旅をする

尾張名古屋は城で持つ? 

名古屋は「名古屋飯」を食べに行くところだと個人的に断定しているのだが、町の真ん中にあるお城も、それはそれで立派なものだ。
先の戦争で焼かれてしまったお城を再建している自治体は多いが、その中でも名古屋城は相当に感動する。やはり金切らしたものは目立ってよろしい。
ただ、名古屋城を写真に撮ろうとすると意外と難しい。場所柄余計なものが映り込みやすい。松本城や地震で崩れる前の熊本城はフォトジェニックでよかったのだが。

それでも名古屋城天守閣前はそれなりに広い場所なので、近寄ってみてもなかなか勇壮な画角がある・

個人的には、天守閣前の鯱鉾(実物大)が実に好みなのだが。これは白の屋根の上に乗せるより、城の周りにずらっと並べておくほうがよほど優美な気もすのだが、要は殿様にしか見せる気がなかった様式美なのだろう。天守閣に上がらないと見えないというのは城の重盛というより、下賤な奴らには見せんぞという殿様の意地悪というか、悪い考え方だったと思う。(まあ、殿様に良い者がいたとも思えないので、悪の象徴として。バッドマンに出てくるビル屋上のアーガイルと同じだ)

そしてお城の横にある殿様の居住館の再現が、実に名古屋っぽくてよろしい。ドエリャーはでえなきんぴかの室内は、おそらく豊臣家もこうであったのだろうなという尾張的な感じがするのだ。そもそも今の名古屋人のしまりや的性格は江戸後期に日本全体が縮退する時代の名残ではないか。尾張松平家が派手な文化で江戸幕府から嫌われたからだと思う。織田時代から続く派手さこそが尾張本来の姿のような気もする。

昔の仕事で付き合いがあった名古屋の社長さんは、ゴルフクラブに番手の数だけ宝石を埋めていた。五番アイアンには石が5個。ピッチングエッジは何個だったか?
いやはや、手渡すのも恐ろしいクラブだったがキャディーさん達は気にしていなかったのか。心の底で、これこそ名古屋のドンと敬っていた。豪放磊落という言葉が似合っていた。名古屋飯好きになったのもこの人のおかげだな。

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