旅をする

呉 ヤマトミュージアム

広島県呉にある大和ミュージアムは、この手のものが好きな人には堪らない場所だ。呉はもともとの軍都で、帝国海軍実戦部隊の本拠地だった。(厳密にいうと連合艦隊の根拠地が近かったというべきか)
現在の海上自衛隊の呉地方隊総監部がある。

JR呉駅を降りて案内板の通りに歩くと10分もせずに辿り着ける。大和ミュージアムの観覧車の年齢はじつに幅広く、小学生くらいの子供から、90歳近い高齢者までmそれも男女の偏りは目立たない。おすすめは入り口近くにある売店、ミュージアムショップだが、じつに人気があるようで。普通にはk仏館に行ってもこれほどの賑わいを見せるところは少ないと思う。

さて、大和ミュージアムの目玉は、何といっても戦艦大和のミニチュアなのだが、これをミニチュアと言って良いものか。1/10サイズなので周りをぐるっと歩いても全体像が見えない。全体を見たけれ3階の回廊まで行く必要がある。
戦艦の構造が見たければ、最初に甲板レベルで一周したあと、回廊を上がって上から見下ろすということになる。

上から見るとはっきり分かることだが、船のフォルムというか形がちょっっと違う。軍艦というものは高速性を追求するので艦の幅が狭く縦に長い。たとえは悪いがサンマのような形だ。ところが大和は万高がぼてっと太い。ふぐとまでは言わないが、マグロ的なフォルムだ。これは当時の世界最大の巨砲(その後も大和以上の大口径の艦砲を搭載した戦艦はないはずだが)を搭載したせいで、それでも高速性を出そうと艦首部が細く長く伸びたということだ。現在は大和を超える巨船はたくさんある。クルーズ船のような縦に伸びたホテルを移動させるような船や大型タンカーなどは経済速度で移動するから、シャープな線形はいらない。上から見たら小判型になる。

しかし、よくこんなものを当時の貧乏日本が作ったものだ。国家予算の1割以上かけているのだから、現代で換算すると7−8兆円ということになる。空母化される海自「いずも」が大火改装工事を入れても1兆円はかからない買ったはずで、クルーズ船でも5000億円くらい。いかに大和が金のかかった戦艦だったかということにもなる。

みたいなことを考えながら大和(ミニチュア)の周りを何回も歩き回り写真を撮るのはなかなか楽しい。ところが、大和ミュージアムにはもう一つ目玉があり、隣の部屋?に零式艦上戦闘機62型が展示されている。62型は零式観戦の最終改造型の一種で、その前の52型が最量産モデルだ。現代の航空機開発は10年近い年月がかかるが、当時の開発は年単位。
いかに戦争が関連技術を強引に進化させるものかということが分かる。零式艦戦は昭和12年開発開始して、昭和14年に試作機完成。昭和15年には実戦投入。昭和17年には世界最高保の戦闘機だったが、昭和19年には遥かに時代遅れの劣等機になってしまった。この戦闘機は現在価値に置き換えると一機3−4000万円程度になるらしく、ポルシェより高いがフェラーリより安いといことになる。

ということは、これを10万機揃えても大和より安い。戦艦が時代遅れになるのは、戦闘力よりもコスパだったということがよくお勉強できるヤマトミュージアムなのだ。

https://yamato-museum.com

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