街を歩く

神田の不思議空間

店名と入り口テントに描かれた店名は違う

昔の仕事仲間である友人と不定期で開催している私的OB会というか飲み会をコロナ前には年3−4回程度でやっていた。気が向けば共通の知人友人も招き、結構規模が膨れうこともあったが、コロナになってからすっかり会う機会も減っていた。これまた社会情勢に個人生活が負けるという典型例だな、などと一人で考察していたのだが。
ようやく下火になったこと、お互いの社会環境が変わったことなどもあり、ぼちぼちと再開することになった。開催地選択はお当番制(自分はなぜか免除特権があるらしく)なので、普段行ったことのない目新しい場所を紹介される。実に楽しみな飲み会で、今回は神田の奥まった場所に集合した。

日本酒の品揃えが素晴らしいと聞いていたので楽しみにしていた。いくつかは飲んだことがあるが、ほとんどが初見ものだった。半合売りとのことだが、最近はそれくらいがありがたい。正一合で売って欲しいのは立ち飲みのコップ酒くらいで(一合とかきながら8勺(しゃく)くらいしか入ってないことも多い)、居酒屋で美味い酒を楽しむ時ははんごうで十分だろう。

店内は、元々の喫茶店をテーブル席に変えただけのようだが、変に内装をいじくり回していることもなくシンプルで小綺麗な囲碁ごちの良い空間だった。昔は小上がりのある伝統的な店が好みだったが、最近は足の楽さを考えると小上がりがしんどい。日本人の畳の上に直に座ると言うお江戸以来の伝統・習慣はたった50年で破壊されたことになる。まあ、戦後長生きするジジババが増えたことも原因だと思うが・・・。生活習慣の変化は居酒屋に現れる・・・と断じて良いものか定かではないが、居酒屋が面倒な約束事を嫌う本音の場所であることは間違い無いから、小上がり、畳席が消えたのは、あの座り方がやはり嫌われているのだな。

料理をいくつか注文して気がついた。品書きに書かれている名前と出てくる料理がどうにも一致しないというか、当たり前の居酒屋メニューがどれもこれも一手間ふた手間かけた良質のものなので、「〇〇です」と言って出された料理を、「えっ、えっ?、えー!」と見直す羽目になる。すごい技があるものだと、箸をつける前によくよく見なければと思う。

友人に先んじて入店した時に、今日は混み合っていますのでと断りを入れられ、フーン、そうなんだと思っていたが、出てくる料理を見て理解した。
兎にも角にも神田に店を開けて繁盛店にするというのはこういう事なのだ。神田と言えばお江戸から続く老舗も多いが、やはりそうした素養のあるものしか店を出さないというか生き残れない土地柄なのだろう。新宿や渋谷などの大繁華街にあるチェーン居酒屋がお上り新米東京人のためにある安心な店(名前を知っている、自分の故郷の街にもあるなどなどで)だとすれば、神田の奥まった路地にある看板と店名が異なる店は東京に居付いて長い土着化しつつある東京人のためのものというところだろうか。生まれも育ちも東京よという、固定種の行く店はまた他にあるかも知れない。
ただ、自分の友人知人で「固定種」専用の店に連れて行ってくれたものはいないので、実は「固定種」専用店は、合言葉を言わなければ入れない秘密クラブで、地下鉄銀座線0番ホームから入るのだ、みたいな世界なのかななどと、神田の帰り道に妄想しておりました。

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