街を歩く

遠き記憶の底から

きっかけは古い手帳の中から出てきた一枚の優待券だった。オーシャンブラックというのは今はなくなってしまった国産ウイスキーのブランドで、当時ススキノでは「若者向け」の店で大量に販売されていた。このワンランク上がサントリーホワイト、その上が角サン、オールド、リザーブと続く「ウイスキーカースト」を形成していた。要するに一番安い酒だった。
若者向けパブとは、店内が暗く、轟音のような音楽がかかり会話も難しい、おまけにタバコの煙でちょっと先も煙っているという劣悪空間だった。よくそんなところに足繁く通っていたものだと思う。
それとはちょっと異なり、弾き語りの演奏がかかっているライブ・パブがこの優待券のお店だった。「蟻の歌」という店で知り合いが歌っていたから、時々飲みに行っていた。ただ、ライブチャージがかかる分ちょっとお高い店だったのだろう。当時の1000円は今で換算すると3000円くらいだと思う。多人数で騒ぐにはパブへ、少人数でしっとり過ごすにはこのライブハウスで、と使い分けをしていた記憶がある。
当たり前だが、今はこの店はすでにない。

ススキノの東側にあるビルの8階にあった。当時は、今のダイキンの看板がある辺りに、「蟻の歌」「パフ」の看板が出ていたはずだ。店はなくなってもビルは存在している、ススキノらしい光景だ。
わざわざこのビルを見に行ったのに深い意味はない。ビルごとなくなっていることもあるので(最近の札幌はビルの建て替えブームだから)どうなっているかなあという、昔懐かしさに惹かれただけだ。
このビルの一階は、札幌では珍しい鰻の店だ。なので鰻屋のビルとして記憶の方が強い。ただし、この店で鰻を食べたことはない。というか、札幌で鰻を食べた記憶がない。それくらい北海道の若き貧乏人には、「うなぎ」は縁遠い食べ物だった。いつかは鰻を食べてみたいと思っていたせいでビルの記憶に残っている。たまに通ったライブハウスはすっかり思い出さなくなっていた。

そんな昔のことを思い出しながらススキノ周辺を感傷的な気分で散歩した。若い頃の記憶は苦い。舌を噛んで死んでしまいたいようなことばかり思い出す。だから散歩で軽く落ち込んだ後は、古い居酒屋で一杯やるのが精神衛生上よろしい。
居酒屋にはうまい肴もたくさんあるのだが、ふと思い立って盛り蕎麦を肴に飲むことにした。飲んだ後の締めに蕎麦というのが一般的な気がする。ただ、古き良き時代の蕎麦屋風に、蕎麦を一本摘んではもぐもぐと食べ、酒をちょっと飲むというのがしたくなった。
そうするとセイロ一枚平らげるのに小一時間かかる。お店には申し訳ないが、たまにやりたくなる悪習だ。最近の蕎麦屋でこれをやると嫌われるだろうから、蕎麦の置いている居酒屋でコソコソとやるしかない。ススキノにはこんな悪さができる店はないので、川を渡って離れた居酒屋を目指した。鑑賞的な散歩を完結するには、なかなか面倒な手続きが必要なのだな。

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