旅をする

神社と酢豚の微妙な関係

2017年の記憶 #15 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

神社巡りは昔から好きだった。出張や旅をしたときには、時間が取れる限りその地の神社にお参りに行っていた。ただ、奈良の神社は高校生の修学旅行で、かなり嫌な体験をしたこともあり、基本的に「NO」としていた。これだけを歳をとれば時効にしても良いだろうと思い直し、「あおによし」南都の神社に行ってみることにした。大和朝廷がどこで誕生したのかの議論はさておき、成立した当時の大王の一族は、この奈良の南部を中心に勢力を張っていたのだろう。だから三輪神社は朝廷の主流一族の氏神として、最高権威を持っていたはずだと思っている。現在の奈良中心部は仏教勢力によって締められているが、平城京の時代に起きた神仏の勢力争いの結果だから仕方がない。そのため奈良中心部から奈良の南の外れにある三輪神社に行くのは、なかなか大変なのだ。神社勢力が勝てば、この三輪神社周辺が都の中心になっていたはずだ。それも6−7世紀の政治の影響なのか、などと感慨深く思った。

この写真

三輪神社の周辺は駅前に多少飲食店がある程度で、賑やかな門前町という感じはしない。平日午後となれば、実にのんびりした気配になっていた。名物三輪そうめんを食べてみたい、などと考えていたが、それらしき店も見つけられないまま奈良中心部まで戻ることになった。
結局、昼飯は近鉄奈良駅近くのアーケードを歩いて、あおによしな和食店を物色してみたが、いつもどおりに町中華の店にふらりと入ってしまった。賑やかな店で活気があるのは良いが、奈良らしさみたいなものはまったく存在しない。注文したのはこれまたいつも通りの酢豚定食だった。
なぜか神社に行った後、中華料理屋に入る確率が高い。そして大体は酢豚を頼んでいる。何やら神様が酢豚を食べることを推奨しているような気もするが。きっと日本にいらっしゃる八百万の神様の中に、大陸中国起源で豚の守護者みたいな方が存在するに違いなく(恵比寿様とか福禄寿がそう言う外来帰化系ですねえ)、その方に付き纏われていると言うか、背中にずっと乗ったままにされているような気がする。酢豚の神様だから南方系、つまり広州あたりから海を渡ってきたのだろうか。まあ、これは酢豚の呪いというより福音と考えるべきだろう。

【訂正】この酢豚の写真を大阪みなみで食べたと勘違いして、先日使ってしまいましたが、奈良の中華料理屋でたべたものでした。訂正します。あまりにあちこちで酢豚を食べ過ぎたため、記憶が混乱していました。弁解してもしょうがないのですが、酢豚のルックスは日本全国どこに行ってもあまり変わらないので・・・。すいませんでした。

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