街を歩く

西国の和菓子に思うこと

たびたびお世話になっている地元の元・西武百貨店、現西武所沢SCは、IYグループがずいぶん力を入れて改装して、結果として撤退することになった西武百貨店の成れの果てだ。なのだが、結果としてSCに代わったせいでテナントが変わったことが成功した。家電のビックカメラや無印良品などの人気専門店がそれぞれワンフロアーを占めるようになり、昔よりよほど活気がある。所沢駅から二階の歩行者デッキで繋がったことで、2階がいわゆる正面売り場で、女性用化粧品などが並ぶ。普通の百貨店であれば、1階に当たるところが2階になっている。となると、1階が地下食品売り場扱いで、ベーカリーや和洋菓子売り場になる。その一角に、全国の銘菓を集めて販売するコーナーがある。たまに見回りに行くとあれっというようなものが売っているのだが、今回はびっくり度が違った。浅草亀十のどら焼きは前にも見かけた。わざわざ浅草に買いに行っても買えない代物が地元の百貨店で山積みされている光景は、コロナのインパクトを見せつける衝撃だった。ところが、今回はその亀中のどら焼きよりも破壊力がある光景だった。京都の阿闍梨餅が本当にザルの上に山盛りになっていた。100個以上はあったと思う。京都の阿闍梨餅は本店でも行列ができるらしいが、京都駅のデパートで、朝から晩まで行列ができる有名おもたせ菓子だ。最近の京都土産といえば、阿闍梨餅か、そのすぐそばの売り場でこれまた行列のできている551の豚まんと決めている。その阿闍梨餅が山盛りで、おまけに周りにいる客が誰も気が付かないから取り放題だった。埼玉県西部の片隅では、古都の銘菓も浸透していないらしい。何やら悲しい。東京では月に一・二度、日本橋三越、高島屋あたりで販売されているような記憶がある。京都から武蔵国のそれもはてまで流されてきたのがなんとも不憫だ。

阿闍梨餅とどら焼き白餡を手に取り世の諸行無常を嘆いていたら、なんと隣の棚にこれまたびっくりな名家を発見した。鳥取県倉吉市の団子は、茶会などで使われる和菓子らしいのだが、知人が倉吉在住で、たまに土産にもらっていたもの。東京ではまずお目にかかれないレアものだ。そして、山口のういろうがその隣にあった。ういろうといえば名古屋名物という連想が働くが、山口のういろう亜はいくらになるか。それよりも柔らかい。どこかでういろう製造が名古屋と山口に枝分かれしたようなのだが、山口ういろうは東京で目にすることは稀だろう。そんな西国銘菓が武蔵国まで流れてくるというのは、IYグループの営業努力というより、コロナで壊滅状態に陥った和菓子業態の必死の努力、売り込みなのだろうと思う。本来は東日本まで物流を伸ばすつもりなどなかっただろうに・・・。甘いお菓子を食べながら、何やらほろ苦い気分になった。そういえば、北海道の菓子メーカーからも頻繁に通販注文のおすすめが来るようになった。甘いものを食べて切なくなるとは困った時代だ。

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