神田の裏路地といえば良いのだろうか。靖国通りにある「まつや」の裏手に「藪」があるのだが、その裏路地には趣のある老舗料理店が散らばっている。若い頃には敷居が高すぎ、歳をとってからは忙しすぎて、なかなか利用することができなかった。ようやく暇を見つけて神田の老舗巡りをしようと思っていたら、コロナのせいでとんでもないことになってしまった。どうやらお店も再開したようなので、月に一度くらいのペースであちこち回ってみようかななどと思っている。その下見を兼ねてぶらぶら歩いてみた。

一番行ってみたいのがあんこう鍋の店で、これはぎりぎり看板の字が読み取れる。「いせ源」というお店だ。浅草のドジョウ屋も似たような雰囲気があるが、やはり鍋を食べるとすれば寒い時期が良い。そろそろ鍋の季節なのだ。だが、同じことを誰もが考えるので、当然ながら予約が難しい時期にもなる。昨今の事情を考えると一人鍋にするか、二人にするか。せいぜい3人までとなれば、同行する相手も慎重に考えなければならない。余計なことに気を使う嫌な世の中だなあ。

店頭にかかる看板がなかなか読み取れなかったが、酒の名前なのだと気がついてほっとした。老舗の看板は、ともかく難読で読解力識字率の課題としては偏差値が高すぎる。漢字検定一級クラスではないか。ちなみに昔のことだが任天堂DSの漢字検定ソフトで二級までは合格判定だったから、一級検定漢字は難題だ。

読解力の判定テストみたいな看板はまだまだある。この甘味処「竹むら」だって、もともと名前を知っているから読めるので、道を通りかかった時に目に入ったくらいでは達筆すぎてすぐには読めない。風情がある建物だなとはわかるが、一体何を売っているのだろうと相当に悩むだろう。

こちらの店は甘味処で揚げまんじゅうが有名らしく、当然ながらお汁粉などの和風スイーツが楽しめる。お昼時は混雑するので、夕暮れの手前くらいにふらっと入ると良いのかも知れない。甘味処は、基本的に女性に占拠されていることが多く、男一人でお汁粉を食べるというのは、ほとんど恐怖体験に近い。だから行列ができている時など、怖くて近寄れない。そろそろ酒でも飲もうかなという時間帯に、角打ちで一杯やる代わりに汁粉をかき込む、というくらいがせいぜい勇気の限界だ。

そのすぐ近くに、これは入るのに勇気のかけらも必要ない、オヤジ族の聖地みたいな蕎麦屋がある。ルックス的には間違いなく昭和中期そのまま。朝でも昼でも夜でもふらっと入ってささっと空腹を満たす。立ち食いそばもチェーン店全盛の時代だが、いかにも親父さんが一人でやってますよ的な個人店は貴重だ。懐具合にも優しいから、お試しするのにも敷居が低い。というか敷居がないくらいだ。落語にも出てくるが、屋台の蕎麦の値段は16文だったはずだ。それとくらべて6文という値段はずいぶんお安い。一度店主に店名の由来を聞いてみたいものだ。

東京都心、神田の街でこの値段はまさに超絶価格と言いたい。地元埼玉の立ち食いそばより安い。かけそば250円というのはすごいが、食べるとしたらいかげそ天がよい。ちくわ天も捨てがたいが、変化球を狙うのであればソーセージそばが適切だと思う。やはり、明日は神田に行かなければという気になってきた。ついでに神田明神によって、商売繁盛でもお願いしてこようか。