書評・映像評

一路 泣かせの次郎は健在だった

浅田次郎という作家は、デビュー当時のヤバい人たちとの仲を書き記したシリーズでは、軽妙でおかしみのあるニヤッと笑いたくなる話を書いていた。それからしばらくして、いわゆる歴史大作を書き始めてからは、重たいシリアスで輻輳した世界を描いては権力と個人の不条理を嘆いていた印象がある。その歴史大作を描くあたりから、泣かせの二郎としての本領を発揮していた。清朝末期の宦官の話や幕末新撰組の一隊士の話などで、泣かせの二郎は開花したと思っている。
泣かせの最高潮は「鉄道員」であり、そこからなぜか泣かせの次郎は笑かしの次郎に戻ってしまった。

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そんな笑かしの次郎が、幕末の参勤交代の騒動を描いたこの作品では、基本的に殿様と行列の先頭を務める先輩武者が笑いを取る中心となり、お家転覆を狙う悪者一味を、なりたての行列責任者がなんとか悪事を阻止しよう努力する正義の味方役となる。ずいぶん力の足りない正義の味方だ。
ところが、笑かしの次郎は悪党一味を徹底的に悪者に仕立て上げようとはせず、首謀者が悪行をためらうようになってしまうというだらしない悪党ぶりを晒す。この辺りこそが、軽み、おかしみ満載であり、ニヤッとしたりクスッとしたり、ともかく軽いお話として筋が続いていく。ところが、笑いを取るはずのバカ殿様が、意外と質実剛健的な良い殿様であることが判明するあたりで、幕末の武家政権の揺るぎや弛みを暴くことになる。笑かしの次郎が、瞬間的に消え、亡国を予想しながらそれを自分の手で正そうとはせず、将軍家と共に滅んでいくので良いという賢主、賢臣ぶりを見せる殿様に、微かに泣かせの次郎が垣間見える。

しかし、それもシーンとしては軽い。情けない主人公たちが参勤交代を終え、確かに成長したあたりで話はハッピーエンドで終わるが、この数年後には戊辰戦争が引き起こされ、主人公たちの故郷であり領地である西美濃、関ヶ原の近くは西軍の蹂躙に会うはずだ。ハッピーエンドの先には会津の、新撰組の悲劇と同じ、幕府軍対反乱軍(この時点で官軍とは詐欺的呼称でしかない)の内乱しか待っていないのだ。
それを語らずに終わるところが、泣かせの二郎 Part2 の優しさなのではないか。

ちなみに領主、領国を調べてみたが、どうやら騙しの次郎に引っ掛かったらしく、架空のもののようだ。

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