旅をする

琴平にて

四国に行ったら金毘羅参りと思い続けて20年以上たった。その割に金毘羅さんがどこにあるかも調べていないのだからいい加減なものだ。ネットで調べてみると高松から電車で行けることがわかった。仕事の旅で1日寄り道をすればいけそうだと思ったが、なかなかその暇が取れないみたいな時間が何年か。ようやく日程調整をして、金毘羅様参り行けたのが4年前だった。

高松発の電車に乗りのんびりと鉄道旅を楽しんだが、生憎の雨降りで、それでも駅を降りたら雨は止んでいた。雨の中、あの参道の階段を登るのは実に危険で、自殺行為だなと気がついたのは一年以上経ってからだ。
電車の駅から参道に向かう途中にあるのが「うどん学校」。お参りに来る人が、うどん打ち体験をするらしい。確かに、この辺りで一泊するつもりであればうどんを打つくらいの時間はあるだろう。讃岐で自前のうどんを食べるというのは得難い経験だと思うが、やはりプロが作ったうどんの方がうまいのではないかと頭を悩ませつつ通り過ぎた。

金毘羅宮は海の神様なので、あちこちに船の奉納物があり、漁船だと大漁旗が定番ということなのだろう。その中で一際異彩を放っていたのが、この黄金のスクリュー。当然、本物を寄進したら船が動けなくなるので、レプリカというか模造品だと思うが、それにしてもこんな大きなものをどうやって参道から持ち上げてきたのだろう。そもそも参道は人しか通れない。参道から離れたところに金毘羅宮まで通じる通用道路があり、そこはお宮まで車で上がれるらしいのだが、それで運んだにしても最後は人力で移動させたはずだ。なんだか信仰にかける熱意というか、金毘羅さんへの絶大な信頼感のなせる技なのだろう。敬意を表すしかない。

死に体になりながら本宮までたどり着いたのだが(足の弱い人がカゴを頼むという意味が身に染みて理解できた)、そこから見晴らす瀬戸内海の光景は確かに素晴らしいものだった。何百年も前からこの場所で海を見る参拝客たちがいたのだと思うと、何やら久しぶりに感慨深いもの見た思いがする。その後すぐに、あの長い階段を降りていくときに足腰は持つのだろうかという不安に襲われた。予想通り行きも辛いが帰りも辛いを実践することになった。
結果的に翌日には直立歩行に著しい困難を感じる「人類以前の存在」になってしまった。金毘羅宮は祟る神なのかと自分の体力不足を棚に上げてぶつぶつ言いたくなった。だから、バチが当たったのだな。

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