書評・映像評

銀河帝国を継ぐもの アメリカン正統ジュブナイル

表紙 by Amazon

どうやら文庫版は絶版らしく、Kindleか、中古での入手

時々、無性に海外SFが読みたくなる。特に、ハインラインやマキャフリーのような、ジュブナイルが読みたい。日本作品ではライトノベルという分類の中に埋もれているジュブナイルだが、アメリカSFではハードな設定ながら、主人公を10代の少年少女に置いた名作が多い。ニーブンやホーガンのようなガチガチのハードSFの対極にあるのが、ジュブナイルだろう。同じように宇宙を背景としても、ハードSFが世界の仕掛けを語ろうとするのに対し、ジュブナイルは少年少女の成長を描こうとする。
だから日本のライトノベルでは、アメリカ的ジュブナイルものが少ない。世界を語りたがる傾向が強いからだと思う。私の作ったこの世界、すごいでしょう的な話がどうしても多くなる。それは、それで楽しめるのだが、主人公たちの成長を描こうとすると、どうしてもはじめの一歩的なスポ根になるか、ワンピース的なキャラの能力増強的な話になっている。どちらも100巻近いボリュームでありながら主人公たちはあまり成長しているとは言えない。

後書きで、作者がハインラインやノートンが好きだと言っているそうだが、確かに正統アメリカジュブナイルSFの匂いがする。主人公が何度も困難に遭いながら、少しずつ大人としての理解をしていく過程を描くものがジュブナイルだ。物語の前半は、まさしくハインラインの「宇宙の戦士」のリコと同じだ。教育担当の軍曹もしっかり登場する。
後半は、主人公のテーマが異文化をもつ人たちとの交渉であり、自分の経験値では推し量れないものとの共存を学ぶステージとなる。これも、アメリカSFではよくあるパターンで西欧文明とアジア文明の衝突と理解のような形で語られることが多い。その類型が、未知との遭遇的ファーストコンタクト、人類と非人類知性体の接触と理解になる。簡単に言えばナイフとフォークの文化で育ったものが、箸の文化に出会ってびっくりということだ。その後、箸使いが上手くなるものもいれば、箸は文化的ではないと拒絶するものもいる。

この作品では、前半はひとりよがりな選民意識に凝り固まった主人公が、世界の見聞を広め、後半では「人」の多様性とそれに対する共感を得るまでを描く典型的なジュブナイルだ。銀河に広がった人類社会も、恒星間航行を可能にする技術も背景としてしか描かれない。作者にとって宇宙や物理世界はどうでも良いのだ。差し迫った人類に対する脅威も存在しない以上、スペースオペラにはならない。ただただ主人公の権力闘争の中での変化を連ねていく。
まさにアメリカSFの本道だろう。

余談だが、こうした少年主人公の成長の物語が日本で語られるのはTVアニメが多い。そしてTVアニメ特有の事情で(放映打ち切り、放映中の方針変更など)、成長の途中で放り出されて物語が終わることも多いのがよろしくない。機動戦士ガンダムはその典型例で、アムロたちは成長途中でほうりだされ、その後の続編でようやく大人になっていることが語られた。(物語としては片手落ちだったと今でも思う)
もっとひどいのがエヴァンゲリオンのシンジくんで、彼は世界ごと放逐された。かわいそうに。
まあ、このアニメ界におけるジュブナイルの酷い扱われようは作り手の欠陥だと思う。そのうち、もう少し真っ当な感性の持ち主たちが「正統ジュブナイル作品」を作り出してくれることの望みたい。

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