駅弁

駅弁 伝統 美食?

函館の駅弁が札幌で手に入る。なんとも不思議な感じがするが、札幌駅の大きな土産物屋で札幌の駅弁ではなく函館の駅弁を販売している。どうやら、朝一番で移送してくるらしい。昼前には売り場に何種類かの函館駅弁が並んでいる。
前々から気になっていた、「みがきニシン」の入った駅弁を今回は選んでみた。みがき弁当と書いてあるが、これは身欠き鰊(干したニシン)を甘辛く煮たものを指しているようだ。
二心を甘辛く似たものが乗っているニシン蕎麦は京都あたりでよく見かける。江戸期の日本海航路全盛時代に生まれた「ニシン物流」の落とし物だ。ところが、ニシンの物流発信地である北海道では、ニシン蕎麦をあまり見かけない。そもそもニシン料理が少ない。塩焼きと切り込み(ニシンの塩辛)、それに昆布巻きの中身くらいしか思い浮かばない。
北海道日本海側の地域では、ニシンは売るものであって食べるものではなかったのだろうか。だから、この弁当は原住民の土着食というより、観光客に対してのイメージ戦略メニューみたいなものなのかもしれない。

弁当の蓋を開けると、数の子と身欠きニシンが前面に敷き詰められている。駅弁らしいというか、シンプルというか。ただ、この全面におかずを敷き詰め、下の白飯が隠されて見えないタイプの駅弁には名品が多い。山形米沢の「牛肉どまんなか」や広島宮島の「あなごめし」など、この系統の絶品だ。どちらも、ただただ無言で飯をかきこむうまさ、究極の駅弁のひとつだ。
だからこの「みがき弁当」もルックスからすれば期待値は高い。最初の一口を数の子から行くかニシンから行くかちょっとだけ迷う。やはり、ここは「みがき弁当」なのだから、「みがきニシン」の煮物から始めたい。
実食すると、身欠き鰊の煮物は甘さは控えめで、身はほろほろと崩れる柔らかさだった。もう少し固いかなと思っていたが、現代的なアレンジでは柔らかさが重要だろう。味付けも昔食べていた「甘辛い濃厚味」ではなかった。上品というか薄味というか・・・・。個人的にはちょっと物足りないような気もするが、意外とこれが白飯とはバランスが良いような・・・。微妙なところだ。
続いて数の子を食べる。これもプチプチ感が命の数の子だが、しっかり歯応えがあり満足できる一品だった。ただ、これも予想外に塩味が控えめで物足りない気もする。強い塩味のおかずで白飯を大量に書き込むというスタイルは、もはや遠い昔ということらしい。
一番塩味が強かったのが大根の漬物だった。やはり、函館の漁師風な味つけはすっかりマイルドになってしまったらしい。港町の駅弁といえば、カニやイクラや鮭といった海鮮大スターに占拠されているが、この身欠き鰊のような渋い役で固めた古典作品は捨て難いよな、などと最後に取っておいた漬物を齧りつつ、感慨に耽るのでありました。身欠きニシン、うまし。

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