街を歩く

所沢二題 ちょっとおまけ

所沢に本社がある山田うどん。本社工場には併設で大きなレストラン?もあり、その近く出住んでいた時期にはよく行った。そして行くたびに思っていた、安かろう悪かろうだなと。もう30年以上前のことで、埼玉うどん県だと知ったのもその時期で、埼玉産うどんに絶望したのもこの店だった。がっこく給食用の麺作っていると聞いて、ああmそれなら仕方がないなと思った。当時の学校給食は絶望的にまずかったからだ。学校給食のパンとはパンの形をした何かだというほど酷かった。だから、埼玉のうどんもその類のものかと思い込んだ。違ううどん屋に行って、腰の強いうまいうどんが出てきてびっくりしたぐらいだ。が、埼玉県人のソウルフード的な立ち位置にある山田うどんが、みるみる上手くなった行ったのはそれから10年くらい後だったのではないか。うどん自体がうまくなった、つゆの味がレベルアップした。なんでも社長が商品開発から手を引いたら美味くなったという笑い話のような新聞記事を読んだものだ。
そして去年からうどん屋ではなく食堂になるということで看板が変更され、ラーメンが定番となり定食の種類も増えた。ありがたいことだ。うどん280円からは、全校ブランドの丸亀製麺を意識した値付けだと思うが、地元の埼玉人は山田うどんの方を愛しているので心配はないと思う。個人的要望として武蔵野うどんを進化させて欲しい。

うちの近くにある士道館道場は、今やキックボクシングジムなのだそうだ。もう思い出す人も少ないだろう「空手バカ一代」という漫画で、極真空手の代表選手として描かれていた添野さんだが、なんだか暴力団騒ぎに巻き込まれてからは全く噂を聞かなくなっていた。散歩がてら見つけた石碑でふと思い出した。そういえばあの頃は格闘技ブームだったなのだ。それから20年以上経ってからのK1ブームやグレーシー柔術などの異種格闘技の流行も、元はと言えば故梶原一騎原作の諸作が始まりだった。みーんな、故人になってしまったけどね。

所沢駅前に一軒ある高級な中華料理屋の視点だそうだ。本店はコースでいただくレストランだが、視点はお気楽に単品で注文する坦々麺のお店だ。原宿にも似たような名前の店があったが、どちらも英語で言えばDragon Childだから、きっといつかは龍になりたいみたいな意味が込められているのかなあ・・。ここでもひねくれ者の身として注文したのは汁なし坦々麺だったので、次回はきちんと汁あり坦々麺食べに行かなければ。所沢駅前プロペ通りからちょっと脇道に入ったところ。ちなみに所沢は残留孤児の日本語教育施設があったせいか、中華料理屋がものすごく多い。どこも、日本的変化、チューニングが終わっていない豪速球的中華なのでなかなか面白いのだよ。

所沢航空公園

所沢は旧帝国陸軍の最初の航空基地だった。その跡地は敗戦後米軍に接収されて、いまでも防諜用無線基地が残っている。一部返還されたところには、東京航空管制所が置かれ、首都圏の航空管制を引き受けている。ここがテロにあうと飛行機が飛べなくなる。
そして、それ以外にも色々な役所が入っていて、警察も法務局も市役所も税務署も郵便局もみんなこの陸軍飛行基地の跡地に集まっている。防衛医大もあり、なんだか「官」の街っぽいのだが、多分1/10くらいの敷地が航空公園として残されていて、春にはこんな光景が見られる。人口減少が続き若い人には逃げ出される街になってしまった所沢だが、西武鉄道本社もある。西武鉄道グループの城下町なので、西武デパート、パルコなど人口の割には色々と取り揃っていおります。飲み屋もやたら多いし、東京都民には「えー、所沢なの・・・。」と揶揄されるが、埼玉西部の拠点なのであります。

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