書評・映像評

「百姓貴族」 リアルの農家エッセイ

表紙 by Amazon

タイトルには惹かれて手を取ったのは随分前のことで、1・2・3巻と立て続けに読んだ。それから本屋で見かけることもないまま何年かたってしまい、先日平積みされている6巻を見つけて買ってきた。

十勝の農業の話で、「銀の匙」でも書かれていたリアルな農家の生活や経済観が大量出展されている。都会人の「農業幻想」を木っ端微塵に打ち砕くリアルさが良い。この辺りは生き物を扱う牧畜と大規模な畑作(野生動物との戦い)の話であるからだろう。稲作であれば、この手の話題よりも治水問題、水利権争いや共同作業と機械化のぶつかり合いなどが大きな問題になるので、ザックリと言えば人同士の絡みの話になる。それだとそのまんま社会の縮図にしかならないので、絵的には面白くならないかも。などと考えもした。

荒川家の頑丈なお父さんの強靭ぶりもすごいが、「百合根」が投機的に扱われていたという話で、なるほどと肯いていた。確かにバブルの時期は、農作物でもそんな話があった。夕張メロン初競りで信じられないような値段(たしかひ一玉100万円くらいだったような記憶もあるが)がついてニュースになった。夕張は億万長者の街かと思ったものだ。それから10年くらいして、夕張市は破綻したが。

知り合いの農家に聞いたことだが、作付けカレンダーを作るのはお母さん、それに従って畑で働くのがお父さん、だから、農家の収入はお母さんの知恵によって著しく変動するみたいなことだった。農家も女性主導の社会ということだ。(うーん、これは性的差別にはならないと思うが)
この本を読みながらそんなことを思い出していた。確かに、百姓では王様には成れないが、貴族くらいになれる人はいるのだなあ。

https://www.amazon.co.jp/dp/4403671802/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_.dqcEbEVH2GD1

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