もうすっかり廃れた習慣だと思っていた自家製の漬物が、まだまだ現役なのだと思い知らされたスーパーの漬物原料売り場だ。北海道特有の漬物素材として、この身欠ニシンがある。全国的にはほとんど知られていないと思われる「ニシン漬け」の主材料だ。そもそも魚屋に行っても身欠ニシンを見つけることは難しいほど、すっかりレア商品になっている。
漬物製作にに先立ち、この身欠きニシンを水につけこみ水分を含ませる。この作業を北海道弁で「ウルカス」というのだが、このウルカスを日本国共通語で説明しようとすると、実に難度が高い。なんらかの物体や食材や道具を水に長い間つけておき、その表面が軟化したり水分を吸収してふやけたり、あるいは表面の脂分が分離してきたりという状態に変化させることを「ウルカス」という。だからコメを水につけておくとウルカスだが、キャベツをそのまま水につけてもウルカスとは言わない。キャベツを千切りにして、塩水につけて味をつけるような行為だと、キャベツを塩水でウルカスといえる。豆腐を作ろうとして大豆を一晩水につけておくとすれば、これは大豆をウルカスといえる。説明するのが面倒くさい。
同じような日本語翻訳が難しい言葉に「いずい」があるが、これはまた後日の話題にしよう。ちなみにウルカスは北海道限定ではなく、東北地方の一部で使われているらしいので、語源はそちらだろう。
そのウルカした身欠ニシンを適当に小さく切り、キャベツ、にんじん、大根などの野菜と米麹で漬け込むのがニシン漬けだ。東北津軽地方と北海道南部はほぼ同郷といって良い文化圏だが、なぜか津軽地方には北海道的なニシン漬けが見当たらなかった。身欠きニシンだけを麹でつけたニシン漬けは発見したので、おそらく津軽の野菜なしニシン漬けが北海道南部日本海側に渡って野菜入りに変化したのではないかと推測している。冬になると野菜と魚の流通が止まる北海道内陸部では、身欠きニシンを使った越冬料理が色々とあるので、ニシン漬けは内陸部で変化生成したものかもしれない。

身欠きニシンの上に大量に積まれている米糠は沢庵漬けの主原料だ。ちょっと前までは、物干し台に紐で縛った大根の束をつるして、大根を干す光景が当たり前に見られた。最近は気にもしていなかったが、おそらく大根を干す家庭はほとんどなくなっているだろう。晩秋の風物詩的光景だったので、ちょっと残念な気もする。

そして、この山積みにされた米麹は漬物の発酵材として使われる。ニシン漬けにも使うが、それ以外に白菜や大根の漬物でも使われる、北海道獣漬物文化では必須アイテムとなっている。消費量も莫大で、白菜1キロに対し〇〇g的な計量ではなく、手で一掴みとか二掴みとかの原始的な計量法になる。ずいぶん昔のことだが秋の終わりには毎年のように漬物を漬ける手伝いをさせられた。薄ぼんやりとした記憶なので、どんな作業をしたのかは覚えていない。何かを運べとか、あれを持ってこいとかいった使い走りばかりだったのだろう。面白いはずもない。記憶が薄いのはそのつまらなさのせいだったのか。最近では、漬物をつけるのは60代70代のじいさんばあさん世代だけだろうから、もはや子供が漬物漬けを手伝う事もないだろう。子供にとっては幸せな時代になったということだ。