旅をする

零式艦上戦闘機 雑感

通称「ゼロ戦」の方が通りが良い。先の大戦初期には名機と呼ばれ向かう所敵なしみたいな圧倒的な成果を残した。大戦中期には米国軍の新鋭機投入と大量生産により追い込まれ、大戦末期には新鋭機の開発投入の遅れのため、すでに一世代前の機体になっていたにもかかわらず改良されつつ酷使された。

大和ミュージアムに展示されていたのは、そんな零式艦上戦闘機の最終モデル。62型と呼ばれている。二桁の最初の番号はエンジンの変更回数、後ろの一桁の番号は機体の修正等も含めた改造を表すというが、30番代と40番代は短期使用、あるいは試作のみなので実際は20番代とその改造増強型の50番台が主力機体だった。60番代は終戦間際の改造シリーズでエンジンの増強や機体の改造などを行なったが、やはり力不足でおまけに生産機数も少ない。

零式艦戦を戦後になって復活させた機体は日本にも各所にあるが、だいたいは戦後の混乱が収まってしばらく経ってから、墜落していた機体や、南方のどこかで野ざらしになっていた機体などを寄せ集めて復成したようだ。だから、52型が多い。62型は珍しい。逆にアメリカ軍に鹵獲されていた機体は大戦前半の機体も多く21型なども多い。ワシントン・スミソニアン航空博物館で見たのは、そんな機体だった。

浜松の空自広報施設で展示されていたのは52型で、見た目にその差はわからない。脚が畳み込まれているので、スマートに見えるが、塗装も含めほぼ同じような感じだ。ちなみに地元の所沢航空記念館にも展示がある。

この機体もそろそろ開発から100年近く経つので、もはや骨董機にあたるのだろうが、やはり美しいフォルムと言えるだろう。武器に優美さを求めるのは江戸時代の日本刀にも通じるのかもしれない、近世日本の美意識の現れのひとつということか。などと考えながら零式艦上戦闘機に見惚れておりました。

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