
生まれた土地の食べ物は、やはりそれなりの吸引力というか魅力を感じるものだ。20年以上昔の話だが、会社勤務をしていた頃、九州大分出身の後輩と宮崎出身の上司の組み合わせでラーメン議論をしたことがあり、九州チーム曰くラーメンとは豚骨で白いスープの食べ物だと断定された。東京に来て黒いスープのラーメンを見て仰天したとも言われた。
こちらは札幌ラーメンで骨の髄まで染まっており、とんこつラーメンの獣くささは食べ物と思えないなどと反論したが、二対一で罵倒されて議論に完敗した。その当時から比べれば、いまでは九州でも豚骨以外のラーメンが食べられるようになり、北海道では豚骨スープがラーメンのメインスープになるほど食環境は変化した。
それでも、昔懐かしの鶏ガラ野菜スープが主流だった北海道ラーメンの記憶は刷り込まれたままで、北海道、札幌、旭川ラーメンなどと北海道ご当地系のラーメン店があると、ついふらふらと吸い込まれてしまう。

西新宿で昼飯を何にしようと探しているときに発見した「北海道ラーメン」の看板は、ずいぶん魅力的に感じた。腹ペコだったせいだろう。実は、その時点では、さんま節で有名なラーメン店に行くつもりだった。その途中に見つけてしまった「北海道ラーメン」の文字にほとんど食欲が持っていかれた。
おまけに北海道三大ラーメンの地、札幌、旭川、函館を抑えている強力ラインナップに心が惹かれてしまった。(実はよく考えると、この三大ラーメン併記が怪しいのだ。力量があれば、旭川ラーメンとか函館ラーメン、それ一本で勝負するはずだろう)
結局、ふらふらと吸い込まれてしまい、ちょっと考えた末にサッポロ味噌を注文した。個人的には一番シンプルなラーメンのつもりだった。ところが、目の前に出てきたのは自分の脳内イメージとは全く異なるもので、まずスープの色が違うことにめんくらった。食べてみるとわかったが、いわゆる豚骨味噌だった。
今では札幌でも主流になりつつある豚骨スープのラーメンで、それが悪いとかまずいと言っているわけではない。ただ、メニューや看板に札幌ラーメンと書いてあると、地元でも老舗級のラーメン屋が提供する昭和世代のラーメン、つまり透明感のスープ(化学調味料たっぷりで味噌ラーメンでもスープはあまり白濁していない)に、中太ちぢれ麺、細いメンマ、薄くて固いチャーシュー、赤いナルト、ついでにお麩みたいなイメージが浮かんでしまう。それとの違いに動揺しただけだ。とりあえず旭川醤油も試してみたいと思うくらいにはラーメンとしてうまい。
ただ、これが東京では、もう何度も陥っている「北海道ラーメン」の罠だ。自分の中にある純正北海道ラーメン・イメージと、東京人(東京の飲食業)が描く北海道ラーメンのギャップというか違いが、いつまでも消えることがない。そして何度も同じ罠にハマる。
きっと九州人も同じような目にあっているのだろうと思う。同じ日本の中でもこうなのだから、世界中で不思議な日本料理が増殖中というのも納得できる。
まあ、そんな不思議な料理が日本に戻ってきて定着することもあるし。アボカド海苔巻きなど日本人では絶対生み出せなかったと思う。料理の世界は狭いようで広いのだなあ。
それでも豚骨ベースの札幌ラーメンは、心情的「反対派」であります。