旅をする

小樽を散策してみたら

冬になる直前の小樽を散歩してみたが、なぜかこんな寒くても外国人観光客が押し寄せるので、運河方面には出動しないことにした。
駅前を海方向に降っていくと、昔の金融機関の建物が残っている。石造りの堅牢な建物はすでに歴史的建造物なのだが、倉庫街の近くに金融機関があるというのは商都小樽ということの現れか。

安田銀行小樽支店と書かれた銘板だが、すでに安田銀行など存在しない。安田財閥すら消え去ってしまった。(現芙蓉グループが後継ともいえるが)それにもましてすごいのが、案内文が日本語以外に英露中韓の4カ国語で記載されていることで、なんだかこれほどのものは東京でもみない。

その安田銀行跡地も小洒落たレストランとして使われている。時間があればこのレストランでランチでもと思わないでもない。ただし、こうしたところに来るときはそれなりの格好で、それなりの同行者が必要だとは思うのだが。

小樽のアーケード商店街、都通りを歩くと、これまたレトロな光景に出会うことが多い。その中でもお気に入りなのが喫茶店「光」。外見から想像する通りのクラシックな店内にはランプの光があふれている。(ただし店内撮影禁止)
コーヒーを注文すると、これまた実に濃い味のコーヒーが出てくるのだが、北海道特有のカステラという焼き菓子(長崎名物のカステラとは違う食べ物で、焼いたドーナツのような物)がついてくる。

アーケードのあちこちには小樽弁の解説垂れ幕が下がっているのだが、これも今の若い人では相当に死語となっているだろう。全国的に方言(政治的に言い換えると地方言葉というらしい)が薄くなり、消えていきつつある。それでも「なげる」は、現役バリバリな方言で、北海道転勤族が最初に気がつく言葉らしい。あとは「こわい」だろうか。ただ、これの語源は北陸方面らしいので、北海道弁とは言い難い。

もともと北海道は、「外地」つまり植民地扱いだったし、本州、特に東北から北陸にかけての戊辰戦争敗北地域からの移民で出来上がった混成地帯だった。だから、北海道弁といっても各地の方言が入り乱れイントネーションが交雑してできた、いわば人工言語だ。おまけに、函館から日本海側は津軽とほぼ同化していたので(というか津軽漁民が季節的に移動してきて定着化した地域なので北津軽ととか沖津軽とでもいうべき場所だった)、津軽弁と近しい浜言葉が話される。実は、これが行政府が置かれた札幌圏を中心とする地域の住民には、さっぱり理解し難い言葉ともなっている。小樽は、その日本海側文化圏の北端にあたり(厳密には留萌あたりまでが日本海文化圏だろうとも思うが)、札幌とは微妙に言葉が違う。長くなったが、小樽弁と言われるのは、こうした歴史的由来がある代物なのだ。

小樽を支えた産業については、またいつか別稿で。

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