この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた (河出書房新社)

滅亡後の世界を描いた書物はたくさんある。SFやコミックではお手のものの世界設定だろう。核戦争で滅びた、感染症化拡大で滅びた、巨大隕石の衝突で滅びた、宇宙人に侵略されたなどなど滅びのパターンはたくさんある。ただ、物語としては滅亡の原因が主テーマではなく、滅びた後で起こる人類文明、社会の変化を語るものがほとんどだ。
有名なところでは、映画「マッドマックス」コミック「北斗の拳」などが大戦争後気象条件まで変わった荒涼たる世界で、暴力が問題解決の全てになった社会を描く。それも、力無きものを救う救世主伝説としてのヒーロ物語だ。大体が平和と愛の復活と未来の希望を語る。
ところが、この本では滅びた世界の話はほとんど語られない。政治社会的考察も皆無に等しい。ただ、文明社会が崩壊した後、人々は一度は文明を後退させながら、必ず文明復興の動きが起きるという想定をしている。その文明復興の手順とそれに必要な最低限の知識、要素を語るのが本書の目的だ。だから、滅亡後の世界が世紀末覇者の君臨する世界であるかどうかは考察の対象外だ。
ただ、略奪者から守りを固める自衛共同体が母体となり、文明再建集団が生まれるという想定のようだ。確かに、生産をせず略奪するものばかりが蔓延れば、人類は紀元前一万年くらいの採取生活のレベルまで退行するだろう。それはもはや文明と言えない。破滅要因は自然環境にも影響を及ぼすだろうから(例えば核の冬)、1万年前よりも生存条件は悪いはずだ。略奪社会では人類生存すら危うい。だから、防衛コロニーこそが文明を守る、文明を再興する最低単位となる。
その最低単位が、現在21世紀社会で享受している文明の利器や恩恵を、どこまで失いどこまで食い止めるかが本書のスタート地点になっている。そして、そこから比較的短時間で文明を再興する手順を考えている。

退行しながら踏みとどまる文明レベルとして、12−13世紀ヨーロッパの農耕社会を想定しているようだ。そこのレベルより下になると、途端に再興する難度が上がるということらしい。確かに西欧社会は、西ローマ帝国滅亡後、ルネサンス期の文明復興が始まるまで、5世紀以上も文明レベルがどん底にまで落ち込んだ。
ローマ時代の文明レベルが比較的保たれていた東ローマ帝国でも、イスラムとの争いの中、急速に文明維持機能を失っていった。その歴史的な喪失感というか、文明的トラウマが西欧社会にはあるのだろう。実際にはヨーロッパが文明レベルとして低迷していた時期、東アジアの大国、そしてイスラムの各王朝ではローマ時代に匹敵する文明が維持されていた。その辺りも、さりげなく触れられてはいるが、文明再開の手法はあくまで西欧社会の進化をモデルにしている。どうにもそこが物足りない気がする。西欧資本主義、科学主義社会の再現がテーマなので仕方がないと諦めるしかない。ただ、そのモデルの先には、やはり核を含む大戦による滅亡が待ち構えているだけなのではと思うのだ。社会的考察なしで文明再建論をすることの危うさかもしれない。
そして、文明再興の目標レベルは20世紀初頭あたり、工業文明が蒸気機関から内燃機関に変わり、初期の電気インフラが出来上がる程度を目標にしている。真空管による初期段階の通信・情報関連技術までも目指している。けして、スマホと電気自動車の世界に戻れるわけではない。
世紀末マニアには文明再建マニュアルとして、楽しく読めるはずだ。
個人的な話だが、進学時に理系を選んだのは、まさしくこの話に出てくるような「文明破壊」が起きた後の社会で、荒野のロビンソン・クルーソーとしてどう生きていくかを、真面目に考えていたからだ。
ただ、その時には世紀末覇者が発生しないという前提で(極めてご都合主義的設定だ)、一人で孤独に生きているという馬鹿馬鹿しい話でもあった。まさに中二病的な思い込みでしかない。なぜ、このようなことを考えていたのかは思い出せないが、小学校低学年からずっと思い込んでいた「滅びの文明観」なので、中二病というより小二病といった方が良い。ただ、その小二病への対応が人生進路に深く影響してしまった。三子の魂百までも……ではないが、小二の魂がジジイになるまで付き纏ったのは確かだろう。まあ、結局のところ文明は滅びず、その前に自分が滅びる年齢まで生き延びてしまったのだから、笑うしかない幻想だった。
しかし、この本を学生時代に読んでいたら、もっと真面目に滅亡後の世界に取り組んだような気がする。日本にはほとんどいないであろう「プレッパーズ」、社会が滅びることを前提に、核シェルターなどの生存設備を自分で作り備える人たちの一員になっていたのではないかとも思う。滅亡SF好きなら必読。良書で、おすすめの一冊だが読むのには手こずること間違いない。
この本のリンク先はこちら→ https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309464800/