街を歩く

歌舞伎座と弁当屋

いつも歌舞伎座の前を通りかかると、死ぬ前に一度くらいは歌舞伎を見てみたいぞと思っている。が、行動につながったことはない。いまだに切符の手配の仕方すら知らない。ましてや、歌舞伎を見るときのお作法みたいなものなど全く存じ上げない。
何かの拍子で見たテレビ番組で知ったことだが、歌舞伎の台詞回しがよくわからない人向けに「録音された現代語版の同時解説」機械を貸し出してくれるサービスがあるそうだ。明治初期まで歌舞伎は、普通の町民が楽しんでいた「現代芸能」で、古典ではなかったはずだ。つまり明治の後の百年余りで、日本語が劇的に変わってしまったということらしい。
落語の世界でも、古典落語を理解するには、往時の町人暮らしなどの社会背景がわからないと、笑うこともできない。それと似ているなと思う。
あとは幕間の休憩時間に弁当を食べたり、食堂で食事をとるらしい。映画のように一幕終わったら全員入れ替えというシステムではないようだ。(これも行ったことがないのでよくわからない)
歌舞伎を見たこともないくせに歴史的な歌舞伎のあれこれについては、ちょっとお勉強したことがある。歌舞伎の全盛期である江戸時代は、芝居小屋の中が薄暗くて照明も届かないから、あの白粉をベタッと塗ったくまどり化粧をするのだと聞いている。現代の照明がある小屋では、すでに様式美としての白粉・隈取りのようだ。(無駄な知識だ)しかし、浮世絵にもなった有名な役者の名前などは全く知らない。
歴史的な知識だけでいえば、能も歌舞伎も当時の流行演芸であり、今で言えばEXILEとかAKBみたいな物らしい。だから、あと100年も経てば、秋葉原のAKB劇場が古典芸能を保護する場所となっていて、EXILEは3代目どころか、8代目宗家とか裏EXILE流五代目みたいな感じになっているのだろうか。

だから歌舞伎座の向かいに弁当屋を発見した時、ちょっと嬉しくなった。歌舞伎見ながらお弁当を食べるひともいるんだなと。プロ野球を見る時に見かける、ビールタンクを担いだビール売りの若い衆が声を上げながらスタンドを練り歩いている姿を思い出した。江戸時代の歌舞伎小屋の中でも、幕間に弁当売りが歩いていたのではないかと想像してみた。色々な弁当屋の売子がたくさんいて競争して売っている感じだろうか。歌舞伎とプロ野球、どちらもその時代の現代演芸と言って良いから、客席では同じ光景が見られたかもしれないと思った。その当時の弁当売りの若い衆が、弁当屋の主人に成り上がったみたいな、アメリカンドリームならぬ、お江戸ドリームがあったりして。などと空想を巡らせてしまった。
大相撲でも枡席であれば、飲み物と食事がセットされている。日本的な興行では「見る」と「食べる・飲む」がセットされているのが必然なのかもしれない。


とすると、伝統的な歌舞伎を楽しむ小道具として、江戸から続く古典弁当でも売っているのだろうか、などと思って店先を覗いてみた。
なんと想像通りの豪華三段重弁当が売っていて嬉しくなった。お花見にも似合いそうだが、やはりこれは歌舞伎観覧者御用達なのではとも思う。しかし、このコロナな世界で、そもそも歌舞伎座の中でお弁当を食べる場所はあるのだろうか。江戸時代は桟敷の中で食べていたようだが、現代ではどうなのだろう。舞台近くで弁当の匂いがすると、役者もあれこれと考えてしまいそうだ。

一人前の弁当も色々とある。お値段はちょっとお高めのような気もするが、おかずも含め手の込んだ弁当であることは写真からもわかる。その中でも「東京弁当」というものが、値段も名前も含め他の弁当と別格で、どうもこれは日常使い用のような気がする。歌舞伎座周辺のオフィスビルで働いている人のお昼ご飯という感じだ。
歌舞伎を見にきた人だけでは、経営的に安定しないのかなどと勘ぐってみた。それでも、この東京弁当は一度食べてみたい気がする。
今や伝統芸能に成り果てた(?)歌舞伎を、現代演芸として楽しんでいたお江戸の人々に思いを馳せつつ、隅田川沿いのどこかで、満開にさきほこる桜の下で食べるのが令和の風情としては良さそうだ。

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