もうすでに半世紀近く(おおげさだなあ)愛用している蕎麦屋で、昼のピークすぎに一人で蕎麦を肴にお銚子を一本だけあける。気分はお江戸の悪い兄ちゃんになりきり、蕎麦つゆにネギを入れてちびりちびりとつまみにする。まずはネギ酒、そして次に蕎麦を一本だけつまみ、これを酒に浸してつまむ。そのままチョコの中の酒を飲み干す。お江戸の兄ちゃんはなんともいじましい飲み方をしていたようだ。そうして、蕎麦を一本ずつ摘んでいるといい加減乾いてくる。それに酒をちょっとふりかけて食べたりしたそうだ。あくまで人伝に聞いたことで、本当にそんな不良あんちゃんを見たことはない。おそらく戦前、ひょっとすると明治大正の時代の話なのかもしれない。お江戸の下町には町内に必ず風呂屋と蕎麦屋と寄席があったそうだ。蕎麦屋は居酒屋であり食事の場ではなかったとも聞いた。

この店で出てくる蕎麦はお江戸のつまみになる蕎麦とは違い、腹一杯になる食事蕎麦だ。だから、一本ずつ摘んでいるといつまで立っても食べ終わらない。お江戸のバーコードのような薄盛り蕎麦はつまみにちょうど良いのだろうけれど。だから、そばが来る前に軽くつまみを注文する。今回は鶏皮のポン酢和え。さっぱりとしたポン酢味に甘めの日本酒がよく合う。銚子が大方開く頃に、蕎麦を頼む。そして、2、3本そばをつまみにしたら、あとは一気に蕎麦を啜る。

締めには蕎麦湯を何回かに分けて飲む。最初は蕎麦湯少なめでそばつゆ濃いめ。半分ほど飲むと、蕎麦湯を継ぎ足し、それを繰り返すと最後はほとんど蕎麦湯だけになる。蕎麦湯は蕎麦屋によってどろっと濃厚なものだったり、ちょっと目には白いお湯に見えるほどサラッとしたものもある。この店は中間程度。とろみがある白いお湯という感じだろうか。寒い季節になっても不思議と蕎麦屋では温かい蕎麦を頼むことがない。北海道では店内の室温が夏より冬の方が高いせいもあるだろう。東京では冬になるともりそばではなくおかめ蕎麦を頼むようになる。東京の冬は体感的に寒いからだ
我ながら不思議な感覚だが、雪まつりを見に行った帰りもざる蕎麦を食べていた記憶があるから、体感温度と室内温度は季節以上に重要な蕎麦要素だ。
今年の冬は、蕎麦屋でいっぱいの日常が続くことを願いつつ、平日の昼下がりに神田の老舗で小田巻でもたべながら熱燗といきたいものだな。そんな暮らしの中でイケるといいね。