポで話が展開する。ハラハラドキドキの良質のエンタテイメントだが、どちらも主人公は若い女性で、それも性格的に突き抜けているというか元気印が歩いているような「豪傑姫」だ。周りの男が霞むような存在感がある。

コミック「サマータイムレンダ」は、ごくたまに少年ジャンプが生み出す極めて良質の物語で、現在ダラダラと超長期化しているダメな連載(これも初めの頃は良質エンタメ作品だったのになあ)とは決定的に異なる。どんでん返の連続で、スピルバーグ作品を見るような疾走感がある。

和田竜作品「村上海賊の娘」はコミック化もされているが、これは是非とも実写版で映画化してほしい良質の時代劇なエンタテイメントだ。

https://www.shinchosha.co.jp/book/306882/

夏休みの読書感想文が宿題だった時代に、こんなエンタメ作品があれば、感想文を書くのも楽だったのになあとしみじみ思う。この歳になってとは思うが、本を読んでその舞台になった場所に行ってみたい(いわゆる聖地巡礼というやつだ)と思わされた。
良い作品には読み終わった後も惹きつける魅力があるということだろう。アニメの放送が終わってしばらくしたら、この島を訪ねてみるのも良いかと思う。今の時期は、アニメファンに囲まれて小さな島めぐりをすることになるのでちょっと気が引ける。冬になってからひっそりといくのが良いのかもしれない。
今年の夏のシンクロニシティーは、良い旅の始まりにつながることを期待しよう。

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